SA-032 アルデンヌ聖堂騎士団
銀塊の輸送部隊を襲撃して数日が過ぎたころ、峠の砦から小さな包みが届けられた。
俺達は2つの砦を持っているから、旧烽火台の屯所を『狼の巣穴』、廃村の南西に作った砦を『アルデス砦』と名を付けた。ついでに廃村も『ミクトス村』と名を付けたんだけど、これは王女様がかっていた犬の名前らしい。まあ、村人は響きの良い名前だと喜んでいたから、いわれは話さない方が良いのかもしれないな。
「巣穴からとは、何じゃろうな?」
「この間の襲撃で得た財宝はこの砦に全て運んでおりますが……」
王女様とザイラスさんには心当たりが無いようだ。
とりあえず開けてみようと、王女様が綺麗な布で包まれた包みの紐を、フルーレで切り取って布を開くと、小さな木箱が現れた。
ティッシュペーパーの箱ぐらいの大きさだが厚みは半分も無さそうだ。
装身具でも入ってるんだろうか?
「かなり凝っていますな。箱には何か書かれていますか?」
「何もないようじゃ。ちょっと楽しみじゃな」
王女様がゆっくりと木箱の蓋を開ける。
中に入っていたのは、4つ折りにされた書状のようだ。両手でテーブルに広げて読んでいる。ジッと真剣に読んでいるのは、重要な事が書かれているのだろうか?
「教団からの返書じゃ。送り元は、教団の大神官である『グラディウス13世』送り先は『アルデンヌ聖堂騎士団』とある。これで、名目が出来たということじゃな」
書状をテーブルの皆に回覧してくれたので、俺のところに回ってきた書状を読むと、美辞麗句で掛かれた内容は良く分らないけど、宛先と送り元は明確だ。
「晴れて名を名乗ることが出来ますね。これで、かなり仕事がやりやすくなりますよ」
「でも、神官を2人送ると言うのが気になりますね」
それは俺も気になったところだ。
改めて、この世界の神官の役目と地位をザイラスさんに聞いてみた。
「教団の神官は不可侵だ。カルディナ王国の神殿に務める神官や女官達の多くは戦乱から免れているだろう。地位は俺達とは異なる教団内の独自の位階がある。だが兵団と共に行動する神官であれば、貴族と同等の待遇になるだろうな」
「もし、やってきたら1部屋を与える位で問題ないんでしょうか?」
「バンターと同じで問題ないだろう。分隊長よりは待遇を上げねばならないが、アルデス砦は王女様も俺達と同じ間取りだからな」
「問題は俺達への干渉がどれほど出るか……、という事です」
「彼らの役目は魂の救済だ。基本的には不干渉の立場を取る。もし俺達に干渉したと言う事になれば教団の弾劾裁定が行われる。教団内でどんな地位にいても修道士に格下げだな」
俺達の世界の中世における教会とは、かなり異なるようだ。
ある意味、教団内での次の地位に昇るために派遣されてくるようなものなんだろう。数年を俺達と共に暮らして教団の本拠地に戻ればそれなりの地位に付けるってことに違いない。
どんな人物がやってくるか分らないけど、使えるようなら次の援助もしないといけないんだろうな。
「それで、次はどうするんだ?」
「山賊と正義の味方を続けます。今度は堂々と正義の味方が出来ますよ。とは言え、聖堂騎士団として動いて貰いますから、それなりの恰好が必要です」
巣穴の重装歩兵には当分山賊を続けてもらわねならない。基本は奴隷解放と軍用品を奪う事で良いだろう。商人の馬車を獲物にすることは避けといた方が良いだろうな。
問題は正義の味方だ。
今までは、神出鬼没をもっとうにしていたが、今度は集団で行動する。
分隊単位で動くのであれば、それほど危険は無いだろう。近くにもう1
分隊を待機させれば万が一にも後れを取ることはないはずだ。
「トーレルさんの衣装を騎士全員分作ってください。晴れて騎士団ですから長剣を下げても良いですよ。頭の頭巾には例の階級章を付ければ良いでしょう。背中のマントにも騎士団のエンブレムを入れます」
「名乗りを上げるのか。だが、マデニアム王国が黙っているか?」
「その時はこの砦に逃げてください。そう簡単に落ちることはありません」
ザイラスさん達が喜んでいるけど、王女様は不機嫌そうだ。だけど、これは諦めてほしいな。俺だって留守番なんだし。
「狙いは私達との諍いですか?」
「紳士的にお願いしますよ。結果は期待してます」
トーレルさんが俺の言葉ににやりと笑みを浮かべる。
存在感をアピールすれば良い。その内、向こうから抗議に来るだろうが、どんな口上を言ってくるかが楽しみだな。
彼らに、カルディナ王国の征服が終わっていない事が分かればいい。
マデニアム王国としては放っておくことは出来ないはずだ。と言って、俺達を壊滅させる兵力は無いだろう。その為にはこの国に派遣している兵力を集約しなければならないが、そうすることで他国からの侵入を容易にしてしまう恐れがある。
徴用している兵士の状況が知りたいものだな。
少し山の中腹を通ってマデニアム王国の内偵をラディさんに頼んだのだが、懇意の商人のネットワークを使うような言を言っていた。
「だが、大手を振って村や町に繰り出してもだいじょうぶなのか?」
「さすがに王都は無理でしょう。皆さんの顔を覚えている方も多いと思います。ふもとのアルテム村ではなく、中央のヨーテルンそれにクラレム町が狙い目です」
「町中に1分隊、外に1分隊で活動すれば良いのか?」
「衣装が出来次第お願いします。酒場での情報収集も合わせて行ってください。くれぐれも、援護部隊は1分隊であることを念頭にお願いします」
10人を相手にするには、町の治安維持部隊では少し骨がおれる。町から出れば2倍に膨れ上がるから追手も1小隊は必要とするはずだ。
苦々しく思っていても、あえて諍いを諦めるんじゃないかな?
