SA-066 王女様への宿題
ラディさんから、荷馬車を送れとの連絡が入り、ミクトス村から掻き集めて数台の荷馬車を重装歩兵達が運んで行った。
どうやら、村の住居を解体して運ぶことを考えたようだ。
俺達が作るのに難儀している板や窓枠、扉等を運んで来るらしい。村人の荷馬車や荷車には家財道具や子供達が乗っているらしいから、それを退かして運ぶわけにはいかないからな。
途中まで運んで再度村に戻り、運べるものは全て運ぶとの事だ。
明け方近くになって、間道を歩いて来る村人の長い列が砦からも見えてきた。
今のところは順調に事が運んでいる。すでに、村人の後列も山道に入り込んだとの事だ。
ザイラスさん達は、まだ砦に睨みを効かせているらしい。
ミクトス村からも避難して来る村人の受け入れの手伝いに二十人程が向かったとの知らせが届いた。
朝日が昇るころに、ようやく村人の列の最後尾が関所を越えたのを見て、やっと胸をなでおろす。
もっとも、これから住居を作るために避難してきた村人達は力を合わせねばなるまい。
それは、彼等に任せて俺達は迎撃の準備に入ることになりそうだ。
軽めの食事を取って、仮眠を取る。まだザイラスさん達は帰らないが、一足先に休ませて貰おう。
俺が目を覚ましたのは、昼過ぎの事だった。
広間には、当番兵が手持ち無沙汰に暖炉際でチェスをしている。俺の姿を見て、慌ててゲームを止めようとしたのを手で制して、暖炉の火でパイプに火を点ける。
「ザイラスさんとラディさんは戻ったのかい?」
「先ほど戻られました。仮眠を取ると言っておられました」
「戻っていない部隊はあるのかい?」
「全て戻っております。通信兵も帰ってきました」
どうやら、無事に引っ越しが済んだようだ。これからが大変だな。2つの村が出来たから社会的な組織作りもしなければなるまい。村人全員が農家ではないのだ。
2つの村と騎士団を合わせれば1,500人を超える大所帯だからな。役割分担を明確にして村社会が機能するようにしなければならない。
この広間にも、2つの村の代表者を呼ぶ必要も出てくるだろう。
王女様を君主とした1つの王国を形作る事になりそうだな。
「バンターは起きていたのか? だいぶ早いな」
「先ほど起きたところです。どうやら引っ越しが無事に済みました。後は戦が待ってますけど、その後を少し考えませんか?」
王女様1人で起きて来たようだ。鏡が無いのだろうな。頭の髪があちこち跳ねているぞ。
そんな事を気にせずに、暖炉のポットでお茶を作り、俺にもお茶のカップを渡してくれた。
気さくな王女様だな。ありがたく頂いて一口飲むと、かなり苦いぞ……。
「ふむ。その後と言うからには、我に王国の基本を考えろと言う事になるのだろうな。エミルダ叔母様が似たような話をしておった。望む形が見えれば戦にも力が入ると言っておったぞ」
「俺も賛成です。王女様を君主とした王国、王女様が女王であれば、皆は付いて来るでしょう」
「そこに1つ、問題がある。カルディア王国の周辺諸国に女王を君主とした王国はいまだかつてなかったのじゃ」
「あえて、その慣習を破ることも必要と考えますが?」
「……エミルダ叔母様は、それも良しと言っておられる。だが、それを口実に再び戦が起きるようでも困る。順当なら、クレーブル王国の有力貴族から国王を迎えることになるじゃろうが、生憎と我に合う年頃の男子がおらぬ。5歳も年下の男子ではのう」
中々難しい問題が待っているってことだな。もっともこれは王族達の話だから、どうにか妥協点が出されるんだろう。
クレーブル王国との縁組で、益々両国の関係が強固になると言う事にも繋がるのだろう。
「次に、王国の組織を考えねばなりません。王国の運営には貴族が深く係わってきたと思うのですが、王女様には貴族社会を再び作る考えはありますか?」
「ん! バンターの王国には貴族はおらぬのか?」
不思議そうな顔で俺を見る。
そう言えば話していなかったな。勝手に俺が下級貴族だと勘違いしていたんだっけ。
そろそろ、本当の事を話したほうが良いのかも知れない。
今更、ここから放り出されることも無いだろうからな。
「ええ、貴族はおりません。国王と呼べる人はおりますけどね。実際に国を統治しているのは、一般市民なのです」
「何だと! そんな国では直ぐに滅んでしまうではないか。どうして、そんな事ができるのじゃ?」
「おもしろそうなお話ですね。私も聞かせて頂きたいですわ」
いつの間にか、エミルダさんが広間に入っていた。王女様が慌ててお茶を入れているぞ。
王女様が渡してたカップを、微笑みながら礼を言って受け取っている。
「貴族がいないという政治形態であれば、デリア神皇国がそれに近いのでしょうか? 神学を修めた大神官達の合議制で運営されています」
エミルダさんの話では10人の大神官が頂点に立って国を仕切っているそうだ。10人が各自の得意分野を受け持っており、欠員が出ればその分野に神官の筆頭が大神官となるらしい。
