SA-064 引っ越しの段取りも色々ある
「何だと! 打って出るだと?」
「ええ、間道の出口で監視している騎士は分隊単位です。これを打ち破ればアルテナム村で行く当ても無く怯えている村人を助け出せます」
「だが、村人と言っても千を超える人数だ。そう簡単に逃げだせるとは思えんが……」
夕食後に主だった連中が明日の作業の確認をしている時に、俺の考えを話したんだが、皆の反応はイマイチだな。
「敵の増援がまだです。やって来てからでは村人の移動は不可能。今だから何とかなると考えているんですが……」
「2個大隊がやって来ては、ふもとの砦では収納しきれまい。まして、その増援が我らの攻略を考えての事ならば、アルテナム村は格好の駐屯地になる。略奪、狼藉はし放題となるじゃろう。ザイラス、ここは正義の味方の出番と思うが?」
王女様の言葉にマリアンさんは感じ入っているけど、ザイラスさんは渋い顔をしているな。かなりの難問であることは確かだ。
「王女様の命とあらば決行に他意はございません。バンター、作戦はどうなるんだ?」
「順番が必要です……」
先ずは村人の準備が必要になる。事前に村に入って、俺達が受け入れる用意が出来ていることを知らせて、彼等に手荷物を準備させなければならない。
次に、間道のふもとにいる監視兵達を倒す必要がある。
倒した後は村に邪魔がいなくなったことを知らせて、村人の移動を支援する。
最後に村の異変を知ったふもとの砦から出て来る敵軍を足止めしなければならない。
「夕刻から始めて、未明に村人を関所内に入れることで作戦は終了です。
村への知らせはラディさんに頼みます。エミルダ様の文を村の神官に届けて貰い協力を仰げば村人の不安も減るでしょう。
ふもとの騎士達を襲撃するのは軽装歩兵2個分隊で対応します。
騎士達を倒したら、直ぐに知らせてください。知らせる相手は2つ。あらかじめ間道の隘路に待機している1個小隊の騎馬隊と、村の神官です。
村人はこの段階で俺達の陣に移動して来ますから、間道の要所に松明を用意しておいてください。
最後に騎馬隊は、ふもとの砦近くで様子を見ていてください。もし、夜に砦に動きがあれば爆弾の付いた矢を放ってください。
残った爆弾はラディさん達の持っている爆弾を合わせれば30個を越えます。10個を持って行き、敵の状況に応じて使ってください。
もし、砦に変化が無ければ、夜が明ける前に5本を砦内に放って帰ってくれば作戦は終了です」
「俺達は時間稼ぎと言う事だな? だいじょうぶだ。村と砦の距離はかなりある。気付かれることは無いだろう」
ザイラスさんとトーレルさんが顔を見合わせて頷いている。
「ふもとにいる騎士は我等で倒しましょう。石弓があれば容易です」
グンターさんの言葉が心強い。
「私は、書状を書けばよろしいのですね。直ぐにしたためます。ラディ様、後はよろしくお願いします」
「了解です。今夜中には村に向かうつもりです」
作戦を話せば自発的に動いてくれるから助かるな。後は邪魔が入らないことを祈るばかりだ。
「我の仕事が無いように思えるのじゃが?」
「俺達と一緒に、柵の状態を一回りしましょう。大戦が近付いています。ちょっとした弱点があれば敵はそこに集まってきます」
「事前に確認するのじゃな。一度見ておけば見張り台で役に立つはずじゃ!」
何とか誤魔化したぞ。だけど、王女様の言う事も正論だな。メモ帳を持って気付いたことを書いておこう。
先ず、自分達の置かれた状況をしっかりと確認しておけば、敵の攻撃にも応用が効くに違いない。
翌日は、5人でカナトルに乗って柵を巡る事になったのだが、マリアンさんがバスケットに入れたお弁当をミューちゃんに渡していたから、何となくピクニック気分だな。
王女様は領地の視察じゃ! と張り切って先頭を進もうとするから、オブリーさんが慌てて王女様の前に位置している。
軽装歩兵や重装歩兵によって以前に作った柵が引き抜かれ、砦と新たな北の村の柵に沿って並べ変えられている。
先ずは1つの柵を作って、余力で柵を二重にすれば良い。簡単な空堀も作ってあるけど、50cm程の幅と深さだ。
「荒れ地には柵を作っておるが、その上の森はそのままじゃな」
「少し考えないといけませんね」
王女様にそう答えると、カナトルから下りて森の中に入り状況をメモしておく。
荒れ地の北側の森は、見掛けよりもかなり険しい森だ。数十m程奥に入ると急に斜度がきつくなる。
そんな森の縁を巡るように俺達の視察は続く。
北の村の住居は20戸程が完成しているようだ。村人の避難規模を考えると、さらに数が増えそうだな。
柵作りが終われば、住居作りも頑張らねばなるまい。
時計周りに巡って東の尾根が近付くと、簡単な櫓が森の傍に見えてきた。
今は誰もいないけど、あれが俺達の銀鉱山らしい。
傍に寄ってみると、1m程掘った場所に鉱石があるようだ。ツルハシで岩を砕いた跡が見える。露天掘りに近い感じがするけど、どんな感じに鉱床が広がっているのかまではまだ分らないようだな。
ミクトス村までは2km程距離があるから、村への影響は無いだろう。少し東寄りに作られたログハウスのような製錬所の廃液も東にある小さな谷間に流すことを考えているようだ。
「我等の資金源じゃ。将来はここに町が出来るじゃろう」
「クレーブル王国との道路も計画しなければいけませんね」
「共に発展しそうですね。早く戦を終わらせたいものです」
これからの話を悲観することなく話せるのは良いことだ。
現在は試掘に近いけれど、北にそびえる大山脈は他からの山ってことなんだろうな。
だが、そう考えるとカルディナ王国の東西の王国には銀山は無いんだろうか?
