SA-068 動乱の予感
遠くからコーンコーンと杭を打つ音が聞こえてくる。
直ぐに軽装歩兵が、荷車に乗せた杭を等間隔に打っている姿が見えてきた。
村人も混じっているのは、民兵なんだろうか?
柵を東西に延長する作業が急ピッチで行われているようだ。
「これは王女様、ご視察ご苦労さまです」
「敵の数は我らの予想以上じゃ。我等にバンターありと言えども、戦うのはお主達じゃ。その時まで柵を補強するのじゃぞ」
俺達を目ざとく見つけたサンドラさんが走り寄って、王女様に挨拶してる。
王女様もそれなりに答えられるようになったな。
確かに王女様の言う通り、このまま戦が始まるまで柵が作り続けられるのだろう。陣地も少し大きくなって、3個分隊程が待機できそうだ。
下の森から見れば陣地は小高い丘のように見えるはずだ。その近くだけ柵が二重だが、それも伸ばした方が良いだろうな。
下の森から杭はいくらでも作れるし、木の先端は逆茂木に使える。枝は蔦で作ったカゴに入れて火攻めにも使える。
そんなカゴが、陣地の後ろにたくさん作られている。阻止用にも使えるし、意外と用途があるな。
「バンター、我等が急行しても精々2個分隊じゃ。火消しが出来るのじゃろうか?」
「ここが俺達が守るべき場所なのですが、荷馬車を使うのは場合によっては西への転戦を考えているからです。森から木を伐り出していますが、森そのものは鬱蒼としていますから大軍を展開できません。3個分隊で十分に防衛は可能と考えています」
「民兵を2個分隊確保しています。石弓を持たせていますから、陣地防衛に問題は無いでしょう。我等は弓を使おうと思っています。矢とボルトも2回戦分が各人に、それぞれ300本を陣地に確保できました」
サンドラさんの説明では中隊規模なら問題なさそうだ。軽装歩兵の本来の武器は弓と短い槍だから、接近戦になったら槍が使えると考えているのだろう。
「中隊規模ならそれでいいけど、2個中隊を越えていそうなら迷わず森を焼いてくれ。それで時間が稼げるから援軍を送ることが出来る」
「期待してます!」
俺達に騎士の礼をすると、部下の元に走って行った。
あまり邪魔をしないで引き上げるか。
次に気になるのは北の村だけど、あっちは重装歩兵が総動員して住宅を作っているから俺達が出掛けると邪魔になりそうだな。
遠くから見てる分には問題ないだろう。
そんな事を考えながら北に向かってカナトルを進める。
何台か、荷馬車が北と砦に向かっている。ミクトス村からの荷物だとすれば矢とボルトなんだろう。作りは雑だが量を揃えると、リーダスさんが話してくれた。
「いつやって来るのじゃろう?」
「まだマデニアムからの増援が峠を越えていません。援軍が来て数日を考えています」
「5日以上の余裕があると言う事じゃな。それまでに西の柵は完成するのじゃろうか?」
ザイラスさん達が頑張っているはずだ。真ん中の陣地作りは軽装歩兵達が行っている。陣地周辺は何とかなりそうだが、西の柵の二重化までは行えないだろうな。
それでも、陣地に隣接して西への出入り口を作ったようだ。
立派な作りだと言っていたが、フェイクなんだよな。
敵軍が西の柵を越えようとしても、目標物が無いんでは越えた後に俺達の罠にはまると考えるのが普通だ。
ザイラスさん達の騎馬隊が遊よくして交戦する理由がそこにある。
柵の内部がどうなっているか不明ならば、敵は明確な目標物を目指すだろう。それを落すことにより自軍の拠点とすることも可能だ。
西への出入り口は正しくそれを狙ったものだ。
門を越えると、陣地側に誘導されるような柵の構成を内部に作ってある。石弓を2段に構えれば虐殺現場になりそうだ。
「あの門の目的もいまいち分からぬ」
「ザイラスさんの気分転換と、敵に攻める場所を教える為です。一番の激戦地になりますよ。重装歩兵1個小隊の頑張りどころです」
そうは言っても、1個小隊では不足だろう。その為の荷馬車部隊と言う事でもある。
カタパルトが陣の屋根に備え付けられている。簡単に板で囲っているから、早々破壊されることは無いだろう。残り数発の爆弾を括りつけた投槍のようなボルトが放たれれば、敵の動揺も誘えるだろうな。
そんな状況を見たところで、砦に帰ることにした。
途中気になって北の森を眺めると、1本の線が森に作られている。山火事の阻止線と敵の進軍を知るために作らせているが、かなり形になっているようだ。戦が始まる前にもう少し線の幅を広くしたいところだな。
「やはり戦力不足が明確じゃ。民兵を使うと言う事だが、それで間に合うものなのか?」
「戦力不足は致し方ありません。カルディナ王国内に広く募集すればそれなりに集められるでしょうが、敵側の兵が紛れないとも限りません」
それこそ俺が一番恐れることだ。
士気の低下で済めば良いが、最悪王女様の暗殺に走られかねない。それならギリギリの戦力で敵を迎える方が遥かにマシだ。埋伏の毒を仕掛けられないように気を付けてはいるんだが、新たな人材を迎える時には十分に注意しなければならない。
ザイラスさん達が見知った人物ならば問題ないんだけどな。
「ふむ、となれば激戦じゃな?」
「これが初めてではありません。士気の極めて高い軍にマデニアム軍は攻撃してくるんです。俺達には後ろがありませんからね。全力で敵に当たらねばなりません」
最初のぶつかり合いで、俺達に飲まれたらマデニアム軍はどうなるんだろう?
