SA-023 矢を遠くに飛ばすには
街道のぬかるみが納まって来ると、東からの物資が送られてきた。当然俺達の襲撃目標になるのだが、今回は重装歩兵の皆さんにお願いすることにして、俺達は崖の上からの見物になる。
王女様が参加したくてうずうずしてるのを、懸命にマリアンさんが押しとどめている。
最後には、少し崖から離れた林の中の岩に上って、望遠鏡で眺めて満足しているようだ。
ホイホイと王女様が参加してるとあまりにも危険だからな。俺達の旗印でもあるのだから砦の衣装箱に入れてカギを掛けておきたいくらいだ。
荷物を満載した荷車は半分から後ろを頂く。
攻撃は、普段から短い槍と片手剣を使うだけあって鮮やかなものだ。
襲撃開始から30分も掛からずに荷車10台と指揮者達の馬を3頭、駄馬を10頭奪う事ができた。
襲撃の手際も良いし、このまま山賊で暮らせるんじゃないかな? いったいどんな訓練をして、先の戦でどんな活躍をしてたんだろう? じっくり聞いてみたい気もするな。
「しばらくは山賊のやり方を教えねばならんと思っていたが……」
「あれなら問題ありませんね。敵の荷駄を襲い、奴隷商人を襲う。問題なくこなせるでしょう」
「でもこれで安心できます。俺達は新しい砦に移れますよ」
その夜。砦で盛大に宴会を開いて、砦を重装歩兵に明け渡した。
約1年近く住んだ砦だから愛着もあるのだが、このままここにいたら、本当に山賊になってしまいそうだ。
馬に食料を積んで俺達は廃村への間道を歩いて行く。
10kmは無いのだが、前回歩いた時は長く辛い道だったが、今では何ともない。かなり体が鍛えられたんだろうな。
廃村の大通りを歩いて西に抜け、大きく麓に曲がり込んだ道を歩いて行くと砦が林の中に見えて来る。
どうにか外壁は完成したようだ。南西と北東に角は2階建てになっているように見える。あれが監視台になるんだろう。
さらに下ったところから左に向かう道がある。これを上れば砦に到着できるようだ。
10分程歩いたろうか。空堀に囲まれた砦が跳ね橋を下して俺達を歓迎してくれた。
軽装歩兵の一団が先に着いていたようだ。
当初の計画よりも砦が大きい気がする。砦内の広場は30m程あるぞ。4方向の壁を利用して建屋が立っていた。ログハウスだけど、漆喰のように粘土が薄く塗ってあるから、火矢で火事になることも無さそうだ。
一番奥の建屋が左右の建屋に比べて立派に見えるから、あれが指揮所という事になるんだろうな。
左右の建屋に騎士達が案内されて入っていくが、俺達は真っ直ぐ奥の建屋へと進んで行った。
3段の木の階段を上ると、1m程のテラスが軒下に広がっている。
テラスまで屋根が伸びているから、雨の日でも、テラスを通ってくれば他の建屋から濡れずにやって来れそうだ。
左右に広げられた扉をくぐると、大きな広間があった。
ここが指揮所になるようだ。前の砦よりも大きなテーブルが中央に設けられ、10個以上の椅子が置いてある。入り口の壁際にも数個おいてあるから、少しぐらい人数が増えても十分に座れるぞ。
「左がご婦人の宿舎。右が殿方の宿舎になっています。扉に名前を書いておきましたから、その部屋をご利用ください」
案内してくれた兵士が教えてくれたので、とりあえず自分の部屋に行って荷物を置いて来る。
部屋自体は6畳ほどの小さなものだ。今まで共同だったから、これだけでも嬉しいし、ハンモックではなくベッドというのもありがたい話だ。部屋の片隅に一辺が1m程の箱があった。宝箱みたいに上蓋が開くから、その中にバッグを入れておく。槍とクロスボウはここに置いておけば良いだろう。
刀だけを差して皮の上下も脱いで綿の上下に変えておく。
この距離ならサンダルが良いな。いつもブーツだから夏は結構暑いんだよね。
少しさっぱりした格好で広間に戻った。先ほどは気付かなかったが、王女の後ろには、大きな旗が壁に広げられている。何となく雰囲気がでるぞ。前の砦はどうしても山賊の根城って感じがしてたからね。
椅子もちゃんと背もたれとひじ掛けが付いている。木工職人さんが頑張ってくれたみたいだな。
クッションは椅子ではなく、小さな座布団のようなものが乗っていた。これで長く座っていてもお尻が痛くならないで済みそうだ。
暖炉の火でパイプに火を点けると、のんびり楽しみながら皆が揃うのを待つことにした。テーブルには地図が広げられている。前の砦では板を重ねて立体感を出していたが、ここでは馬か牛の1枚皮を使ってそれに顔料で地図を描いている。どれだけ正確化は分からないけど、全体を見るには都合が良さそうだ。
駒も、俺達の仲間は分隊長ごとに駒を作ってあるぞ。
さらに敵側も分隊、小隊、中隊のレベルで用意しているようだ。
ザイラスさん達が揃ったら一度俺達の戦力をおさらいした方が良さそうだな。メモにきちんと書いておけば役に立つだろう。特に定員未満がありそうだから、その辺りを注意しなければなるまい。
しばらく待っていると、ぞろぞろと皆が出て来る。
さすがに今から山賊行為に出掛ける服装ではないな。少し安心したけど、騎士の人達はちゃんと長剣を下げているし、王女様もフルーレを下げている。
皆が揃ったらしく、魔導士のお姉さんがワインのカップを運んでくれた。
皆にカップが行き渡ったと見た王女様が、椅子から立ち上る。
「さて、1年前に我らが王国が滅んだ時、我等は深山への逃避を誰もが考えた。じゃが、神は我らを見捨てる事なく、我らにバンターを遣わした。
すでに我らの仲間は300に届こうとしておる。1年で10倍じゃ。砦2つに領地まで持っていることが今でも信じられぬ。
良いか、まだ1年じゃ。バンターの軍略に従い2年後にはこの地に覇を唱えるつもりじゃ。それまでは我らは義賊。思い存分暴れまわるのじゃ!」
「「「ウオオォォ!!」」」
王女様が一段と高く掲げたカップに、俺達は席を立ってカップを掲げて声を上げる。
ごくりと飲んだワインはかなりの上物だ。何時の襲撃で手に入れた物なんだろう?
