SA-070 ザイラスさん達の遠矢で始まる
ラディさんの部下から、間道を進む敵軍がもうすぐこちらから見えるだろう、と連絡が入ったのは日が沈むにはまだ間がある時だった。
午後3時は過ぎているようだけど、夕暮れには程遠い。
夕暮れ前に、関所を前にして陣形を整える事を考えているのだろう。
「さて、俺達もそろそろ配置に着きますか? 慌てて忘れ物をしないとも限りません」
「そうですな。皆さん矢とボルトはお持ちですね。見張り台と門、それに屯所前に箱を用意してありますから、存分に使ってください」
軽装歩兵達は既に屋根に上っているし、通信兵も石弓を持っている。
重装歩兵達は石弓と長弓が半分ずつだ。俺達は石弓だが、通常の弓を5人が装備している。ボルトケースに12本を入れて、腰のバッグには12本の予備が入っているからバッグから飛び出しているんだよな。
さらに2、3本を持って指でくるくる回して遊んでいるから困ったものだ。
接近戦用に、片手剣やフルーレを装備しているんだけど、マリアンさんは薄手の両刃斧だ。フライパンの変形だと言ってリーダスさんが作ってくれたようだけど、刃を使うんじゃなくて平たいところを使うのがマリアンさんらしい。
「我等も最初は砦の外じゃな!」
「そうですけど、板の隙間から撃ってくださいよ。立つのは砦に撤退する時です」
しっかりクギを刺しておかないと、身を乗り出しそうだ。さっきまでフルーレを磨いていたから白兵戦を楽しみにしてるんじゃないかな?
一番心配なんだよな。ミューちゃんとマリアンさんにも念のために良く見ていてくれと伝えてはあるんだが……。
広間を出て砦の門を潜り、南に続く柵近くに陣取る。
関所から砦に至る小道にも柵が2重に作られ、その外側には蔓で編んだ大きなカゴが結わえ付けられていた。火を点けて転がすんだろう。道幅と同じ位のカゴだからそれなりに効果があるんじゃないか?
火を点けるために小さな土器のコンロがいくつか柵に沿って置かれている。松明もいくつか柵に縛ってあるが、それ以外にも用意しているんだろう。
早速、マリアンさんがコンロにポットを乗せているけど、ここでお茶を飲む気なんだろうか?
パイプを取り出してコンロで火を点けて周りを見た。
砦近くに俺達が陣取り、その南に重装歩兵達が陣取っている。槍が何本か柵に立て掛けられているのは接近戦を想定しているってことだな。
砦に撤退する時も槍衾を作れるから、この戦では役に立つに違いない。
「バンター、やって来たぞ。ぞろぞろと来おったな」
マリアンさんからお茶のカップを受け取りながら、松明を上に腰を下ろして柵にいくつか付けられた分厚い板の盾の隙間から覗いている。
ミューちゃんとメイリーちゃんも王女様の隣で焚き木の束に座って盾の矢狭間から覗いているようだ。
座っていれば問題ないだろう。
どんな感じかな? とパイプを咥えながら様子を見る。
なるほど、ぞろぞろと出てくるな。
「王女様。武器を確認してくれませんか?」
「そうじゃった。これは便利じゃからな」
バッグから望遠鏡を取り出すと、矢狭間に押し当てるようにして坂の下を見まわしている。
「片手剣と槍……、弓兵もおるぞ。弓兵は1個小隊のようじゃな」
銀尾パイプを大きく上げると、ログナさんが走ってきた。
「敵は片手剣と槍、それに弓です。弓兵を優先的に狙ってください」
「その後は槍ですね。了解です」
俺の指示を歩きながら部下に伝えている。
さて、まだ間があるな……。適当に座る場所を探していると、砦を大きく回り込んで騎馬隊がやって来た。
俺達の後ろに勢揃いしたところで、ザイラスさんが馬を下りてやって来る。
「ほう、だいぶ大勢いるな。西は全く見えないが、ラディの知らせでは20M(3km)程のところで待機しているようだ。3射で良いな?」
「助かります。あの弓兵を狙ってください。1個小隊規模です」
「右だな。了解だ。その前に1射してみるぞ。あれだけいるんだからな」
確かに溢れそうだ。忙しく飛び回っているのは従兵が指示を各部隊に伝えているんだろう。
だけど、これで矢を放ったら……。
「テェー!」
ザイラスさんの大声を合図に80本の矢が関所近くで隊列を整えていた敵兵に降り注ぐ。
たちまち、敵部隊が崩れて大混乱に陥る。それでもいくつかの部隊が俺達に向かって坂を上り始めた。
続けざまに3射が行われ、ヒズメの音を立てながらザイラスさん達が去っていく。
「ザイラスめ、火を点けて行きおった」
「あまり気にしない方が良いですよ。少し早まりましたが、敵の連携が崩れたと思えば良いです」
柵から火の付いたザルが次々と間道に落とされる。
まだ関所が破られていないから、戦闘は重装歩兵達が陣取る場所がメインだ。これも俺達には都合が良い。
上って来る敵兵を俺達は斜め横から攻撃できるからな。
距離はまだ遠いから、石弓の弦を引いてボルトをセットして待機しているんだが、王女様は待ちきれないようだ。
