SA-052 俺達の出番はまだ先だ
1日掛けて、今では狼の巣穴と呼んでいる昔のアジトに到着する。
砦の規模は小さいけれど、砦の外側3方向には柵を巡らしているし、空堀だって掘ってある。
崩れかかった館跡は綺麗に整備されて、別に2つの宿舎まで整っていた。暇に任せて整備していたようだ。
この砦の指揮はオットーさんに任せっきりなんだが、きちんと役目をこなしてくれているようだ。
「しばらくだな。オットーのおかげで、我等は安心してアルデス砦におる事ができる」
「もったいないお言葉。我等一同、感謝に堪えません。それで、今度は我らの役目が重要ですな」
「ええ、素早い配置転換が2個分隊に必要です。場所は、こことここの2か所になるのですが……」
昔使った地図板は今でも使われているらしい。所々、色が剥げているし、だいぶ年期が入ってきたな。
襲撃地点と射点を説明すると、重装歩兵の分隊長達が頷きながら聞いてくれる。東を担当する部隊は、街道の崖の上で待つ俺達と合流するから結構大変だ。
「それでは、第1、第2分隊を東の襲撃地点に、第3分隊と軽装歩兵の第3分隊を西の襲撃地点に配置します。東の指揮は分隊長のネルサンに取らせます。明日にでも出発させた方が良いでしょう。烽火台の監視では間に合いません」
「だが、いつ来るかは分からないぞ!」
「じっくり待ちますよ。炭を持って行けば森の中なら、煮炊きも出来ますから」
そう言った青年がネルサンさんなのだろう。ジッと地図を見ながら呟くように言った。
前回の襲撃で、隘路の一番西側ならば烽火台との通信ができる事も分かっている。頭を下げて、分隊長達にお願いすることにした。
北側からカゴを落す軽装歩兵達も一緒だ。崖の上同士で連絡はできるだろう。
「西の襲撃地点は、私が第3分隊と軽装歩兵を指揮します。こちらは烽火台からの知らせを受けてからでも間に合うでしょう」
「我等も、その知らせで動くことにする。アルデス砦にもきちんと伝えるのじゃ。ザイラス達が騎馬隊を率いて峠の街道出口を抑えるはずじゃ」
久しぶりのアジトだ。持ち込んだワインを酌み交わして明日に備える。
何となく襲撃への期待で皆が輝いて見えるぞ。だけど、明日にやって来るとはかぎらないんだよなぁ……。
翌日はズキズキと痛む頭を押さえて、与えられた宿舎から這い出してきた。
余り飲めないのを知ってて飲ませるんだからたちが悪いよな。
冷たい水で顔を洗っても、まだスッキリとはしない。
広間に行って濃いお茶を貰って飲んでいたら、ミューちゃんが見るからに怪しい色をした液体の入ったカップを俺に渡してくれた。
飲めと言うのだろうか? うるうる目で見られたら飲まずにはいられないが、何といっても紫色の液体だし、ドクダミのような匂いまでしている。
薬なんだろうけど、飲んでお腹を壊すなんて事にならないか心配だぞ。
悩んではみたものの、ジッと俺の顔を見ているミューちゃんは、これを飲まない限り引き下がらないようだ。
意を決して一気飲みに飲み下した。
胃から逆流しそうな体の反応を感じて、濃いお茶をこれまた一気飲みする。
あまりの渋さに、思わず咳き込んでしまった。
「だいじょうぶにゃ?」
「ああ、心配ない。少し楽になったよ」
そうは答えたけど、頭の痛みよりも気分が悪くなったのが本音なんだよな。
テーブルでお茶を飲んでいた連中が含み笑いをもらしている。
改めて普通のお茶を貰いゆっくりと飲み始めた。
不思議と、気分が良くなると同時に頭の痛みも取れてきた。やはり、薬だったようだ。
「昨夜、あんなに飲むからじゃ。朝食は取らずとも、昼食は取るのじゃぞ。弁当は、ミューに渡してある」
「確かに飲み過ぎました。気を付けます」
