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SA-073 荷馬車だけど機動部隊だ


 テーブルに突っ伏して、つかの間の仮眠を取ったのだが、王女様達は既に起きて通信兵の報告を聞きながらテーブルの地図上に配置された駒の位置を修正している。

 明るくなってきたから、周囲の状況がかなり分かってきたみたいだな。


「起きたようじゃな。軽く食べて濃いお茶を飲むのじゃ。だいぶ状況が動いておるぞ」


 王女様の言葉を聞く前に、地図を眺めて敵の動きを確認している。

 なるほど、だいぶ動いているな。

 平たいパンにハムを入れて丸めるとお茶で流し込む。

 

 東の陽動部隊は森の中に配置されていると言う事は、陣地からまるで姿が見えないと言う事だろう。すでに森を去ってふもとの砦に逃走した可能性もある。

 再び坂を上って来るとは考えにくいが、未確定である以上現状維持って事になる。昨夜やってきた軽装歩兵の応援で我慢せざるを得ないな。


 間道をやって来た2個中隊程の部隊は敵の主力部隊に合流したようだ。再びこの砦を攻略するとなれば、今度は主力部隊って事になりそうだ。

 少しは相手を減らす努力をしなければなるまい。


 敵の主力は北の陣地の真正面に布陣しているようだ。

 北の村を同時に狙わないと言う事は、戦力分散の愚を知っていると言う事だろう。間道と南の森は、分散しているのではなく陽動と割り切っているな。

 現状の距離はおよそ2M(300m)位で睨み合いのようだ。

 柵が有効に機能していると言う事だろう。さもなければ今頃は飲み込まれているはずだ。


 ザイラスさん達の騎馬兵2個小隊はトーレルさんと別れることなく行動しているらしい。遠距離から鎧通しの矢を放つのだから、敵にとっては始末に置けない存在になっているに違いない。

 現在は北の陣地の東2Mに集結中だ。


「これだと睨み合いですね。今の内に砦の北に柵を作っておきましょう。杭を打ってロープを結ぶだけで良いです。地上1D(30cm)程のところにロープを張れば、そこで突撃は止まってしまいます」

「おもしろそうですね。直ぐに始めましょう。我等は籠城でよろしいのですね?」

 ログナさんが俺にたずねてくる。


「申し訳ありませんが、砦をお願いします。俺達は軽装歩兵と魔導士部隊を率いて荷馬車で移動しながら敵を攻撃します。出来るだけ、こちらにおびき寄せますから塀の上で待っていてください」


 俺の答えに、顔をほころばせている。

 まだまだ暴れたりないのかな? 昨夜は俺の後ろで槍を振っているのが見えたんだが……。

 分隊長の1人に柵作りを指示しているから、直ぐにも始まるだろう。

 となると……。新たな簡易柵を地図の上に記載する。

 それ程長くは作れないだろうが、砦から北に200m程伸ばしてくれれば助かるな。


「それで、荷馬車は何台用意できました?」

「5台じゃ。我等5人はカナトルで良いじゃろう。魔導士6人と軽装歩兵が18人になる」


 1台は予備って事だろう。荷馬車が故障でもしたら取り残されてしまうからね。

 王女様の事だからボルトや食料もたっぷり積んでいるんじゃないか?


「俺達も出掛けますか。でも1人通信兵を乗せてください。砦と通信が出来れば状況が分かります」

「了解じゃ。ミュー、1人選んで来るのじゃ」

 ミューちゃんがパッと席を立って広間を出ていく。俺達もその後を追い駆けるようにして広間を後にした。


 中庭には荷馬車とカナトルがすでに用意されているし、軽装歩兵と魔導士達も乗り込んでいる。荷馬車の御者は軽装歩兵が務めるようだ。

 ミューちゃんが、トコトコと少し年上の少年を連れて走ってきた。通信兵は皆若いからな。それでも背中に石弓を背負っているぞ。俺達と同じ石弓だけど、ちゃんと放てるんだろうか?


「揃ったようじゃな。バンター、先導じゃ!」

 ミューちゃんがカナトルに乗ったところで、王女様が俺に命じる。


「北の陣地と砦の中間点に向かう。荷馬車だが、敵軍の歩みよりは数段上だ。決して荷馬車から下りないようにしてくれ。……出発!」

 

 大声で指示をして出発を告げる。俺が先になって門に向かうと、荷馬車が通れるだけ門を開いてくれた。

 一旦、南に下がって大きく反時計方向に進路を変える。

 

 戦場は静かなものだ。

 少し歩くと西に黒い塊のようになって敵軍が集結している。

 さて、思惑通りに砦と北の陣地の中間点を狙ってくるかな?

 

 重装歩兵達が低い柵を北に伸ばしている。その柵に沿って北にカナトルを歩かせた。

 直ぐに柵が切れたが、これは俺達が移動するための時間稼ぎだからそれ程長しなくても構わないだろう。

 ロープだから剣で直ぐに切られてしまうだろうが、走るには邪魔になるからな。

 

「激戦だったようじゃ。敵兵が西の柵に取り付いたまま死んでおる」

「北の陣に負傷者は無かったのでしょうか?」

「心配じゃな。通信兵、砦を中継して北の陣地の状況を確認せよ!」


 俺から離れて荷馬車の通信兵に指示している。

 やがて、伝えられた情報では10人を越える負傷者が出たそうだ。それでも、数人が治癒魔法を使えたことから死亡者は無いとの事だから、たいしたものだ。

 部隊内に治癒魔法の使い手をあらかじめ手配していたそうだから、牢獄や鉱山で生き残ったのもそれが幸いしたのかも知れないな。

 とは言え、重症者の治療には時間が掛かるようだから、重装歩兵の負った怪我も比較的軽症だったのだろう。


「分隊に1人は治癒魔法の使い手が欲しいですね」

「カルディナ王国の軍は小隊で2人が標準じゃ。やはり少ないのかも知れぬのう」


 王女様に提言してみると、頷きながら答えてくれた。

 上に立つものが現状を見る機会が少なかったのだろうか? もっとも、20倍以上の敵を迎撃して無傷等と虫の良い作戦があるわけは無いし、死亡者が出ないだけでも大勝利と言えるんだろうな。

 

 遠くに北の陣地が見えたところでカナトルの歩みを止めた。

 距離はおよそ500mと言うところだろう。この地に俺達がいれば、敵が次に行う攻勢は俺達を狙うんじゃないかな?

