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SA-053 終わったら素早く引き上げる


 再びザイラスさんが俺達のいる崖下を西に向かって馬を駆って行ったのは、パイプを吸い終えた時分だった。

 烽火台の知らせでは、敵の増援部隊の総数は4個大隊。軽装歩兵が2個大隊の後に騎馬隊と重装歩兵の混成大隊が3台の馬車を囲んでいる。最後は軽装歩兵の1個大隊と言う事だ。

 

 どれ位打撃を与えたかは、もうすぐ分かるだろう。峠の街道を通り過ぎてところで、2個小隊程は何とか減らしたいものだが……。


「あれか! バンター、やって来たぞ」

「本当に、この場で眺めていてもだいじょうぶなんですよね?」

 嬉しそうに振り向いた王女様と、心配そうな表情で振り向いたオブリーさんが対照的だな。


「この場を出なければ大丈夫です。王女様、先頭の部隊の損耗を良く見といてください」

「了解じゃ。1個小隊ごとに隊列を組むから分かり易いはずじゃ」


 俺の言葉に、ミューちゃん達も身を乗り出すようにして隙間に顔を近づけているぞ。

 隣に座った分隊長に、森で待機している連中に不用意に崖近くに出ないように伝えるよう指示すると、見張り所から後ろの森の中に身をかがめて消えて行った。

 

「確かに、興味本位で崖に近付く者もいるでしょう。賢明な指示だと思います」

 マリアンさんはパイプをまだ楽しんでいるぞ。

 4個大隊だとすれば通過するまでにかなりの時間が掛かる。

 俺も、パイプに新たなタバコを詰め込むと、コンロの炭で火を点けた。

 魔導士のお姉さんが俺達にお茶を配ってくれる。カップに半分程だが、緊張を和らげられれば十分だ。

 

 やがて足音を響かせて東からマデニアム軍の増援が俺達の直ぐ下を通っていく。

 1個大隊が通り過ぎる前に行軍が止まって、西の方から喚声が聞えてきた。ザイラスさん達が矢を射かけたようだ。

 一撃離脱だから、ザイラスさん達の攻撃は1分にも満たない時間なのだが、再び敵軍が動き出したのはかなり時間が経ってからだ。


「これでは、通り過ぎるまでに昼を越えてしまうぞ! 今の内に食事を取っておくべきじゃな」

「そうですね。敵軍を真近に見ながら食事を取るなど、中々出来るものではありません。賛成しますよ」

 分隊長にも森の中の連中に昼食を取らせるように指示を出して、バッグから紙に包んだハムサンドのような弁当を取り出す。

 もしゃもしゃと食べながら、敵軍を眺めるのも気持ちが良い。

 丁度馬車が通ったところだ。窓を固く閉じているのは、崖の上からの狙撃を警戒しているのだろう。周りを囲んだ騎馬隊の連中もしきりに崖の上を眺めているが、獣相手に作ったような偽装網を見破ることなど出来るのだろうか?


