SA-024 軍馬が欲しい
「ここからなら、どうやっても砦内には届かないでしょう。一応、的は置いてありますけど、当てることなど考えないでくださいね。飛距離を確かめるだけです」
「了解じゃ。さすがにあの距離ではのう……。先ずは、レイザン。引いてみるがよい」
魔導士の娘さんの1人が的目がけて、自分の愛用する弓に矢をつがえて弦を引き絞る。
タン! と弦の音が聞こえると、矢が放物線を描いて飛んで行ったが、……なるほど確かに的までの半分少しを過ぎたところに突き刺さった。
「次はこれを使ってください。持つ場所が弓の下から三分の一ですから、長い割には持ちやすいと思いますよ」
「かなり偏っていますが、ちゃんと飛ぶんでしょうか?」
「だいじょうぶです。やや上に狙ってください。そんなところですか」
遠矢だから45度になるように矢の角度を持たせる。飛距離は仰角で取ることを覚えないといけないから、練習あるのみなんだけどね。
お姉さんがかなり違和感を覚えているのは分かるけど、元々弓を扱っていただけあって構えは様になっている。
タン! と音がした時にはシュルシュルと矢が大空高く飛んで行った。
やがて矢が落ちて来たのだが、その場所は的の直ぐ近くだった。
「300Dを超えておるぞ!」
「その弓は戦を根本から変えますぞ!」
最初は口を開けて目を見張るだけだったが、放心から解けると口々に言葉が出て来るようだ。
「ちゃんと飛んだでしょう。後は練習だけです」
「なるほどのう……。これなら馬で弓を射ると言うのも頷ける話じゃ。その辺りの事は広間で聞こうぞ」
がやがやと弓比べの結果を話している一団を従えて、再び広間に戻ってきた。
お茶を飲みながら先ほどの飛距離の違いを改めて確認する。
「正確に当てるとなれば、弓兵の皆さんが使っている弓が良いのですが、俺が欲しいのは飛距離になりますので、このような俺の国の弓を作って貰いました」
ただ問題が無くはない。どうしても正確な狙いが難しいのだ。このため、一度にたくさんの矢を放ち、散布界を作る事で対応する。
狙撃銃の代わりに散弾銃を使うようなものだ。たくさん撃てば1つぐらいは当たるだろう。
この考えを敵兵の部隊について適用する。兵隊は散開せずに集団を作るから、そこにまとまった矢を振らせれば何本かは命中する。
手返し良く放てば、敵にとっては脅威になるだろう。
「なるほど、そのような使い方をするのだな。弓兵が集団で矢を放つのはそのような理由があるのか……」
「もし、近くの敵を撃つなら、5割増し位に威力が増しますよ。この弓とここで使われていた弓、それに石弓の3種類を組み合わせると、色々と作戦ができるんですが、最初に言った通り機動性を持たせるための馬が欠かせません」
峠の街道で山賊をしていればその内、定数が揃いそうだけど俺としてはなるべく早く用意したいところだ。
お茶を飲みながら目の前の地図を眺める。
縮尺は適当だが、おおよその事は分かる。尾根の隘路を利用して麓までの道が間道として書かれている。
その一番険しい場所にこの砦があるのだ。小さな門を設けるだけで隘路を閉鎖できるのも都合が良い。
「この隘路はどこまで道として作られています?」
「関所を出て2つ曲がったところまでだ。半分には達していないぞ。その先は藪になっているな」
ザイラスさんが直ぐに答えてくれた。あらかじめ部下に調べさせたんだろう。
いよいよ、旗を掲げるか?
だがその前に、関所の後ろに柵を作った方が良いかもしれない。やって来るのは、街道の麓の砦だろうから最大でも1個中隊だ。上手く行けば軍馬が手に入る可能性もあるし、その間の街道警備がおろそかになる。
「少し突いてみようと思うんですが、準備がいります」
俺の言葉に皆がテーブルに体を乗り出してきたところで、計画を話し始めた。
「関所の後ろに柵を2重に作るのは簡単だ。だが、道を伸ばせと言うのは?」
「あまりの悪路では徒歩で来るでしょう? でも、麓近くまで道があれば馬に乗った騎士がやって来るかも知れません。間道ですから退路を塞ぐのは簡単です」
「馬を奪うと言うのじゃな? それにここで砦の戦力を一気に削れば、街道警備もままならぬぞ!」
「山賊の仕事がし易くなりますよ」
ニタリと周りの連中が顔をほころばせる。
全く、いつの間にか山賊根性が付いてしまったようだ。
直ぐに分隊長達が席を立って広間を出て行く。早速始めるに違いない。
「ところで、魔導士の皆さんにはタペストリーよりも、旗を作って欲しいですね」
「ん? 1つあるがあれでは不足か」
「まだまだ、早すぎます。この間は必要に迫られて使いましたが、もう少し隠しておいてください。こんな旗が良いんですけど……」
そう言って、テーブルに広げたのは、頭蓋骨の下に骨が×の形で交差しているものだ。真紅の地に黒で縁取りは白だから目立つだろうな。
「あくまでも仮の旗ですからね。その辺りは考えてください」
「中々良いではないか!」
「王国になっても我らが部隊旗にしたいですね!」
怒り出すかと思ったら、意外と好評だぞ?
