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SA-031 火攻め


「早馬を始末しました!」

 翌日の朝食をいつものように1人で食べていると、広間に飛び込んで来た通信兵が報告してくれた。


「どうやら、事前の打ち合わせは無かったようだな」

 ザイラスさんがお茶を飲みながら呟いた。


「ふむ、となれば今日にも、ふもとの砦を出立するということじゃな」

 王女様は、テーブルにボルトを並べて、ヤジリに錆が出ていないことを確認しているみたいだ。

 定数は15本だが、テーブルに出ているのはそれよりも本数がかなり多い。全部持って行くのだろうか?


「となれば、襲撃地点に達するのは昼前後になると思います。……どれ、騎士達の準備を確認してきます」

 席を立ったのはリーゼル分隊長だ。分隊長の中では一番若いから、俺ともそれ程歳が離れていない。でも、剣の腕は雲泥の差があるんだよな。


 どうにか食事を終えると、ミューちゃんがお茶のカップを持ってきてくれた。すでに戦支度だから、俺だけが武装していないようだ。早めに準備しておかないと、遅れたりしたら文句を言われそうだぞ。

 

 どうにか戦仕度を終えて広間に入ってくると、すでに全員が今にも出掛けられるだけになっている。長剣を背負い、テーブルの脇には槍が立て掛けてあるから物騒な感じもする。

 ミューちゃんがお弁当の包みと水筒を渡してくれたから、腰に下げた小さなバッグに入れて、紐でしっかりと動かないように結んでおく。

 後は、知らせを待つだけだが中々来ないな。

 火の付いていないパイプでタバコの香りを楽しみながら、時間を潰すしかなさそうだ。

 

 王女様が右手の指先でトントンとテーブルをいらただしく叩いている。

 段々とピッチが高くなり音も大きくなってきてるな。

 王女様の指が机を叩く音がピタリと止んで俺達を眺めた時、扉が大きく開いて通信兵が飛び込んできた。


「ふもとの監視所から早馬で知らせが届きました。砦から輸送隊が出発したそうです!」

「出掛けるぞ!」


 一際高い声が広間に響くと、俺達は一斉に外に飛び出した。

 我先にと南に向かって小道を走る。

 軽装歩兵と騎士達が駆け抜けるからいつの間にか道が広がっている。崖の上で監視している兵士が藪を切ってきて偽装しているようだが、敵軍に知られるのは時間の問題かも知れない。


 崖からハシゴを下ろして貰い、阻止用具を街道に1つ置き去りにして、南側の崖にハシゴを立て掛けた。1分隊が崖を降りて南の森まで乱暴に草を掻き分けているのは、南に山賊が逃走した痕跡を残すためだ。

 簡単だけど、十分に偽装効果は得られるだろう。

その間に俺達は街道を東に走る。走らなくても十分に間に合うのだが、誰も歩こうとはしないんだよな。

 隘路に差し掛かったところで、歩調が緩やかになった。俺達後方からの襲撃担当部隊は、この南側の森で敵の輸送部隊をやり過ごすことになる。

 40人近い人間が森に忍ぶ事になるから、森へ入る時は1列で入り、進入の痕跡を消すために殿の数人が倒れた草を立てている。

 森の藪に姿勢を低くして隠れれば、背の高い雑草越しに街道を眺めることが出来る。


「どうやら間にあったようじゃ。槍車も2台用意されておる」

「今の内に食事を取りますか。まだまだ輸送部隊はやってきませんよ」


 王女様が、ザイラスさんに小声で食事を告げているけど、輸送部隊は遥か彼方だ。大声で話しても問題は無いと思うんだけどね。

 森の中での食事は、何となく前の世界のハイキングを思い出すな。

 眺めが良い場所を探して食事を取ろうと話し合っても、道に迷ったりして中々山頂で食べる機会は無かったように思える。いつも森の中で輪になって食べていたような思いでばかりが蘇ってくる。


 食事が終わって、水筒のお茶を飲んでいると、街道の西から赤い覆面を付けた男がラバに乗って走ってきた。

 俺達の隠れた森の前に来ると、ラバの歩みを止めて、いつものボディラングエッジをすると大きく頷いて東に走っていく。


「かなり近付いているようです。例の偽装箇所を過ぎたと教えてくれました」

 騎士の1人が俺達に近付いて、小声で教えてくれた。


「意気揚々とやってくるかのう?」

「たぶん。少しは士気も上がってますが、俺達に襲撃されれば一気に落ち込みます」


「ちょっとしたことで、それだけ効果があると言う事か? まったく、バンターが味方で良かったぞ」

「人数が多くなれば全体の指揮は難しくなります。それに、荷車を挟んで部隊が2分化しているのも俺達には都合が良い話です。士気の低下は伝染しますからね。それを鼓舞する者がどこにいるか、どうやって伝えるか……」


「見えてきたぞ!」

 小声で街道の様子が部隊に伝えられる。

 俺達は藪の下から街道をジッと眺め、輸送部隊が通り過ぎるのを待つ。

 

