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SA-035 口先三寸


「何故に顔を隠す。それにたいそうな名前を付けておるが、どこに聖堂があるのだ!」

 質問は想定内だな。安心できる。


「それが騎士団の掟なれば、致し方ありません。聖堂なればここに来るまでにしかと眺められたのでは? 我等はアルデンヌ山脈を大聖堂に例えているのです。山脈のかいなに抱かれて祈りをささげる時に、我等の目にはどんな大聖堂よりも尊厳のある聖堂が映ります」


 それが分からぬという事になれば、騎士としての風雅の心が無いという事になるんだろうな。

 エミルダさんも古の詩人がアルデンヌ山脈を聖堂に例えた文献を読んだらしいからね。


「ならば、我等の町や村での諍いは、どう説明するのだ?」

「はて? 諍いとは穏やかではありませんね。騎士達が砦を離れて町に向かうのは多々ある事。我らはいわれなき暴力を振われる民の味方をしたまでですが? まさか、民を殴るのがマデニアム王国の軍隊の務めであるなら、非礼をお詫びしますが?」


 そんな軍隊はいくらでもいるだろうが、他に対してはそうだと言えないだろうな。

 苦々しく口をつぐんで俺を睨みつけている。


「それなら、峠の山賊はどのようにお考えですかな? 民を助けるならば山賊退治も仕事の内と考えますが?」

「どこで何をしようと、我等の教義に適う範囲で最善を尽くすのが務め。山賊がいるのであれば、問題ですね。民に狼藉を働かずに、山賊を退治するのが貴方達の務めではないですか? 我等はその結果を見ることにしましょう」


 トーレルさん達は俺達の話を聞いてるだけだ。何度か席を立って外に向かった。きっと、我慢できずにどこかで大笑いをしてるんだろうな。

 取り合えず、おとなしく聞いていてくれれば良い。


「ならば、聖堂騎士団に褒賞を与えることで山賊を討伐願えないだろうか?」

「額と、山賊がどのようなものであるか教えて下させば、相談に乗れぬ話ではありません」

 

 俺の言葉に、一時はこの世の終わりのような顔をしていた伯爵が俺に顔を向けた。下品な笑みを浮かべているのは、取引ができる相手だと思ったに違いない。


「金貨30枚。それに食料を荷馬車で5台ではどうか? 見たところ、それほどの大人数でも無さそうだ。1人銀貨20枚程度にはなるだろう」

 

 だいぶ、低く見積もられたようだな。

 後は条件になる。どんな敵を相手にさせるのだろう?


「値段は少し相談しないといけませんね。問題は我らが騎士団だという事です。騎士団を派遣するのであれば、その行動に責任が生じるのはお分かりと思いますが?」

「はて、どのような責任でしょうか?」


「我等には神に誓った騎士の誓約があります。教団の信条に近いものではありますが、その中でも一番尊ぶべきものは『正義』と言う言葉になります。隣国を攻め滅ぼした王国が正義かどうかは微妙ではありますが、大衆に支持される王国であればそれも正義なのでしょう。我らの行動は常に正義の名を使って行われます。これを覆さぬものならば問題は無いのですが……」


「我等の依頼が正義ではないと誰が判断するのですかな? いい加減な行動で正義と言うのは問題ですぞ」

 横からメイドール卿が問題を出してきた。

 少しは話の矛盾点が分かるようだな。


「それは、ご心配無用です。その為に、教団は我等に神官を派遣してくださいました。神官がきちんと神の手で我らの進むべき方向を教えてくださいます」


 俺達の行動に、教団の息が掛かっていることを、エミルダさんが小さく頷いたことで伯爵達は理解したようだ。

 さて、これで山賊を俺達に襲わせると彼らの首が飛ぶことになるぞ。今のところ、山賊の襲撃する相手は奴隷商人や進駐軍への輜重それに、カルディナ王国からむしり取った重税とお宝だからな。

 教団が、隣国へ攻め入ったことを良しとするには、どれだけの財宝を寄進することになるんだろうか?

 いくら強欲でも、それを受け取ることはしないんじゃないかな。俗界に染まれば自分達の地位が危うくなりそうだ。


「我等にも、精鋭がおらぬわけでは無い。忙しい我等に代わって、山賊討伐を依頼したかったが、値段が釣り合わぬようではいたしかたがありませんな」


 値段の交渉ができないと、言っているのかな? それで、俺達が引きさがると思ったら、大間違いだぞ。


「先ほど、交渉と言ったのは、破格の待遇だからです。我等は民草の為ならいつでも正義の剣を抜くことができます。正直な話、値段はどうでも良いのです。値段で物事を引き受けるなど、騎士団としては恥ずべき行為でしょう。正式な依頼文と、そうですね……、ポケットの硬貨を少し頂ければ我等はサインをしますよ。それと、最初の書状もまだでしたね。移動の準備が始まるまでには、山賊討伐が可能だと考えます」


 さてどうする?