そうは言ったけど、皆に勧められるとついつい飲んじゃうんだよな。
分隊長達の頭数が少ないから、すでに東の当番は出掛けたんだろう。
俺が少し元気になったと感じたんだろう。ミューちゃんは俺の観察を止めて王女様達とスゴロクを始めた。
時間つぶしには丁度良いかもしれないな。
パイプに火を付けて、少し離れた場所から観戦することにした。
・・・ ◇ ・・・
烽火台から知らせが届いたのは翌日の朝だった。
朝食を終えてのんびりお茶を飲んでいる時だったから、増援部隊が出発したのは朝日がようやく顔を出した辺りなんだろう。
「すでに、アルデス砦とネイサン達にも連絡しています。バンター殿への後の連絡は、崖の上の通信兵が伝えてくれます」
オットーさんの言葉に俺が頷いたところで、王女様が立ち上がって大きく声を放つ。
「出発じゃ! 相手は多いらしいが、我等も去年よりは10倍を超えておる。我らの恨み、晴らそうぞ!」
「「「オオォォォ!!」」」
広間に居合わせた連中が大声を上げると、我先に砦を飛び出していく。
元気なのは良いんだけど、あんなに急いで悪路を走っていくから、転んで怪我をする者もいたんだよな。
俺達は、それほど移動しないからゆっくりと砦を後にする。20分も掛からずに崖の上に出られるし、まだまだ敵がやってくるまでには時間が掛かる。それに俺達の狙いは隊列の後尾だから、何個大隊でやって来るかは分からないが、通り過ぎるまでにかなりの時間が掛かるんじゃないかな。
崖の手前の森の中で部隊を待機させる。
崖の近くまで歩いて街道を見ると、西に向かって走っていくオットーさん達の姿が小さく見えた。
見張りの兵が数人で崖に下りるハシゴを引き上げ、俺のところにやってきた。
「これで、様子見になります。背負いカゴに焚き木を詰めるように言われたのですが、あれで十分でしょうか?」
指差した岩の近くに蔦で編んだ丸いカゴに粗朶が詰め込まれていた。紐が2本付いているからあれで背負えるんだろう。
「理想的です。ありがとうございます」
そんな俺の言葉に頭を掻いて微笑んでいる。根っからの兵士では無く、夜逃げした農家の青年だったんだろうな。
彼に街道を安心して眺められる場所を尋ねると、少し東側に案内してくれた。
そこにあったのは細い枝を編んで作った網に、周りの草や枝を取り付けたような偽装を施した見張り場所だった。
「昨年までは岩の影から見てたんですが、ネコ族の人にこれを教えて貰ったんです。この隙間からなら、このベンチに座って見ていても、街道からは全く気付くことはありません」
「ネコ族の人達が狩りに使うんだろうな。獲物に気付かれたらおしまいだからね。ここに数人置いても良いだろうか?」
「良いですよ。もう1つ小さな物がありますから俺達はそこを使います」
ここなら王女様も退屈しないだろう。
一旦、皆のところに戻ると、分隊長を集めて指示を与える。
「しばらく待つことになる。焚き火はダメだが、見張りの兵からコンロを借りれば暖を取れるぞ。炭だから煙は立たない。マントを繋げて街道側に張れば、その裏でパイプを使っても構わない。だけど、精々数人にしといてくれ。分隊長は俺と一緒に崖に来てくれ」
森の中だからそれ程風は無いんだが、すでに初冬だからな。冷えることは確かだ。お茶で体を温める位はしておかないとね。
王女様達と分隊長を引き連れて、先ほどの偽装施した見張り所に向かう。
まだ、烽火台からの連絡が来ないが、東の隘路の戦闘は時間の問題だ。それが終わればここにやって来るのに1時間は掛からないだろうからな。
「ここが見張り所なのか? このベンチに座って街道を見るのじゃな? ふむ、ちゃんと見えるが向こうからは見えぬのじゃろうか?」
