SA-076 旧カルディナ王国の分割
西の敵軍が王都に後退したことをラディさんが知らせてくれた。
これで、俺達の勝利で戦が終わったと言う事になるな。
かなりの負傷者を出してしまったが、死者が出ていない事を喜ぶべきだろう。
皆が砦に戻ったところで雪も降り出した。
益々寒さがきつくなる。これからはジッと砦や村に閉じこもる事になるのだろうか?
いつものように夕食後に皆が集まる。
簡単な王女様の挨拶の後で、ザイラスさんの音頭で俺達はワインのカップを掲げた。
「荷馬車に兵士を乗せると言うのはおもしろい考えだな。もう少し頑丈な荷馬車を作るべきだろう」
「それは既に考えておる。だいじょうぶじゃ任せておけ!」
ザイラスさんとリーデルさんが意気投合して飲んでいるけど、どんなものが出来上がるか心配だな。
「それにしても、あの爆弾がもう少しあれば良かったと思います。次の制作はしないんですか?」
「少しは作らねばと思っています。でも大量に作る事はしませんよ。カタパルト用に30個、騎馬隊に20個、重装歩兵とラディさんの部隊に10個で十分でしょう」
「そうなれば、カタパルトを荷馬車に積みたいですな。最初に打ち出すだけで陣地は敵に囲まれました。荷馬車ならば移動しながら撃つことが出来ます」
自走砲って事になるんだろうか?
それもおもしろそうだ。リーデルさんの腕の見せ所だろう。それにもう少し射程きゅりを伸ばしたい。150m以上飛ばせれば、俺達の戦力不足を補えそうだ。
「軽装歩兵を荷馬車の移動部隊、カタパルト部隊それに陣地警護の3つに区分することで、その辺りの部隊配置はグンターが考えれば良いじゃろう」
王女様の言葉にグンターさんが騎士の礼で答えている。そう言えば騎士と兵士の違いって何だろう? たまにその違いがあることに驚かされるんだが、騎馬隊=騎士と言う事では無さそうだ。
「重装歩兵の半分は狼の巣穴へ移動と言う事でよろしいですか? 冬場はそれなりに獲物がありますので」
「そうですね。お願いします」
重装歩兵達は山賊に戻るようだ。やはり一度やったらやめられないという職業の1つなんだろうか?
将来は止めなければならないだろうけど、その時に纏まって軍を辞めて山賊なんか始めないだろうかと心配になってきたぞ。
「俺達はどうするんだ?」
「武器の回収をお願いします。特に矢が足りません。かなり使ったでしょうからね。軽装歩兵の皆さんには、敵兵の埋葬をお願いします。重装歩兵の1個小隊は北の村の家作りを継続してください」
俺の言葉に頷きながら副官と早速打ち合わせを始めた。
雪がこれからどんどん積もり始める。早めに取り掛からないと後が大変だからな。
数日が過ぎると、敵兵の埋葬も終わり武器類の回収も出来たようだ。
ボルトや矢の回収は千本を越えたらしい。たぶんその倍近くは放ったんだろうけど、回収できた物は再び使えるようにドワーフの職人さん達が部分修理をしているようだ。
「バンターの言う通り、北の砦と王都それに南の砦に部隊を集結しておるらしい。西の砦は2個中隊を駐屯させておるから、守りとしては十分じゃな」
「やはりクレーブルを狙うと言う事か?」
「問題はその時期です。峠の通行はどうですか?」
何度か早馬が峠の街道を往復している。あえて早馬をそのまま通しているけど、まだ攻め込むまでには結論を出していないと言う事なんだろうか?