ちょっと気になるところだな。
東の尾根も急斜面ではある。大規模な兵力を展開して攻めて来るようなことは出来ないだろう。狼の巣穴に向かう山道がただ一つの緩斜面のようだ。それもあまり広くはない。どうしてこんな地形が出来たのかと考えてしまうな。丁度食パンの段々のような感じで谷が横に走っている感じに見える。
東側の尾根伝いに荒れ地を南に移動して、荒れ地が急な斜面になった場所で昼食を取る。
緩やかな崖の下には鬱蒼とした森が広がっている。あの森を越えることも容易ではないはずだ。森自体が天然の柵と言えるだろう。
「この場所に柵を作るのじゃな?」
王女様がモシャモシャとパンを食べながら問い掛けてきたけど、ちゃんと食べてから話をしないとマリアンさんに叱られるぞ。
「そうなります。簡単な柵でも十分に機能するでしょう。内側にもう一つ柵を作れば、迎撃をするにも楽になります」
「柵を2つですか?」
オブリーさんが問い掛けてきたけど、すでに食事は終えたようで焚き火で沸かしたお茶を飲んでいる。
「柵を作るには、その柵の機能を考えると見えてくるんです。阻止、目印、防御と言う感じですね。敵が柵越えをする時を狙って石弓を射かければ良いんです。石弓の有効射程である150D(45m)の距離を置いて防御用の柵を作り、柵の下に2D(60cm)程の板を張るだけで安全にボルトを放てます。もう少し、頑丈に作ればもう少しで見えて来る南の砦になりますよ」
長めの昼食休みを終えて、今度は西に向かってカナトルを進める。
やがて、簡単な丸太作りの砦が見えてきた。
砦は村の民家の壁程の高さに丸太を組んだものだ。周囲と屋根は土を盛ってあるから火矢を受けても燃えることは無い。
小さな監視用の窓は矢狭間を兼ねている。中は2m程の天井高さで、20D(6m)四方の広間になっている。
暖房用の囲炉裏もあるから、凍えることもないし、煮炊きだって出来る。
砦の東西には200D(60m)ほど、頑丈な柵が作られている。その両端は50D(15m)程北に柵が続いているから、回り込まれる事も考慮しているようだ。
俺達が通るのを見て軽装歩兵が砦から出て手を振ってくれる。
すでに監視体制に入っているって事だな。
「二重の柵とは、このように作るのですね。10D(3m)程の距離を開けて作る例はあるんですが……」
「それにも理由があるんだ。それだけ開けて柵を作れば騎馬隊を阻止できる。柵を作るには阻止する相手を考えることも重要だと思うよ」
そんな話をしながら、アルデス砦に戻って来た。砦の南側は三重の柵になっているから、これを越えるのは容易では無さそうだ。少し離れた場所に2m 程の杭が等間隔で打ってあるのは、敵が攻めて来た時に丸太を積み上げて壁代わりにするのだろう。
矢を防ぐには、この方法が一番っだからな。
砦に入って、カナトルを軽装歩兵に渡すと広間でお茶にする。
やはり、南東方向が鬼門になりそうだ。簡易な柵を新たに作ることになるだろう。西の備えは何とか形にはなっている。とは言え、北の森を回り込まれる事も考慮すべきだろう。防火帯のように森の一部を伐採して逆茂木を作れば良いのかもしれない。
「村人の引っ越しは今夜じゃったな?」
「ですね。徒歩でこちらにやってきますから生活用具も揃えてやらねばならないでしょう。食器類は商人に頼んでありますが……」
冬を越せるだけの衣食住がきちんと用意出来れば良いのだが……。
「足りなければ、商人を頼ることになる。それを考えると峠の拠点を戦場にしたくはないのう」
王女様の言葉が身に沁みる。俺も避けたいのは山々だけど、相手がどう出て来るかだな。
早い段階で、狼の巣穴を放棄してこちらに移動すれば、敵側も深追いすることは無いかも知れない。山道が数kmも続いているのだ。山道をたどるような事をするだろうか?
それに、敵にとってもあの砦の利用価値はほとんどない。
俺達に利用されないようにするにはある程度の部隊を駐屯させる必要があるが、それだと完全に利用価値のない部隊を維持しなければならなくなるだろう。
精々、炎上させて引き上げることになるんじゃないか?