SA-050 粉塵爆発
「で、結局どういうことなのじゃ?」
広間を去った客人の馬車の音が砦の門を出て行ったのを聞いて、王女様が聞いてきた。改めてテーブルの定位置に着いたザイラスさん達もワインを飲みながら俺に顔を向ける。
「様子見ですよ。俺達の偵察と言う事でしょうね。向こうから来てくれたんで俺もそれなりに情報を得ることができましたよ」
そう言って、向こうが知り得た情報と、こちらが知った情報を皆に説明する。
少なくとも砦周辺の地形と俺達の兵力、それにカルディナ王国との関係が分かったはずだ。教団との関係はあまり詮索しないだろう。藪を突くようなものだし、万が一にも、関係ありと知ったうえで手を出すと、とんでもないことになるのは向こうも分かっているはずだ。知らぬ事に徹するしかないと思うけどな。
こちらは相手の策を知る上で、こちらの内情を知って策を巡らす連中だと分かっただけでもやりやすい。
かなりの戦略家って事になるんだけどね。
少なくとも無策では来ないって事になる。となると、増援部隊もそれなりに考えて送り込んでくるはずだ。
「容易く襲撃するわけには行かぬと言う事じゃな?」
「例の後方遮断の上、誘いを繰り返すと言う事ではダメだと言う事か?」
「そうなりますね。基本はそれで良いでしょうけど、少し変えることも必要になります。それに、3王国の最終目的が明確である以上、作戦上は俺達に有利なんです」
すでに穀物の取り入れは済んでいる。現状で取り立てた税としての穀物をマデニアム王国に移動する気配がない。これは、カルディナ王国に増援する大軍を考えれば輜重品として極めて重要だ。
それがあることをで大軍の移動が可能であると考えても良い。
「兵糧の焼き討ちをする気か?」
「出来ればやっておきたいですが、砦の倉庫は石作りでしょう?」
「……ですね。我らが放つ火矢は砦にしては迷惑でしょうが、それだけの話です」
「もし、石作りの建物に火を放つとなれば、どんな手を使うんですか?」
「建物内部の燃える物に火を点けるな。松明を投げ込むことが多いぞ」
やはりそうなるのか。建物内の可燃物に火を点けるってことだな。松明を使うとなれば面倒この上ない。この方法は使えないな。
「ところで、主食はパンですよね。穀物の製粉はどこでやってるんですか?」
「砦の製粉工場だ。歩兵の訓練に丁度良いと交代で石臼をひいている。1袋で10Lの手間賃になるが、兵隊の良い小遣い稼ぎだな」
税金の一種になるんだろうな。水車や風車は使わないみたいだ。俺達のパンは村で仕入れているようだから、村人が石臼をひいているのかも知れないな。
だが、それならばおもしろい作戦が取れるぞ。
「もし、俺達が砦に粉ひきを頼んでもやってくれるでしょうか?」
「断ることは無いだろうが、昨年の麦をひいて貰うのか?」
「なら、おもしろいことを考えましたよ。ダメもとでやってみましょう」
1袋の重さは40kgで統一がとれている。それを10袋の粉にして貰うのだが、期間は3日とする。その代り、料金は銀貨10枚にすれば相場の10倍だ。喜んでやってくれるだろう。
その2日目の夜に、砦の粉ひき場に火矢を放つ。
「良く分らんが、それで良いのか? 敵側の兵士が喜ぶだけの気がするが……」
ザイラスさんは気乗りしないようで、渋い顔をしている。
「私にも理解しかねますね。砦の粉ひき場の位置は分っていますし、私達の弓で火矢を放つなら容易に届く場所ではありますが……」
「上手くいかない方の比率が高いですから、教えないで置きます。でも、上手くいけば結果を直ぐに知ることができますよ」
テーブルに集まった連中はかなり疑念を持って俺を見てるけど、悪く行っても製粉された小麦が10袋手に入るんだから無駄にはならないだろう。
数日後に、トーレルさんが麓の砦に荷馬車を1台伴って向かって行った。
1個小隊で向かったから、万が一にも攻撃されることはないだろう。
騎士団として一応周囲に名を知られている以上、昼間に俺達を攻撃してくるのは、もう少し後になってからに違いない。
その夜の報告では、気前よく引き受けてくれたようだ。相場の10倍だからな。アルテナム村からもたっぷりと引き受けているはずだから、今夜は遅くまで石臼を回すことになるだろう。
「バンター、我にはどうしても砦に粉ひきを頼んだ意味が分からぬのだが……」
王女様の言葉に、テーブルを囲んだ連中も頷いている。
「これは、ひょっとしたら? の作戦ですから、俺にもどうなるか分かりません。ですが、俺の思った通りの結果が起きると、俺達のミクトス村でアルテナム村の粉ひきを行わねばならないかも知れませんよ」
「火矢は明日の晩で良いのだな? それは俺達の部隊が出掛けよう」
ザイラスさんは、かなり疑問を持ってはいるが、何かあるんだろうと少し期待がこもった目で俺を見ている。
上手く行ったら驚くだろうな。まあ、ここは言わずにおこう。
翌日、日暮れを待ってザイラスさん達が麓の砦に向かって出発する。
くれぐれも、火矢の狙いを間違えずにと念を押したら、任せとけと馬上から俺の頭を軽く叩いて出掛けて行った。
「もうすぐ分かるのであろうが、まだ教えぬのか?」
「ここからでは分からないかも知れませんね。ふもとの砦を見ようとしたらこの近くでは無理なんでしょうか?」
「そうでもないですよ。関所の西の尾根であれば砦の方向に邪魔になる尾根はありません。出掛けてみますか?」
