SA-044 敵の増援に備えよう
夕食の席がにぎやかになった。テーブルには新たに7人が増えたから少し窮屈に思える位だ。ミューちゃんとメイリーちゃんはマリアンさんは広間の片隅に小さなテーブルを運んで食事をしている。
一応、付き人的な位置付けだから同じ広間での食事になるようだ。
クレーブル王国の話題を肴に簡素な食事が終わると、マリアンさんがミューちゃん達と一緒にお茶を入れてくれる。
夕食後恒例の状況説明と今後の対応を話し合うのだ。
「さて、6個分隊が増えたのじゃ。その分配は、騎士をザイラスに1個分隊、トーレルに2個分隊で良いな。丁度2個小隊が作れる。配分はザイラス達に任せるぞ。問題は軽装歩兵じゃな」
「現在25人ですから、3個分隊を組み入れて、1個小隊とします。砦の守備と関所の管理も担当して貰う事になるでしょう」
俺の部隊案に異議は無いみたいだ。
「そうなると、軽装歩兵の指揮官が欲しいな。グンターに任せるか。5人程軽装歩兵からバンターに回してやれ。別働隊である魔道士達とオブリー殿がいれば、王女様の警護に不足は無いだろう」
ザイラスさん達は、砦を襲撃する人数が増えたと喜んでいるみたいだな。
オブリーさんは俺達の顔ぶれを見て少し戸惑っているみたいだ。
「これで、全部隊なのですか? 砦の襲撃など不可能に思えますが……」
「もう1つの砦に重装歩兵が1個小隊近くいる。我らとは別行動をしておるのじゃが、緊密に連携した作戦を行っておるぞ。それに、あまり戦闘には係らぬが通信兵と浸透部隊がおる。浸透部隊はバンターの直轄じゃ」
王女様は嬉しそうだな。最初は俺を含めて10人だったけど、今度は十数人に増えるんだからね。
「明日以降の当座は弓と石弓の練習となるだろうが、しっかりと教えるんだぞ。それで、バンター、次の作戦は?」
ザイラスさんにしてみれば、しばらくおとなしくしていたから少しは動きたいってことなんだろうな。
「しばらくは現状通りでお願いします。マデニアム王国の状況次第では大きく動く事もあり得ますよ。カルディナ王国への増援軍を何とかしたいですからね。」
「どう考えても2個大隊はやってきますよ! 出来るんですか?」
トーレルさんが驚いているけど、何とかしなくては後々が面倒だ。新兵の内にしっかりと恐怖を与えておきたい。
「上手く行けば盗賊団が1つ出来ます。全滅させることはできませんが、使い物にならない兵士を進駐部隊は受け取ることになるでしょうね」
「焼くのか?」
ザイラスさんの短い問いに俺は頷いた。
「かなり面倒なことになりますが効果はあるでしょう。逃げ出す兵士も多いでしょうがあえて追う事はしません。進軍途中で逃げ出せばどうなるかは彼らも知っているでしょうからね」
「敵前逃亡は重罪だ。斬首だな」
「かといって、帰る場所はありませんよ。我らの仲間とも言えないでしょうし……」
テーブルの連中が互いに顔を合わせている。
俺達と同じような盗賊が出来ると思っているようだが、決定的な違いがあるぞ。
「俺達も山賊ですから似た者同士に見えますが、逃亡するマデニアム王国軍兵士と決定艇に異なるものが2つあることを念頭に置いてください。1つは、我らが義族であること。もう一つは指揮と士気の違いです。王国再興を考える上では侵略軍の兵士を仲間に加える等、言語道断。出合えばその場で斬り捨てても我らを恨むことは無いでしょう」
「そうなると、彼らの縄張りと俺達の縄張りが重なることは無いのか?」
「そこがおもしろいところなんです」
テーブルに地図を広げて、狼の巣穴を指で示した。
「俺達は、ここをアジトに山賊をしています。主に峠付近ですが少しマデニアム寄りにも範囲を広げましたよね。
もし、街道の山間部で東から進軍してくる部隊を狙うとすれば、峠から西に下がった隘路になります。マデニアム王国側の山間部入口にある砦の責任範囲は峠まででしょうからね。この隘路で攻撃した場合、兵士達の逃げゆく先は……」
西側の出口にある砦か、南に続く尾根伝いに森に入っていくだろう。
ここで襲撃の仕方が問題になる。2度と戦を行えない位に、恐怖を植え付け無ければならない。
基本は火攻めだ。隘路を閉じて焼き尽くす。
「前と同じか?」
「基本は同じです。ですが、少しふもとの砦に近いですから、場合によっては騎馬隊で迎撃になるかと……」
「街道の山道で待ち構えるとなると、逆に前後を挟まれかねませんよ」
それが唯一の問題なんだが、相手の士気とふもとまでの距離を考えると、後方からやって来る連中はあまり問題にならないはずだ。
途中に伏兵を置いても良いかもしれないな。
「そこは騎士の強さを見せるべきかと……。それに、山から下りて来る兵隊はここまで逃げて来るのですから、士気は最低ですよ」
俺の言葉を真剣に聞きながら、皆が地図を眺めている。
「なるほど、砦に逃げれば敵前逃亡になりそうですね。確かに、少し頭が冷えれば南の森に逃げるのが道理です。」