代表制と言うのかな? 確かに貴族はいないけど、権益の代表者が集まっている感じだな。貴族が権益を得るのではなく、権益が貴族を作ってる感じに思える。
「バンターの王国はどうなのじゃ?」
「基本は三権分立なんでしょうが、綺麗に独立はしていませんね。その辺りは色々とあるんでしょうけど。司法、行政、立法の3つに区分されています……」
理想的にも見えるんだけど、人間が行う事だから弊害も出て来る。それをきちんと是正出来るようにしないといけないだろうな。
「国王が全てを行うと言うわけではありませんし、有力貴族にその権限を与えるわけでもありません。国民が選んだ人間が、代表者になってその仕事を行うのが俺の国の仕組みです」
「国王の役目は?」
「国の象徴となりますが、さすがにこの国に当てはめるのは無理があります。小さな王国がたくさんありますから、外交と国防は他人任せと言う事にはいかないでしょうし……」
外交政策がコロコロ変わるようではいけないだろうし、他国が攻めて来ても直ぐに対応出来ないような国政でも困る。
「王女様はそれを考えなければなりませんよ。俺を含めて騎士団の連中も協力してくれるでしょう。ですが、それを決断するのは王女様になります!」
「王国の再興とは難しいものじゃな。とは言え領民がおるのじゃ。我を良く見ておる事も確かであろう。それにしてもバンターの王国は変わっておるのう」
周辺諸国を含めて王政だからね。
民主国家と言う概念はまだまだ育たないんだろう。
とはいえ、良い機会でもある。かつてのカルディナ王国を手本に、問題があると言う箇所を変えて行けば良いんじゃないかな?
それを実施する上で最大の問題は知識階級とも言うべき貴族がいないと言う事なんだが、貴族の子弟ならば少しは教育もされているんじゃないか?
フィーナさんが使っている貴族の子供達を使う事になりそうだな。
「かつての王宮で行われていたことを、書きだす事から始めようぞ。マリアンや魔導士達も王宮暮らしをしていたから少しは協力して貰えるに違いない」
自分で始めようと考えたことをエミルダさんは頷く事で賛意を示している。
教団の上の方にいたぐらいだから、分からなければ聞いて来るだろうと考えているのだろう。
内心は、俺の世界の政治方式を選ばなかったことを喜んでいるんじゃないかな。
だけど国民の幸せを追求していくと、先制君主では限りが出てしまう事は気が付いていないみたいだな。
自室からメモ用紙と筆記具を持ってきたところをみると、早速始めるみたいだな。
マリアンさんが後ろから覗いているし、オブリーさんも目だけがメモに向いている。
後ろを見るといつの間にかミューちゃんまで席についている。
ぼんやりと考え込んでいる時に皆入ってきたのかな?
改めてお茶を頼んで、地図を見ながらバッグから視察の時のメモを取り出す。
俺も、次の戦を考えないとな。
前の戦に敗れて、北の砦の一部を焼いたのだ。マデニアム王国の作戦本部の名目は丸潰れに違いない。
大軍で来るのは分かっている。一気に事を進めるのか……。それとも、じっくりと腰を落ち着けて俺達を兵糧攻めにするのか。
いくら考えても、『もしも』と言う枕詞が付いてしまう敵の動向だ。想定が色々と重なり、その大きさを変えて見る。
さらに、昼と夜の攻撃に分けなければならない。
迎撃線であっても、これほどのバリエーションになるとは思わなかったな。
夕食間際になると、主だった部隊の隊長達が集まって来る。
質素なスープとパンは、村人と同じ夕食だ。そんな夕食にワインがカップに1杯付いているのが普段と違っているのだが、夕食が終われば更にもう1杯が配給されるに違いない。
夕食が終わって、村人の引っ越しが無事に終わったことを、王女様が皆に告げると、ザイラスさんがワインのカップを持って乾杯を言った。
「それにしても、無事に終わって何よりです」
「それもザイラス、トーラスの2人がふもとの砦の牽制をおこなってくれたおかげじゃ。
軽装歩兵達も引っ越しの手伝いと、住居の解体を夜分に行ってくれた。おかげで新たな住居も早く仕上がるじゃろう。
それに通信兵とラディのおかげで状況がここにいても良く分かった。我等とマルディア軍の一番の違いは通信兵を持つことと、ラディのような監視兵を持たぬ事じゃな。次の戦でもこれらの違いが勝負を分けるに違いない」
確かにその違いは大きいかもしれない。
待てよ。あらかじめ部隊を配置するのではなく、状況に応じて部隊を展開しても良いんじゃないか?
それには迅速な部隊展開の交通手段が必要になるのだが、2個小隊の騎馬隊と2個分隊の軽装歩兵を荷馬車に乗せても良さそうだ。
荷馬車の使用で物資の運搬も速やかに行える。俺もカナトルに乗れば騎士ほどではないにしても移動できるからな。2個分隊の指揮を取っても良いんじゃないか?