「クレーブル王国はバンターさんの策を聞き入れたようです。これで、南は心配ありません。東には3個大隊、十分に迎撃が可能です」
エミルダさんが俺の言葉に答えた時、バタバタと足音を立てて、通信兵が入ってきた。
「王都から敵軍が移動を始めました。街道を南に進んでいます」
「ご苦労。バンターの言う通り南に向かったわけだな。後は、早朝あるいは夕刻を狙って一気に攻め込むのだろう」
「いえ、この場合は東側が陽動になります。その戦の最中に川を渡るつもりでしょう。石橋さえ抜けば王都には予備兵力が残っているだけになります」
明後日の夜には確実だろう。
レーデル川の向こう岸には、2個大隊の兵力が手ぐすねひいて待っているんだから、渡河作戦は失敗に終わるだろうな。
作戦中断の見極めいかんでは、たとえ本国に反旗を翻しても鎮圧されかねない。
その辺りが楽しみでもある。
「少し、邪魔をしてやりますか?」
俺の言葉に、ザイラスさんが思わず笑みを浮かべたから、王女様が不機嫌そうに俺に視線を移したぞ。
ほっぺを膨らませるのは、ミューちゃん達なら可愛いけれど、王女様はそろそろ止めた方が良いんじゃないかな。
「渡河時に後方を叩くのでしょう? 私も賛成です。ウイル殿に恩義もありますから、それ位はしておかないと」
トーレルさんまで同じ意見と言う事は、奇襲を警戒されている事にもなりかねないな。
渡河の襲撃は渡河の半ばというのが定石だ。
定石を外せば、向こうも油断してくれるだろう。
「ところで、レーデル川が国境と言う事でもありませんよね。レーデル川を挟んでいるのは南の砦の東西200M(30km)程です。
下流側は東の尾根が大きく張り出した崖になっていますからカルディナ側からの侵入は渡河する以外に方法はありませんが、トーレスティ王国への街道伝いならば、カルディナ側で既に渡河が終わっていると思うのですが?」
俺の言葉に、王女様は改めて地図を見ている。
俺とトーレルさんでレーデル川を泳いだのは、いち早くクレーブルに安全に移動するためだ。
マデニアム軍ならば、わざわざ危険な渡河をするとも思えないんだよな。
比較的安全に移動出来そうなルートを進軍しない理由が知りたいところだ。
「荒地が広がっているのだ。大きな岩がごろごろ転がっている。天然の要害だ。騎馬は無理だろう。軽装歩兵であれば可能性もあるだろうが、進むのが容易でないから、直ぐに見つかってしまう。1個小隊に警備せておけば、王都の防衛隊で阻止できるだろうな」
かつてのレーデル川に原因があったと言う事か。かなりの暴れ川だったらしい。
偵察部隊程度なら可能性もあるが、大軍を移動させることが出来ないという感じだな。やはり、渡河をマデニアム軍は選択するだろう。
「石橋の南にウイルさんがおよそ2個大隊を配置しています。石橋自体は2個中隊もいれば突破されることはありません。渡河して来た敵軍に背後から襲われることが問題です」
地図を皆が注目したところで、話を続ける。
「ザイラスさんとトーレルさんは渡河地点の背後で火矢を放ってください。1個小隊ずつ2回放てば、対岸でも渡河位置が分かるでしょう。上陸地点をウイルさん達が先回り出来ます」
「あまり積極的ではないな……」
「敵兵が多いですし、長弓と言えど射程は限られています。まだまだ先は長いですから、ここでお二方を失う訳にもいきません」
石橋周辺に3個大隊以上の兵力が展開しているのだ。マデニアム軍の騎馬隊は先の戦での損害は受けていない。
マデニアム軍の後方を叩くよりも渡河位置を知らせる方がウイルさんにはありがたいに違いない。
「だが、マデニアム軍は冬の渡河を夜にやるのか?」
「そこは現場を知らない作戦本部と言うところでしょう。敵の意表は突けるでしょうが、果たして戦になるかどうか……。それでも石橋の守りが弱まればと言うところでしょうが、2個中隊がいれば何とかなります。当初の兵力では問題ですけど、1個大隊が増えていますからね」
「でも、必ずしも泳ぐわけでは?」
「ラディさんの調べではかなりの荷車を徴発したようです。簡単な船や筏を作ったんでしょう。それでも対岸に渡るには時間が掛かりますし、渡ってから戦闘隊形を取るにも時間が掛かります。渡河地点が分かれば上陸地点で待ち構えられますよ」
皆で一斉に漕いでいくんだろう。かなりの水飛沫を被りそうだ。それだけでも体を冷やして戦が出来ないんじゃないか?