 出て行けと書状を書けば、周辺の王国との同盟さえも消し飛びかねないぞ。問題のある教団らしいが、それなりの心のよりどころにもなっているようだ。強欲のようだが、政治に口を出さなければそれで良い。

 さらに、山賊の討伐を依頼するには、正義の名に恥じない事をキチンと書く必要がある。それが偽りであるとなれば、王国の信用は失墜するだろう。これも対応が難しいところだな。

 

 急に、伯爵がポケットを探り出した。

 席を立って、上着やズボンのポケットまで調べ始めたぞ。


「これは、申し訳ありません。生憎と財布を忘れて来たようです。さすがに騎士団に数枚の銅貨では我が王国の矜持を疑われますからな。出直して参りましょう」

 隣のメイドール卿に軽く頷きかけると、2人が俺達に形ばかりに頭を下げて広間を出て行った。


 急いで馬車に乗り込み、守備兵が開門するまで待てないのか、少し開いた扉に馬車を擦りつけるようにして砦を後にしていった。


「何じゃあれは?」

「それにしても、バンター様はお人が悪いですね」


 呆気に取られて開け離れた広間の扉から馬車を見ていた王女様が呟くと、喜劇でも見ていたような表情でエミルダさんが話し掛けて来た。


「そうですか。少しは相手の言う事を聞こうと思ったのですが……。それと、すみませんでした。教団の名を交渉に使ってしまった事をお詫びします」

「あれぐらいなら問題ありません。私の一存で対応できます」


 そんな話をしていると、トーレルさんが急に大声で笑いだした。釣られたマリアンさんや騎士達も笑い始める。


「全く、おもしろい見物でした。物心ついてから今日のような問答は聞いたことがありませんよ」

「それで、バンター。上手く行ったという事なのか?」

「十分に……。さて、これで大手を振って、町に出掛けられますよ。俺達が出掛けてもだいじょうぶでしょう。ザイラスさんが戻り次第、次の工作を始めます」


 心配そうに王女様が聞いて来たけど、ちゃんと俺達の話を聞いていたのかな? 何といっても親の仇が目の前にいるんだから、会話なんか耳に入らなかったのかも知れないな。

 

「それで、次はどのように出て来るのでしょう?」

「まさか書状は持って来ないでしょう。俺達を黙認する形になるでしょうね」


 裏で山賊と繋がっているのがバレルとは思わないが、何らかの取引がある位の事は考えるだろうな。

 そうなると、村に騎士団の連中が出入りするだけで、向こうが勝手に想像を広げてくれるに違いない。

 さらにこの場所は、カルディナ王国の北の砦にも近いのだ。北の砦にしてみれば、俺達がいつ襲ってくるかと心配になるだろう。更に兵隊を増やすことになりそうだ。


「バンター殿は、マデニアム王国を疲弊させるつもりなのですか?」

「いずれは戦端を開く事になるのであれば、その前に出来るだけ落ちぶれさせたいですね。今年の税の輸送が楽しみです」


 できるだけ相手の力を削いでから戦をするのが一番だ。

 奴隷移送と夜逃げした農民で俺達の戦力は当初よりは多くなっているが、元軍人は峠の工事で救い出した連中だからな。いまだに1個中隊に達しない。

 正面からのぶつかり合いでは、勝ち目なんて全くないからね。


 その夜、ザイラスさんが20騎の騎士と共に砦に帰って来た。

 昼間の出来事を夕食後のワインを飲みながら簡単に話をすると、騎士達の間から失笑が漏れる。

 ザイラスさんも、おもしろそうな顔をして俺の話を聞いてくれた。


「すると、マデニアム王国は我等を黙認する外に手が無いということか?」

「どこまで耐えられるかですが、下手に俺達に手を出せば周辺王国から同盟破棄の良い口実になります。カルディナ王国を手に入れるための同盟では、彼等も少し後ろめたいでしょうが、契約は契約ですからね」


「あの返書に、それだけの効果があったわけだな」

「宝石を頂いたお礼を返しただけでしょうけど、相手先の名がしっかりと書かれています。聖堂は教団をイメージするでしょうし、神官を派遣して頂いたのも俺達にとっては都合の良い話です」


「それで、次はどうするのじゃ?」

「堂々と、町や村に行くことができますよ。向こうは苦々しく思っていても手出しはできないでしょう。ですが、行動は数人単位で、かつ、騎士団の衣装でお願いします。騎士の皆さんには引き続き作戦を継続してください。ですが、王都と北の砦には手を出さないでくださいよ」


「何故に?」

「特定の砦に火矢を放っていれば、その被害は軽微でも兵を揃える必要が出てきます。特に街道警備を行っているふもとの砦は収奪した品を輸送するために重要ですし、南の砦は平たん地ですから隣国からの侵入に備えなければなりません」


 ザイラスさんの質問に即答すると、頷いているから納得してくれたのかな?


「だが、南のクレーブル王国に動かれると厄介になるぞ」

「別に砦を攻め落とすわけではありません。嫌がらせの継続です。クレーブル王国は国境に軍を展開しても、その前にはレーデル川がありますから、渡河することは無いはずです。たぶん街道交易の橋を中心に軍を展開して、他の部隊は引き上げているのではありませんか?」


 ザイラスさんがテーブルに地図を広げて、レーデル川沿いの偵察状況を教えてくれた。

 なるほど、俺の思った通りの展開だ。

 クレーブル王国にしても、大軍を長期間展開することはしないだろう。あくまでマデニアム王国の侵略の手が自国に及ばないように動いただけに違いない。

 だが、橋には常時分隊規模の兵を配置しているという事は、その近くにある砦に中隊規模以上の兵を駐屯していることになる。

 それも、俺達に都合の良い話ではあるな。


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