トーレルさんも気にしているようだ。
荷車を用意して貰って、皆で出掛けようと言う事になって、オブリーさんとメイリーちゃんまで荷車に乗り込んだぞ。
まあ、ちょっとした夜のドライブになるのかも知れないな。
トーレルさん配下の1個分隊を護衛に従え、俺達は関所の西の尾根を目指す。
尾根に着いたところで、敷物を草の上に敷くと近くに焚き火を作る。火の近くにポットを乗せれば、すっかり気分はピクニックだな。夜なのがもったいない話だ。昼間に皆を誘ってここまで来ても良さそうだ。北の砦はかなり遠方だし、2重の柵が南北に連なっているから、相手を見付けてからでも余裕で砦に逃げられるだろう。
「ふもとの砦はあちらの方向ですね。ザイラス殿達達の攻撃までにはだいぶ掛かるでしょう」
「あっちじゃな? たまに見れば良い。バンター、まだ教えてくれぬのか?」
「もう少しですから、ゆっくり待ちましょう。ポットのお湯も沸いたみたいですよ」
風は冷たいが、厚着をしてるし、焚き火もある。騎士達もお茶を飲みながらふもとの砦の方に体を向けてお茶を飲んでいる。
パイプを取り出して焚き火で火を点けようとした時だ。
「何だあれは!」
「ふもとの砦の方角に火の球が出来たぞ!」
やはり、起こったか。この時代の人達にはそんな知識が無かったのかも知れないな。
ここではっきりと紅蓮の火球が見えたとなると、砦の中で助かった者がいるのか心配になって来るぞ。ザイラスさん達にも被害が及んでいなければ良いのだが……。
「バンターの策じゃな。ここにいながらにしてあのように遠方に巨大な【メル】を使えるのか?」
王女様が、俺に振り向いて問い掛けてきたけど、その顔に表情が無いのが怖いくらいだ。
「あれは、魔法ではありません。火事の起きる理由の一つなんですが、あんなに大きな爆発になるとは思えませんでした。あれでは、砦の中の兵士達も無事では済まないでしょう。ザイラスさん達が巻き添えをくっていなければ良いのですが」
「火事の原因は火矢でしょう? ですが、火矢ではあのような爆発的に広がることはありません」
「それは、ザイラスさんが帰ってからお話ししましょう。さて、そろそろ引き上げますか」
帰りの荷馬車の中でも、皆静かにあの爆発的な現象を考えているようだ。
本当にそんな事が起こったことが無いんだろうか?
ゴトゴトと揺れる荷馬車で、さてどうやって説明するかを考え込んでしまった。
夜遅くに帰ってきたザイラスさんが広間に入るなり俺を睨みつける。やはり怒ってるんだろうな?
「バンターよ。たとえ自信が無くとも、あれが起こるかも知れないと教えて欲しかったぞ!」
「申し訳ありません。ひょっとしたら位の気持ちだったんで、俺もあれほど大きな爆発になるとは思っていませんでした」
俺の予想を超えていると言う事が分かったのか、ザイラスさんも少し表情を和らげる。
「だが、威力はあの通りだ。火が衰えたところで吹き飛んだ門を潜って中に入ったのだが……。生存者が誰もいない。と言っても全て焼け死んだわけでもなく、吹き飛ばされたわけでもない。半数以上の兵士は焼けたわけでもないのに死んでいたぞ」
「火矢でそんな爆発が起こせるはずがない。我が思うに、その前に運んだ小麦に仕掛けをしたのじゃな?」
王女様が自信たっぷりにそんな話をしてるけど、この世界に火薬でもあるんだろうか?
「私も、先に送った小麦が怪しいとは思っていますが、火矢を放ってあのような火の球を出現させることなど出来るのでしょうか? それにあの小麦の袋は村から運んで来てからバンター殿が触ったり、仕掛けをするなど出来るわけがありません」
「そうだ。通常では不可能だ。だがバンターはそれを行った。バンター、そろそろ種明かしをした方が良いと思うんだが」
そろそろ話してあげた方が良さそうだな。
「あれは、粉じん爆発と言う現象なんです。空気中に細かな微粒子が漂っている時に火が近付くと、空気中に漂っていた微粒子が連鎖的に火が付いて爆発するんです。起こそうと思って起こせることは少ないんですが、俺達のところではそれが原因となる火事や爆発はある程度あったんです。
主に、鉱山や製粉工場で起こってますから、ひょっとしたらとやってみたのですが、ちょっと大きな爆発になってしまいました」
「粉は燃えるのか?」
「粉に直接火を付けても燃えませんが、空気中に漂っているなら話は別になるんです」
たまたま上手く行っただけだからな。次も同じように行くとは限らない。
「だが、眠ったように死んでいたのはどういう事なんだ?」
「ああ、それは酸欠と言う現象が、あの爆発で起こったようです。酸欠と言うのは呼吸するための空気があの爆発で短い間ですが無くなってしまったと思ってください。そんな場所で呼吸をするとその場で意識を失って死んでしまいます」
酸素が消費され尽くしたなんて言っても、何が何だか分からないだろうからな。吸える空気が無くなったと考えてもそれ程間違ってはいないだろう。
「それだけで死んでしまうのか? 俺達もあの後で砦に入ったのだが、命拾いしたと言う事になるのか」
「あちこちで炎が燃えていたなら、そんな危険はありません。直ぐに回りの空気が入れ替わりますから。でも、その場にいた者はその状態にさらされたことになります」
もう2度と使わないだろう。ちょっと曖昧な作戦だからな。
だけど、王女様が気になることを言ってたな。
後で、そんな事を別の手段で起こせるのか確認してみよう。