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SA-074 ヒットエンドラン


 身体能力を上げる【ガッツ】は、重装歩兵なら全員らしいが、軽装歩兵はそうではないらしい。それでも持っている者はそれぞれ魔法を使う。少しは余分に動けるからな。軽装歩兵の方が俺には必要に思えるんだけどね。


 夕焼けがアルデンヌ山脈を染め始めると、俺の目にも敵兵が近付いてきたのが分かる。すでに距離は300mと言うところだろう。個々の兵士が分るようになってきた。

 吸っていたパイプを、石弓の胴に叩いて灰を落としベルトに挟みこむ。

 いよいよって感じだな。ボルトケースから1本抜き取って、ボルトをセットした。


「敵兵が一番西の柵に取りついたところで放つぞ。バンターの合図で一斉にじゃ。退却の合図も任せたのじゃ!」

「了解です。まだ、セーフティはそのままですよ」


 了解はしたけど、それって王女様が心おきなく石弓を使いたいだけなんじゃないか?

 となると、俺は最初の一撃で後は様子を見ることになりそうだ。

 荷馬車に積まれた手槍を1つ取って、俺の乗ったカナトルの傍に突き刺しておく。


ジッと敵兵の動きを見る。俺達を狙うのは1個中隊程だな。主力の一部が南に流れているように見える。そんな敵兵との距離は、どうにか100mと言うところだ。

 柵に30m程まで接近してきたところで、盾で身を隠していきなり突撃してきた。


「セーフティ解除。距離120D(36m)。構え……、テェ!」


 雄叫びをあげて柵を乗り越えようとした敵兵が、バタバタと倒れて行く。

 直ぐに後続の兵士が柵を越えて2つ目の柵に取りつく。

 数百の敵兵に対して放たれるボルトは一度に20本に満たない。

次々と西の柵を兵士達が越えて来る。


「退却!」

 俺の叫ぶ声と同時に、上空に火炎弾が放たれた。

 ガラガラと荷馬車が動き出した時には、敵兵との距離は10mもない。それでも矢や火炎弾が次々と荷馬車から放たれる。

 敵兵との距離を20mほどに保ちながら東に向かうと、ザイラスさん達が向かってきた。

 ちょっと一安心って感じだ。

 後は、ザイラスさんに任せて今度は北に向かう。

 

「北の陣地の後ろに位置しますよ。危なくなれば退却しますから、また火炎弾を空に放ってください」

「了解じゃ。……石弓の弦を引いてセーフティを掛けておくのじゃ。すでに敵が柵を越えておる。接近して走りながらボルトを放つぞ!」


 手に手槍を持ったままカナトルを駆る。

 俺の右隣を王女様のカナトルが走っているから、敵兵が駆けよってくれば手槍を投げれば済むだろう。


 北の陣地北側をかすめるようなコースを取って、敵兵に矢とボルトを放つ。各自2本のボルトを放つ時間を計ると急いで、東へと進路を変える。

 大きく時計回りにカナトルを駆ると再び敵兵にボルトを放つ。


「後退するぞ!」

 俺の大きな声と同時に王女様が暗い夜空に火炎弾を放った。


 一旦、2kmほど東に移動して、カナトルと荷馬車の馬を休める。

 すでに、夜になっている。まだ月は出ていないようだ。


「だいぶ翻弄出来たようじゃ。ザイラスに後は任せたが、これからは?」

「拠点の情報を集めましょう。この位置なら北の砦を中継点にできそうです」


 王女様が荷馬車の1つに近付いて通信兵の少年に何やら指示を与えているようだ。

 マリアンさんは小さなコンロを2つ荷馬車から下すと、ポットとスープ鍋を乗せている。御者の軽装歩兵がかじかんだ手をコンロで温めているぞ。


 コンロの1つに割り込んでパイプに火を点ける。

 ここまでやって来る敵兵はいないだろう。いたとしても数人の斥候のはずだ。俺達に発見されたら、そこで命運が尽きるだろう。

 俺を呼ぶ王女様の声に、荷馬車へと足早に歩く。何かあったんだろうか?


「ラディの部隊が敵の輜重部隊を焼き討ちしたそうじゃ。甚大な被害を与えたとアルデス砦より知らせてきたと言っておる。今のところ柵を越えても北の陣地を取り囲むだけらしい。北の村は何も無いようじゃ。重装歩兵が少し南に移動しておるらしい。アルデンヌ砦周辺に敵兵は見掛けぬそうじゃ。ミクトス村の南の陣は厳戒態勢で周囲を見張っているとの事じゃ」


