SA-040 クレーブル王国王宮
ふと、目を覚ますといつの間にか街道の石畳を馬車は進んでいた。
どうやら、横になって直ぐに眠り込んだらしい。
起きて、ちゃんと椅子に座りながら、窓から見える風景を眺める。
荷馬車の影が見えないから、南西に向かって進んでいるようだ。遠くに立派な石作りの塀が見えてきたが、王都にしては簡素だから、町を囲む塀なのかもしれない。
ガタンと大きく馬車が揺れた時に、トーレルさんが大きく伸びをして起きだした。
互いに顔を合わせたところで、おはようと挨拶をする。
馬車の窓から身を乗り出して周囲を眺めると、納得の言ったような顔で俺に説明してくれた。
やはり、町に向かっているらしい。王都手前にある町だそうだ。
「どうやら、昼近くになってるようです。町で食事をして王都に向かえば、夕刻には着きますよ」
「カルディナ王国は町の周囲の塀は丸太でしたが、あれは石ですね?」
「それだけ財力があるという事でしょうね。海外との貿易は多大な富を王国にもたらしているようです。取引の代価は銀なのですが、硬貨では無く重さで取引しているようですね」
硬貨の統一ができていないんだろうな。銀の重さで取引する話は聞いたことがあるぞ。
それで、カルディナ王国とクレーブル王国は互いに協力関係にあったんだな。その絆を長く保つために、互いに縁戚関係を結んでいたのだろう。
マデニアム王国軍が電撃戦で国境の石橋を抑えてしまったから、援軍を出したくともどうする事もできなかったようだ。
渡河するには、兵の装備は重すぎるし、船を用意するにも時間が掛かりすぎるからね。
マデニアム王国としては入念に準備したんだろう。手際が良すぎる位に上手く征服出来ている。内通者もいたのだろうが、そんな話はまだ俺達に伝わて来ないみたいだ。
石作りの立派な門を潜ると、街並みが見える。
石畳の道路に石作りの家は2階建てだ。通りだけでなく、路地の奥まで石作りの家が並んでいた。
かなり裕福な土地柄なんだろう。農業だけでなく貿易で得た富をふんだんに町作りに生かしているのが分かる。富の不均衡はあるのだろうが、表立っては分からないぐらいに上手く配分が出来ているって感じがするな。
街角の一角に馬車が止まる。
御者を務める騎士が俺達を目の前の店に案内してくれた。
扉を開けると中にはたくさんのテーブルが並んで、数台のテーブルには先客がワイワイ騒ぎながら食事をしている。どうやらこの町のレストランのようだ。
「第1騎士団の者だ。先に手配はされていると思うが?」
「承っております。こちらにどうぞ」
案内してくれた騎士はバルツさんより若く感じる。カウンターに確認すると、娘さんがカウンターから出て、俺達をカウンター脇の扉から奥の部屋に案内してくれた。
「どうぞお座りください。昼は過ぎていますがここで食事をしておけば晩餐までは持つでしょう」
騎士の言葉に俺達が席に着くと、直ぐにワインが運ばれてくる。
ゆっくり飲み始めたのだが、飲み終える前に料理を乗せた皿が次々と運ばれてきた。
海の幸に山の幸……。これだけで晩餐と言う感じがするんだが、腹が減ってたから勧められるままにどんどん食べ始めた。
砦では味わえない食事だし、こっちの世界に来て初めて贅沢な食事を堪能した気がするな。
それでも、途中から木が付いたことがある。様々な調味料と香辛料がこれらの料理に使われているのだ。
現在、北の石橋は両軍が睨み合っている状態だ。満足にこれらの調味料を運べないだろうから、俺の計画は上手く行きそうだぞ。
エミルダさんと王女様の書状は上手く使わせて貰おう。
食事が終わると、パイプを使いながらお茶を頂く。
ついでに、案内者である騎士にこれから話を聞いてみた。
「真っ直ぐに王都に向かいます。すでに知らせが走っていますから、着けば王宮に案内出来ます。そこで国王に謁見して貰いますが、用向きは別室で晩餐の席上で話し合われることになると思います」
「書状を2つ持ってきているのですが、それは晩餐の席上で問題ないでしょうか?」
「たぶん、内密の話でしょうから、その方がよろしいでしょう。晩餐の席に着くのは、国王夫妻に王子と王女、筆頭貴族のアブリート夫妻、近衛騎士団長のバイナム殿と副官のオブリー殿位になるのではと推察します」
重鎮って事なんだろうな。
果たして俺達の頼みを聞いてくれるのだろうか? ちょっと心配になってきたぞ。
再び馬車に乗り、西に向かう。
言葉使いが満足にできないからな。不敬罪に問われないように気を付けなくちゃならないと思うと、だんだん不安になって来る。
「挨拶は、私がします。バンター殿は片膝を着いて頭を下げていれば問題ありません。具体的な話し合いは晩餐という事のようです。その時は、最初の挨拶だけは私がしますが、後はよろしくお願いします」
「口下手で、敬語が使えないとはっきり言ってください。ここまで来て、不敬罪は嫌ですから」
そんな俺の言葉に笑ってるけど、そこはキチンと話をしといてくれないとダメだと思うんだけどな。
窓の外は一面の畑だ。初夏にはまだ早いけど、青々と伸びているのは小麦なんだろうか? この辺りは穀倉地帯なのかも知れない。
街道から離れた畑で、馬を使って耕している農民がたくさんいるな。
