SA-078 砂金が採れるかも
異世界で王様になれるんだから、世の中何が起こるか分からないな。その上、妻となる王女様は紛れもない美人だ。
紛れもない逆玉ってやつなんだろうけど、隣の俺が霞んで見えるような気がする。
「中々のお似合いだと思いますよ」
そんな言葉を俺に掛けるトーレルさんの審美眼は当てにならないな。俺がトーレルさんの半分でも美男子であれば良いんだけどね。
「人様々だからな。王女様ならバンター位が丁度良い」
それって、どんな判断基準なんだろう? ザイラスさんの言葉は、ちょっと悲しくなる評価だぞ。
マリアンさんは俺の顔を見て、熱心にロザリオに祈ってくれている。
教団の神様なんだろうけど、喜んではくれてるようだ。
エミルダさんは俺達を祝福してくれたけど、クレーブル王国の市民権を持っているはずだ。国王の意向を考えなくとも良いんだろうか?
ん? ひょっとして、俺達を考えた上でクレーブル王国が動いたと言う事か。
そう考えると、あの書状は俺達に対する激励にも取れる。
少しは協力してやるから、早く領土を取り戻せって事なのかな。
クレーブル王国軍が一時的にでも、南の砦周辺を抑えてくれれば、確かに他の勢力を駆逐することは容易になる。
その真意を確かめねばなるまい。
後でどんでん返しをされても困る話だ。
「とんだことになりましたけど、エミルダさんはこのまま砦にいてくれるのですか?」
「もちろんです。アルデンヌ大聖堂こそわが生涯の任地であると考えています」
皆が結婚式の準備に忙しく動いているけど、俺はこのままで良いらしい。おかげで、広間でのんびりとエミルダさんとお茶を飲んでいられる。
もっとも2人きりという訳では無く、ミューちゃんと見習い神官のトルティさんがそれぞれ隣で静かにお茶を飲んでいる。
「エミルダさんにどんな書状が届いたかは分かりませんが、教団からではなく、クレーブル王国からだと推察しています。クレーブル王国として今回の騒乱はかなり影響を受けているでしょう。特に外国貿易で」
「ふふふ、やはり分かりますか。それが大きい事から南の砦をクレーブルは欲しているのです。イザと言う時の反撃の足掛かりと言うところでしょうね」
外国貿易の決算が銀と言うところが問題だな。決算通貨となる銀塊がクレーブル王国に搬入できなければ貿易量は低下してしまう。それを恐れての事だろう。
「俺としては、南の砦をクレーブル王国に渡しても問題ないと思っています。石橋の周囲10M(1.5km)を提供すれば満足いただけますか?」
「国王は喜ぶでしょうね。でも、それはバンターさんの立場を弱めることになりませんか?」
ここからが交渉だな。先ずはアメを与えれば良い。
「石橋の下流200M(30km)の対岸に20M(3km)四方の土地を提供して頂きたい。クレーブル王国の飛び地が旧カルディナ王国に出来るのであれば、それに倍する土地で手を打つことで兵士達の不満を打ち消せます。それに、レーデル川の川向うは荒地で耕す者さえおりません」
「一度川を泳ぐだけでそれだけの情報を手にしてるのですね。正に、バイナムの言う通りの人物です。となれば、その土地をどのように使うかも既にお考えに?」
直ぐには答えず、席を立って暖炉でパイプに火を点ける。
ゆっくりとパイプの煙を楽しんだところで、俺をジッと見つめたままのエミルダさんに微笑みかけた。
「新たな銀の輸送ルートを作ります。街道を進むよりも俺達の銀山の銀を輸送するならその方が速そうです」
「新たなルート!」
絶句してるぞ。そこまでは考えなかったようだな。
レーデル川の水量は豊富だけど、川幅はそれ程でも無い。船を作って輸送するのはそれ程難しく無さそうだ。
数隻を常備しておけば対岸との交易もそれなりに行えそうだし、荒地の南はクレーブル王国の穀倉地帯とも聞いている。
「全く驚かされます。それが可能であれば石橋の有利さも失いかねません」
「旧カルディナに侵出するのであれば、それに見合う物を手放すと言う事は道理でもあります。クレーブル王国の恩義を俺達は決して忘れてはおりません。ですが、その代価は銀でお支払い可能ではないかと考える次第」
俺の言葉に驚いたのは確かだが、今では穏やかな表情で俺を見つめている。
俺の提案の値踏みをしているのだろう。2つの銀の輸送ルートを手に入れられるんだから、クレーブル王国の将来は安泰だと思うんだけどな。
「私には十分すぎる提案だと思いますが、クレーブル国王がどのような判断をするかまでは分かりません。バンターさんの婚姻と合わせてクレーブル王国に書状をしたためましょう」
その言葉を聞いてエミルダさんに軽く頭を下げる。
交渉は向こうが上だからな。足元をすくわれないように、誠実に話せば良い。
少なくとも俺達に協力してくれる王国であることは確かだ。
・・・ ◇ ・・・
20日近く経過して、新たな書状が届けられた。
今度はクレーブル王妃から王女様に宛てられた書状だ。たぶん、エミルダさんの書状に対するクレーブル王国の返事が何らかの形で表されているだろう。
直ぐに、メンバーを招集して、夕食後にその内容が披露される。