 先頭は軽装歩兵が槍をもって歩いている。1個中隊だからかなりの人数だな。

 その後ろに荷車が5台と馬車が2台だ。1台増えたのはふもとの砦から誰かがマデニアム王国に戻るのだろう。

 最後に控えているのは、軽装歩兵と重装歩兵それに傭兵の集団だ。中隊より少し多い気がするな。


 荷車の音が兵士達の歩調で消されているけど、街道を踏む足音が段々と遠くなっていくのが分る。

 高台に身を潜めた騎士が身を乗り出して俺達に大きく手を振った。

 ザイラスさんが藪から立ち上がると、片手を上げて街道に手を伸ばす。

 森の中から次々と騎士達が姿を現し、街道に向かって移動していく。

 2台の槍車も部材ごと運ばれ、街道で組み立てが始まった。


「急いで組みたてるんだ。隘路の戦はそろそろ始まるぞ!」

 槍車は少し改造されている。作った時には前方に5本の剣が突き出ているだけだったが、斜め前にも槍が数本取りつけられていた。騎馬隊を意識して改造したんだろう。


 第1分隊と第2分隊が1台ずつ槍車を押して東に向かう。早めに隘路を閉ざす必要があるのだ。

 少しずつ両側の崖が高くなっていく。

 俺達の身長を超える高さになった時、前方で大声が上がっているのが聞こえてきた。戦の声を聞いて、一段と槍車の速度が増す。

 やがて、前方で盾で身を防いでいる一団が見えてくると、騎士達が雄たけびを上げて槍車を先頭に突っ込んで行く。

 

 ガシャン! 重装歩兵のヨロイに槍車が突っ込むと、騎士達が槍を掴んで槍衾を作る。

 遅れてやってきた魔道士達が、火炎弾を次々に敵兵目掛けて放っている。

 数発の【メル】を放った後には、低い弾道で石弓がボルトを発射していく。

 正確に狙うのではなく低い弾道で撃てば誰かに当たるって感じだな。

 それでも俺達に向かってくる兵士が次々と炎の中から現れる。そんな敵兵はザイラスさん達の指揮する騎士達が槍で葬むっていく。

 王女様とミューちゃんは騎士達の隙間からボルトを放って行くが、俺は槍を掴んで周囲を眺めるだけだ。

 2重の騎士の列を越えてくる敵へはさすがにいないだろうな。


 崖の上から油を注いだ粗朶そだの束が次々と投げ落され、【メル】の火炎弾が炸裂して燃え移っている。

 その熱気が俺達まで届くんだから、あの中にはとてもじゃないがいられないぞ。


 1時間も続いたろうか? 静かになった隘路に俺達が見たのは、ぶすぶすと煙を上げてうずくまる敵兵と燃え上がる馬車の姿だった。

 

「油断するな! 俺達が近付いた時に斬り掛かるつもりだぞ」

 石弓が構えられる中、東西から2人1組で倒れた敵兵に槍を突き刺して行くようだ。

 黒く煤けた顔には苦悶の表情が残っている。身動きできずに煙を吸い込んで死んだのだろう。


 まだ死にきれない者には、容赦なく慈悲の一撃が与えられる。

 俺と王女様は少し下がって、その様子を眺めるだけだった。

 全く、数倍の敵を良くも葬ったものだ。


「戦とは言えむごいものじゃな」

「ええ、特にこのような火攻めはむごいものになります。まさか、2個中隊がまとめて焼かれるとは思っていなかったでしょうね」


 そんな感想を話していた俺達のところにザイラスさんがやってきた。同行しているのは、東で輸送部隊を止めたハイデルさんのようだ。


「終わったな。今荷物を改めている。馬車乗っていた貴族は馬車の下に逃げ込んだようだが、あの火で焼け死んだようだ。散々俺達の仲間を火炙りにしたようだが、最後は自分も焼かれたという事だな。因果応報とはよくも言ったものだ」

「助かった者はいないということですか?」

「誰もいない。手傷を負った者の多くが火傷で重傷だ。長く苦しむ事の無いように槍で止めを刺している」


 そんな俺達のところにバルツさんが走ってきた。

「銀塊と金貨それに宝石類を確認しました。重装歩兵が砦に移送します」

「ご苦労。全員の死亡を確認するまでは気を抜くなよ!」


 バルツさんは俺達に答礼をすると仲間の下に走って行った。

 どうやら、これで一段落だ。

 戦利品を担いで砦に引き返す事にした。


 砦に帰ると、先ずはワインで勝利を祝う。

 今回は精々軽症で済んでいる。一方的な戦で慢心が起こらなければと心配になるほどだ。


「だが、これでマデニアム王国の残存部隊が動くぞ。それは考えているのか?」

「ええ、だいじょうぶです。今度は少し面倒になりそうなので正義の味方は一時中断です。ラディさん並みに狩りが出来る騎士がいれば良いのですが?」


 俺の言葉に反応したのは、第3分隊長のリーゼルさんだった。

 ピクリと眉を動かして俺の方に顔を向ける。


「ネコ族の民までには行きませんが、それなりに狩りはやってきました。何か変わった策を行うのですか?」

「次の輸送よりも早くに、マデニアムからの討伐部隊が来るのは分かってる筈じゃが?」


 王女様も、俺の次の策は分からないようだな。

 簡単に説明しといた方が良いのかも知れない。

 ザイラスさんから地図を借りるとテーブルに広げた。

「これで、1年ちょっとの間に1個大隊規模の敵を葬ったことになるでしょう。王女様の話では周辺王国共に兵力に大きな差が無い事を聞きました。となると、マデニアム王国本国に残った兵力は2個大隊はいないことになります……」


 いくら徴兵しても訓練不足で直ぐには使えないだろう。カルディナ王国攻略に派遣した兵力が周辺諸国からの侵略を撃退できるぎりぎりのはずだ。その中の2個中隊を失ったことはかなりの痛手になる。

 山賊退治の討伐隊を出そうとしても中隊規模の軍を派遣することは困難だろう。そんな状況で俺達を倒す方法が無いわけではない。


「少数精鋭の部隊による攻撃。たぶん焼き討ちを仕掛けてそのどさくさに紛れる形でこの砦を落そうとすることも考える必要が出てきます」


 俺がラディさんに求めている、浸透部隊だ。

 その対策が取れるかどうかが次の作戦の成否が決まる。


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