SA-026 正義の味方は荷車で出撃する
聖堂騎士団の話は、ザイラスさんがしたためた手紙と一緒に、10個の宝石を添えて商人に託した。
持ち逃げされないかと心配だったのだけれど、誰もそんな心配をする者はいない。
一度不正を行った商人は2度と商売をすることができなくなるそうだ。そんな商人達を束ねている商会ギルドは数か国の物品の流通を一手に手掛けている。
商会ギルド発行のギルドカードが商人達の身分証明書であり、関所においては通行証として機能する。
大商人であろうとも、小商いであろうとも、持っているカードは同じ効力を示すそうだ。
「商会をいくつか経由して教団に届くはず。我らは商人に託すことで、後はその道を歩む者達が運んでくれる」
「返事が来れば良いですね?」
「少なくとも、礼状は届くだろう。その礼状の相手先として『アルデンヌ聖堂騎士団』とあれば、教団が我らを認知した事になる」
待っていればその内、届くという事で楽しみが1つできたような気がする。
「やはり、将来を考えれば我らの仲間に商人を入れる必要がありますね。物資の調達や手紙のやり取り……。それに騎士団の財務管理も必要ですよ」
「武芸に達者な者はいるんだがな……」
「おるではないか! あの5人組じゃ。貴族だから少なくとも読み書きと計算はできるだろう。我らと山賊のまね事をしたこともあるが、十分に親兄弟の恨みは晴らしたであろう。今度は我らに不得意な分野で活躍して貰えば良いと思うが?」
あの5人と言うのは、貴族の子供達の事だろう。
親兄弟を殺されて、マデニアム王国の奴隷商人に売られたことは生涯忘れることはできないと思う。確かに何度か俺達と山賊行為をしたが、崖の上からの手助けがメインだったから、この砦に移動した後はそれほど攻撃に参加する機会は無くなるはずだ。
今の内から、きちんと出納帳を管理できれば将来の暮らしに困ることは無いだろうし、王国復興のあかつきには重鎮としての存在を示すこともできるに違いない。
ある意味、新しい貴族社会を作るような事になるのかも知れないけど、その辺りはもう少し後で考えれば良い事だ。
「帳簿と筆記具それにソロバンが必要ですね」
「何じゃ? ソロバンとは聞かぬ名じゃな」
「こんな形に、駒を移動することで計算をする道具ですよ」
メモ用紙に簡単な絵を描いてみると、直ぐに納得してくれた。似た道具があるらしい。
「王国ではサンバンという。遠く離れた国では同じような物でも名前が違うとみえる」
隣のマリアンさんと頷き合っているから、使い方も少しは分かるんだろうな。
そんな話で暇を持て余していたのだが、俺達の砦を偵察して一か月も経っているのに、麓の砦に動きは無い。
やはり、誘ってみるのが一番のようだ。
関係者を集めて作戦を伝える。トーエルさんにバルツさん、それとラディさんの3人で良いのだが、なぜか分隊長以上が集まってきた。リーデルさんまでテーブルに着いているしまつだ。
「ちゃんとフルーレで、扉に文字を書く練習をしてましたからだいじょうぶですよ」
トーエルさんの言葉にバルツさんが得意げに頷いているけど、周りの嫉妬に溢れた視線に気が付かないのかな?
「すべてはラディさんの合図の従ってください。踏み込むのは容易くても、逃げるのが大変ですから」
そう言いながら、地図で逃げるルートを指でたどって再確認する。
逃げるのはこの砦に一目参って事になるんだが、そこで重要な役割がある。村から北に、間道伝いに逃げたと思いこませなければならない。
「追い掛けて来るように仕向けながら、村の北門からゆっくりと逃げ出せば良いんでしょう? だいじょうぶです。合図はラディさんの【メル】が投げ込まれたところで退散します」
「俺の方は、軍馬を2頭用意すれば良いんだな。町に近いような大きな村だから、隠す場所には苦労しないだろう。その辺りは任せてくれ。2人には出番まで、荷車の覆いの中にでも隠れて貰おう」
登場シーンは恰好が良いんだけど、その前はちょっとね。
荷車の掛け布から、2人が目だけ覗かせて周囲を気にしている様子が、皆も目に浮かぶのか、顔がにやけている。
そんな連中だって、正義の味方がやりたくて、あれだけ騒いでいたのは忘れてしまったのかな?
「それで、ザイラスさんには麓まで出張って貰います。1分隊の騎馬隊で待機してください。万が一にもトーレルさんを追い掛けてくる連中がいないとも限りません」
「うむ。それは俺に相応しい役だな。任せておけ」
満足そうな顔をして頷いているけど、そんな事態にならない可能性が99%だからね。ここでムッとした顔でいられるよりは、俺の精神状態を健康に保つために必要な措置という事になる。
本音と建前は上手く使い分けなければね。
「我の役目が無いぞ!」
「王女様なんですから、ここはあきらめてください。トーレルさん達が上手くやってくれると、いよいよ俺達全員の出番ですから」
ここはトーレルさん達に責任を転嫁しておこう。チラリとトーレルさん達を見ると、先ほどのニコニコ顔が消えて引きつってるな。
その原因は……。王女様達が睨んでるからだ。
「一応、念のために関所に軽装歩兵を配置しておきます。グンターさんに任せます。トーレルさんとザイラスさん達が門を潜るまでは、開門しといてください」
「通過したら直ぐに閉鎖します。任せてください」
グンターさんは30歳過ぎの独身男性だ。いつも部下から早く嫁さんを探せと言われているけど、それだけ部下に慕われているって事だろう。
頑丈な門と石弓が10丁あれば、早々突破することは困難だ。追って来るとしたら騎馬兵だから、1分隊で十分対処できる。
日が傾き始めたところで、正義の味方作戦が始まったけど、衣装を着て喜んでたな。
黒いシャツに白い乗馬用パンツ。ブーツも黒だし、覆面は目だけが開いている。顔半分は出しているのだが、欧米人のようなスタイルだから2人とも良く似合っている。
「長剣で無いのが残念ですが、フルーレでも複数の敵を相手にできますよ!」
そんな事を言いながら、ラディさんが引いて来た荷車に乗り込んだ。
御者はラディさんが務めるらしい。隣にネコ族の若者が乗っているのは、ラディさんの子供なんだろうか?
