SA-077 俺の嫁さん?
マデニアム王国とその連合国がクレーブル王国に攻め入って、手痛い反撃を受けてから10日も過ぎた頃。
アルデス砦にやって来たタルネスさんが、教団の書状と共にクレーブル王国の書状を届けてくれた。
教団の書状はエミルダさん宛てだけど、クレーブル王国からの書状は俺に宛てられたものだ。差し出し人は、バイナムさんになっている。
クレーブル王国軍を束ねるバイナムさんからの書状だ。後でゆっくりと中を読んでみよう。
「マデニアム方向からですか?」
「いや、トーレスティ王国からです。クレーブルの東は物騒ですからね。トーレスティ側からなら、まだ余裕がありますが、西の砦近くのトレンタスの町は余裕がありませんでしたねえ。今から戦が始まりそうな感じで、商売は殆ど出来ませんでした」
「マデニアム王国の情勢が知りたかったんですが……。やはり、西回りで?」
「はい。同じ経路でクレーブルに入ります。調味料香辛料は量が少なくとも儲けは大きいですからね。マデニアム王国にはビルダーが一回りしています。クレーブル近くには行けないでしょうけど、もうすぐやって来るでしょう」
そんな話をしてタルネスさんは砦を後にした。北の村とミクトス村にも足を延ばすのだろう。ミクトス村には家族の経営する雑貨屋を持っているからな。
ミューちゃんにエミルダさん宛ての書状を持って行って貰い。俺の書状を開きながら、のんびりとパイプを楽しむ。
兵の事前展開と渡河地点を教えてくれたことへの礼状だな。
ある程度読み進めていたところで、突然大きく目を見開いた。
「どうしたのじゃ? 何を驚いておる」
「クレーブル王国の干渉です。かなり面倒な事になりそうですよ」
ジッと俺の読んでいる書状を眺めていた王女様に書状を渡した。
やはり、同じ場所で目を見開いているから俺と同じ思いに違いない。
「直ぐに、皆を集めるのじゃ。エミルダ叔母様にも声を掛けるのじゃぞ。場合によっては我等と袖を分かつ事にもなりかねぬ」
従兵と魔導士のお姉さんが手分けをして集めに行くみたいだ。
それを驚いて見ていたマリアンさんに、俺宛ての書状を見せて王女様が説明している。
「これはあんまりではありませんか? 王女様の母の嫁ぎ先の王国として信義に反する好意です」
「カルディナ王国の騒ぎに乗じて自国に有利を考えたのであろうが、これではのう……。一戦するわけにもいかぬ。我らの中に1個小隊以上のクレーブル王国軍がおる」
「とは言え、選択肢が増えたとも言えます。後は王女様の覚悟かと……」
クレーブル王国軍のカルディナ進駐はカルディナにマデニアム王国軍、マデニアム王国の反乱軍、ウォーラム王国軍それに俺達と、5つの勢力がうごめく事になる。
国土の荒廃は免れまい。民衆が逃げ惑うのをどのように救出するか……。救出した民衆をどのように食べさせていくか。かなりの難題だぞ。
一番最後に広間に入ってきたのはラディさんだった。
前に俺が座っていた一番外れに座っているけど、本来ならもっと近くに座って欲しい人物ではある。
そんな話をすると、俺はカルディナの民ではないといつも言っていたけど、俺は既に新たなカルディナの住民だと思ってるんだけどな。
「揃っておるな。思いがけない知らせが届いた。本来は我に届いたものでは無く、バンターへのクレーブル王国からの書状であるが、バンターは我にその書状を見せてくれた。
中身は、クレーブルのカルディナ派兵への協力願いじゃ」
「何だと? クレーブル王国さえもカルディナの切り取りを狙っていると言う事か?」
王女様の、いつもと違う機械的な声に、一番先に反応したのはザイラスさんだった。身を乗り出して俺を噛み付きそうに睨んでいる。
途端に、辺りがざわめき出す。まあ、これも仕方がない事だろう。俺達に兵士までも預けてくれた状況を逆手に取るような行動だからな。
「とりあえず落ち着いてください。現時点で悪い話ではありません。カルディナの動乱を治める上ではありがたい話ですからね。問題はそこでは無く……。王女様、それだけでは皆が混乱するだけですよ」
俺の言葉に、王女様がいたずらが成功したような顔を俺に向けると、小さく頷いて話を続けた。
「その後に、2つの内容が続いておる。1つは南の砦と石橋のクレーブル王国への割譲。それと、バンターへの嫁に……」
バン! 王女様の話が終わらぬ内に、ザイラスさんがテーブルを叩いた。俺の前にあるお茶のカップが一瞬宙に浮いたぞ。
「とんでもない事。割譲は認められませんぞ。それにバンターは青二才。まだまだ騎士としての訓練も足りませぬ」
何か他に言いようもあるんだろうが、もう少し持ち上げて欲しいところだな。
そんな言葉に頷いている連中も、俺をそう思っているんだろうか?