「峠を越えてはいるが、カルディナ王国で盗賊になるには砦が近すぎるか。峠に戻って山賊をしようにも、俺達がいるからな」
「たぶん尾根の南を拠点に、マデニアムの村を荒らす盗賊になるのではと考えています」
「マデニアム王国に頭の痛い問題になるだろうな」
そんな盗賊を捉える部隊さえマデニアム王国に残っているかどうかだ。そもそも拮抗した戦力で隣国に電撃戦を仕掛けたのだから戦後処理と、進軍した部隊が帰って来るまでの自国の防衛と治安維持は考えていたのだろうが、俺達が山賊を始めるとは思っていなかったろうな。
「それもカルディナ王国の呪いという事になるのじゃろうな。民には気の毒な話じゃ」
王女様の言葉にマリアンさんが相槌を打っている。
俺達の会話が途絶えたところを待っていたのだろうか? オブリーさんが、俺に顔を向けた。
「1つ教えて頂けませんか? バンター殿の作戦に誰も異議を唱えないのが不思議でなりません。そもそも、2個大隊に2個小隊で当たるなど……」
「確かに、いまだかつてそのような戦はありませんでした。フェンドール殿が残した軍略書、それを読んだ後世の指揮官の残した文献。数々の書物がありますが、バンター殿の軍略はそれらを遥かに凌ぎます」
そんなに褒めても何も出ないぞ、トーレルさん。
「確か前にバンターが言っていたな。策は組み合わせるものだと……。今回はどれだけの策を重ねるのじゃ?」
調略、陽動、伏兵、火計、遠矢……。敵の進軍に合わせてこれらを次々に仕掛けていく。これが可能なのは、俺達に通信兵がいることが大事なんだが、それは言わなくとも良いだろう。
「陽動は、俺達のいつも行動を大きくすれば良いだろう。弓の練習を数日続けたところで始めるぞ」
「伏兵は我等に任せてください。場所を探しておきます」
ザイラスさんとグンターさんが自分達の役目を決めて、頷いている。他にはやらせないって感じだな。これって、先着順なんだろうか?
「東の遮断は重装歩兵になるのう……。我等は火計担当で良いな?」
「魔導士は十分ですが、軽装歩兵を1分隊欲しいところです」
「なら、アビーナの分隊を加えれば良いでしょう。弓兵を率いています」
オブリーさんの言葉に王女様が頷いてる。
俺と目が合ったマリアンさんは首を横に振っているという事は、どうしても火計の指揮は王女様って事で諦めるようにとの事だろう。
「最後の遠矢とは?」
「ザイラスさん達の部隊にお願いします。街道を峠から逃げて来る兵達に矢を浴びせながら後退してください。麓にトーレルさん達がいればふもとの砦は手を出せないでしょう」
ニヤリと笑みを浮かべたところをみると、俺の意味するところを理解してくれたようだな。1度に放たれる数十本の矢は、逃げて来た兵士を十分に足止めできる。近付いて来たなら離れれば良い。騎馬弓兵ならそんな戦が可能だ。
「私も参加出来るという事ですね?」
「無論じゃ。だが、その前に我らが弓と石弓を覚えねばなるまい」
王女様がオブリーさんに答えてるけど、俺達の部隊の指揮官ってやはり王女様なんだろうな。
翌日から、クレーブル王国からの義勇兵に対する弓と石弓の特訓が始まった。
マデニアム王国からの増援がいつやって来るか分からないから、武器の扱いは早急に覚える必要がある。
あまり長剣を使った事が無いと、ザイラスさんがやって来た騎士達に槍を練習させているのもおもしろい。
その割には、俺にだけ剣の練習を毎日させるんだよね。おかげでだいぶ上手くなったんじゃないかと自分では思ってるんだが……。
「それにしても変わった弓ですね。馬上でいることができますし、矢の伸びが半端ではありません」
「でも、狙うのが難しいでしょう? 練習すればそれなりに当てられますが、その弓を使う最大の目的は矢の雨を敵に降らせるためです」
矢の雨と言う言葉を直ぐには理解できなかったようだ。
それを理解したのは、1個小隊が一斉に矢を放った時だ。唖然とした表情で見ていたからな。
一か月ほど経つと、季節は夏に変わる。
だいぶ弓が上達したところで、ザイラスさんとトーレルさんが代わる代わる砦に火矢を放ちに出掛けて行く。
夕暮れまでは正義の味方を行って、夜間は砦の攻撃だから結構楽しんでいるようだ。
士気は上がっているようだが、矢の在庫が少なくなるから村の職人さんが大忙しで矢作りに勤しんでいる。
「バンターの言う通りに作ったが、これで良いのか?」
リーダスさんが焚き木のように矢を束ねた物を2つも担いで広間に入ってきた。
1本抜き取って、ヤジリを調べる。
ヤジリノ長さが細くて長いし、先端に反しまで付いている。5寸釘を銛にしたようにも見えるな。先端はかなり鋭く砥いである。
「十分です。量産出来ますか?」
「1日、20本と言うところじゃな。100本束にして届けるぞ」
そう言って帰って行った。
鎧通しと呼ばれるヤジリだ。この世界では見掛けなかったけど、矢の雨ならこれに限る。