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SA-045 西のウォーラム王国


 季節は夏だ。煩い位の蝉の声が聞こえてくる。

 それでも、日本の夏よりは気温が高くないから過ごしやすい。昼間は30℃位にはなるのだろうが、夜間は結構気温が下がる。毛布をお腹だけ掛けて寝ないと風邪をひきそうだ。

 小高い場所に造ったアルデス砦には心地よい風が入るから、昼間は綿の上下を着ていれば快適に過ごせる。

 戦になれば更に着込めねばならないだろうが、砦にいるなら問題は無いだろう。

 

「それにしても動きが無いな。あれだけ火矢を撃ち込んでいるのだから、少しは動くと思っていたのだが」

「それだけ兵力不足なんですよ。カルディナ王国に攻め入った3個大隊の内、1個大隊近くを葬られてるんですよ。門を閉ざしてジッと援軍を待つ以外に選択の余地は無いでしょう」

「もう少し敵の勢力は多いのだろうが、そんな感じだな。やはり動くとすれば秋になるか……」


 ザイラスさんは諦め顔だ。今ならふもとの砦を落とすのはそれほど無理が無いだろう。だが、維持するのに苦労する。それに防備を固めた砦を落とすにはそれなりの犠牲者が出てしまう。

 ふもとのアルテナム村に気軽に出入りできるようになったことを今は喜ぶべきかも知れない。治安維持の部隊さえ今では置いていないようだ。たまにやっては来るようだが、酒やタバコを買い込むだけらしい。


「村の酒場で飲んでいると、商人達がいろいろと状況を教えてくれるぞ。王都や砦にも前より商人の荷馬車が出入りする数が増えたそうだ。とは言っても、荷馬車を連ねた大商人達の荷は中々届かないらしいがな」

「巣穴の山賊達が頑張っているようですね。荷を確認して不審物が無ければ1割を貰って通しているようです」

 

 通行税か? そんなことを言いながらトーレルさんとザイラスさんがカップを持ってカチンと鳴らしている。

 昼間からワインを飲んでいるから、マリアンさんが2人を見る目がきついんだよな。

 

「大商人の荷から取り上げた香辛料等を、アルテナム村に下ろして問題は無いのか?」

「この砦に訴えて来る商人が来たら、行商人より手に入れたと言えば良いんです。商会ギルドの鑑札を確認して買い込んだとすれば向こうもそれ以上追及出来ません。カルディナ王国内で行商を行っていた者はかなりの数です」


 雑貨屋に調味料や香辛料を卸して、代わりに俺達の必需品を購入する。雑貨屋の儲けの一部と、俺達の売上代金の一部は村にある小さな祠を管理する神官に渡しているから、村人に還元してくれるだろう。

 教団本部はかなり欲がからんでいるが、末端の神官達は教団の教義をしっかり守って清貧な暮らしをしているようだ。そんな神官達には、教団とのつながりがあるようにも思わせている事情もあるから協力してあげるべきだろう。


「領内の商人達からかなりまきあげたと言う話も聞く。押込み強盗まがいの行為がなされたようだ」

「財産どころか、家族の命までも取られたようです。子供は奴隷商人に売れれた者もいる始末です」

 

 俺達が救った奴隷は全員ではないのが残念だ。それでも救った奴隷の中にはそんな子供達もいるってことなんだろうな。


「ある意味、嫌がらせですが敵軍の士気低下には繋がりますよ」

「武器で戦う以外の戦もあると言う事か?」

 

 ザイラスさんの言葉に頷く。

 少し分って来たのかな? これは心理戦の1つだ。敵軍内にカルディナ王国内での厭戦気分を高めれば、たとえ指揮官達が戦の指揮を行っても末端の兵士は思ったように動かないだろう。

 本来であれば、マデニアム王国内で軍務に着いているよりも、贅沢な暮しが出来ると考えているはずだ。何といっても征服者だからな。富は搾取し放題と思っていたに違いない。

 ところが、搾取した富の移送が思わしくいかないし、砦を出ることもままならない。その上食事が不味ければ下っ端の兵士は故郷に戻りたがるのが心情というものだ。

 そんな状況で戦をすればどうなるかは、火を見るよりも明らかだろうな。


「酒とタバコも規制したいですね。巣穴の重装歩兵に伝えておきましょう」

 トーレルさんがワインを飲みながら提案している。

 にたりと笑ってザイラスさんが頷いているから更に締め付けが出来そうだ。


 そんな話をしてにんまりとしていると、広間の扉が開いてラディさんが入って来た。

 しばらく砦にはいなかったけど、どこか遠くに行っていたのだろうか?