敗走してもマデニアム王国はそれを良しとするだろうか?
場合によっては、新たな国家がもう一つ生まれる事態にならないか?
少し考える必要があるぞ。
砦の広間に戻ると、地図をジッと見据える。
俺の態度がそうさせるのか、誰も話し掛けて来ないのがありがたいところだ。
俺の見る地図がカルディナ王国では無く、周辺王国を網羅した地図であることも、彼女達の疑問に違いない。
いぶかしげな眼をたまに俺に向けているのは分かっているけど、それ以上の詮索はしないで放っておいてくれる。
ミューちゃんがお茶のカップを届けてくれたけど、俺の視線が地図全体を見ていることをやはり変に思ったのだろう。「ありがとう」とミューちゃんに向けた俺の目に移ったのは、首をかしげている姿だった。
暖炉でパイプに火を点けると、先ほどと同じく地図を見据える。
もし、俺達に敗れた敵将がカルディナ王国を自分の王国と宣言したら、反旗を翻した敵将を討つ軍隊がマデニアム王国には存在しない。
唯一の方策は、クレーブル王国への侵略を諦めて南の砦、王都に駐屯する部隊に討伐を命じることだが、下手に南の砦の兵力を減らしたらクレーブル王国軍がカルディナ王国開放を旗印に攻め入ることも予想される。
もう一つ考えられるのは、反旗を翻した軍の自滅を待つと言う事だ。
この場合は、連合王国の総力を挙げてクレーブル王国侵攻が始まるだろう。港を抑えれば、それなりに財源が確保できる。銀山を奪うのはその後でも十分に可能なはずだ。
「王女様。クレーブル王国に文を送ってくれませんか? マデニアム王国連合がクレーブル王国に攻め入る可能性がかなり高まってきました。近々行われる俺達との戦で、マデニアム王国軍が敗退した場合、最悪一か月後には侵略を開始します!」
「書状はしたためるが、理由が分からぬ」
「マデニアム王国の使える兵力がほとんどこちらに来ています。我等に敗退したマデニアム王国軍は祖国に帰るでしょうか? 帰れば敗退の責任を問われるでしょう。それなら、北の砦に籠り、銀山の採掘を始めることで小さいながらも独立することも可能です。
マデニアム王国としても見過ごすわけには行かなんでしょうが、クレーブル王国侵略後でも、その対応は可能とかんがえるのが一番可能性としては高くなります」
「分かった。直ぐに始めるのじゃ。エミルダ叔母様も手紙を添えてくれれば国王もそれなりに対処してくれるじゃろう」
そう言って、マリアンさんに筆記具の準備をさせている。
後は、商人に託して教団の荷馬車で運べば良い。
「それにしても……」
オブリーさんがぶつぶつ呟いている。
「いったい、その考えはどこから来るのですか?」
「今度の戦がどのように終わるかを考えた時に出て来たんだ。戦だけを見るのは良くないぞ。その戦の始まる原因、戦の主戦場、戦の終わった後の状況という風に、段階を追って考えないと、何のために戦を行うか分からなくなってしまう」
「戦だけに集注して策を考えると言う事ではダメだというのですか?」
「その通り。でないと物事を偏って見る事になる。たとえ戦で敗退しても、戦後処理がきちんとできていれば次に繋がる。それに自分達に有利なように負けることもできるわけだ。と言っても、次の戦で負けるとは考えてないよ。その結果を考えたら、俺の予想と少し違ってたと言う事になる」
王女様達の書状は3日後に、タルネスさんの手に託されマデニアム王国の教団に渡される。
マデニアム王国の新たな援軍が峠を越えた、と言う知らせが入ったのはそれから5日後だ。
いよいよ俺達の進路が決まるぞ。
すでに西の柵は完成し、柵の二重化を部分的に始めている。敵がやってくるまでにはかなりの工事が終わってるんじゃないか。
敵軍は王都に集結しているらしい。今は誰も住んでいないアルテナム村にも3個中隊が駐屯しているとの事だ。ふもとの砦の兵力と合わせれば1個大隊以上の戦力となる。これが間道からの陽動軍だな。王都の兵力と北の砦の兵力を合わせれば3個大隊規模になるが、全部を出せないのは気の毒だ。2個大隊規模の戦力で西から来るのだろうが、その進軍ルートは北の砦の細い道を移動することになるから迎撃のチャンスが出てくる。
早速、ラディさん達が西に向かって出発した。
連絡を待って、ザイラスさん達が誘いを掛ける手筈だ。2個小隊の矢でどれだけ敵軍を減らせるかはやってみないと分からないが、直接交戦しなければ相手が騎馬隊でも構わない。
各部隊の配置を完了して、俺達はその時を静かに待つことにした。