表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/209

SA-030 他の道を使わぬ理由


 ふもとの村では正義の味方が活躍し、ふもとの砦には火矢が撃ち込まれる。

 新任の指揮官はさぞかし驚いているだろう。

 俺達の砦では、連日のように酒が酌み交わされ正義の味方の活躍が披露されている。


 そんなある夜、王都から輸送隊が出発したとラディさんから報告があった。

「頑丈な荷馬車が5台に立派な馬車が1台だそうです。明日の夕刻にはふもとの砦に入るでしょう」

「いよいよだな。俺達も明日には移動だ。トーレルよ、留守を頼んだぞ」


 ラディさんの話に頷きながらザイラスさんがトーレルさんに顔を向けたのだが、トーレルさんはおもしろく無さそうだ。

 さっきまでの村での活躍を話してくれた姿とは大きく異なる。落ち込んでるのかな?


「まあ、しょうがありませんね。この砦は我らで守りますから、存分に剣を振ってください」

 そんな事を言ってるけど、振うのは剣では無くて槍になるんだよな。

 廃村からも有志の連中が砦に来てくれるそうだから、少しは安心できる。関所を破られない限り砦も廃村も安全だからね。


 明日は早くに出発するそうだ。俺もだいぶ朝早く起きることができるようになっては来たが、朝食の席に俺より後にやって来る者がいないことも確かだ。

 早くに寝ないと、置いて行かれそうだからな。


 翌日。やはり俺が朝食を取る最後の1人だったらしい。

 ミューちゃんがこんがりと焼かれた薄いパンに野菜とハムを挟んだ朝食を渡してくれた。野菜スープを飲みながら食べ終える頃には、布に包まれたお弁当のパンとお茶の入った水筒を準備してくれる。

 

「ありがとう。数日で戻って来るからね」

「だいじょうぶにゃ。私も付いて行くにゃ!」


 ん? 確かラディさんは俺の従者のような話をしていたけど、それってこの砦限定じゃないのか?


「短剣と石弓を持ってるにゃ。足手まといにはならないにゃ。王女様にもちゃんと許しを貰ってるにゃ」


 うるうるモードで俺に迫って来てるけど、ここで『ダメ!』と言えるんだろうか?

 ラディさんには存分に使ってくれと言われてるんだけど……。


「分かった。それじゃ、直ぐに着替えて中庭で待っててくれ」

 俺の言葉に大きく目を開くと、嬉しそうな表情で返事をして広間を出て行ったぞ。

 後ろで後続の見張りをして貰えばいいか。最後尾には騎士の人達もいるから一番安心できるんだよね。


 食事が終わったところで、お弁当と水筒を持って部屋に戻る。

 山賊用の衣装に着替えて、カバンにお弁当を詰め込み槍を持つ。覆面はスカーフのように首に巻いておけば失くすことはないだろう。

 準備ができたところで外に出ると、騎士達が山賊衣装で並んでいた。

 鎖帷子を着て軍馬に乗れば、さぞや勇ましいんだろうけど、色とりどりの手製のヨロイに黒いマントだからな。マントも良い具合に色あせて破れが見えてるから、何となく野生の風格を感じるな。


「バンターが最後だな。全員そろってるが、ちびっ子がいるからちゃんとお守りをするんだぞ」

 ザイラスさんがそう言って、俺のところにちょこちょこと走ってきたミューちゃんを見ている。

 ミューちゃんの衣装は、ラディさんと同じ忍者モドキの衣装だ。色は俺達と同じ黒だから、皆の中に入ってしまえば目立たないだろう。

 背中に背負った石弓は小型だけど、弓位の威力はあるんだろう。命中率が良いから、少しは期待させて貰おう。


 王女様の合図で、俺達は砦を出て東に歩き出した。

 見張り台から俺達を見ているのはトーレルさんだろうか? 俺が手を振ると気が付いたのか、手を振り返してくれる。

 周囲にいた騎士達も俺にならって手を振ると、見張り台の連中が全員手を振ってくれた。

 こういうのを連帯感と言うのだろうな。気分よく歩くことができるぞ。

 1年前に雑草をかき分けて歩いた頃は直ぐにへばってしまったけど、俺にも体力が付いたんだろう。今では騎士達と変わりなく歩くことができる。

 ミューちゃんは王女様達と一緒に、何やら楽しげに歩いている。噂話をしながら歩いてるんだろうか? 時折大きな笑い声が上がるんだけど、俺の失態を話題にしてるわけでは無いんだと思いたい。


 1日掛かりで、アジトに到着した。人数が倍になっているから、今夜は雑魚寝になってしまう。それでも館に収容しきれないようで、中庭にテントまで作ってある。

 

 夕食を終えたところで、分隊長達が広間のテーブルに集まってきた。

 ここで襲撃のチャンスをジッと待つことになる。

 真鍮のカップに入ったワインが配られ、王女様の乾杯に合わせて一口飲んだ。いつものワインより甘味があるな。ワインの良し悪しは分からないけど、俺にとっては甘いワインが上等に思える。


「すでに全員が、今回の作戦で自分が果たす役割は知っていると思う。我から言う事はただ一つ、『命を惜しめ!』という事じゃ。山賊を初めて1年以上になるが、いまだに戦死者はおらぬ」

