SA-027 追手の数が少ないわけ
「4人を相手にしましたよ。死んではいないでしょうが数日は動けないでしょうね」
「私は2人です。殺すまでには至っていません」
深夜に帰って来たトーエルさん達が結果を報告してくれたけど、ザイラスさんはムスっとしている。
帰り際に、フルーレでドアに『A』と刻んで来たと言っていたから、俺の狙い通りだな。やはり証拠はちゃんと残さないとね。
「大勢で追い駆けて来るかと思ったが、10人程ではな。弓で牽制して帰った来たが、あれでは倒せたとしても2、3人と言うところだろう。バンターの計画ではそれで良いのか?」
「十分です。明後日にもう一度行う事になるかも知れません。村に潜んだラディさんがその後の状況を確認してくれるはずですから」
ザイラスさん達は少し暴れたりないようだな。
不完全燃焼したようにも見受けられるが、作戦上致し方がない。
「馬に乗った不審な連中が、北に向かったことが敵に分かれば今回の作戦は成功です。これで動かなければ、再度行いますからよろしくお願いします」
ワインの入ったカップが空になっていたので、再度注いであげる。
少しの不満は酒で紛らわして欲しい。その内、嫌になるほど向こうからやって来るはずだ。
そんな報告を受け取ったところで、俺も自室に戻る。
関所の軽装歩兵は、このまま明日まで待機して貰おう。何事も無いと思うが、俺達は一応非合法団体だ。
1日間を置いて、再び正義の味方が村に向かった。村とは言うが、酒場が2つもあると言うから小さな町と言った方が良いんじゃないかな?
街道の山道を抜けた場所にあるから、ある意味宿場町の役目も持っているらしい。
3回目の作戦は間を3日空けて行った。
その夜の事だ。皆が寝静まった夜半に、見張り台の兵士が鍋を叩いて砦中を走り回った。
慌てて飛び起きて広間に駆け付けると、すでにリーゼルさんは完全武装で席に着いている。あの状態で寝てたのかな?
ミューちゃんが、あっちこっち跳ねた髪型で俺達にお茶を入れてくれた。寝てても良かったんだけどね。ちゃんと自分の役目を自覚してるってことかな。
「何があったのじゃ?」
王女様が席に着くと、いびつになった鍋を持って立っている見張り番に確認している。
「松明がこっちにやってきます。ザイラス殿は鍋を叩く前に関所を潜ったようです」
「ありがとう。王女様、いよいよってやつです」
「ほう、長い事待った甲斐があるということだな? で、次の手は」
王女様の質問にリーゼルさんの顔を見た。
俺の考えが分かったのだろうか? 無言で頷いているぞ。
「転がすだけです。油の缶も揃ってますから、間道の隘路はおもしろい事になりますね」
「帰り路に転がせば良い。誰が付いてる?」
「リーデル殿達数人が付く手筈です。砦の上空で爆裂球を炸裂させれば、それを合図に……」
互いに顔を見合わせてニコリと笑う。
「要するに、退路を塞ぐと言うことだな。分かり易く言えば良いものを」
叩き起こされたから、王女様の機嫌は良くないようだ。それでも、火炎弾での合図は王女様に任せると言うと、途端に良くなったぞ。
「まあ、そうなるんですけど、リーゼルさんも救援をよろしく」
「10騎で向かいます。私は間道の東に待機すれば良いでしょう」
万が一にもリーデルさん達の方に向かわれると厄介だ。精々20騎程度だろうが、リーデルさん達は数人だからな。リーゼルさん達が傍にいればリーデルさん達も安心だろう。名前も似てるから、普段から仲も良いみたいだし。
さて、俺達は見張り台で様子を見ることにするか。
王女様達を連れて砦の見張り台に向かう。広間から外に出て、壁に設えた階段で俺達の住む館の屋根に上ると、南西角に見張り台が作られている。屋根から2m程のハシゴを上ると、1.5m程の板壁で3方向を囲われた見張り台に着く。
広さは4.5m四方位だから、ここから弓や石弓も撃つことができるだろう。
3人の軽装歩兵が見張りをしていた。俺達が上がってきたので、関所が良く見える位置を空けてくれた。
「まだ来ないのかい?」
「先ほど、南の偵察部隊から間道に入った連絡がありました。ザイラスさん達は見えませんが、関所の西側に待機している筈です」
尾根の谷間を利用しているから、曲がりくねった道だからな。それ程馬足を上げることもできないのだろう。
とはいえ、もうすぐには違いない。
「騎馬隊が見えたにゃ!」
ミューちゃんの目は俺達よりも遥かに夜間視力が良いらしい。
俺と王女様が目を凝らしてみても、間道は暗がりだから良く見えないぞ。
「ザイラス達じゃな?」
「何騎か遅れて、上手く誘導しているんでしょう。ほら、間道の奥に松明が見えてきました。あれが追手という事でしょうね」
松明の火は10本以上に見える。2個分隊位という事なんだろうな。
「関所に動きがあるぞ。松明を2個増やしたようじゃ。石弓を準備しているようじゃな」
望遠鏡は粗末なものだが、それだけここから分かれば十分すぎるな。
軽装歩兵達は作戦通りに準備を進めているらし。
「高々、2分隊の騎馬隊では関所を抜く事は出来ません。精々松明を投げて燃やそうとするぐらいです。それに松明を投げようと近付けば石弓の的です」
「それでも、関所の扉に水を撒いておるぞ。中々に準備が良い」
光信号でおおよその情報は伝えることができるというのも、俺達のアドバンテージに違いない。
「ザイラスの配下の騎馬が関所を通ったぞ。門を閉めて迎撃態勢に移っておる」
追手の松明がみるみる関所の松明に迫っている。それなりに馬を乗りこなせる者達なんだろう。
「敵が引き返そうとしたら、空に向かって火炎弾を放ってください。それで。罠が動き出します」
「うむ。もう少しでぶつかる。どれ位で引き返すかが問題じゃな」
関所の左手で松明が入り乱れている。
関所に近付いては離れていくが、そのたびに関所の近くに松明が落ちていくのが俺の目にも分かる。
「石弓で近づけぬようじゃ。半数近くが倒されておる」
「そろそろ、引き際ですか?」
「本来ならそうであろうが、引くに引けぬ事情もあるらしいのう……」
その事情が問題だな。
考えられるのは、更迭を恐れているって事になるが、それなら騎馬隊だけが来るのもおかしな話だ。
ひょっとして時間稼ぎ?