「そうなると、我らの覆面にも付けたいところじゃな?」
「下の骨で隊長と、分隊長を区別出来ますよ。何も無ければ一般の騎士、兵士という事で……」
あれで階級章も兼ねようっていうんだろうか?
色違いの旗を作って、それを歩兵の階級章と旗にしようという事にまで話が進んでいる。
俺達の旗印にしようとしただけで、他意はないんだけど、ついでに色々と考えてくれるからある意味助かる話ではある。
「マリアン、任せたぞ!」
「だいじょうぶです。魔導士の娘達ではなく、廃村のご婦人方に頼みましょう。たぶん、私達よりも良い物を作ってくれるでしょう」
俺は完成するのを待つだけで良いんだろうか? ちょっと心配になってきたな。
・・・ ◇ ・・・
一か月ほど経過すると、土塁と2重の柵が完成した。土塁と言っても50cm程の低いものだが土塁には違いない。柵も1.5m程の低いものだが2重化してあるから馬で飛び超えることは不可能だ。十分敵を足止めすることができる。
間道も麓近くまでが整備されたが、横幅は2mに満たない。これなら大軍で押し寄せることなど不可能だ。尾根も急斜面だから中々に防備は固いと思うな。
峠の山賊業も順調のようで軍馬が12頭も送られてきた。ラバを商人から買い付けたから、現在は5頭に増えている。2つの砦と廃村を結んで荷車が運航中だ。
荷馬車を引いていた駄馬は、農耕用に使っている。馬を持てるとは農民達も思っていなかったようで随分と可愛がっているみたいだな。
現在は春の耕作が始まっているから、王女様達が飽きもせずに作業風景を砦の見張り台から海賊望遠鏡で眺めている。
今度は3つ作ったから、2つの見張り台の見張りをする兵士に渡して置いた。
「やはり、麓の村は我らの存在に気付いておるようじゃ。砦の偵察部隊もそろそろやって来ようぞ」
「とりあえずは静観していてだいじょうぶですよ。砦の総人数は80人近くになります。分隊程度でどうなるものでもありません」
「あえて、存在を知らしめるという事か?」
ザイラスさんの言葉に大きく頷いた。
街道出口の砦の戦力を一気に低下させるチャンスでもある。できれば軍馬も頂戴したいところだからな。
「偵察隊は俺達と事を構えるとは思えません。10日程過ぎたところで、いよいよ俺達に攻撃を仕掛けて来るでしょう。その時の作戦ですが……」
誘い込んで後ろを閉ざす。これが基本だ。
関所に兵をおかずに、尾根の上に兵を配置する。俺達の矢は届くが敵の矢は届かないはずだ。
関所を破ったところで、2重の柵があるからそこで足止めを食う。砦に来ようものなら兵の上から石弓を浴びせれば良い。
「軍馬は15頭いますから、ザイラスさんは槍隊と弓隊を率いて、敵を誘ってください。前に槍、後ろに弓です。槍を見せながら後ろから矢を射かければ釣り出されるでしょう……」
誘いに乗れば土塁から石弓で攻撃する。もし、柵を大きく迂回するような事があってもその数は限られているし、ザイラスさん達が迎え撃てば十分だ。
「なるほど、軍馬が後10頭は欲しいのう」
「ですが、いよいよ騎士としての戦ができます」
「でも、鎖帷子は無しですよ。峠の街道で使っていた服装でお願いします」
俺の言葉に少し残念そうではあったが、もう少しの辛抱だと考えたのかトーレルさんと部隊の編成を話し合い始めた。
「我はどこで戦うのじゃ?」
「砦の見張り台で指揮をして貰います。と言っても、戦場が今までより広いですから、各部隊への合図は、昼は旗、夜はランプで行います」
赤と黄色の旗を使えば3種類の合図を送れる。
赤は攻撃、黄色は撤退、赤と黄色で敵別働部隊に注意とすれば良い。
作戦が当初よりずれた場合は伝令を送る事になるが、これは駄馬でも良いだろう。歩くよりは早いと思う。
「攻撃開始は砦から上空に爆裂球を放って貰います。炸裂音が聞えますから合図としても使えるでしょう。将来的には通信兵に光の組み合わせ文字を覚えて貰えばずっとマシになるのですが、今はまだ無理です」
適当に作ったモールス信号のコード表は、この世界の文字を元にしている。と言っても、かなりアルファベットに近い表音文字だ。数字を入れても30文字で足りるんだから、早めに覚えて欲しいものだ。
10人の通信兵が覚えてくれると格段に作戦指示がし易くなる。
ラディさんについては、砦からの指示は特に出さない事にする。
ラディさんの判断で、間道を閉じて貰えば良い。退却する兵を狙撃して、軍馬を持ち帰らないように努めて貰えば良いだけだ。