SA-063 引っ越し?
しばらくはカナトルの背に揺られていたのだが、村の真南辺りからは、土地がかなりうねっている。
緩やかな勾配の荒地が終わって、ちょっと急斜面になっているようだ。雨水が流れてこんな土地が出来たんだろうな。
そんな光景が続いていたのだが、突然、砂利を敷き詰めたような場所に出た。
雨水が一番流れた場所なのだろう。土が完全に流されてるぞ。
当然、森も木々が育たないからずっと奥まで砂利が道路のように続いている。
「やはり現場を見ないと分かりませんね」
「これを探していたのか?」
「まるで間道のようにも見えます」
俺が探していたのが何か、どうやら王女様にも分かったようだ。オブリーさんの独り言が俺の最も恐れる事そのものだ。
砦の東に広がる荒地と森の間にはかなりの落差がある。
荒地に振った雨水が流れる枯れた川があるに違いないと思っていたが、現実に見た場所は、予想以上に道として機能しそうに見える。
「ちょっとこの道に入ってみようか?」
俺の言葉に皆が頷くと、ミューちゃんを先頭に森に入って行った。
ミューちゃんとメイリーちゃんは片手に石弓を持っている。すでに弦が引かれてボルトが滑空台の上に乗っているから、トリガーを引けば直ぐに発射できる。
何が出てくるか分からないって感じだからな。俺も背中の刀の位置を直して置く。
森に入る場所は少し勾配がきついが、森の中はそれ程でも無い。どこまでも真っ直ぐに砂利の道が続いている。両脇は30cm程高くなっているから、雨水はいつもここを流れるのだろう。
カナトルが進む事に何ら支障はない。
となれば、騎馬も容易に進めるって事になりそうだ。軽装歩兵ならなおさら容易になる。
さらに進むと森が林に変わってきた。木々の間を通して遠くにふもとの砦の尖塔が見える。街道からは少し離れているようだが、陽動の為の迂回路を森の中で探せば直ぐにも見つかりそうだ。
これは早急に対策を考えなくちゃならないな。
急いで道を引き返して、再び森の際を東に進む。
問題がありそうな場所は、あの一カ所だけだった。柵を作るほかに手は無さそうだが、早めに見付けることができて良かったと思う。
その夜の打ち合わせで、砦に残った1個小隊の半数が、新たな柵作りに駆り出されることになった。
「そんな道があったとはな。あまり下の森には近付かぬから今まで分からなかったのだろう」
「それより、軍馬では無くカナトルですか……。あれは子供の乗馬訓練用の馬ですよ」
「じゃが、我にも乗れるのが分かったぞ。これからは歩かずに済むのじゃ」
トーレルさんの言葉に王女様が問題なさそうに言っている。
マリアンさんも、落馬しても低いからだいじょうぶだろうと言う顔だな。
「それでしたら、5人に専用のカナトルを準備させましょう。たぶん歩かせたのでしょうが、走らせるとそれなりの速さで走りますから」
ん? あのちっこい馬も走るのか。まあ、馬だから走ることは走るだろうけど、人が乗っても走れるんだろうか?
自分の馬が持てるんだから、ちゃんと練習することになるんだろうな。そうなると、俺も弓を練習した方が良いかもしれない。石弓は二の矢を射るのが難しそうだ。
3日も過ぎると、それなりにカナトルを乗りこなせるようになった。速く走らせる事も何とかだけど、自転車位の速さだ。それでも俺が走るよりも速いから、これはこれで便利としか言いようがない。
使う弓はザイラスさん達よりも短い弓で飛距離は50mほどだが、飛び道具を持つだけ距離を置いて相手と戦うことができる。
その弓を見て、ザイラスさん達が首を振っていたから、あまり前線には出して貰えそうもないかもしれない。
とは言っても、石弓よりは発射速度を上げられるから、落穂ひろい的に使う事は可能だろう。
石弓と弓を使い分ければ役立つと思うんだけどね。
ミクトス村の南に新しい柵が二重に作られ、逆茂木が並べられると少しは安心できる。
森の中の砂利道が良く見通せる場所に、丸太で頑丈な監視所を作った。
常時、3人の村人が監視所の中で見張ってくれるそうだ。
敵が見えたら、裏手に組んだ烽火台に火を点ける事になっている。駄馬に引かれた荷車で軽装歩兵を送れば、柵で足止めされた敵を迎撃することも容易だろう。
そんなある日のこと、いつもの商人から書状が届く。
ふもとの村に向かう間道には、マデニアム王国軍の部隊が監視しているようで、知らせは購入した荷物と一緒に狼の巣穴経由で届けられた。出口が離れた場所にあると色々便利に使えるな。
「何が書かれているのじゃ?」
「どうやら、マデニアム王国の予備兵力をカルディナ王国に移動するようです。2個大隊にはならないようですが……」
「峠で迎撃は難しいぞ。部隊を移動すればマデニアムの監視兵が気付くはずだ」
狼の巣穴に駐屯する重装歩兵は1個小隊。いつものように迎撃することになるだろうな。問題は襲撃の方法だ。いつものように行って良いものかどうか。
襲撃の打ち合わせに、重装歩兵を率いているオットーさんを急いで呼んで貰う。
駄馬に乗ってやって来たオットーさんを交えて、俺の考えた作戦を伝える。
「襲撃地点は3つの隘路の内、マデニアム側のこの場所にします。 隘路に曲がり角がありますからね……」
