SA-042 同行者が付いて来る
翌日、朝早く俺達に用意された宿舎を訪ねて来たのは、アブリートさんだった。
アブリートさんの姉がカルディナ王国の御后だったようだ。王女様は姪になるんだな。
俺達に丁寧に頭を下げて、王女様を守ってくださいとお願いされたが、それはお願いされなくてもだいじょうぶだ。
「調味料と香辛料は任せてください。エミルダ様の書状は銀塊を添えて教団に送ります。騎士団の砦で待っていてください」
そう言って足早に俺達の宿舎を出て行った。色々と忙しそうだな。
次にやって来たのは、昨夜の席でバイナムさんの隣に座った女性の騎士だ。
「バイナム殿に指名を受けて参ったオブリーです。義勇軍の指揮は聖堂騎士団にお任せします。私はバンター殿の作戦立案を学びに同行いたします」
「俺の作戦って、その場その場でころころ変わりますよ。そんな作戦を学んでも……」
「さすがは、バイナム殿。我らが軍師の知恵を学ぼうとご息女を差し向けるとは」
トーレルさんは頼りにならないな。だけど、実の娘を寄越したのか? 俺達が依然として兵力不足なのを知って送って来るとは、どんな神経なんだろうな。
「バイナム殿からウイル殿に、騎士3個分隊と軽装歩兵3個分隊の除隊と義勇軍結成の指示書を持った早馬が今朝発っております。我等は御后様とお茶を楽しんだ後に王宮を発つ手筈を整えております」
すでに周りが動いているという事だろう。
約束の日はすでに3日過ぎている。どうにか間に合いそうだな。
午前のお茶は10時のお茶に当たるんだろうか?
オブリーさんは20代前半と言う感じなんだが、まだ嫁に行く気はサラサラないみたいだな。金髪を肩で揃えた容姿端麗なご息女だ。
そんなオブリーさんの案内で、王宮の2階に上がり、小さな小部屋に入る。
そこには、御后様と王女様がテーブルに着いていた。
俺達にテーブルに着くように言うと、自らお茶を注いで俺達の前に置いてくれた。
「全く驚かされます。サディーネが山賊を率いていると書かれてましたよ。山賊の正しいやり方を、山賊に教えて貰いたかったとは、いくらなんでも……」
そう言って口元を隠してころころと笑っている。
「我も、山賊になりたいのじゃ! でも父様が、後でサディーネ姉様に教えて貰うように言われてしもうた」
まだまだ幼い姫君だからな。おとぎ話の山賊に憧れているみたいだ。
「とりあえず、王女様は元気です。元気過ぎて困ってます」
「弟が言う通りの王女ですね。ですが、バンター殿がおられれば安心できます。咄嗟に身を挺して庇って貰い、手傷を負ったと書かれてましたが、それは誰もができる事ではありません。よろしくお願いいたします。それと、例のお話はアブリートが責任を持って行うと宣言していました。彼にとっても実の姪ですからね」
「今朝早く、我等のところに足を運んでくれました。ありがたいお話です」
俺の言葉にうんうんと頷いている。
お茶が終わって、立ち去る俺達に御后様が小さな手箱を渡してくれた。
王女様にという事だからお土産って事なんだろう。押し頂いて部屋を後にする。
「すでに、馬車が待っている筈です。真っ直ぐウイル殿の陣に向かいますよ」
オブリーさんの後に続いて通路を急ぐ。
大きな扉を開けて貰い、外に出ると噴水のあるロータリーには立派な馬車が俺達を待っていた。
馬車に乗ると、直ぐに動き出す。
俺達が急いでいることを、オブリーさん達は知っているのだろうか?
「ここからなら馬車で1日あれば着くでしょう。御者は2人。交替で馬車を走らせます。この子は初めてですね。メイリーと言って、私の侍女ですわ」
馬車に乗った時に、おや? と思ったけど、侍女ねぇ……。どう見てもミューちゃんと同じ年頃だぞ。場合によっては戦をしなければならないんだがだいじょうぶなんだろうか?