「ただいま戻りました。西を調べに出掛けたのですが、西の峠が気になりまして少し時間を掛けて探ってきました」

 

 そんな前置きをしてラディさんが、西の山麓にある城壁都市のような砦の内状から話を始めた。どうやら行商のラバの手綱を引いて砦に入ったらしい。


「商人の出入りは比較的緩やかです。私達も荷を検めるようなことにはなりませんでした……」

 それなりに賑やかだったそうだが、食堂の料理は味気なかったらしい。量はそれなりに多く、値段もふもとの村よりは安いようだ。


「食料品等を全て商人が運んでくるからでしょう。商人への警戒は極めて薄いようです。それと、気になる話としては、鉱山の採掘に投降したカルディナ軍の兵士を使っているようでした。それもあり、砦に駐留しているマデニアム軍は1個大隊ほどいるようです。町の中にも数人ずつの兵士が監視の目を光らせています」


 何とか助けてやりたいが、今の状況では相手が多すぎるな。

 せめて1個中隊なら何とかなりそうだけどね。


「問題はこの関所です。カルディナ王国時代からも西のウォーラム王国とはあまり良い関係では無かったような話を商人から聞きましたが、どうもウォーラム王国とマデニアム王国も同じような関係のようです。むしろ、ひどくなっているように思えて、少し西に動いてみました」


 そこでラディさんが見たものは、1個大隊を超える軍勢だったらしい。

 その軍勢が動けずにいるのは関所周辺の地形が原因のようだ。関所は隘路の出口にあるらしい。


「隘路自体が4M(ミル:4M=600m)ほど続いています。岩山を削ったような街道で、道幅はようやく荷車2台がすれ違えるほどですから、1個中隊で1個大隊を防ぐことも可能でしょう」


 これはちょっと困ったことになりそうだ。

 マデニアム王国の兵力低下が、ウォーラム王国からの侵入を招く事にもなりかねない。

 ザイラスさん達も唸っているな。周辺の王国がほぼ均衡した兵力を持った弊害って事なんだろうが、野望を抱かなければそれが理想なんだけどね。

 こんな状況で1つの王国が滅びたから、連鎖的に物事が動くことになりそうだ。


「バンター。どうするのだ?」

「今のところは、ウォーラム王国を無視しても良いでしょう。隘路を突破するのは容易ではありません。それよりも、北の砦にいる投降した兵士をどうにかしたいものです。今すぐに行動は出来ませんが、冬には何とかしたいものです」

「優先するは、敵の増援か?」


 ザイラスさんが意外そうに、俺の答えに対して質問を重ねた。

 カルディナ王国の兵士が重労働に従事しているのを、何とかしたいのは理解できるんだが、今の状況では動きが取れない。


「まだ、北の砦を攻略するには少し早すぎます。砦と町が分離していれば少しは楽なんですが、全体が城壁の中では……。それに、増援は早めに何とかしなければ、ますます北の砦を落しにくくなります」

「じゃが、諦めてはおらぬ、という事じゃな」

 

 俺の言葉を聞いて、念を押すように王女様が聞いてきた。俺は黙って大きく頷くことで返答すると、小さく頷き返して俺に微笑んでくれた。

 諦めるという事は、俺の心情に反するからな。あくまでも奪回することに変わりはない。


「ラディさん。北の砦周辺を調べてくれませんか? 出来れば、この地図位に情報が欲しいところです。ザイラスさんは北の砦にいたんですよね。城壁内の地図を描いてくれませんか?」

「ああ、バルツに描かせよう。バルツは暇な時に絵筆を握っていたからな」


 これで、バルツさんはしばらく自室にこもることになりそうだ。俺に向かって頷いているから出来上がるのを楽しみに待っていよう。


「マデニアム王国の内情は商人が教えてくれます。増援部隊がマデニアム王国を発つ前には報告できると思います」

「申し訳ありませんが、よろしくお願いします」


 俺の言葉に頭を下げると、ラディさんは広間を出て行った。

 商人を使っての情報収集は上手く行っているようだな。

 クレーブル王国からの義勇軍も、俺達の使う弓と石弓の使い方を何とか覚えてくれたようだ。

 いつでも増援部隊の迎撃が出来そうな気がするけど、やって来るのはまだまだ先になるに違いない。

 その間に、北の砦の攻略計画を練っておこうか……。


「それにしても、バンター殿は北の砦を本当に攻略するおつもりなのですか?」

 王女様の左手から俺の方に身を乗り出すようにしてオブリーさんが聞いてきた。


「ええ、来年にはと考えてはいるのですが……」

「マデニアムの連中は、商人の荷車に兵士を乗せて一気に館を襲ったようだ。確かにそうでもしなければ町を取り巻く城壁を1個大隊で抜くのは困難だったろう」


 トロイの木馬のような作戦だな。

 1個分隊でも砦内に入ってしまえば、後は簡単だったって事か? そう言えば、指揮官達の首を刎ねて門に飾ったような話をしていたな。

 指揮系統を麻痺させれば、それだけ攻略が容易ににはなっただろうが、被害もかなり出たに違いない。

 ひょっとして、北の砦の兵力はかなり少ないのかも知れない。

 ラディさんが町中で兵士をだいぶ見掛けているが、それすら偽計の匂いがするな。

 関所を守ることが容易であれば、砦内の兵力が少なくともどうにかなる。その事を知られて困るから巡回の兵士を多くしているって事なんだろうか?

 もう少し、砦の様子を探る必要があるかもしえない。


「先ほどの黒衣の者が言う事が本当であれば1個大隊以上の兵力を配置しているように思われます。対して聖堂騎士団は1個中隊に足りません。これでは、攻略前に壊滅させられてしまうと思うのですが?」

「難攻不落の砦を良くもマデニアム王国は落したと思います。俺も同じような手を考えていたのですが、すでに敵が行ったとなれば見破られてしまいますね。他の方法を考えてみましょう」


 疑問には答えていないけど、諦めてはいないと答えたつもりだ。

 王女様も俺の言葉に頷いてくれているから、少しは協力して貰おう。



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