まあ、明日にはラディさんが帰ってきそうだから、その辺りは分かるかも知れないな。
「今じゃ!」
王女様が【メル】を唱えて空に炎弾を放つと、上空で大きな音を立てて炸裂した。
間道の隘路に向かって大きな火の球が転がり落ちていく。
「あれでは、退路を塞がれたと同じじゃな。ザイラスが残りを刈り取ってくれるじゃろう。我らは広間で待つとするか」
「それにしても、騎馬隊が20だけでは……」
ハシゴを下りながら、マリアンさんが呟いた。やはり数が少ないと思っているようだ。
広間に戻って、お茶を頂きながら皆の帰りを待つ。
2時間は掛かるだろうから、のんびりとパイプを楽しむ事にした。
広間に皆が集まってきたのは、だいぶ時間が経ってからだ。
機嫌よくワインの入ったカップを傾けている。
「軍馬が12頭手に入りましたぞ。これで騎馬隊が2個分隊に増えます」
「思ったより簡単に行ったが、次はどうするんだ?」
「とりあえず様子を見ます。気になるのは夜間にやって来たことです。後続の歩兵が全くいません」
「それは我らも気になっている。少なくとも中隊以上の兵が続かねばならぬ」
となると、やはりという感じになる。
夜逃げに違いない。だが、あの砦を手に入れても使い道が無いからな。
「詳しい話はラディさんが仕入れて来るでしょうけど、俺は砦の貴族が逃げだしたと考えてます」
「逃げただと?」
「たぶん。万策尽きたという事でしょうね」
「だが、そうなると……」
貴族の逃亡は重罪だ。直ぐに追手が掛けられるが、その指示は本国であるマデニアム国王のサインがいるらしい。いくら急いでも10日は掛かるだろうから、悠遊とここから隣国に脱出できそうだな。
たんまりと財宝を持って逃げれば、本国の下級貴族よりも良い暮らしをすることもできるだろう。
「荒地を南に向かってクレーブル王国という事になりそうじゃな。問題は次の砦の守りに誰がやって来るかじゃ」
「少なくとも中流かと……。私兵だけでも1個小隊はおるでしょうし、前任者の話を耳にすれば傭兵も雇ってくるでしょうな」
その上に、砦の守備兵を連れて来る事になる。山賊の見入りが問題になりそうだな。
その辺りは、村を偵察すれば追々分かって来るだろう。今回は、軍馬を手に入れたという事でとりあえずの作戦は終了になる。
2日程経ったところで、ラディさんが帰って来た。
「襲撃に向かったのは騎馬隊が2個分隊、軽装歩兵が1個中隊程だったのですが、軽装歩兵が出掛けてしばらくして砦から3台の馬車が南に向かいました。同行した騎馬兵は10人程です。夜逃げでしょうね。軽装歩兵は間道の火を見て引き返したようです」
「ご苦労さま。10日程したら再び村に潜んでくれないかな。次の守備隊がやって来ると思う」
「了解です。しばらくは村も平和でしょうな。軽装歩兵達は砦に籠って、扉を固く閉じているようです」
それは構ってやりたくなるな。
せっかく軍馬が手に入った事だし、2個分隊なら色々と使えそうだ。駄馬も1分隊いるんだが、足が遅いから守備隊になってしまうんだよな。
3日程新しい分隊の訓練が行われ、ザイラスさんが2個分隊を率いて砦に夜襲に出掛ける。
砦内に火矢を放つだけなんだけど、和弓の射程は伊達じゃないからな。敵の射程範囲外から、悠々と火矢を射ることができる。
王女様が同行したがっていたけど、こればかりは許可できない話だ。
ザイラスさんのストレス発散で、どの程度砦にダメージがあったかは分からないけど、火事を起こしてきたと話してくれたから、少しは被害を与えたに違いない。