「バンターよ。正式に我の軍師として動いてくれ。それで、副官を置くぞ。ラディの末娘のミューランじゃ」
「俺達の手伝いをしたがってな。バンター殿の傍に置いておけば俺も安心できる」
そんな言を言ってラディさんが手を叩くと、小さな娘さんがやって来た。銀色の髪にピョンと猫耳が飛び出してるけど、どう見ても12、3歳じゃないのか? 将来は美人確定だろうが、今は可愛い感じの子だな。
「ミューにゃ。ちゃんと読み書きができるにゃ!」
「良いのか? あまり敵は来ないけど何回かは来てるぞ」
「だいじょうぶにゃ。兄弟で一番素早いし、弓だって使えるにゃ」
「なら、問題ない。我の石弓は2の矢に時間が掛かる。ミューがいれば心強いぞ」
王女様の話に、うんうんと頷いてるけど、ひょっとして王女様が近くに置きたかったんじゃないのか?
まあ、使い走りは問題ないようだから、お使い要員として考えておけば良いか。
「いよいよ活動開始と行きたいところですが、馬が足りません。できれば軍馬が欲しいので、街道の峠で襲撃して揃えるまで待っていただきます。軍馬10頭以上。これが新たな作戦には是非とも必要になります」
「春になれば兵員の交替もあるだろう。2、3度襲撃すればその位は何とかなる」
「その間に、騎士の皆さんには弓の稽古をして貰いますよ。石弓では飛距離が足りません。どうしても300D(90m)以上の飛距離が必要ですからね」
俺の言葉に分隊長達が顔を見合わせる。
「バンター殿は我らの弓の飛距離をご存じなかったですか?」
トーレルさんがおもしろそうに俺に聞いて来た。なるほど、少しざわついた理由が分かったぞ。
「前に聞いたことがあります。およそ200D(60m)との事でした。ですが、300Dを飛ばすのはそれ程難しくは無いんです。弓の長さを変えれば良い。皆さんの弓は、弦の長さが約40D(1.2m)。俺が作らせている弓は70D(2.1m)あります。これで長射程が実現しますよ」
「ちょっと待ってください。確かに馬で弓を撃つ部隊も兵種にはあります。ですが、彼等の弓は更に短いですよ。それに精々150D(45m)程の飛距離です」
「ミューちゃん、リーデンさんから俺の頼んだ弓を1つ貰ってきてくれないか?」
俺の後ろにちょこんと座っていたミューちゃんは直ぐに席を立って広間を出て行った。
「どうも分からん。そんな弓があれば戦を有利に出来るだろう。だが、何故に作られなかったのだ?」
「俺達の国で古くに使われた弓です。確かに遠くまで飛ぶんですが、命中率が落ちます。この地で使われている弓は命中率を重視しているのでしょう」
ザイラスさんの疑問にさらりと答えておく。見て試してみない限り納得しないだろう。ザイラスさんは現実主義だ。
やがてミューちゃんが運んで来た弓を見て、皆が驚いた。まあ、仕方がないよな。上と下の長さが違うんだからな。
「こんな弓がバンターの王国の弓なのか?」
ザイラスさんが手に持って感触を確かめたり、弦を引いたりしている。
「そうです。おもしろい形でしょう。俺の住んでいた国の武士と呼ばれる騎士団が使っていた弓です。矢合わせと言って、互いに弓で戦っていたんです。刀を使うのは最後ですね」
「おもしろい戦じゃな。長剣の突撃も槍衾を作って陣を整えることも無く、騎馬で弓を使ったのか……。問題はその弓じゃ。本当に、300Dも飛ぶのかのう?」
「やってみれば分かります。屋上で試してみましょう。王女様の部隊に弓を使う者がおりましたよね」
「レイザンじゃ。レイザンを呼べ。弓を忘れぬようにな」
後ろに控えていたお姉さんの1人に指示を出している。
さて、比べてみるか……。
俺達は、広間を出ると、砦の外に向かった。
砦の外壁から距離を150m程にとる。これだけ離れていれば万が一にも事故は起きないだろうし、砦の3m近い壁が良い障害物になるからな。
何も無いと、弓の狙いが着けづらいだろうという事で、どこからか外してきた鎧戸に丸を描いて100m程の距離に杭を打って立て掛けてある。