SA-038 義勇軍を頼んでみよう
2人の商人が砦を去ったところで、王女様にクレーブル王国とカルディナ王国との関係を聞いてみた。
どうやら、かなり密接に結びついた王国だったらしい。同盟関係も結んでいたようだが、カルディナ王国へのマデニアム王国侵入時には、軍隊の派遣が間にあわなかったらしいな。
「レーデル川の川幅は広くかなりの深さだ。歩いては渡れぬぞ。南の砦と街道の石橋を占拠されては、クレーブル王国からの援軍は川岸でマデニアム軍の蹂躙を見ているほかなかったであろう」
俯いて話してくれたところをみると、間に合ったならば、あるいはこの戦をひっくり返せたと言う事なんだろうか?
長らく同盟関係でいたと言う事は、互いに姻戚関係を作っていたとも考えられる。亡くなった御后はカルディナ王国の貴族出身らしいが、その母親はクレーブル王国の有力貴族から嫁いできたらしい。
となれば、簡単に兵力を増やすこともできそうだ。問題はクレーブル王国の立場って事になりそうだな。
カルディナ王国と同盟関係であったなら、マデニアム王国と同盟を結んだ周辺王国と緊張関係にあるだろう。表立って軍を派遣することは出来そうもない。
だが、義勇軍としてならどうだろう?
馬付きの騎士と軽装歩兵の合計で、1個小隊位来てくれたなら格段に俺達の版図防衛が楽になるんだが……。
「ところで、義勇軍という言葉を知っていますか?」
テーブルの連中が俺の言葉を聞いて、意外な顔を俺に向けた。
「正義の味方のような響きがあるのう。次は義勇軍として我らは活躍するのじゃな?」
「いえ、これは俺達の行動に賛同して集まってくれる軍隊なのです。傭兵との違いは報酬を要求しないと言うところにあるんですが……」
ある意味、虫の良い話だよな。その裏には何らかの思惑があるんだろうけどね。
俺の簡単な説明に、皆が悩み始めたぞ。やはり、この世界では無かったんだろうな。
「要は、無償の軍事援助と考えて貰えば良いでしょう。それが個人に属することが大事なんですけどね。現状を考えると、個人でなくとも良い気がします」
「クレーブル王国から無償で軍事援助をして貰うのか? だが、直ぐに周辺王国の知ることになるぞ!」
「こんな方法を使います……」
軍籍を離れた者達が、自発的に我らに合流する。
軍籍を離れた者達がどのように暮らすかまでは王国としても責任を取れぬだろう。自己責任となるはずだ。そんな連中を夜間にレーデル川を船で渡せれば街道の南に延びる尾根伝いに俺達の陣営に移動することが出来る。
「無報酬で集められるか?」
「カルディナ王国を救えなかった負い目を持っているなら、それに騎士団に王女様がいることが分かれば……」
「やって来るな。だが、レーベル川に船はないぞ」
「レーデル川は見たことがありませんが、流れが緩やかな場所は無いんですか?」
俺の言葉に、トーレルさんが傍らの地図をテーブルに広げて、レーデル川の1点を指差した。
「数年前の氾濫でこの辺りの流れが変わっています。川幅が広がって流れは穏やかですよ」
「筏を組むことになるな。何往復かすればかなりの人員を渡せるだろう」
ザイラスさん達が小声で川の渡り方を議論し始めた。
「問題は誰がクレーブル王国に出向くかだ。ある程度、向こうの王族に顔を知られているとなれば、王女様が一番だが、そうもいくまい。俺かトーレルになるぞ」
「私が行きましょう。ですが、バンターを連れて行きたいと考えます。次の作戦には教団とクレーブル王国の協力が欠かせませんからね」
俺の名前が出て、思わず咳き込んでしまった。
「ちょっと待ってください。俺にはそんな役目は出来ませんよ。言葉だって、こんな感じですし……」
「それは、あらかじめ私が断っておきます。遠方よりの来訪者であり、貴族階級ではあるが無駄飯食いで、本に囲まれて人との付き合いが出来ぬ者だと言えば、おおよそのことは察してくれるでしょう」
そんな話に、テーブルの連中が頷いているのも問題だと思うな。ある意味、当たってるから訂正が出来ないのが辛いところだ。
「それなら、問題ないだろう。俺のテーブルの前に降って来たと伝えておけ。それで、向う見ずな者だと言う事も分る筈だ」
「叔母様の手紙の件もある。それも、御后様を通して頼むが良いぞ。それで、バンターはどれぐらいの加勢を頼むのじゃ?」
「騎士を馬付きで2個分隊、軽装歩兵も同じく2個分隊。都合1個小隊で十分と考えています」
皆が一様に騒ぎ出した。やはり、1個小隊規模で援助を願うのは難しいのだろうか?