 馬車の後には再び軽装歩兵が槍を持って続いている。

「バンター、最後尾の軽装歩兵は新兵じゃな。槍の持ち方がなっておらぬし、隊列が乱れておる。武器は槍と短剣じゃから、狩るのは容易じゃ」

「精鋭が混じっていないかよく見ておいてください。侮っては大怪我をします」


 俺の言葉に振り向きもせずに見入っている。

 他の3人も見ているけど、ミューちゃん達には違いが分かるかどうか微妙だな。


 また移動が止まった。最後尾を歩く兵士達はその動きに追従できずに前の兵士とぶつかっているようなありさまだ。確かに練度が低いな。

 俺達の真下を増援部隊が通り過ぎるまでに1時間以上経過している感じだぞ。これでは峠の街道を抜ける前に日が落ちてしまうのは確実だな。

 ザイラスさんの攻撃がかなり有効って事になるだろう。

 王女様の報告では、先行した中隊の編成が2個小隊になっているとの事だった。

 東の隘路での襲撃とザイラスさん達の攻撃で、すでに2個小隊を削ったって事になるのだろう。ふもとの砦に到着する前に1個中隊程を減らせるかも知れないな。


「騎馬隊だけで1個中隊です。後々問題になりそうです」

「それ位は何とかなるよ。それよりも、そろそろ崖の上に集合だ。俺達の出番だぞ」


「あのカゴを背負っていくのじゃな?」

「ええ、ですが背負うのは俺達ですからだいじょうぶですよ」


 装備を整え、崖に向かうとすでに隊列を組んで待機している。

 崖の縁に立って南の森に手を振ると、数人が姿を現して手を振っている。

 東で襲撃を終えた重装歩兵達はとっくに森に到着しているようだ。

 敵軍はすでに尾根の向こう側に姿を消している。 

 王女様に顔を向けて頷くと、王女様が号令を出す。


「さて我らの狩りの時間だ。相手が新兵とは言え数が多い。距離を置いて倒せば後が楽になる。行くぞ!」

 ハシゴを下して次々に街道に降り立つ。カゴは見張りの兵が上から落としてくれた。

 森からも兵士があふれ出すように出てきた。

 数人で担いでいるのは槍車じゃないのか? 前よりも小さいが、車の先には剣では無く槍が数本伸びている。


2台の槍車にカゴを乗せると、重装歩兵達がそれを押していく。

 たぶん騎馬の阻止用に作っていたのだろう。あれを前に置いたら早々超えることはできないだろうな。

 3人の重装歩兵が先行して前の状況を調べてくれるから、俺達はのんびりと歩いていられる。槍車に乗せられなかったカゴも重装歩兵達が担いでくれた。


「昔の襲撃の方がスリルがあったのう。あの崖下で敵が通るのをジッと待っていたのじゃ」

「それだけ我らの戦力が上がったと考えましょう。それにそれ程楽ではありませんよ。俺達は1個小隊に満たない数ですが、相手は4個大隊です」


 そんな話をしていると、前方の兵士が急に崖に張り着くようにしてこちらに駆けて来る。

「あの尾根を過ぎると敵の最後尾です。停止していました」

 俺達にそれだけ伝えると、槍車の直ぐ後ろに移動する。


「どうするのじゃ?」

「一気にぶつかりましょう。どうなるかちょっと見ものですよ」

「一気に駆けるぞ。石弓の弦を引いておくのじゃ。槍隊は敵を止めれば良い。弓を持つ者は崖下を通って我らの後ろに出ようとするものを率先して叩け。魔導士達も準備は良いな! ……よし、走れ!」


 槍車がガラガラと音を立てて街道を駆け下りる。

 峠を過ぎているから西に向かって坂になるのも都合が良い。

 俺達は置いて行かれないように懸命に走って行った。

 大きな曲がり角をどうにか槍車を崖下に転落させないように曲がると、直ぐ目の前に増援部隊の最後尾が見えた。


 俺達の姿は何時もの黒いマントに赤い覆面だから、慌てて俺達から逃れるように前に行こうとしているが、ようやく動き出した隊列の足並みが乱れてしまっている。

 ドン! と音を立てて敵軍に槍車がぶつかった。

 直ぐに、後ろから魔導士の火炎弾が敵軍の中に炸裂し、軽装歩兵の放つ石弓のボルトに次々と兵隊が倒れていく。

 それを見た兵士達が武器を投げ捨てて、前に向かいだしたから、少しずつ隘路になってきた街道で敵軍が身動きできなくなってきた。

 俺達に武器を向けようとする兵士は皆無だ。皆が我先にと前に逃げようとしている。

 そこに、火炎弾と矢が降り注ぎ、ボルトが撃ちこまれる。


「まるで地獄じゃな……」

「これがバンター殿の戦なのですか……」


 そんな感想を呟いてはいるが、ボルトを次々に撃ちこんでいるぞ。直ぐにボルトが無くなってしまいそうだけど、腰のバッグからボルトがはみ出しているから、予備をたっぷりと持って来たようだ。