「ラディさん達が狩りに使う時と同じように作ったらしいですよ。もっとも、こっちの方が規模は大きいでしょうけどね。この中で見ている分にはだいじょうぶです。後ろのベンチにはコンロもありますから、ここでジッと待ちましょう」
3人程が座れるベンチには、オブリーさんとミューちゃん達も座っているぞ。俺達は後ろのベンチで十分だ。
マリアンさんとパイプを楽しんでいると、見張りの兵士が駈け込んで来た。
「東の部隊が戦闘を開始したようです。矢と火炎弾を敵の隊列に放って逃走したと連絡がありました。まだ烽火台からの連絡はありません」
「まだまだ間があるな。烽火台から連絡があったら、また知らせてくれ。それと森の連中にも状況を教えてやってくれ。退屈してるだろうからね」
知らせに来た兵士が頷くと、見張り所を出て行った。
始まったか……。王女様と目が合ったので、互いに頷き合う。隣のオブリーさんと小声で話し始めたぞ。
「いよいよですね。先ほどの知らせではバンター殿の策の通りと言う事でしょうか?」
「今のところはと言うところです。一番大きな情報である敵の数がまだ分かりません。これは烽火台からの知らせを待つ外にありませんね」
3矢を放って南に下がるように言ってはいるが、無駄に士気が高い連中だから、さらに矢を射かけたに違いない。火炎弾も10発近く放ってるんじゃないか?
となると2個分隊近く始末できたんじゃないだろうか?
損害の報告が無いから、無事に逃げてくれたようだ。次は、西の伏兵なんだが……、果たしてザイラスさんがそれまで待てるかな?
「ザイラス殿が20騎を引き連れて西の襲撃地点を通り過ぎたようです!」
やはり、待ってられなかったか。
崖で待って、役割をもう一度確認させようと腰を上げたところに、もう1人の見張りの兵が駈け込んで来た。
「烽火台からです。敵の姿を確認。前衛は軽装歩兵で槍を構えているとの事です。隊列の規模から現在確認できた数だけで1個大隊、更に続いているとの事です」
「了解だ。関係するところに伝えてくれ。騎馬隊の位置と馬車の位置、それに最後尾の部隊編成が分かり次第連絡頼む」
それだけ伝えると、急いで崖に向かう。
すでに西の方からやって来る騎馬の群れが見えているぞ。
崖の端に立って大きく手を振ると、騎馬の群れが崖下で立ち止る。
「バンターだな。東は上手く行ったようだな」
「思った以上の大軍かも知れませんよ。前衛は槍持ちの軽装歩兵です。一撃離脱で後ろに下がって行ってください!」
「了解だ。騎馬隊がいるかと思ったが、前衛にいないのでは少し興ざめだな。任せておけ!」
俺に怒鳴り返すように返事をすると、街道を東に向かって駆けていく。
蛮勇ってことにはならないようだから、後はザイラスさんに任せておけば西の襲撃地点に釣り出してくれるだろう。
見張り所に取って返すと、頭の中で状況を整理することにした。
マリアンさんが渡してくれたお茶を頂いていると、オブリーさんが俺に顔を向ける。
「ザイラス殿の攻撃の意味が理解できないのですが?」
「あれは、ザイラスさんのガス抜きだよ。麓でジッとしていられる御仁ではないからね。それに、20騎で放つ矢は敵軍にとっては厄介この上ない。攻撃されるたびに狭い街道でも陣形を整えなくちゃならないから、行軍が止まってしまうんだ。大軍だから、一旦足が止まると、再び動き出すのに時間が掛かる。ここまでやってくれば敵の動きがどんな具合に乱れるかよくわかると思うよ」
少なくとも、再びこの崖下にザイラスさん達が現れるまでには、一撃離脱の攻撃が3回は行われるはずだ。
まだまだ俺達の出番は来ないだろうな。