 やはり、森から出て来た敵兵はふもとの砦に引き返したと見るべきだろうな。だが、見通しが悪い森だから、もう1日位様子を見るべきだろう。アルデンヌ砦に

1個分隊を派遣してくれたから向こうも正規兵が2個分隊しか残っていない。祖の戦力は貴重だが、抜かれては困ったことになる。


「敵の攻撃目標が北の砦だとすれば、間違いなく騎馬隊の投入を図っているんでしょう。抜かれる訳には行きません。一休みしたら、再び北の砦の後方を攻撃しますよ」

「了解じゃ。軽く食事を取る位は出来るじゃろう。夜はこれからじゃ!」


 そんな事で、1時間程の休憩を取ったけど、ザイラスさん達は今でもヒットエンドランで敵に矢を浴びせているんだろうな。

 少し、後ろめたい気もするけど、食べられる時には食べておこう。


「北の陣地より連絡。ミクトス村民兵部隊、荷馬車3台で王女様の部隊と合流するとの事です」

「ランプを灯して場所を示すのじゃ。少し離れるのじゃぞ」


 通信兵の言葉に、王女様が魔導士の1人に指示を出している。

 荷馬車3台と言う事は15人ってところだろう。一気に放てるボルトの数が倍増しそうだ。

 やがて、俺達のところにやって来たのは、ドワーフのリーダスさん達だった。


「12人を乗せてきたぞ。若い連中だが、腕は確かだ」

「これから、激戦地に向かいますが、ボルトの数は大丈夫ですか?」


 リーダスさんに頭を下げたところで、荷台の若い連中に声を掛けると、ボルトの束を頭上にあげて「オオォォ!」と声を高めている。

 俺達との付き合いが長いせいか、すっかり俺達のテンションに影響されてるぞ。

 だけど、この場合は都合が良い。

 荷台の3方向には板を張っているのは俺達の荷車と同じだ。荷車の車輪も太いから元々は大量の荷を積む荷馬車のようだ。


「皆、出発準備。直ぐに北の陣地の後方に向かうぞ。陣地の1M(150m)手前で左に大きく向きを変え、北上して再びこの地に戻る。馬を少し休めたら、再び攻撃だ」


 周囲を見渡して、全員の準備が整うのを待つ。

「出発!」

 大声で号令を掛けると、一斉に西に向かって進んで行った。

 

陣地に籠る重装歩兵の放つボルトと矢で、敵兵が陣地を囲むように取り巻いている。

陣地の出入り口は限られているし、門に面していくつもの矢狭間が作られているから、いまだに門を敵軍は攻略できないみたいだ。

次々に兵隊を投入しても、陣地は強固だし、ザイラスさん達の遠矢はかなりの損害を敵軍に与えている。


そんな敵軍の後方から俺達がボルトを放ちながら通り過ぎるから、一部の敵軍は陣地を北に逃れるように動き始めた。

だけど、敵軍の逃げた方向には俺達の伏兵がいるんだよな。

そんな光景を眺めながら荷馬車を東に向けさせた。


「北の村に連絡だ。南から敵兵が向かってる事を伝えてくれ」

 通信機をカチャカチャと忙しく少年が操作している。やがて北西の方向から、点滅する光が見えた。俺達の伝言が伝わったらしい。


「一度の攻撃で放てるボルトは4本程度だぞ。まあ、30人を越える数だから、それなりに損害は与えてるんだろうが……」

「1度に2個分隊なら2回で1個小隊です。さあ、行きますよ。……出発!」

 再び北の陣地の後方を目指して進む。


・・・ ◇ ・・・


 東の空が白んでくると、急速に周りの光景が見えてくる。

 すでに敵の攻撃部隊は西に引き上げて、至る所に敵兵の死骸が転がっていた。

 まだ、息のある者達に慈悲の一撃を与えるには時間が惜しい。

 状況を整理して次の戦に備える必要があるのだ。

 俺達は一旦アルデス砦に引き上げて、兵士達に休息を与える。


 俺達も眠いところだが、状況確認だけはしとかないとな。

 砦の広間のテーブルに座って地図上の駒の位置を、通信兵からの情報を元に変更していく。

 

 王女様とオブリーさんで駒の位置を次々に変えていく地図上での状況を、俺はパイプを咥えてジッと眺めた。

 すでに3個中隊以上の敵兵を削ったようにも思える。

 俺達を殲滅するために敵が用意した戦力はおよそ3個大隊。25%の損傷を与えたことになる。

 ラディさんの輜重部隊への焼き討ちも上手く行ったそうだから、敵の補給は半減以下と言うところだろう。

 この状態で更に俺達に向かってくるのだろうか?

 2日で25%なら敵軍の士気は最低まで落ち込んでいるはずだ。まだ騎馬隊や後続の重装歩兵はそれ程でも無いだろうが、軽装歩兵の損耗は敵の突撃戦力がほとんど無くなっている状態にまで落ちている。


「どうやら、今夜は眠れそうですよ」

「まだ敵は引き上げてはおらぬぞ!」

「ええ、でもこれ以上の戦闘では温存している騎馬隊までも壊滅することになるでしょう。柵はいまだ健在です。騎馬突撃は不可能ですし、重装歩兵に突撃させるには、装備の重さが災いして俺達の良いカモになってしまいます」


 砦と各拠点に見張りを残して休息するように伝える。北の砦の重装歩兵をアルデス砦の重装歩兵2個分隊を入れ替えて、負傷者をアルデス砦に運ぶことにした。

 その指揮はログナさんに任せて俺も自室で休むことにする。

 

 数時間の軽い睡眠を取り、広間に戻って来ると誰もいなかった。

 2晩続けての戦闘だからな。皆疲れているんだろう。

 ポットのお茶を自分で入れて、1人パイプを楽しむ事にした。


「あら? バンターさんだけですの?」

 広間に入ってきたエミルダさんがテーブルを眺めながら俺に声を掛けてくる。


「ええ、皆まだ寝ているようです。それだけ緊張したんでしょう。戦が動かなければ休ませても問題ないでしょう」

「北の砦から運ばれてきた重装歩兵の治療は済みました。数人は重傷ですが、命に別状はありません。よくも、耐えたものです」


 自分で、ポットのp茶を入れて美味しそうに飲んでいる。

 治療所を作れるだけの魔導士がいてくれて助かったな。


「エミルダさんに助けていただきました。王女様に変わって礼を言います」

「出来ることをしたまでです。それで、これからどうなるんでしょうか?」


 さすがは高レベルの神官だ。

 俺達が勝った場合に、周辺諸国のパワーバランスがかなり変化することが分かったみたいだな。

 たぶん、これで今回の戦は終わりになるんだと思う。

 問題は、マデニアム王国と連合する王国の力関係だな。敗戦の責任の所在がどこに向かうかによってかなり変わって来る事は確かだ。



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