 ミューちゃん達も、負けじと頑張っている。

 俺は手槍を持って崖の近くで状況を見ているんだが、少しずつ南の崖の高さが減って、今では隘路だから回り込まれる心配も無くなってきた。

 誰一人として、崖下や隘路の対して高くも無い崖を上ろうとしないのが不思議なくらいだ。

 群衆心理と言う奴なんだろうな。最初の1人の行動で周囲の全ての行動が決定してしまうようだ。


「いったん下がるぞ!」

「「「オオォォ!!」」」


 俺の大声に槍車が後ろに下がる。

 一方的な殺戮になっているが、ボルトや矢の補給をしなければならない。

 槍衾の後ろに下がって、ミューちゃん達がボルトをバッグからケースに入れ替えて、小さな水筒で喉を潤している。


 重装歩兵達も、交替しながら水筒で喉を潤していると、隘路の奥の方で炎が上がった。

 西の伏兵たちの攻撃が始まったようだ。

 2個中隊なら焼き殺せるんだが、生憎と数が多い。敵の前進を拒む物は投げ下ろした焚き木の詰まったカゴだけだから素早く逃げ出すことは十分に可能だ。

 だが、敵軍は蠕動するように後ろに下がってきた。

 いったいどんな奴が指揮をしてるんだろう。無駄に兵を消耗するだけなんだけどな。


「こっちに動いて来たぞ。さて、もう一度だ!」

俺達は蛮声を上げて、敵軍に再び突き進んだ。

 倒れた敵兵を踏んで前に進む。

 すでに重装歩兵達が負傷者に慈悲の槍をみまっているから、俺の踏んだ敵兵も死人ではあるのだが、何となくやるせない気持ちが出て来る。

 ここは、心を鬼にせねばなるまい。

 助かろうとこちらに走って来る敵兵の群れに対して、無慈悲に火炎弾が連続して放たれる。

 進退窮まった敵兵達に、西の進路が確保されたようだ。我先にと逃げ出す敵兵達が仲間を踏みつぶして逃げ出して行った。

 この隘路でどれだけの数が犠牲になったんだろうか?

 数百の矢とボルトが放たれて、何十発の火炎弾が敵兵の中で炸裂している。

 ちょっと想像できないな。


「終わったようじゃな」

「ええ、無理に追わずともよろしいでしょう。武器と装備で使えそうな物を頂いて帰りましょう。次の増援部隊が来ないとも限りません」


 すでに夕暮れが迫っている。

 俺達は矢やボルトを回収しながら使えそうなものを纏めて、槍車に敵兵のマントで括り付ける。

 隘路の崖の上の連中はすでに引き上げたようだ。

 前方と後方に監視兵を配置しながら、俺達はアジトに戻るために街道を東に歩いていった。


 夜遅くに、襲撃に参加した者達が戻ってきた。

 誰も怪我をしていないのが一番だな。

 勝利のワインを味わいながら、次の増員に対する対策を考える。


「俺達はこれでアルデス砦に引き上げます。次の増援がどうなるか分かりませんが、西の隘路で南側からの攻撃であれば可能でしょう。数矢を放って南に下がれば追い掛けては来られません。それより、烽火台の見張りと崖の見張りの兵を増員してください。「マデニアム王国の部隊が山を調べに来ないとも限りません」

「すでに手は打ってあります。鳴子を仕掛け、罠も仕掛けました。分隊単位で増員しましょう。襲撃は崖の連中を連れて行けば十分です。農民兵も1分隊出来ましたし、彼等の石弓の腕も頼もしい限りです」


 重装歩兵の数は35人だったが、通信兵と監視兵それに農民兵で50人以上になっているらしい。それなら少しは安心できるな。

 翌日、俺達はアルデス砦に移動する。

 どれ位の兵を倒したかは、商人達が情報を仕入れてくれるだろう。

 後は、ふもとの砦に逃げ込んだであろう増援部隊をどうするかだな。

 


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