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SA-033 神官がやってきた

 トーレルさん達も2つの町に出掛けたのだが、やはり北のアルテム村を超えて追いかけて来ることはないようだ。


「王都に行っても同じ事かも知れませんね?」

「いや、王都ならば1個大隊規模の兵力を駐屯させているだろう。町や村では砦からの治安維持部隊を2分隊程派遣しているだけだろうからな」

 

 治安維持部隊とは言っても、カルディナ王国に駐屯している兵士達のストレス発散の場になっているからな。そんな部隊を散々いたぶって来たに違いない。

 そろそろ向こうも何らかの手を打って来るに違いないのだが……。


 そんなある日のこと。アルデス砦に客人がやって来た。

 知らせは関所からではなく、狼の巣穴からあったのだが、ラディさんと親交のある商人がマデニアム王国側から連れてきたらしい。

 やって来た人物は3人の神官だった。全員が女性だから女官と言う事になるんだろうか?


 重装歩兵が護衛となって半日以上かけて歩いてきたのが気の毒に思う。

 3人が、深く被ったマントの頭巾を取った時、王女様が驚いた表情で席を立った。後ろの席ではマリアンさんが目を見開いて祈りの仕草をしているぞ。


「エミルダ叔母様に、フィーナ姉様ではないか! 良くもご無事で……」

「私も、広間に入って驚きましたよ。さすがはザイラス殿です。新たな騎士団を作られてサディを保護して頂いていたとは……」


 王女様が席を立って、自分の右隣に3人の席を作らせている。

 叔母様と姉様と言ったが、王女様との関係を確認しといたほうが良さそうだ。もう一人の女官は、椅子を移動して2人の後ろに座ったから、2人の身の回りの世話をする侍女といったところだろう。


「改めて、自己紹介をいたします。教団よりアルデンヌ聖堂騎士団付神官に任命されましたエミルダと申します。私がカルディナ王国の出身である事を大神官達が考慮してくれたようです。マデニアム王国の侵攻時に私を訪ねていたフィーナを神官にしましたので派遣された神官は2人、神官見習のトルティを合わせて3人になります」


 王女様がテーブルに着いた俺達を1人1人紹介する。

 俺も席を立って、軽く頭を下げておいた。

 神官にしておくのはもったいない程の美人だが、あいにくと30歳は超えているだろうから、俺とはあまり関係が無さそうだ。フィーネと紹介された娘は20歳をとうに過ぎているだろう。見習いでさえ俺より年上に思える。

 問題は、エミルダさん達の扱いだよな。ここには神殿や教会なんてないからな。


「ところで、聖堂はどこにありますの?」

 フィーナさんが王女様に問い掛けた。うっ、と詰まりながら俺に視線を向ける。俺に答えろってことだろう。

 おもしろそうな目をして、エミルダさんも俺を見てるし、ザイラスさん達騎士は不安げな眼差しを俺に向けている。


「敬語は上手く使えませんので、あらかじめご承知おきください。騎士団を結成して名前を付けたのは俺になります。ご存じの通り、カルディナ王国は隣国のマデニアム王国の侵攻により滅んでいます。戦からかろうじて避難できた騎士達と兵士をまとめ上げて騎士団としました。団長はザイラスさんになります。

 問題の、アルデンヌ聖堂騎士団の名は、北にそびえる大山脈の名前を使いました。その大きさが、我らを見守る聖堂のようだと言う事もあり、あえて聖堂を騎士団の頭に付けた次第です。

 教団の許しも無く聖堂を付けたことを詫びた書状を教団に届けたのですが、返書の宛先にはアルデンヌ聖堂騎士団とありましたから、黙認頂いたものと考えています」


 質問したフィーナさんは呆れた顔をして、口をポカンと開けている。

 だが、エミルダさんは俺をジッと見て微笑んでいるぞ。


「それじゃあ、私達の暮らす宿舎は?」

「この砦に用意します。2部屋を空けますので、それでお暮らしください」


 俺の言葉に王女様がマリアンさんと内緒話をしている。2部屋を提供できるか確認しているようだな。


「教団の神殿よりも大きな聖堂になりますね」

 エミルダさんが微笑みを崩さずに俺に言った。

 だけど、フィーナさんは、キッと俺に厳しい視線を向けている。


「教団に嘘をついたんですか! 教団を愚弄するなど、許されることではありませんよ」

「いや、愚弄するつもりはないですよ。我らの心情を表現したつもりですが?」


 そう言って、ミューちゃんが皆に運んでくれたお茶を飲む。

 余裕を持てば、その言葉に嘘は無いと思ってくれるだろう。ある意味、ごまかしではあるんだけどね。


「山脈を大聖堂に例えるとは……、古典で一度読んだことがあります。『……我が前にそびえる大聖堂は空高くそびえ、左右の伽藍を一目で見ることはできぬ。我は大聖堂に足を踏み入れ、神の印を探す……』と言う一説がありました。少女時代はその大聖堂が何を指す言葉か分からず、教団に入ってようやく年老いた神官からそれがアルデンヌ山脈だと教えていただきました」