「やるとしたら日中とは思えん。たぶん今夜と言う事になるだろう。アルテナム村に隠れ、夕刻に南の砦に向かうぞ」
ザイラスさんがそう言って席を立つと、トーレルさんも俺達に軽く頭を下げて後に続いた。
これで、ちょっとした恩返しが出来るな。ウイルさんも渡河地点を探るべく川辺に部隊を配置しているだろうけど、夜間の動きまでは見えないだろう。
「後は、運に任せると言う事になるじゃろうな。だが、バンターの考えでは、春には新しい勢力が出来ることになるぞ」
「たぶん、そうなるかと……。その時には、ふもとの砦とアルテナム村が戦場になります。マデニアム王国としては看過できませんからね。残存兵力を使ってやって来ますよ」
その時は、峠で状況を見守るだけで良い。
互いにつぶし合いをして貰おう。
「最悪のケースはマデニアムの滅亡ですね。ニーレズムとマンデールは骨折り損ですから、その賠償をマンデールに求めるでしょうが、マデニアム王国には賠償する物がありませんし、要求を跳ねつける戦力もありません。カルディナ王国に駐留する軍の中にもニーレズム、マンデール王国軍の兵士がいますからその辺りが予想できかねます」
「クレーブル王国を分割出来ぬし、カルディナ王国は戦乱の最中と言う事じゃな。ニーレズムとマンデールの連合とマデニアム王国軍の戦もあり得ると言う事になるぞ」
「たぶんそうなるかと。その時に問題になるのが、西の砦近辺まで進出しているウォーラム王国の存在です」
もう1個大隊があれば……。見掛けだけでも出来ないだろうか?
民兵と1個小隊の軽装歩兵で、それらしく見えれば何とかなるかも知れないな。
「つぶし合いは俺達にとってありがたいところですが、あまり潰し合うとウォーラム王国が雪崩れ込む可能性があります。西の砦をどのように攻略するかが、雪解け以降の俺達の課題になるでしょう」
「北の砦ではないのか?」
「直ぐに兵力を王都に移動するでしょう。1個小隊は残すでしょうが、それは銀鉱山の復旧を監督するためです。補給を絶てば直ぐにも落とせますから、その先を俺達は考えなければなりません。その為には、兵力が足りません。そこで……」
村人の動員計画を説明する。
必要なのは人数だ。軽装歩兵の装備を着せれば遠目には分からない。使う武器を石弓のみにすれば十分に砦を防衛できる。
「見せかけと言うことじゃな?」
「見せ掛けでも、いざとなれば石弓を放てます。とは言え問題もあるんです」
山間部の領地を持つと言う事になる。横の連携が極めて難しい。
「ふもとの砦とアルテナム村ではどうじゃ? 上手く行けばヨーテルンまで手中に出来る。一気に領民を増やすことも出来まい。なおさら兵力は時間が掛かる」
確かにそれも方法ではある。
だが、王都は王都はウォーラム王国の手に落ちるぞ。
「王都を渡しても構わぬと……」
「すでに滅んだ王国の王都じゃ。新たな王国を作るのであれば、それにこだわる必要も無かろう?」
そう言い切った王女様を、呆気に取られてマリアンさんが見ているぞ。
そう簡単に割り切れないと言う事だろうな。
新たな王国の統治方法と合わせてその辺りもゆっくりと皆で考える必要がありそうだ。ザイラスさん達にも色々と意見を述べたいところだろう。