SA-034 客人がやってきた
テーブルでのんびりパイプを楽しんでいると、朝の礼拝を済ませた王女様とザイラスさん達が広間に入ってきた。
フィーナさんが入ってこなかったのは、少年達と一緒に帳簿の整理を始めたのかも知れない。騎士達の宿舎の一部屋を事務所にしたみたいだからな。夕食には広間にやって来るだろう。
「今日は、俺の番だったな?」
「そうです。今度はどちらに?」
「西のトレンタスに出掛けようと思う。王都に近いから酒場で情報収集もできるだろう」
今日はザイラスさんが出掛けるみたいだな。お茶を飲みながらそんな話が聞えて来た。
騎士達は交替で町に出掛けているから、それなりにストレスを発散しているみたいだ。
だけど、そんな会話を聞いている王女様の雲行きが、段々と険悪になっていく。
たまには、軽装歩兵を連れてふもとの村に出掛けても良いのかも知れないな。山裾にある砦の守備兵もあまり出歩かなくなっているから少しは安心できる。
ラディさんがバックアップしてくれるなら、村の治安維持部隊は1分隊程だから大きな戦闘にはならないだろう。
ザイラスさんが第2、第3分隊長を連れて広間を出ると、トーレルさんが残った分隊長と共に広間を出て行った。砦の北西に柵を作っているのだ。
砦の造成時に小さな柵は作ったが、今度は少し南北に長い柵を作っている。柵の1カ所に門を作ってあるから、西への移動ができないことは無い。
王都の北の砦は銀鉱山の守りを兼ねているから、俺達の砦に軍を派遣するとは思えないが、備えぐらいは必要だろう。
「バンター。何かおもしろい事はないのか?」
「そうですね。もうしばらくすると、マデニアム王国から俺達を勧誘に来ると思います。それを気長に待ってるんですが」
「ん? 勧誘とな」
「ええ、マデニアムに余剰部隊はありません。王国内で新たに兵士を徴用しても、訓練は必要です。半年掛かりで半人前の兵士を量産するでしょうが、タダの員数合わせにしかならないでしょうね」
王女様が興味を持ったようだ。お茶のカップを持って俺の方に体を向けたぞ。
マリアンさんも何のことかと、聞き耳を立てている。
「俺達の正体を知らなければ、どこから来たか分からない騎士団が、旧カルディナ王国の騎士達を取り込んで大きくなった位に思っている筈です。山賊の仕業で、だいぶカルディナ王国への派遣部隊がやられていますから、俺達を取り込んで西と南の国境警備の手伝いをさせようと考えるのが普通ですよ」
「我等の真の姿を知らぬと?」
「敗残兵を獲り込んでいる位には考えているでしょうね。でも、山賊と騎士団を同じ組織だとは考えないでしょう。峠ではかなりの兵士を葬っていますが、正義の味方と騎士団の動きから山賊との関連を疑う者はいないでしょう。
上手い具合に、教団からのお墨付きがありますから、精々からかってやろうとは考えてるんですが」
「了承せずに、突っぱねるという事か? おもしろそうじゃな。交渉はバンターに任せるが、我も同席して構わぬだろうな?」
「騎士団の制服を着て頭巾を被っていれば構いませんよ。トーレルさん達にも同席して貰いますが、あくまで体裁を整えるだけです」
段々と顔が明るくなってきた。
王女様は悪人には成れないな。気持ちが直ぐに顔に出てしまう。会見時にはマントの頭巾を被っていれば、顔が見えないからだいじょうぶだろう。
「私は必要でしょうか?」
少し前に見習い神官と一緒に入ってきたエミルダさんが右手の席から俺達にたずねてきた。
俺の考え何てお見通しのようだな。
「お願いできますか? たぶん、その場で聞いてくだされば問題は無いと思うんですが」
「うふふ……。だいじょうぶですよ。万が一にバンター様が窮した時は、役に立つ物を持ってまいりました」
そんな事を言って笑ってるんだけど、俺と王女様は首を傾げるばかりだ。後ろでミューちゃんとマリアンさんも首を傾げているぞ。ひょっとして、印籠なんて持ってきたんじゃないよな?