最後にザイラスさんが咳払いをして場を静まらせる。
「バンター。少し少なすぎる気がするのだが?」
「現状を考えてのことです。騎馬隊が2個小隊出来ますし、軽装歩兵も1個小隊を超えることができます。廃村で働く農民も民兵として使う事が出来ますから、これで十分ではないかと」
この状態で、反撃に出れば戦力比があまりにも違いすぎる。2個大隊もあるならマデニアム王国を駆逐出来るだろうが、俺達の損害も大きなものになるだろう。
その上国土を荒らすことになるから、農民達が苦労するに違いない。
じわじわと戦力を削って、本国に帰る外に手が無いようにしたいものなんだけどね。戦をせずに敵を退けられるなら、それが最高なんじゃないかな。
「それに我らの失った領地と領民を取り戻すのですから、他国からあまり援助を乞うのも問題かと……」
いくらカルディナ王国の王族と縁続きであろうと、王国が異なるのだ。多大な援助には多大な思惑が絡むに違いない。下手をすると紐付きになってしまいそうだからな。
少数であれば、クレーブル王妃の一存で出して貰えるんじゃないか? 何といっても姪の王女で、カルディナ王国の王族で唯一の生き残りだ。
「確かに、多くを望めば答えてくれるだろうが、その後が面倒になりそうだな。バンターは、新たな1個小隊と農民を徴用して対応すると言うのだな?」
「ええ、そうです。何も正面からぶつかる事も無いでしょう。向こうが短期決戦で電撃戦を仕掛けたのですから、俺達はその反対の策を取ります。なるべく長く敵を苦しめてこの地を去る外に手が無い……。という戦ですから、士気が高い騎士と優秀な小隊長が2組おれば十分です」
「めんどうな戦じゃな。じゃが、じわじわと苦しめるのは我も賛成じゃ。少し手紙の内容を変えねばなるまい。明日にでも出発するがよい」
王女様はマリアンさんと自室に引き上げて行った。
残った俺達だが、ザイラスさんから質問が出る。
「お前達が出掛けている間は、峠の山賊行為と、正義の味方は自粛で良いな? それと、どれ位留守にするのだ?」
「最大で10日。万が一、10日を過ぎるような事があれば、後はザイラスさんに頼みます」
一応他国に出向いて、おねだりして来る事になる。クレーブル王国とマデニアム王国の間で何らかの密約があれば、俺達は軽くて投獄だからな。
それに、俺達が他国に援軍を頼む状況であるなら、俺達の兵力が少ないことが分かってしまう。
この砦と廃村の東の間道を抑えておくなら、長期間持ちこたえるだろうし、マデニアム王国も兵力不足だ。思い切った作戦は取れないんじゃないかな。
「分かった。万が一の時には、北に向かえば良い。1年以上、良い夢を見たと誰もが思えるからな」
ザイラスさんの言葉に分隊長達が頷いているけど、それも寂しい話だ。
やはり、何としても1個小隊を譲り受けて来なければなるまい。
・・・ ◇ ・・・
トーレルさんの馬に乗せられて、レーデル川の屈曲部を目指したのは翌日の朝食を終えた後だ。
アルデス砦を出て、アルテナム村の西を大きく迂回して南に下がる。
ふもとの砦には俺達の行動を見られたくないからな。
なだらかに、尾根が南に伸びているのを眺めながらトーレルさんのベルトを掴んで馬から振り落とされないようにしているのだが、早足程度の速度で歩く馬だから、川を渡るのは夕暮れ近くになってしまうだろうから都合が良い。
畑作が行われている場所には農道が作られているのだが、昼を過ぎると荒地がずっと続いている。
これでは荷馬車は進めるのに苦労しそうだ。馬で移動する外に手は無さそうだが、銀塊の輸送を進駐してきた貴族が行わなかったのはちょっと理解に苦しむ。
馬に乗れれば、大きく迂回して進む事になるけど3日あれば十分にマデニアム王都に着くんじゃないか?
峠越えするよりも遥かに安全だと思うけどね。
やがて、レーデル川が見えて来た。
川幅は200m程度だろう。川底は見えないがゆっくりと流れている。
その川岸沿いに尾根の突端を目指して馬は進んで行く。
尾根はそれ程緩やかに裾野を伸ばしているわけでは無さそうだ。急な山肌が尾根の所々に見え隠れしている。
しばらく進むと、河原に下りていく。
「この先で、尾根の先端が川に落ち込んでいるのです。崖のようになっていますから馬を泳がせないと尾根を回ることはできません」
「流れが緩やかだと言ったのはこの辺りなんですか?」
「尾根の先端は流れが急ですが、その上流からなら馬で渡れます。少し泳ぐことになりますが鞍につかまっていれば大丈夫ですよ」
一応は泳げるからだいじょうぶだろう。荷物は鞍に縛り付けておけば良いし、書状は革袋に2重に入れてある。水筒にもなる程だから、濡れる心配は無いとリーダスさんが太鼓判を押していたからな。
刀は外しておくしか無さそうだ。忍者装束だけど鎖帷子は畳んで鞍の左右に振り分けたバッグに入っている。銀塊も一緒だから、バッグが流れないように、川に入る前に再度確認しなければなるまい。
尾根の先端から数百m程上流の河原で、馬から下りると服とブーツを脱いだ。
馬の鞍にトーレルさんの衣服と一緒に括りつけて、ゆっくりと川に入っていく。
確かに流れは急ではない。下流に向かって泳げばそれ程苦労しないだろうな。
「まだまだ水は冷たいですが、向こう岸に着いたら、焚き火を作りますから我慢してください」
「言い出したのが俺ですからね。これ位ならだいじょうぶです。それでは、そろそろ泳ぎますか」
すでに水深は胸近くに達している。
俺達は下流に向かって斜めに川を泳ぎだした。