その時は、酒場での情報収集に努力して貰えば良い。
5日程経つと、衣装ができあがる。
全員覆面ではあるが目から上を隠すだけだから、中々恰好が良いぞ。覆面の布を長く伸ばして背中に垂らしているのも何となく正義の味方の風情がある。
「行ってくるぞ!」
そう言って、最初に出掛けたのはザイラスさんと第1、第2分隊の連中だ。
見送りに出た、トーエルさんが次は私の番、ときつく唇を結んでいる。
王女様は出番がないけど、これは騎士団の仕事だからな。
しばらく、ジッとしていてくれるとありがたいんだが……。
何事も無く数日が過ぎる。
イライラしている王女様をどうにかマリアンさんがなだめているんだけど、特にやることは無いからな。
いよいよマリアンさんの手に負えなくなった時を見計らって、王女様に北の砦と鉱山付近の様子を聞いてみた。
「バンターは知らぬであろうな。カルディナ王国の金庫そのものじゃから、警備は厳重じゃ。常に1個大隊を砦に置いておいたのじゃが……」
お茶を飲みながら、ぽつぽつと話してくれたことをメモに残しておく。
どうやら、砦と言うよりも城壁都市に近い物だったらしい。
南方に堅固な城壁を築き、東西は低いという事だが、それでも俺達の2倍程の石壁が作られていたようだ。
鉱山技師に鉱石を採掘する人夫と罪人が鉱山に潜って銀鉱石を採掘し、砦に運ぶ。砦内のいくつかある工房が、鉱石を精製して銀塊にするという事だ。
「さすがに罪人は仕事が終われば牢獄だが、食事は量が多いと聞いたことがある。労働者目当ての酒場はもちろん、賭博場もあるらしい」
総人口は5千人を超えると話してくれた。ひっきりなしに商人が荷物を運び入れていたらしい。
北の砦を落すと言うことは、町1つを陥落させるという事になるのだろうか?
問題は、現在の労働者の扱いだな。場合によっては協力してくれるだろうが、カルディナ王国統治時代よりも待遇が良ければ、敵軍が1個大隊どころか3個大隊に膨れ上がってしまう。
内偵を考えねばなるまい。
「鉱山は砦より離れているんですか?」
「いや、鉱山の入り口は砦内にあるのじゃ。離れているなら、力づくで奪えるのじゃが……」
これは、じっくりと作戦を練る必要があるな。
出来れば砦の見取り図と周辺の簡単な地図が欲しいぞ。
「作戦を考えるのじゃな? カルディナ王国が最も防衛に力を注いだ砦じゃ。王都を人質に砦を開放させられたようじゃが、我等はそのような手を使う事は出来ぬぞ」
「承知してます。非人道的な策は取らずとも良い方法を考えましょう」
王女様の後ろでマリアンさんが俺の言葉に頷いている。
力で攻め取るというのは、最初から考えていない。カルディナ王国軍が長い期間を掛けて作り上げた城壁都市のようなものなんだろう。
少なくとも駐留する守備兵の5倍以上の軍勢でなければ不可能な話だ。
3日程過ぎて、2つの町で騒ぎを起こしてきたザイラスさん達が帰って来た。
かなり機嫌が良いから、思い切り暴れて来たに違いない。
王女様とトーレルさんが羨ましそうに見ているぞ。
「獲りあ会えず、2つの町で遊んできました。ヨーテルンではかなりの騒ぎになり我等を追って来たのですが、いつの間にかいなくなっていました」
「ご苦労さまです。後で、町の様子をメモにして提出してください。次はトーレルさんの部隊でお願いします。狙いはやはり2つの町で良いでしょう」
「任せてください。それより、先ほどの話では暴れるだけでなく、様子を見て来るのが大事に思えるのですが?」
ザイラスさんは分隊長に書かせようと交渉しているようだな。トーレルさんは最初から状況監視を重点に行く事を考えているようだ。
「町に活気があるのかどうか。治安維持部隊をどれほど駐留させているのか。どんな事件が起こっているか……。そんなところです。気が付いたことは何でも教えてほしいですね」
「何だ、偵察が任務だったのか? てっきりこちらに引きつけて壊滅させるのかと思ったぞ」
「それが出来れば良いのですが、思った通り追跡を断念しています。やはり、マデニアム王国には予備兵力が枯渇しているようですね」
カルディナ王国への侵攻は、失敗した場合は本国自体が存亡の危機に瀕したんじゃないか?
正しく、薄氷の勝利という事になったんだろうが、その後の軍事費の回収が困難になってきているんだよな。
隣国を平定して褒賞も出ないのでは士気がガタ落ちだろうし、貴族達に不平が出るだろう。私兵を持っているだけに厄介な存在になるぞ。