少しずつ、街道の傍に人家が姿を現す。
数軒が纏まっているから集落なんだろう。纏まった家の数が段々と増して行き、やがて両側に、石作りの家が並び始めた。
「もうすぐ、王都ですよ。この街並みは王都の外側に伸びた民家です。カルディナ王国も、少しこんな感じに町が広がり始めたのですが……」
トーレルさんの言葉に、窓から顔を出して前方を見ると、勇壮な石作りの塀が見えて来た。もうすぐ王都の門を潜ることになりそうだぞ。
2mも奥行きがある門を潜ると大きな広場に出る。俺達を乗せた馬車は広場で王都の守備兵に呼び止められたが、騎士と話をすると直ぐに俺達を通してくれた。その上、2騎の騎馬が俺達の先導をしてくれる。
馬車が横に3台並んで通れるような道を真っ直ぐに進んで行くと、今度は鉄の柵が前方に現れた。
騎馬の先導を見て、鉄柵の門が開かれると、俺達の馬車はそのまま中に乗り入れる。
前に見えるのが王宮らしい。石作りの巨大な構築物だ。横幅だけでちょっとした体育館3つ分はあるんじゃないか? 高さもそれ位に見えるんだが、窓が2列に並んでいるから、2階建てという事なんだろうな。
横幅20mもある石段の前に馬車が止まる。
石段の真向いに大きな噴水があるからロータリーになっているようだ。
すでに、2人の騎士が石段で待ち構えている。
俺達は、見繕いをして馬車を下りた。刀は腰のベルトに差してあるし、書状と銀塊は肩から下げたバッグに入っている。頭巾を被っれば、俺の正装だ。同じように、黒いシャツと白い乗馬パンツ、黒のブーツに黒覆面で腰にフルーレを下げたトーレルさんが横に立った。
「ご案内します」
騎士が短くそう言うと、俺達の前後に位置して王宮への階段を上る。階段は上に向かうほど横幅が狭くなっている。
階段を上りきると、10m四方のくり抜いたようなテラスが設えてあり、奥に横幅5m程の両開きの扉があった。
その横に衛兵が2人立っている。俺達が近付くと、左右に扉を開いてくれた。いよいよ、王宮の中ってことだな。
通路に伸びる絨毯は歩くと沈むような感じだ。後ろを振り返ると、しっかりと足跡が付いている。元に戻るか心配になるのは俺が貧乏性って事なんだろうか?
真っ直ぐに30mは歩いたろう。先ほどと同じような扉があり、今度は左右に2人ずつ騎士が立っている。
騎士が、近づいた俺達の前で持っていた槍を交差させた。
「元カルディナ王国騎士団所属、トーレルだ。隣は我らが客人のバンターである」
トーレルさんの言葉に、もう一組の騎士が扉を開くと、中に向かって大声を上げる。
「カルディナ王国騎士団のトーレル殿、バンター殿参られました!」
扉を開けた騎士がそのまま扉のところで待機すると、俺達の前で槍を交差させた騎士が、槍を引いて道を開けてくれた。
案内してくれた騎士の後に続いて中に入ると、左右2列に着飾った連中が中央の絨毯から数m下がったところで俺達を眺めている。
たぶん、貴族って事なんだろう。
羽根扇を持った女性達が羽根扇で顔を隠して隣同士で何事か話をしている。俺達が顔を隠しているからだろうな。不審人物を中に入れたことをいぶかっているようだ。
20m程の絨毯の道を歩くと、最後に横に絨毯が敷かれていた。ここでご挨拶って事だろう。案内してくれた騎士が俺達の左右に移動すると、正面の数段の階段の上に玉座があった。王様と隣のご婦人が御后様って事になりそうだ。
トーレルさんが片足を着いてお辞儀をしたので、慌てて俺も同じポーズを取る。青の様子がおかしかったのか奥の方でクスクスと笑い声が上がるけど、気にしたら負けだからな。
「元カルディナ王国のトーレルでございます。隣のバンターと共に闇に紛れてレーデル川を渡ったところを国境を警備中のウイル殿に拾われました。願わくば我らの願い、お聞き下さりますようお願いいたします」
「カルディナ王国の話は聞いておる。良くぞ無事であった。願いの儀は、内容によるが、カルディナ王国は我が后の故郷でもある。我等にカルディナ王国を取り戻せと言う願いであれば断る事になろうが、それ以外であれば何なりと申すがよい」
貴族の手前って事なんだろうな。それに隣国からの使節もいるのだろう。クレーブル王国がカルディナ出兵を行うようであれば、隣国はクレーブル王国に侵略するという事も考えられるぞ。
「願いの儀は3つあります。2つは御后様にお願いしたき事。もう1つは、この国で仕事の許可を得たいという事であります」
「軍を動かせという事ではないのが残念ではあるな。西のトーレルとも言われた男の素顔を見せぬか?」
トーレルさんが俺を見て頷いた。ここは頭巾を取れという事だろう。
俺達が頭巾を取ると、オオォォ……という声が後ろから聞こえてくる。
「黒髪に黒い瞳……。カルディナ王国の民では無いようじゃな」
「転移魔法の失敗で我らの下に現れた者でございます。我等と一緒に暮らしておりますが、このような席も初めての者。口の利き方も知らぬ者なれば、我と行動を共にする外に暮らすこともできますまい」
そんなトーレルさんの話に、ジッと俺を見て頷いている。
俺達の訪問の目的が、おおよそ分かったのだろうか?
御后様はトーレルさんを懐かしそうに眺めている。俺から目を離さない王様は、やはり切れ者なんだろうか?