SA-029 策は臨機応変が大事
ラディさんが、懇意の商人から耳寄りな情報を手に入れてきた。
王都に4つの砦から兵員を集めているらしい。既に集められた兵士は2個中隊を超えたの事だ。
集めた兵士達の元の部隊を指揮しているのは、マデニアム王国の貴族達だ。王都も似たようなものだろうから、代官的な役目を上級貴族の1人が行っているのだろう。引き抜かれた側の貴族はおもしろくないだろうな。
王宮に招集された部隊も、指揮系統が異なるから、責任が見えてこないらしい。
「王都の酒場では毎日のように喧嘩騒ぎらしいです」
「いろんなしがらみがあるんだろうな。だけど俺達には都合が良い」
指揮系統があやふやな輸送隊が作られそうだ。まあ、平常であればそれでも問題は無いんだろう。
だが、俺達がその輸送を狙っているとは、向こうも少しは考えるはずだ。
もしも、少し切れる奴が輸送隊にいるのであれば、ふもとの砦から増援を頼む位はするんじゃないだろうか?
その対処を少しは考えておく必要があるだろう。
地図を眺めると、街道の通っている大きな尾根を挟んで東西に砦がある。どちらも山道の登り口にある感じだな。
隣国との国境警備という感じになるんだが、カルディナ王国とマデニアム王国の国境は峠を境にしていたらしい。
その縄張りが今でも変わっていないなら、つけ入るスキがありそうだ。
「ラディさんの情報だと、輸送部隊は王都から出発することになりそうですね。荷物の守備兵はおよそ2個中隊。ですが、山道の登り口に砦がありますし。つい最近砦の指揮官が交代しています。新しい指揮官としては安全に峠を越えさせたいでしょう」
「そうなるな。精鋭を連れてきたようだ。砦にいるのは2個中隊と1個小隊だから、同行させるとしても最大で1個中隊になるぞ」
「問題はその編成です。荷車は精々5台というところでしょう。前後に1個中隊。これが王都から出発します。ふもとの砦から出る兵士は、最前列に行くでしょうか?それとも最後尾……」
「最後尾と見るべきだろうな。カルディナ王国側の砦の守備範囲は街道の峠までだろう。峠を降りればマデニアム王国の砦が担当することになるはずだ。
そうなると、最前列にいた場合は後ろに下がるのが面倒だ。最後尾なら峠を過ぎて直ぐに引き返せる」
「マデニアム側の出迎えも考えられますね」
「その時は、この場所に作った広場で待つ事になるでしょうね。もっとも、いつやってくるか分らない輸送部隊です。事前に早馬を走らせる位はするのではないでしょうか?」
ラディさんの言葉に、思わず笑みを浮かべてしまった。
隣の王女様がしっかりとみとがめて頷いている。俺の考えが分ったんだろうか?
「どうやら、策が全て出揃ったようじゃな?」
「策という事の物では無いんですけど……」
襲撃方法は、前に話した通りだ。隘路に集めてタコ殴りで行く。
この為のお膳立てが少し必要になってくる。
「正義の味方をもう1度行います。2回ほどやって頂ければ十分です。これは、ふもとの砦への嫌がらせを含んでいますから、騎馬隊で砦に火矢を打ち込む事も正義の味方が村に現れない夜に実行してください。砦は臨戦態勢を引かねばなりません。山道の警護に兵員を割けない理由を相手に与えます」
「前と同じで良いのか? 俺もフルーレを習っておいたぞ」
皆が呆れた目でザイラスさんを見てるけど、当人はやりたい一心で俺だけを見てるんだよな。
「今回も、火矢を放って鬱憤を晴らしてください。それで足りなければ輸送部隊の先頭部隊にその不満をぶつけてください」
俺の言葉に、まだぶつぶつ呟いてる。
やはり騎士達の憧れなのかな? あの作戦は失敗だったかも知れないぞ。
「次に、ラディさん達にはふもとの砦の様子をしっかりと監視してください。輸送前に早馬を街道に走らせるでしょう。それを阻止しなければなりません」
「早馬を走らせるが、戻ってくるとは限らないと言う事ですね。マデニアム側の砦から援軍を出すことは出来なくなります。ですが、輸送部隊は此処にある広場で援軍が待っていると思い込んでるはずです」
「広場で待っているのは我らの部隊。合図を待って隘路を封鎖すれば仕掛けは完了ですか……」
「事前に輸送日が決められている場合はこの作戦は中止にします。その為にここに見張りを置きます。東から援軍が来たら、直ぐに北の山に逃れてください。ふもとの砦の援軍が帰らぬ時も同じです。この作戦に我らが投入出来る兵力は3個小隊にも足りません。いくら俺でも3個中隊を相手に出来るとは思っていませんから」
再度役割分担と用意するものを確認する。重装歩兵の人達は木製の盾も用意するようだ。相手が弓を使うなら十分に役立つだろう。阻止具を街道に2重に張り、騎馬の突撃も防ぐ腹らしい。
石弓は10人だが、通常の弓を更に10人に持たせるとのことだ。火矢を放てば、馬も怯むに違いない。
「【メル】を使える者も3人おりますから、東は何とかなります」