マリアンさんが首筋をしっかりと押さえているぞ。
間道の奥から小走りに敵兵がやって来る。すでに始まってるから急いでいるようだが、間道には20個近くの火の玉が燃えているし、更に何個かが坂を落ちている。敵兵がそれにあたって跳ね飛ばされているぞ。
これでは、一気に攻勢を掛けると言うんじゃなくて、攻撃軍の順次投入になってしまう。絶対に避けるべき戦になったようだな。
思わず笑ってしまった。
「何を笑っておるのじゃ?」
「ザイラスさんのおかげでだいぶ勝機が見えてきました。俺達が荷馬車で活躍するのは案外早いかも知れませんよ」
どうにかボルトの有効射程に入ったようで、魔導士のお姉さんや護衛の軽装歩兵がボルトを放っている。ミューちゃん達の石弓は射程が三分の二ぐらいだから、まだ使えないようだ。残念そうに隙間から戦を見ているぞ。
どうにか関所の門を破り、北の方にも敵兵が進んで来た。だらだら坂の道を上って砦に到達するにはかなりの距離があるな。道を塞いでいる2重柵の外側に結んだカゴを切り離すべく、重装歩兵が2人駈け込んでくる。
1人が松明を握り、もう一人は長剣を持って坂を眺めている。
やおら、松明で火を点けると、長剣を振ってロープを切る。2個あるカゴを次々と切り離して、近くにあった大きなカゴを放り投げた。
焚き木とカゴを何度か放り投げると10m程先で道を塞いでいる。
「後はお任せします。松明を放り投げ、【メル】で火炎弾を放てば火の壁ができるでしょう」
「分かった。撤退の時期を逃すなと伝えてくれ!」
散々山賊行為で覚えた道の塞ぎ方だ。戦にも直ぐに実践できるところが良い。
「バンター、こっちにもやって来たぞ!」
「どれ、俺も頑張るか」
パイプをポンと叩いてタバコを落し、ベルトに挟み込む。
足元に置いた石弓は既にセットされている。近くに寄ってきた敵兵にボルトを放つと、倒れる姿を見ずに、足と両手で弦を張る。
「道を上ってきます!」
魔導士のお姉さんの声に、急いで渡された松明を焚き木に投げつける。
直ぐには燃え広がらないと見た、魔導士のお姉さんが火炎弾を放って火を大きくする。
これで少しは持つだろう。
王女様達はケースのボルトを使い果たしたようで、予備のボルトを使って交戦している。
ボルトケースとバッグのボルトを王女様達に渡すと、ミューちゃん達を先に砦に下がらせた。石弓を背中に担いで刀を抜く。
いよいよ白兵戦が始まりそうだ。
重装歩兵達が槍で牽制しながら下がって来るのが見えた。
「王女様、門まで下がって援護してください。俺は重装歩兵の撤退を支援します」
「了解じゃ。バンター、死ぬなよ!」
魔導士達に守られながら、屈みこんで撤退を始めた。直ぐに柵に取り付いて来たt騎兵に刀を突き入れる。
少し離れたところにボルトが射こまれた。門に下がった王女様達が盛んにボルトを放ってくれる。
槍を構えながら下がってきた重装歩兵の一団と一緒になりながら、少しずつ砦に下がっていく。
槍衾を越えて飛び込んで来る敵兵を次々に斬り割いて行くのだが、ともすれば足がもつれそうだ。
門に近付くにつれて敵兵が俺達との距離を開けて来る。砦の上と門から雨のように矢とボルトが放たれているからに違いない。
ゆっくりと門の中に入ると同時に門を閉め、閂を掛けた。これで、とりあえずは一安心ってところだ。
「けが人はいないか!」
「4人出ましたが軽症です。石弓の操作に問題ありません」
「礼拝所で手当てをして貰え。これからも続くんだからな」
隊長達も大変だな。
「状況は!」
広場の中ほどで見張り所に向かって大声をあげた。
「門の前に2個小隊。どんどん膨らんでします。東に移動する気配はありません!」
やはり、村の位置を知らないようだ。
となると、こいつ等の目的は砦の攻略ってことだな。
そのまま広間に入る。すでに皆が集まっているぞ。
席に着く前にパイプにタバコを詰めて暖炉で火を点けた。
ゆっくりとした動作で席に着くと、緊張した面持ちで俺を見ている皆の顔を眺める。
「どうにか始まりました。夜になるかと思いましたが、ザイラスさんのおかげで早まりましたね。敵の陽動は失敗です」
「ですが、砦を囲まれてます。我等は1個小隊と少し、対する敵軍は2個中隊以上です」
オブリーさんは心配性だな。
それは正しくもあり、間違いでもある。どうにか砦を力攻めで攻略するには4倍の戦力と言われているから俺達の8倍の勢力であれば容易なのかも知れない。だけど、それは互いの武器が同じである場合だろう。
俺達の一番の違いは命中率に優れた石弓を持っており、魔導士部隊を持っていると言う事だ。
食料はたっぷりと準備してあるから、籠城戦でも先に値を上げるのは敵軍に違いない。
先ずは少しずつ敵兵を刈り取ることにしよう。
そろそろ、日も落ちる頃だ。
本来なら今頃からこっちの戦が始まるんだけどね。
西から攻め手来る連中は、まだ陽動が失敗したことを知らないんじゃないかな?