「メイリーと言います。弓が使えますから、少しはお役に立てますよ」
そんな事を言ってるから、トーレルさんも笑い顔を隠しきれないようだ。
「砦に、ミューというネコ族の娘がいるよ。バンター殿の副官なんだが、きっと良い友達になれそうだね」
そんな話を、メイリーちゃんに話しているぞ。
馬車は、いつの間にか王都を抜けて街道を走っている。
来た時よりも、馬車の速度が遅く感じるのは、夜も走らせる事を考えているのだろう。
そんな馬車の中で、俺はオブリーさんの質問攻めにあう事になった。
やはり、作戦立案については色々と研究しているようだ。たぶん過去の戦の記録を調べたのだろう。そんな戦好きを見かねて、バイナムさんは俺達に託したんじゃないかな。
読んで得た知識と実戦の駆け引きの違いを見せたかったのかも知れない。
あまり変わった作戦を考えると、色々指摘されそうな気もするな。
とはいえ、秀才であることは確かだ。俺の危惧労が少しは報われるかも知れない。
「やはり戦は数ではないでしょうか? 少人数では、どうしても飲み込まれてしまいます」
「それも正しいと思うよ。でも、それは同じ装備で同じような士気であることが前提だ。それを変えることができれば、必ずしもそうではない」
100人の部隊を300人の部隊が囲めば、結果は明白だ。
だが、槍を持った100人に長剣を持った300人ではどうだろう? どちらが勝つかはちょっと答えが出ないんじゃないかな。
さらに、100人が坂の上で、300人が坂の下ではどうなるだろう? 勝敗を事前に判断するのはもっと難しくなるはずだ。
「俺達の戦は、そんな感じなんだ。場所を選び、相手よりも有利な武器を使う。それで、格段に勝率が上がるからね」
「武器の相違はそれ程無いように思えますが……」
「我等の軍師殿は、それを上手く使い分ける。私達に長剣を使うなと明言した位ですよ。槍衾を作って、弓で相手を倒すのが私達の戦いです」
「騎士が長剣を持たぬと?」
「まぁ、色々と事情があるのですが、それは私達の砦に向かえば分かると思います」
ちらりとオブリーさんの腰を見ると、立派な長剣が下がっていた。
親父殿が武人だから、小さいころから鍛えられたに違いない。王女様の護衛に丁度良いかも知れないな。
途中の町で、食事を取って俺達はひたすら街道を馬車で北上する。
日が落ちても、馬車の屋根にある真鍮の箱に光球を閉じ込め、前方に作ったガラス窓の光がヘッドライトのように街道を照らしているから、昼間と同じように走ることが出来る。ランプの明かりよりも遥かに明るいから俺達の通信機もこれを参考に作りなおしたいな。
トーレルさんに聞いてみると、魔法で作った光球の持続時間はそれほど長く無いらしい。夜間ずっと使い続けるなら数回は作らねばならないそうだ。持続時間は2時間程度という事だろう。
途中にある街道脇の空き地に馬車が入り、ちょっとした休憩を取る。
御者が馬車の屋根に上ったところを見ると、光球を新たに作るようだ。そんな作業を見ながら、パイプを使う。さすがに馬車の中では使えないからな。
短い休憩を終えると再び馬車が街道を走る。夜間に走る馬車はいないだろうから、御者も安心しているだろう。
心地よい揺れに、いつしか眠りこんでしまったようだ。
ゆさゆさと体を揺すられて目を開けると、トーレルさんが俺を見て笑っている。
「着きましたよ。ウイル殿がお待ちです」
「という事は、すぐ北はレーデル川ですか?」
分りきった俺の質問に、まじめに頷いてくれる。まだ笑顔が残っているのは、俺が少し寝ぼけていると思っているのかもしれないな。
早く、眠気を覚まさなければ……。騎士の案内で大型テントの中に入りながらそんな事を考えた。
天幕のテーブルには十数人の騎士達が席に着いていた。案内者の勧める席に座って、正面のウイルさんを見る。
「バンター殿の乞われた数の5割増し……。中々選ぶのに苦労したぞ。20年程前なら、ワシが一緒に行くことも出来たが、今ではそれも出来ぬ。
騎士を馬付きで3個分隊、それに軽装歩兵を3個分隊。正直これで戦が出来るとは信じがたい。オブリー殿が同行するのも分るつもりだ。ワシも、息子のリックを同行させたい。上手い具合に騎士隊の分隊長を務めておる」
そんな前置きでテーブルに座った分隊長を紹介してくれた。
騎士がリック、レントス、ヘイデルの3人でヘイデルは女性の分隊長だ。軽装歩兵はレビット、ガルタスそれに女性のアビーナと紹介してくれた。
その都度立ち上がって、俺達に騎士の礼を取る。俺は頭を下げてそれに答えた。
「問題は対岸への渡河だが、簡易な筏を5つ作っている。明日の夕方には乗り出せるぞ」
「川幅がありますから、この陣の少し下から漕ぎだしたいですね。騎士の方々には、馬と一緒に泳いで貰います」
「泳げない者と装備は筏に乗せて、泳げる者は筏を押せば良いだろう」
総勢60人程だが、マデニアム王国軍に知られずに渡れるかが問題だな。それに、向こう岸に渡ったら、濡れた衣服を乾かさねばならない。大きな焚き火を作るわけにはいかないぞ。
「厚手の布が欲しいですね。出来れば黒い布でなるべく丈夫なものが良いです。身長の2倍程の槍を数本、それに杭も数本欲しいところです」
「明日の夕暮れまでに用意させるが、どうするんだ?」
「焚き火の目隠しにします。少し明るくなるのは仕方ありませんが、焚き火を直接見られるよりはマシでしょう」
生乾きで我慢するしかなさそうだ。それでも、体を温める位は出来るだろう。渡ってから数十kmを歩かねばならないが、場合によっては軽装歩兵を尾根伝いに歩かせることもできそうだ。
騎馬隊は闇にまぎれて俺達の砦に駈けさせれば良い。