「西は俺達だが、石弓は7人だけだな。一応弓を1分隊には持たせるつもりではいるが」
「崖の上は俺達で十分です。上がって来れる者がいなければ思う存分石弓と火炎弾で攻撃出来ます」
「この尾根には俺達の部隊から2人出しておきます。烽火台の見張りとここで見張れば敵の動きは分る筈です」
各自の役割は理解しているようだな。最後に、阻止具を1個街道に置いて、ハシゴを南の崖に立て掛けておこう。
人数が多いのを見て慌てて逃げたと思わせれば良い。
「それにしても見事な策ですね。策を巡らせるコツがあるんですか?」
トーレルさんが作戦会議が終わったとみて、ワインを飲みながら聞いてきた。
「一応基本はあるんです。少ない人数で大勢を相手にする時には狭い場所に誘う事が基本です。トーレルさん達にお願いする正義の味方は、敵にこちらの意図を探られないようにするための策です。ここにわざと阻止具を置き去りにするのは欺瞞で敵に俺達が襲撃を諦めたと思わせるためですね。最後に、ラディさん達が行う調査と見張りは敵の状況を知るためです。
敵と味方の状況が詳しく理解出来れば負ける事はありません。とは言え、どうしても敵の情報を詳しく知ることはできませんから、このような策を使って敵に油断を誘う事になってしまいます」
俺の言葉に、テーブルの連中が唸っている。
誰でもそれ位は分ると思うんだけどね。
「全く、バンターの右に出る者はおらぬ。隘路で攻撃するぐらいは我にも理解できるが、たくさんある隘路を選ぶことから始まって、敵を調べて欺瞞を掛ける等、単独では行う事もあろうがそれを組み合わせて我らの攻撃をしやすくするってことか」
「確かに、私も聞いたことがありません。一つ一つは納得できるのですが、それを組み合わせて用いることは、どの兵法書にも書かれていませんでした」
トーレルさんが怖いものを見たような顔で、王女様の言葉に追従している。
だけど、こんなのは三国志でも読めば直ぐに分ると思うんだけどな。
「王宮の書庫に、何年籠っていればそんな考えが浮かぶのか見当もつかん。だが、俺にも1つ分ったぞ。策は1つではダメだと言う事だな」
ザイラスさんの言葉に大きく頷いた。相手を惑わすには1つでは不足だし、味方までだませという言葉があるぐらいだからな。
「とは言え、戦う前に作戦以上に大事なことがあります。それは俺達の士気です。全員が相手に一太刀、一矢浴びせてやろうとする心が無ければ、どんなに素晴らしい作戦であろうと頓挫します。油断した相手が隘路にさしかかった時、士気が高い兵士の襲撃を受ければ虐殺の憂き目を浴びることになります」
「士気か……。確かに、俺達の士気は低下するどころか、この間の正義の味方でウナギ登りだ。これは慢心ではないぞ。士気が高まっていると俺は感じている」
ザイラスさんが断言している。
その言葉に皆が頷いているところをみると、その自覚があると言う事だろうな。
「とは言え、2個中隊を相手にするのは初めてじゃ。相手に呑まれぬようにせねばなるまい。バンターとて我らと同じ人間じゃ。作戦が複雑である事も確か、どこに抜けがあるとも限らぬ」
「俺もそう思います。納得しないでください。あくまで相手の状況を推察しているところがあると言う事です。その推察に間違いがあれば作戦が破綻しかねません」
「だから、逃げられる場所で戦うんでしょう? あの場所を調べた結果を見て頷いていたわけがようやく分りましたよ」
そう言ってラディさんが俺に微笑んだ。
4方向からの攻撃だが、全て逃げ出せる方向がある事も確かだ。
それを最初に言うと、皆が怖気づいてしまうから言わなかったのだが、それにその場所に行けば直ぐに分ることだ。
「それも策なのか?」
「はい。根が臆病ですから。それと、これは俺達にだけ当てはまる言葉では無いんです。今回は相手を虐殺に近い形で葬ることができます。ですが、本来は敵に逃げ道を作ってやることも大事なんです。『窮鼠猫を噛む』逃げ場を失ったネズミはネコに襲い掛かる事もあるというコトワザなんですけどね」
「相手に逃げ場が無ければ、死にもの狂いで襲ってくると言う事か!」
「狩りでそんな話は聞いたことがありますよ。兵法と狩りの仕方は似ているんでしょうね」
「全く底が知れぬ。だが、その話と今回の襲撃は矛盾しておるぞ?」
「その通りです。兵法書だけを読むようでは策に溺れかねません。現実を良く見て、その場にあった作戦を立てるのが一番大事なんです」
「兵法書を学ぶのは良いが、それに頼らぬと言う事ですか……。良くもそのような考えになりましたね。私も、父に言われて何度も兵法書と名の付く書物は読んだのですが」
策士、策に溺れるとも、よく言われる話だ。
いろんな策を知っていることは良いことだが、それをそのまま適用するようでも困る話だ。相手だって読んでる事もあり得るからね。
臨機応変が一番良いと誰かが言ってたな。