ザイラスさんより若く見えるんだけど、ラディさんの年齢は良く分からないな。
髪の毛と尻尾は黒だから、黒猫が遠い先祖になるんだろうか?
「俺達も早めに交替しときます。何かあれば【メル】で火炎弾を空に放ちますから」
グンターさん達も、俺達に手を振りながら砦の門を出て行った。
「トーレル達は任せておけ!」
ザイラスさん達が嬉しそうに馬に乗って出かけたけど、そんな事態にならないようにラディさん達がいるんだから、空振りでかえって来そうな感じがするな。
機嫌が悪くならないことを祈るばかりだ。
さて、どうなるかな?
この作戦は一度で効果が出るとは思えないんだよね。
数回位は覚悟しているんだけど、役者達はちゃんと上手く演技をしてくれるんだろうか? ちょっと心配になってきたけど、皆ワクワクしているのが後姿からでも分かるのは俺だけなんだろうか。
その夜。いつもなら賑やかな夕食なんだけど、今夜はシーンと静まりかえっている。
美味しいスープはポトフみたいだな。パンは焼き立てで香ばしいんだけどね。
たまに、南の壁を見つめているって事は、トーレルさん達の心配をしているんだろうか?
「今頃は……」
「王女様。女性はあんな役はできかねますよ。ここで、彼等の無事を祈りましょう」
ポツリと口に出した言葉を、マリアンさんは聞き逃さなかったようだ。
通信手段があれば良いんだけれど、無線機も携帯も無い世界だからな。ザイラスさんも部隊間の連絡は伝令だって言ったぐらいだからな。
夕食が終わってお茶が出て来ると、少しずつ口数が多くなってきた。
話題はやはり、トーレルさん達の話になっているのだが……。
「バンター殿、我らの待機はどうします?」
「一応、トーレルさん達が無事に帰るまでだ。敵軍が総力を挙げて追ってくるとは考えにくい。騎馬部隊を出したところで1分隊には達しないだろう。ザイラスさんの獲物だね」
カイナンさんはザイラスさんと一緒だから、残った騎士隊の分隊長はリーゼルさんだ。
どうやら、関所で待機していたいような口振りだ。
「そうなると、何度かこのような事を繰り返すということじゃな?」
「1度では無理でしょう。何度かやれば忌々しく思ってやってきます」
俺の言葉に王女様が笑顔を見せる。
敵をおちょくるのがおもしろいと思ったんだろうか?
「上はどうでも良いような話ですが、酒場の兵士達にはおもしろくないでしょうね。下から突き上げられて動かざるを得ない形になるでしょう。それでなくとも砦の兵は俺達にかなり狩られていますからね。これを機会に本国にでも知られようものなら……」
「更迭は確実じゃな。貴族としての位も格下げになる位では済まぬであろう。当主を処刑して断絶すらあり得そうじゃ」
そんな光景を想像しているのだろうか? 王女様の表情が段々と和らいで笑顔になってきた。
「となると、向こうも必死で攻めてくるのではないですか?」
やや、痩せぎすの体形がリーゼルさんの特徴だ。プラチナブロンドの髪をして立派な髭が8時20分を指している。まだ20台後半と教えて貰ったけど、ザイラスさんより年上に見える時もある。髭だけでも剃れば若く見えるんだろうけど、本人は気に入っている感じなんだよな。立派な髭ですねと言ったら喜んでたぐらいだもの。
「指揮官は必死だと思う。でも末端の兵士は責任が無いからどうでも良いと思ってるんじゃないかな? ましてや、これまで散々に山賊に仲間を討ち取られているんだ。トーレルさん達の行動いかんでは、士気は最低になってると思うな。どちらかと言うと、俺達に頭に来てると言う感じに近い。罠を仕掛けても気が付かない程にね」
「ほほう……。罠を仕掛けるというのか。どこにどんな仕掛けをするのじゃ?」
「簡単な物で十分です。上手い具合にこちらが坂の上になりますからね」
メモ用紙に俺の考えた罠を書いて説明する。
王女様とリーゼルさんが体を乗り出して興味深く見ているけど、藤ツルを編んだ大きな球体だぞ。中に枯葉をたっぷりと詰め込んではあるけどね。
この季節に枯葉は無いけど、廃村の周囲には丈の高いススキのような草がたくさん生えている。あれを刈り取ってしばらく干して置けば俺の目的には適うだろう。