SA-072 門が破られた
破壊槌が、再び門の扉にぶつかる鈍い音がして門が揺れる。
ばらばらと南の塀に作られた通路に歩兵達が集まり、門を要に扇状に柵を作った場所には重装歩兵達が槍を柵に立て掛けて石弓を持って立っている。
貴族の子供達とフィーナさんは、俺達の反対側の屯所の屋根で石弓を構えていた。
「破られたら一気に攻め込んでこよう。魔道士は【メル】を使えるだけ放て。夜半を過ぎれば再び使えるのじゃからな」
石弓を片手に王女様が魔道士達に指示している。
そんな魔道士のお姉さんの1人が俺達に【アクセル】を掛けてくれた。
人数が多いから大変だろうけど、俺達に魔法を掛けた後でも、数回は火炎弾を放てるらしい。
エルフらしいから、魔力はこの世界の人間を凌ぐってことだろう。
通路の上から放たれるボルトや火炎弾で、破壊槌の音は連続する事が無い。
塀の狭間から覗いてみると、大きな盾を持った兵士が破壊槌の周りを取り囲んでいた。
それでも矢に倒れる兵士が続出しているらしく、交代の兵士が小さな盾をかざしてこちらに向かってくる。
ドン! という音と共に、木のきしむ音が大きくなってきた。
扉を押さえている閂の丸太が折れるのは時間の問題になって来たぞ。慌てて、重装歩兵が2本の丸太を持ってきて扉につっかえ棒をしている。
次の破壊槌の衝撃でその内の1本が外れたから、直ぐに破られそうだ。
3方向で石弓を構えててその時を待つ。
ドドォン! と扉が吹き飛び破壊槌を抱えて敵兵が奇声を上げて中庭になだれ込んで来た。
そこに石弓のボルトと火炎弾が3方向から襲い掛かる。
門の正面で重装歩兵が槍衾を作ると、東西の屋根からボルトと矢それに火炎弾が柵に中に放たれた。
門の外で爆弾が鈍い音を立てて炸裂する。
即席の手榴弾はどれ位の威力になったのだろうか?
そんな事を考えながらも、石弓の弦を引きボルトを放った。
ワアァァ……!! 両軍の上げる雄叫びと叫び、倒れた兵士のうめき声が辺りに満ちている。
いくらボルトを撃ちこんでも次々と敵兵が乱入して来るが、いまだに中庭の柵を越えた者はいない。
これなら、何とかなるんじゃないか?
時間が経つにつれ、重装歩兵に敵兵が肉薄して来た。
俺達が使う石弓はボルトを放つ間隔がどうしても長くなる。弓を使う兵士達もいるのだが、その数は東西で数人だ。
「このままでは柵を越えられそうじゃ!」
「ここで頑張ってくださいよ!」
刀を抜いて屋根から飛び降り、重装歩兵の前に出る。
柵を越えようとした敵兵に刀を振り下ろし、返す刀で次の兵士の腕を斬り上げる。
叫び声が上がるが、周囲の喧騒でその声もかき消されてしまう。
「もう少しだ、かなり敵は被害を受けてるぞ!」
その場で大声で激励するけど、後ろの重装歩兵には聞こえたかどうか……。だが、自分への励みにはなる。
敵兵の片手剣を紙一重で掻い潜り、刀を突き差し、あるいは斬り付ける。
門の外で炸裂光が見えた時、俺に向かってくる敵兵の数が急に減ってきた。
引いたのか?
敵兵を倒しながら門まで歩いて行くと、一斉に関所の方向に敵が動いているようだ。
「火矢を放って、敵の退却方向を確認しろ!」
直ぐに南西と西に火矢が数本放たれる。
確かに、関所方向に向かっているな。これで、残りは西の主力って事になる。
刀を振って血を払い、敵兵の衣服で刀の血糊を綺麗にふき取り背中の鞘に戻した。
重装歩兵に扉を修理と敵兵の死体の片づけを頼み、軽装歩兵に引き続き周囲の監視を頼む。
ほっと一息ついて、中庭を照らしている松明でパイプに火を点けた。
死体の片付けの指揮を執っていたログナさんが俺のところに歩いて来る。
「いやぁ、一時はどうなるかと思いましたが、バンター殿の剣技は見事の一言ですね。ところで、敵軍は撤退しましたが、再度攻撃して来るでしょうか?」
「油断は出来ませんが、一応の役目を終えて今度は北に移動するかと思います。警戒は必要ですから、兵は半分づつ休ませてください。東の陣が心配ではありますが、連絡が来ないところを見ると、向こうも戦闘が終わっているでしょう」
「何かあれば連絡します。広間でお休みください。王女様達にも助かりました。あれほどの火炎弾を連続して放って頂けなければ、容易に中庭の柵は抜かれていたでしょう」
ログナさんと別れて広間に歩き出す。
東の屯所の屋根にいた王女様達は既に移動しているようだな。
「戻ったか? 先ずは座って飲むが良い」
王女様は機嫌が良いな。散々ボルトを撃っていたからかな?