「どうやら、バンターを諦めたようにも思える。ひょっとして、我の行動を促すために先の書状を届けたのかも知れぬのう。まあ、それは一件落着とはなったが次にトーレルを狙いおったぞ。ザイラスには申し訳ないが、トーレルであれば我も賛成じゃ。それに向こうからの輿入れであれば何ら問題はあるまい」
今度はトーレルさんが吃驚してるぞ。まあ、他人事だから俺も祝福して口笛を吹いて騒ぎに加わった。
「静まれ! 全く困った奴らじゃ。もう1つの問題だが、おもしろい事が書かれておる。たぶんバンターの策略じゃな。石橋の周囲10M四方の代替地としてクレーブル王国に20M四方の土地を提供するとある。実におもしろい話ではあるが、どういう事じゃ?」
「エミルダさんと先の書状に付いて話し合ったことがあります。クレーブル王国が石橋にこだわる理由は何かを……」
テーブルに集まった連中に、少し前の話を聞かせた。
最初は、勝手な事をと言うような顔をしていたが、段々と俺の話を真剣に聞きながら頷き始めたぞ。
「なるほど、それほどに銀の有り無しがクレーブルの貿易量を左右するのか……」
「クレーブル王国としては2度とこのような事態が生じないようにしたいと考えるのは必定です。婚姻関係だけでの援軍という訳ではありません。クレーブル王国の貿易経済が破綻しかねない事態だったと推測します」
「失う土地の2倍を与えるとはそれだけの意味があるとも取れる。だが、俺達が対岸の土地を貰ってもどうしようも無いぞ」
「開発するんですよ。俺達の銀鉱山の銀を運ぶルートを作ると考えれば良いんです。何も遠回りして運ぶことはありません。船を使えば簡単でしょうし、帰りはクレーブルの港で品物を仕入れて持ち込めば俺達の商人の利益も上がります」
今度は、怖い物を見たような顔で俺を見ている。本当にころころと表情が変わるな。
「そこまで考えているのか? 全く先を良く見ることが出来る」
「でも、クレーブル王国がそれを良しとしなかった場合はどうする考えだったのですか?」
さすがはトーレルさん。交渉がダメになる可能性があることが分かったみたいだ。
「その時は、レーデル川の屈曲部の土地を俺達に有利な条件で国境線を引く考えでした」
「あの土地は全くの荒地ですぞ。レーベル川が大岩をゴロゴロと運んでおりますから、敵が攻め込むこともためらうような場所です!」
グンターさんが席を立って大声を上げるから、皆が一斉に彼を見つめる。自分の行為が礼を逸した事に顔を赤らめて席に戻ったけれど、彼の言葉もその通りだと皆も思っているのだろう。今度は俺に視線を移した。
「いやあ、思い付きではあるんですが……。上流に銀山がありますよね。銀に混じって金が少し採れると聞きましたから、あの辺りにかなりの砂金があるんじゃないかと……」
「「何だと(ですと)!!」」
皆が一斉に声を荒げて立ち上がったぞ。
「可能性は高いのか?」
「たぶん……」
俺の答えに皆が呆れた顔になって席にゆっくりと腰を掛ける。
「ミュー、ワインを配ってくれ! 全く、バンターの話を聞くにはしらふでは身が持たん」
「誰も試したことは無いのだろうか?」
「あんな荒地に出掛ける酔狂な者はおりません。金鉱山の話はかつてウォーラム王国で少量が算出した記録があったようにも思えます」
銀山と言う事で、誰もが試さなかったのかな?
一度、試して見れば良いんだろうけどね。
「私の種族も少し増えています。現在9家族で私が6人を率いています。クルーネと言う者が3人を率いていますから、クルーネに数日やらせてみますか?」
「騙されたと思ってやってくれるか。ついでに、トーレスティの動向も探って欲しい」
ラディさんの提案にザイラスさんが答えているけど、果たして見つかるかな?
でも、1度はやった方が良いと思うな。無くて元々だ。もしあるなら、別な策を考えられる。
「全く驚かされる。もう無いじゃろうな?」
「とりあえずはそこまでです。その話はそこまでにして、現状を考えましょう」
地図に目を向けさせる。
まだまだ俺達は動乱の中にいるのだ。
平和になれば色々と復興の為の動きもできるだろうが、クレラム町の遥か西に広がる荒地など、今はどうしようも無いからな。
「かなりマデニアム王国連合は疲弊しているようです。特にマデニアムは荒廃寸前ですね。農民が農地を棄ててマンデール王国に向かっているとの報告もあります。町の店の品数も少なく活気も感じられなくなったようです」
「クレーブル王国と争って敗退しているからな。ニーレズムの西にも農民の姿が消えたと聞いたぞ」
それでもニーレズムは東西に長い土地だし、耕す農地が多い事も確かだ。クレーブル王国との国境近くを無人化して、ニーレズム王国の残存兵力を展開しているに違いない。
「峠の監視所から、カルディナから引き上げる兵士の報告がありました。連合の解体と言ったところでしょう。少しは自分達の将来を夢見て残った者達もいるでしょうけどね」
とは言え、1個大隊は引き上げたようだ。それを抑える戦力も今のマデニアム王国には無さそうだから、そのまま本国に引き上げるのだろう。
残った戦力はおよそ3個大隊。
レーベル川の渡河を早めに断念したからそれ程戦力が低下しなかったようだ。ヨーテルンの町からも兵士を引き上げたから、カルディナ王国の西に敵の戦力が集中している。