「確かに、誰も死んではおらんな。あれだけ襲撃を繰り返して戦死者が出ないのが不思議ではある」


「やはり、バンター殿の策によるものかと……。基本は待ち伏せですし、斬りあう事は稀ですから」


 そんな話をしているから、ついつい俺に視線が向けられる。

 だけど、敵の武器が届かないところから攻撃するのが一番危なくないんだよね。俺が最も嫌なのは白兵戦に持ち込まれることだからな。


「すでに阻止用具と槍車は街道に運んであります。槍車の隠し場所は、崖の見張りに教えて貰ってください」

 ハイデルさんは、いつでも出発できるように山賊衣装に身を包んでいる。ベルトに挟んだ片手斧が何とも似合ってるな。


 ザイラスさんが、ハイデルさんに頷いて言葉を掛けようとした時に、広間の扉が乱暴に開いて通信兵が駈け込んで来た。


「ラディ殿の配下の者がラバで急行してきました。輸送部隊の出発は明日早朝のようです!」

「ご苦労。さて、明日は早馬を狩ることから始めなければなるまいな」

「我等は今夜に出発します。阻止用具を隘路に並べておけば突破するには時間も掛かるでしょう。後ろから矢を射かければ簡単に狩れるはずです」


 そう言ってハイデルさんが俺を見た。

 チラリと王女様とザイラスさんを見ると頷いているから、指揮に問題は無いのだろう。


「よろしくお願いします。絶対に狩りとってください。それと、ラディさんの方も少し早いですが配置についてください」


 早馬の知らせで東の砦が動くとは限らないからな。

 ラディさんが大きく頷いて席を立つと、俺達に頭を下げて広間を出て行った。その後を追うようにハイデルさんが走っていく。


「いよいよじゃな。明日は朝早くから仕事に取り掛からねばなるまい。あまり深酒をせぬようにな」

 そう言って、俺達の集まりをお開きにする。マリアンさんと一緒に広間を出ようとしているのに気が付いたミューちゃんが慌てて後を追って行った。


「さて、残ったのは俺達だけだ。バンターの策は良くできているが、その策を行うのは俺達だ。自分の役割に疑問があるなら今の内だぞ」

 ザイラスさんがワインを飲みながら、テーブルに残った分隊長達の顔を眺めている。


「今回の役割は皆理解しています。ですが、一つ教えてください。もしも、バンター殿が敵の立場であったなら、今回の輸送はどうやって行いますか?」


 ザイラスさんの直ぐ隣だから、第1分隊を率いるカイナンさんだな。将来はザイラスさんの後任になるのかも知れない。

 俺の考える策について色々と質問してくる人なんだけど、自分の将来を考えての事だろう。


「2つ考えられます。1つは簡単に商人に依頼するという手です。中身を知らされずに物品の輸送を依頼されることもあるんじゃないですか? 1度では運べませんから数回に分けて移送することでマデニアム王国に運べます。

 もう一つは、この街道を使わずに大きく南に迂回して尾根を避ける方法が取れます。これだと荒地を移動することになりますから、騎兵の鞍に荷を積んでの輸送になりますね」


「なぜマデニアム王国はその手を使わないんだ?」

「商人を信用していないんでしょうね。他国を征服するような王国ですから、信用するのは身内と古くからの家臣ではないでしょうか? 

馬による迂回策は南の王国の国境近くになることを恐れての事でしょう。今回の侵攻前に何らかの条約は取り交わしているのでしょうが、南の砦にも2個中隊程の兵力を駐屯させていますから、やはり条約は名ばかりのものとマデニアム王国は認識している筈です」


「かなりの人嫌いと見ているんだな? それと、南のクレーブル王国は我らの同盟国だった。素早く国境の橋を抑えられたので、軍を動かせずにいたのだ。それを考えれば南を大きく迂回するのはさけるだろうな」

「人嫌いと言うよりは、信用していないという事でしょうね。今回の輸送任務についても、派遣されてきた貴族は国王が信頼しているわけでは無く、他よりもマシだという判断ではないでしょうか?」


 ワンマン社長が国王になったような感じなんだろうな。

 国民はたまったもんじゃ無さそうだけど、その国だけに留めてくれるなら問題も無いんだが、他国を征服したとなると色々と問題が出て来る。

 この国の王族と貴族を粛正しているから、国政全体が一から仕組みを作り替えなければならない。植民地経営みたいなものになるのだろうけど、植民地経営が成功した例は無いんだよな。必ず独立戦争が起こるようだ。


 高い税の取り立てや、農民の夜逃げが起きているようだから、俺達が何もしなくともその内に民衆蜂起がおこりそうだ。

 蜂起を無理に鎮圧すれば畑を耕す農民の数が減る。

 高い税金が課せられた土地に、本国から農民がやって来る事も無いだろう。

 南の王国については初めて聞く話だが、橋を巡って両国の軍が対峙しているのはそう言う裏があるのか……。


 いずれにせよマデニアム王国にとっては、お先真っ暗な話ではある。

 唯一の救いは、銀鉱山の利権なんだが、銀を本国に持ち帰れなければ何にもならない。

 

「とはいえ、ある程度の人柄を想像しておくのも大事です。それによって、今回の作戦が成功した後の動きがある程度分かってきますから」


 敵を知ることは重要だ。相手国の動きから、その理由を探って行けばある程度の行動パターンが見えて来る。

 相手をブラックボックスに例えて、入力と出力の関係を測れば特性が見えて来るんだよな。

 電子回路の基本特性はそれで分かると友人が言っていたけど、人間や国家についても同じ事が言えるみたいだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