「ザイラスの言い分は良く分かるつもりじゃ。だがのう、この砦にマデニアム軍が雪崩れ込んだ時、一番活躍した者はバンターじゃ。いったいどれだけの敵を葬ったか、10までは数えたのじゃが……。それと、南の砦は我も惜しいとは思う。じゃがのう……、我等は一度死を覚悟した者達でもある。かつての領土をそのままと言うのも、望みが大きくはあるまいか?」
ザイラスさんの紅潮した顔が少しずつ元に戻って来る。まだ俺の方に身を乗り出していたが、ゆっくりと腰を下ろした。
王女様の言葉に思うところがあったのだろう。
一度は山奥に身を隠そうとしていたからな。トーレルさん達だって牢獄に繋がれていた身だ。あのままでいたなら既にこの世を去っていただろう。
「王女様の言葉、ごもっともです。ですが、かつての領土をと思っておりましたから……」
「それは我らが高望みをせねば良い。もう1つが問題じゃ。アブリート殿の孫娘。もし、バンターがクレーブルに居を定めれば、高位貴族として生活できよう。悪い話ではない」
ちょっと下を向いて王女様が説明している。俺にはここで十分だから、あえて格式ばったところに行く事は無いんだけどね。
「問題ですな。クレーブルもバンターを篭絡することを考えたと言う事ですな。1人で1個大隊の働きをするのが良く分かったと言う事ですか」
「国王夫妻とバイナム殿が乗り気だとか。ウイル殿も賛成のようです」
ザイラスさんの言葉に、エミルダさんが笑みを浮かべて話してくれたんだけど、俺達はその言葉で更に頭を抱えている。
「バンター、その書状を見せてくれぬか?」
ザイラスさんの要求に、王女様が書状を渡している。直ぐにそれを読みだしたが、トーレルさんやグンターさんまで席を立って後ろから覗いているぞ。
「確かに、そう書いてあるな。だが、これだと、将来的には南の砦の返還を匂わせているようにも思えるぞ」
「たぶん、バンターの婚礼に合わせての返却と言う事じゃろう。クレーブルが欲しているのは領土では無く、バンターと言う事になる」
買い被りも良いところだ。俺は至って普通の男だぞ。
ここはどうやって、事態を回避するかだな。
クレーブル王国の侵攻計画は直ぐに出来るとは思えない。条件交渉を重ねることになるんだろうか?
「それは問題ですぞ! 我等にバンターがおれば少ない兵力でこれまでマデニアム軍と戦が出来たのです。いなくなればすぐさま飲み込まれかねません」
「確かに……。その場合は我らがクレーブル王国に併合されかねん。上手く立ち回ってもクレーブルの地方領主という立場であろうな。だが、バンターの縁組を断る簡単な方法があるのじゃ!」
今度はテーブルの連中が一斉に王女様を見つめる。そんな策があるんだろうか?
クレーブルとかなりの駆け引きを行わねば無理だと思っていたんだけど……。
「実に簡単じゃ。我の婿にすれば良い!」
「「何ですと!」」
俺も皆と一緒に思わず大声を出してしまった。
ザイラスさん達が俺と王女様を交互に眺めているし、マリアンさんはうんうんと頷いて手に持った何かにお祈りしている。
エミルダさんはおもしろそうに俺と王女様を眺めているぞ。
「確かに、そうなればクレーブル王国は何も言えなくなりますが……。王女様はそれで良いのですか?」
トーレルさんが皆を代表して聞いてくれた。俺だってそう思うぞ。
「前にバンターから宿題を出された。この戦が終わったなら、統治をどのようにするのかとな。常にバンターは先を見ておる。周辺王国を眺めてみても、そのような考えを持つ者はおらぬ。
我等をここまで引っ張ってきた最大の功労者はバンターであることも確か。その上、我等の事を常に考えてくれる。我等ばかりではない。戦の最中に民を考える指揮官なぞ初めてじゃ。それがあるからこそ村人は我等を助けてくれる。
我等がバンターを失えば、今の戦力は徐々に低下し、3年前の山小屋でこの先を憂いた時に逆戻りじゃ。
それに、中々おもしろい男でもある。剣の腕もあれだけあれば十分じゃろう。我の婿にいささかの不足も無いぞ。3つ目のタペストリーも制作が始まったところじゃ」
また作ってるのか? いや、そうじゃなくてこのままでは国王って事になってしまうぞ。
「王女様の申し出はたいへん嬉しい限りですが、俺はカルディナ王国の住民ではありませんし、身分もありませんよ」
ここは断っておこう。外に手も無くは無いだろう。
「嫌では無いのだな? 俺は賛成するぞ」
ザイラスさんがカップを持ち上げて俺にウインクしている。思わず背筋がブルっとしたけど、いつの間にか、お茶がワインに変わっているようだ。まだ昼なんだけどね。
「ザイラス殿もですか? 私も賛成です。身分などどうにでもなりますよ。王女様が任命すればそれで十分です。それらしい爵位を作れば良いのではないですか?」
王族が任命するんだから捏造って事じゃ無さそうだけど、アルデンヌ聖堂騎士団並みにいい加減な気もするな。
「そうじゃな。それに言葉質も取ったぞ。バンターの最初の言葉が我に対する返事と聞いた。皆も聞いたであろう?」
テーブルの連中が一斉に頷いているけど、あれって言葉にあやってやつだ。
でも俺を見ている王女様はしてやったりと満足そうな顔をしている。
金髪の撒き毛はいつでもきれいだし、何といっても美人だ。世界を狙える顔とスタイルの持ち主なんだよな。
高値の花だと遠くから見ていたけど、俺が婿になっても良いんだろうか?
「ありがたく、お受けいたします」
俺の言葉に、広間が歓声で埋め尽くされた。