・・・ ◇ ・・・
何日か過ぎた昼下がりの事だ。
見張り台から、数騎の騎士に守られた立派な馬車が近付いて来ると、知らせが入った。
俄然、王女様の目が輝き出したぞ。
「バンターの言っていた使者じゃな。ミュー、エミルダ様に知らせるのじゃ!」
王女様の指示に、ミューちゃんがぴょんと椅子から飛び上がって、広間から駆け出して行った。
テーブルの上の地図を片付けて、俺達も着替えに自室に向かう。
ラディさんと同じ忍び装束だ。頭巾には鉢金まで付いているし、頭巾と合わせたマスクを垂らすと、顔は目だけがでる。
念のために、刀をベルトに差して薄い革のブーツを履く。
広間に行くと、エミルダさんと見習い神官がいつもの席に着いている。ミューちゃんに着替えたら、トーレルさんを呼ぶように伝えた。
「関所から連絡です。『カルディナ王都からの使者が砦の主に面会を希望している』以上です」
「ご苦労さま。関所を開いて砦まで案内するよう連絡してくれ」
俺の言葉を復唱すると通信兵が見張り所に戻って行った。
どうにかモールス信号モドキを覚えて貰ったから、かなり役に立つ。
さすがに、狼の巣穴とは気象条件に左右されるけど、関所であれば問題は無い。
やがて、正義の味方の服装をしたトーレルさんと副官が席に着き、1分隊を広間の左右に展開した。万が一を想定してのことだろう。
何も言わずに1分隊を連れて来たトーレルさんに感謝だ。
「奥の旗も、変えておいた方がよろしいでしょう。我等アルデンヌ聖堂騎士団の旗がありますから」
「そうですね。気付きませんでした。お願いします!」
直ぐに騎士達がカルディナ王国の旗を取り外して、騎士団の旗を大きく広げる。
黒字に白い骸骨だからな。昔の海賊旗なんだけど、皆が気にいってるんだよね。
「それが団旗ですか。立派ですね。その旗に、教団のシンボルを入れても構いませんよ。大神官達の許しは得てあります」
「畏れ多い話ですが、教団のシンボルとは?」
「斜め十字じゃ。だが、すでに団旗には骨でそのシンボルが描かれておる。バンターは知らずに描いたようじゃが、我等がその旗を気にいった理由がそれなのじゃ」
「確かに、描かれていますね。それで、教団の許しを得たと言えるでしょう」
エミルダさんは、今回の戦の後始末に教団内部で苦心していたのだろう。俺達の挨拶文を渡りに船と、教団内部で動いてくれたようだ。となると、少し寄付をしといた方が良いのかも知れないな。ザイラスさんが戻ったら聞いてみよう。
団旗が広げられ、テーブルには顔を隠した一団が席に着いている。壁際の騎士達も同じような衣装だから、顔を見られることは無い。
これで準備が整ったようだ。暖炉では大きなポットが湯気を出しているから、お茶位はご馳走できそうだな。
「砦にやってきました。今扉を開けて広場に馬車を止めたところです」
「ご苦労さま。後はこの場に案内してくれれば良い。宿舎の前に武装した軽装歩兵を1分隊出しておいてくれ」
広間を出て真っ直ぐ馬車に向かったところをみると、砦の守備兵のようだな。衣装は軽装歩兵の革ヨロイだが、頭は騎士達と同じように覆面姿だ。誰かが分からないのが問題ではあるんだよね。
しばらくして、広間の扉がコツコツと叩かれ、軽装歩兵に案内された数人程が広間に入ってきた。
「バリアント伯爵。それに騎士のメイドール卿です」
案内してきた軽装歩兵が彼等の名を告げて、広間から去っていく。
俺達をじろじろを眺めているが、さてどう出て来るのかな。
「俺の前の席が空いている。とりあえず座ってくれ。遠いところをやって来たのだろうから、お茶位は出さねばなるまい」
後ろに向かって、ミューちゃんに小さく頷いた。ミューちゃんが席を立ってマリアンさんとお茶の用意を始める。
「来客に向かって席も立たずに挨拶とは!」
「別に俺達が呼んだわけではあるまい。我等にも色々と都合がある。用件があるなら早くするが良い」
ムスっとした表情で、俺達の前に座ったが、トーレルさん達は吹き出す寸前だ。忍び笑いは良いけれど、大声で笑いだすのは終わってからにしてほしいな。
「用件を伝えよう。この地はマデニアム王国の領土である。軍団を纏めてサッサと他所に立ち去って貰いたい。だが、我等の国王は武を貴ぶ。もし行く当てのない騎士団であるなら、我等が王国で雇う事も可能だ。国王は団長に男爵位を授けるとも言っておる」
用が無いなら出て行くか、俺達の王国の犬になれってことだな。
まあ、想定内の話で助かる。
ミューちゃんが置いてくれたお茶をマスクをずらして一口飲んで、次の言葉を考える。
「ここに砦を作り、畑を耕している。他のどこに行くのだ? 我等はカルディナ王族よりこの地を賜っておるのだぞ」
「そのカルディナ王国が滅びたなら、その地は征服した王国のものになるのでは?」
「それも理屈ではある。書状にそのようにしたためるが良い。マデニアム王国は騎士団領を他国を侵略した事を理由に奪うとはっきりとな!」
俺の言葉に少し驚いたようだが、バリアント伯爵はメタボなお腹を揺すって笑い始めた。
「ははは、良いでしょう。その書状を持ってこの地を去るのであればこの場でしたためましょう」
「その書状を我等に渡した後、一か月でこの地を去ることにしよう。我らの教団の裁可を待たずにな。次に会う時は火炙りの柱の上という事に……」
我らの教団という事に驚いたようだ。大きく口を開けている。
隣の騎士にも動揺が走っているぞ。
名目的な教団とのつながりが、これほどまでに相手の動揺を誘うのだろうか?
「……書状をしたためる前に、騎士団の名を知りたいものです。宛先が無ければ意味がありませんから」
かなり言葉が怪しいけれど、俺達の名を告げておく。
「アルデンヌ聖堂騎士団!」と言って絶句してるのは、俺達を単なる傭兵団と勘違いしていたらしい。
「どうした。書状を書かないのか。筆記用具を準備していないのなら、この場に運ばせるが?」
顔を赤くしたり蒼くしたりして俺達を見ているが、そんな風だと心筋梗塞を起こしそうだな。
「ワシから、少し訪ねたいがよろしいか?」
メイドール卿は老人の部類に入りそうだ。銀髪を短く切った姿は、それなりの武勇を誇っているのだろう。隣の伯爵とはえらい違いだな。
俺が小さく頷いたところで、メイドール卿が俺に質問を浴びせて来た。