「そんな古い話を持ち出しても……」

「私がやって来たのは、その話を思い出したからです。山脈を大聖堂に例える者達は誰か? とね」


 フィーネさんは納得しにくいようだが、エミルダさんは、アルデンヌ聖堂とはアルデンヌ山脈そのものを差すと分かってたようだな。

 という事は、教団もすでにその意味を知っているという事だろう。良くも、あの返書をくれたものだ。公認したって事だからな。


「エミルダ様、それでは私達はどこで神に祈れば良いのですか?」

「まだ分からないの? すでに私達は大聖堂の中にいるのです。アルデンヌ山脈が見える場所がすなわち大聖堂という事になるんですよ。空には蒼い天蓋、地には緑の絨毯。奥の壁には山脈の尾根が、人を寄せ付けぬ厳しい教えを神自らが刻んでいます」


 ものも言いようだな。俺は典型的な日本人だから多神教だ。どんな物にも神が宿ると考えるから、山岳信仰もそれなりに納得する事は出来る。だけど、この世界の人間に山脈が聖堂だと言えば、それはかなり異端な教えになるんだろう。

 それを、あえて教団が許したという事は、マデニアム王国のカルディア王国侵攻を苦々しく思っているのではないだろうか?


「姉様、そう文句を言わずに願いたい。我等を保護してくれているのがアルデンヌ聖堂騎士団そのものじゃ」

「それも、不思議なのです。そんな騎士団の話は初めて聞きましたわ。ザイラス殿の武勇伝は色々と聞きましたから、騎士団を作るのもやぶさかではないでしょう。でもそうなれば傭兵騎士団となるのでは?」


 フィーナさんの追及に、ザイラスさんが苦笑いをしている。

 そろそろ本当の事を話した方が良いのかも知れないな。


「姉様。実は……」

 王女様が、マデニアム王国の強襲とそれからの出来事を話し始めると、今度は目を見開いて聞いている。

 エミルダさんが笑みを絶やさずに俺を見ているのが、ちょっと怖い感じがするな。


「山賊を始めたのですか!」

「極悪非道ではないぞ! 我等は義賊なのじゃ」


 胸を張って行ってるけど、結局は盗賊なんだよね。

 とは言っても、1人殺せば殺人犯で、千人を殺せば英雄だって言う話もある位だから、盗賊と正規軍の差なんて無いのかも知れない。


「エミルダ様が商会の手を借りて、マデニアム王国経由で騎士団に向かおうとしたのは、そう言う理由なのですね。一番警備が緩やかなはずですわ」

「じゃが、最後は国を興す事になろう。2年目で2つの砦と村を持ったのじゃからな。少しずつ領土が増えていくはずじゃ」


「そこに、フィーネを連れて来た理由があるのです。たまたま教団にカルディナ王国からの使いとして滞在していましたが、帰る家さえないでしょう。王都で暮らす貴族は粛正されたと聞きました。騎士団の裏にフィーネの役割はありませんか?」


 俗界に戻すってことか?

 まだ若いんだから、それも選択の1つには違いないが……。


「ふむ……。貴族の子弟が奴隷として運ばれていたのを保護していたのじゃが、彼等には、我等の文官をして貰おうと考えていた。若い連中ばかりなのが心配でいたのじゃが、姉様がおれば安心できる」


「フィーネ。ここで王女の力になってあげなさい。私は名目上の神官として暮らすことにするわ。騎士団と領民の暮らしには神に祈ることもあるでしょう。私室が頂けるのであればそこを拠点にします」

「でも……」


 フィーネさんはエミルダさんに振り向いてジッとその顔を見ている。

 やがて、小さく頷いた。やはり、神官として暮らすのは自分の性格に合わないと思っていたんだろうな。

 だけど、これで聖堂騎士団としての体裁が整った。それに、マリアンさんの話ではフィーネさんは、貴族の子弟の中では稀にみる才女らしい。これで財政の管理を任せることができる。


 とはいえ礼拝所は必要だろうと、ザイラスさん達が砦の一角に教室の2倍位の礼拝所を作ったのだが、その場所は元馬小屋なんだよな。

 北向きの奥でそれなりに大きな場所と言うと、馬小屋しかなかったみたいだ。

 少し馬臭い場所なんだけど、エミルダさんは文句ひとつ言わずに礼拝所の北側に、『♀』の印に似たシンボル像を奥まった台の上に置いた。

 青銅製の高さ30cmに満たない像だが、それが教団のシンボルなんだろう。

 日に3度の祈りの時間には、いつでも10人以上の騎士や、話を聞いてやってきた農民が加わっている。

 信仰深い国民だったようだな。


「バンターは祈らぬのか?」

「俺が信じる神はたくさんいますから、その時々に応じて祈ります。神を信じぬわけではありませんよ」


 そんな話をしても、理解できないだろうな。

 日本人の宗教観はかなり変わってるからね。

 フィーネさんは、元貴族の子弟達と一緒に俺達の資産を調査しているようだ。街道の峠で山賊をしている部隊があるから、財政的には問題は無いと思うんだけど……。



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