 陣地の北を回ると言う事も考えられるが、それは北の村の連中に任せよう。同じように村に逃げ帰れる距離で西の柵を睨んでいるに違いない。


「ここで良いのか? それにしても何もないのう……」

 王女様がそう言うのも無理はない。西に30m程の距離で簡単な柵が南北に走っているだけだからな。

 それでも、柵は2重化されているし、無数に50cm程の穴をあちこちに開けている。馬で越えるには難儀しそうだからそれで十分だ。敵兵が立ち止まれば俺達の攻撃のチャンスが十分にある。


 荷車を柵に向けて荷馬車を止める。すでに逃げ出す準備だ。石弓を2本放てば十分だろう。その間に火炎弾は10発以上放てるだろうし、弓なら数本は放てるだろう。1分隊程度は倒せるはずだ。


「やってきましたね」

 後ろを振り返るとトーレルさんが正義の味方の服装の上に鎖帷子を着込んでいる。

 長弓と弦の間に半身を入れて弓を担いでいるのが勇ましいな。長剣は腰に下げているようだ。さすがにフルーレは使えないと俺でも思うな。


「この辺りで待ち構えます。矢を放ったら一目散ですけどね」

「ははは、それで良いと思いますよ。でないと私達の出番が無さそうですからね」

「万が一にも、陣地の北を敵軍が抜けるようなことがあれば、砦に向かいます。敵にもう1つの村の存在を知られたくはありません」


 俺の言葉を笑いながら頷いている。そんな時にはやはり自分達の出番だと思っているに違いない。

 門が陣地の目の前にあるから、敵の騎馬隊の突撃は門を突破しなければならないが、昨夜の戦いで破損した箇所は応急修理が済んでいるだろうし、新たな障害を今の時間に作っていることだろう。小さな穴に足を取られただけでも騎馬隊の突撃では転倒してしまうからな。


「これも陽動の一種なんでしょうか?」

「その1つには違いないと思います。どちらかと言うと敵に餌を見せているってことなんですけどね。逃げ出す前に空に火炎弾を放ちますからよろしくお願いします」

「釣るのは我等ですか……。了解です」


 そう言って、トーレルさんが東に引き上げて行く。

 さて、どうやって時間を潰そうかと考えていると、荷馬車から10m程先に軽装歩兵達が短い杭を打ってロープを結んでいる。

 東西に30m程だから、ちょっとした足止めになりそうだ。

 御者が、柵の東側に荷馬車を並べ直している。

 荷馬車の荷車の後ろに1m程の板を立て掛けているから、敵の矢を少しは防ぐ事が出来そうだな。もっとも、弓兵が一緒に突撃してくるとは思えないんだけどね。


 こんなところでも小さな焚き火を作って、ポットを乗せている。

 焚き火に近寄ってパイプに火を点けると、荷台の上に立って敵軍を眺めている王女様のところにカナトルを進めた。

 

「向こうも食事時と見える。あちこちで焚き火の煙が見えるぞ。前衛の連中も座り込んでいる。昨夜の戦闘は激しかったのじゃろうな」

「となると、直ぐにはやってきませんね。やはり夕暮れ時と考えているのかも知れません」

「まあ、その時はその時じゃ。危険ならば直ぐに逃げ出せる」


 機動性の違いを理解したようだな。

 とは言え、今夜は使える爆弾が無い。乱戦にならないように気を付ければ良いだろう。


 昼食のスープの中には、スイトンのような小麦粉の小さな団子が入っていた。

 手軽にできる食事と言う事でこんな物が作られているんだろうな。

 ラディさんは敵の輜重部隊の場所を見付けたんだろうか?

 昨夜は動かなかったようだが、動くとすれば次の敵の攻勢のさなかって事になるだろう。上手く焼き打ちしてくれれば良いのだが……。


 日が傾くころには二重の低い柵が出来上がっていた。最初の柵の外側の柵は更に南北に長くなっている。

 弓兵が一緒でなければ、ここでしばらく持つんじゃないか?

 敵兵にも動きが見える。やはり俺達への攻撃は夕暮れ時を狙うのだろう。


「前衛部隊は軽装歩兵じゃな。全員が盾を装備しておる。片手剣と槍が半々じゃ」

「弓兵は?」

「全く見えん。騎馬隊もじゃ。温存しておると言う事じゃろうか?」


 たぶん敵の2陣が騎馬隊なのだろう。柵を潰すか、門を突破しない限り柵で足止めされるからな。


 敵兵の動きが更に大きくなる。

「やってきおった。我等も準備をするぞ!」

「全員、荷物をまとめて荷馬車に乗れ。やって来るぞ!」

 ポットや鍋の中身を捨てて、荷車にぞろぞろと乗り込んでいる。俺達もカナトルに跨り、石弓の弦を引いて待機した。



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