いつもの席に座ると、ミューちゃんがワインのカップを渡してくれた。中身は半分だけど、酔う訳にはいかないからこれで十分だ。
「誰も怪我はありませんね?」
「全員無事じゃ。エミルダ叔母様のところには数人が担がれてきたそうじゃが、軽傷じゃったと聞いたぞ」
それは何よりだ。ワインを一口飲むと、かなり上等な品のようだ。甘味があるのが良いな。
「先ずは、跳ね返したぞ。砦には侵入されたが撃退しておる。3方向から攻撃されては敵も中庭の柵を越えるのは少数であった。バンターの剣技も見事じゃ」
「恐れ入ります。いつも通り飛び出したんですが重装歩兵の邪魔になったと反省してます」
「卑下することは美徳でしょうけど、行きすぎるのも問題です。バンター殿の剣技は初めて見ましたが見事という外に言葉もありません。長剣よりもフルーレに近い動きですね」
オブリーさんもそんな事を言っている。
確かにフルーレの動きに似ていると言えるだろうな。でもフルーレは片手だし、俺はたまに両手も使ってる。
剣によって片手、両手と決めることも問題だと思うな。どちらにでも使える剣もあって良いような気もするぞ。
「今回は上手く行きました。やはり日頃の訓練でしょう」
「あれを、朝食後の訓練だけで行えるなら騎士は誰でもバンター殿を越えられます。やはり天性と言うべきでしょうね」
チャンバラモドキの動きなんだけどね。
それがきちんと相手を殺せるだけの動きになっていると言う事は、異世界へ飛ばされた時のチート能力って事になるんだろうか?
だけど、咄嗟の事だからな。あの動きを今やってみろと言われても出来ないだろう。無意識に動いてるってのも問題だな。
「それで、これからはどうするのじゃ?」
「とりあえずは、退却した敵軍の動きを見なければなりません。西の主力に合流するとは思いますが、夜ではその移動を確認できませんからね」
王女様に望遠鏡を貸して貰い北の様子を見ようと思ったら、皆が付いてきた。
やはり主力がぶつかる北は気になるようだ。
砦の見張り台に上り、北に望遠鏡を王女様が向けて様子を見ている。
砦の西に作った焚き火がちらちらと瞬いて見えるから、それだけ兵士達が走りまわっているのだろう。
「どうですか?」
「良く分らんが、柵を越える敵兵がかなり出ておるようじゃ。砦は1個小隊じゃったな。果たして支えられるか……!」
突然、呟きが途絶えたのは、爆弾の炸裂を見たんだろう。数個の爆弾が一斉に柵列したようだ。それを契機に焚き火の瞬きが途絶えたのは、敵兵が怯んだってことだろうか?
「後ろに下がり始めたぞ。次々と敵兵が西に向かっておる」
渡してくれた望遠鏡の狭い視野には、確かに西に向かって逃げる敵兵が見える。
望遠鏡をマリアンさんに手渡すと、興味深々で覗いていた。
もう何個か作った方が良いのかも知れないな。
「両手を上げて叫んでるように見えるにゃ!」
と言う事は、何とか撃退出来たってことなのかな?
後は東の陣地だけど、相変わらず連絡が来ないようだ。とりあえず広間に戻る。やはり見張り台は寒さが半端じゃないな。
見張り兵が分厚いマントに包まっているのが良く分る。簡単なコンロを作って携帯させたいところだ。
皆で広間に戻ると、暖炉周りに集まり暖を取る。
そんな俺達を追い掛けるようにして通信兵がやって来た。
「東の陣から報告です。敵は撤退。味方数人が負傷。荷馬車で砦に送りたいとの事です」
「今ならだいじょうぶだ。エミルダさんとログナさんにも伝えていてくれ」
俺の指示に「了解」と返事を返して、通信兵が出て行った。
「やはりザイラスのせいじゃな?」
「結果良しですから問題ありません。むしろそれで良かったと思ってます。東の森に潜んでいた連中も、間道の連中が動いてしまったので慌てて攻め込んだはずです」
「連携が一旦崩れると、どうしようもなくなると言う事ですか?」
オブリーさんの質問に頷きながらお茶を飲む。
ある意味、慎重に考えられた作戦に違いない。二重の陽動は敵軍の数から見れば、失敗の要因何て無いからな。
だが、それはあくまでその計画が相手に知られていないことが前提となる。
俺達が2つの陽動をどうにか凌げたのは、相手の作戦とその実施時間がある程度分かっていたからに外ならない。
とは言っても、主力部隊の数が多すぎるし、間道を進んで来た部隊も、主力と合流するはずだ。戦はこれからが正念場になる。
扉が開き、軽装歩兵のサンドラさんが入ってきた。
ちょっとくたびれて見えるのは、激戦だったのだろう。革ヨロイに返り血が付いているぞ。
「負傷者を運んできました。敵は森の中に入り息を潜めています。一部の森を焼いてしまいましたが、明日には消えると思われます」
「先ずは座れ。ご苦労じゃった。逃げた敵兵が森に潜む可能性がある以上、まだ陣を払う事は出来ぬのが残念じゃ」
「それですが、グンター殿が後は任せろと……。負傷者を含めて10人でやって来ました。陣には2個分隊に、民兵が3個分隊おります」
サンドラさんの言葉に王女様が俺に視線を向ける。
判断しろってことだな。
「たぶん明日の朝には動くことになります。負傷者は戦に参加できますか?」
「明日の朝であれば、8人は同行できます。全員通常の矢を使いますが、問題ありませんか?」
渡りに船ってやつだな。石弓の間隙を上手く相殺できそうだ。
身体を温めたところで、明日の出撃の準備を始める。