隘路に阻止用具を並べて粗朶を積み上げれば良い。それでしばらく相手を足止めできる。粗朶に火を付けてから両側の崖の上より矢を射かける。石弓でなく通常の矢で十分だ。【メル】で火炎弾を撃ち込めばかなりの被害が出るだろう。
その後は、ロープで街道に下りて狼の巣穴に移動する。
崖の見張り所で様子をうかがい、狼の巣穴に兵を進めるようであれば、砦を利用して登って来た兵を殲滅する。
中隊規模で登って来るようであれば、急いでミクトス村に移動すれば、村人と一緒に迎撃が出来るだろう。
「こんな感じです。撤退する時には烽火台の見張りを忘れないようにお願いします」
「南に下がるのではなく、街道を移動するのですな。西から敵の部隊がやって来ることは?」
「烽火台で見張って貰えば良いでしょう。崖の見張りに連絡すれば、走って知らせられます。その時には南に逃げてください。南の探索は進んでいると思っています。そろそろ俺達の潜む場所が北にあると敵が気付く頃かも知れません」
拠点が3か所に分散しているから全てを守るには兵力が足りない。現時点で放棄出来る場所は狼の巣穴と言う事になる。
とは言え、重装歩兵1個小隊が石弓を持って守るんだから、早々簡単には落とされないとは思うんだけどね。敵兵が1個小隊程度なら何ら問題にもならないだろう。
一応、念のためだ。砦に籠って全滅なんて考えかねないからね。
俺の育った世界の倫理基準とこの世界の倫理が同じとは限らない。そんな事が考えられるなら早めに言っておいた方が良いだろう。
「了解しました」と言って、広間を去るオットーさんを見ていたザイラスさんが、急に俺の顔を見つめる。
「4方向からの攻撃を考えているのか?」
「向こうの戦力はこっちの10倍以上ですよ。かなり無茶な手も使いかねません。それに俺達が下手な対応をすれば、一気に手薄となった守りを突破されます」
「かなり難しい状態と言う事か?」
地図に落とされた俺達の配置を見ていた王女様が呟いた。
「危機的と言っても良いでしょう。もっとも、最初から危機的でしたから今更ですけど……」
問題は俺達の作った砦の立地場所にある。
攻めずらいことは確かなのだが、それが返って俺達の最大の弱点になってしまった。
相手の主力がどこになるか分からない。4方向のどこからでも攻める時の困難さが同じになってしまいそうだ。
相手の攻め口をある程度想定できる場所が良かったとつくづく思ってみても今更手遅れなんだよな。
あえて一歩引いてみるか。
砦を前面に置いた防衛陣を考えると、西とふもとへ続く間道の守りは、ほとんど西からの防衛になる。
これだと新しく作っている村が防衛陣の外側になるから、村を取り込むために、砦から北西に続く防衛陣となりそうだ。
新しく作った村の柵も防衛陣の一部に使えそうだ。村を一時的に砦としても良いだろう。村人にも協力して貰えれば助かるな。
ミクトス村の南にある砂利道からの防衛は、柵を伸ばして砦の南側の柵と繋げれば良い。狼の巣穴への山道もミクトス村を取り巻く柵と南側に作る柵を連結すれば
簡単な防衛陣をコンパクトに作れるだろう。
俺が地図に線を描いていると、皆がそれを覗き込んでいる。
領土を小さくしたことに怒るかと思っていたが、どうやらそうではないようだ。
「それ程大きく、防衛陣を築くのか?」
「ええ、すでに作ってある柵を資材に作れば、新たに作るよりも時間を短縮できると思うんですが……」
「明日から、砦の部隊を総動員して作らせる。ミクトス村の連中にも手伝って貰えば東側は何とかなるだろう。ミクトス村の南側も強化できそうだ」
「バンターがあえて、防衛線を下げると言っておる。かなりの激戦になるじゃろう。柵は可能な限り丈夫に作るのじゃ!」
「心得ています!」
これで万全とはいかないが、かなり守りが容易になるだろう。
爆弾は先の戦でかなり使ったらしく、20個も残っていないらしい。俺とラディさんの持っている爆弾もあるが、これはラディさんに敵の後ろ側で使って貰おうと思っている。攻められるばかりじゃ嫌だからな。少しは嫌がらせをしてやろう。
翌日から、ザイラスさん達と歩兵達が柵作りを始めたから、砦に残ったのは俺と王女様達だけだ。
そこに、カルディナ王国内の偵察から帰ってきたラディさんが現れた。
直ぐに、テーブルの地図を前にして敵の状況を教えてくれる。
それによると、前回の戦で敵の損害はおよそ2個中隊と言うところらしい。
もう少し多いかなと思っていたんだが、俺の欲目と言う奴なんだろうか?
「現在、間道の出口を監視しているのは騎兵が1個分隊に減っています。アルテナム村はかなり疲弊していますよ。店は畳まれ、親戚を頼って村を出る者が後を絶たないそうです。どこにも行く当てのない連中は、教団の祠を守る神官を頼っているそうです」
「北の村に招きたいが、何とかなりそうか?」
「敵の増援前なら何とかなります。今夜、作戦を練りましょう」
かなり村から食料を取り上げたんだろうな。出ていく当てのある者は何とかなるだろうけど、残った村人がどうなるかは分からない。王女様の願いでもあるし、ここは残った村人の引っ越しを一気にやる必要がありそうだ。