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後日談ー2


「それは困りましたねぇ……」

 毎月2回行っている定例のシルバニア王国会議の席上で、ザイラスさんが持ち出したのは時間の定義だった。

 王都では会議や兵達の訓練に明け暮れてるらしいから、確かに1日を時間で管理したいのは理解出来る。

 ザイラスさんの陳情を聞いて、相槌を打っている連中も、似たような事態に陥っているんだろうな。広間のテーブルを囲んでいる連中が一斉に顔を俺に向けたのでもわかるような気がする。


 確かに、この世界の時間に関する考え方はあいまいなところがあるけど、大まかには俺のいた世界と同じところも多い。

 1年を365日として、12の月に分割しているから1か月は30日が基本になる。4つの神の祝日がある月は1日を加算し、国王の誕生月も1日加算するから丁度良さそうにも思えるが、周辺王国によって暦が異なるのは問題でもある。

 1日を時間で区切ると言う考えは今のところないようだ。経過時間をロウソクで計ったりしているからな。午前、午後の考えはあるようで太陽が南中した頃を昼と呼んでいる。

 日中は太陽が出ている時間だし、夜は太陽が沈んで上るまでだから、薄明時間はどっちにするのか微妙なところがあるな。


 ザイラスさんの陳情は、会議の始まりと終わりを明確にしたい、それに光通信器による連絡がいつ行われたかを明らかにしたいというものだったが、他の連中も、それなりに不便さを実感しているようにも思える。

 時間を決めると言うことはそれなりの文化が必要なのだが、この世界も時間を気にすることが多くなってきたということだろう。

 

「日の出と共にロウソクを点けて、日が沈むまでに何本を使うか調べてみるのも一興じゃな」


 サディの言葉にエミルダさんが頷いているところを見ると、ロウソクを使って時間経過を知るのは一般的なのかも知れないな。


「確かにそれでも良いでしょう。その方法の問題点はロウソクの統一と燃え尽きるのが同じ時間かどうかという点にあります。それに、曇りや雨の日は使えませんよ」


 皆が俺の言葉に頷いているから、サディ達はムスっとした表情で俺を見てるけど、俺は欠点を指摘しただけだぞ。


「似た事を、爆弾の起爆用線香で考えていましたが、やはり同じ問題がありますね」

 

 ラディさんの呟きに、そんな方法もあるのかとエミルダさんが納得している。作って貰うのかな? 修道院の1日を管理するには都合が良さそうだ。


「皆さん気付いていないかも知れませんが、夏と冬では昼夜の長さが違うんですよ。それも含めて考える必要があるんです」

「夏用、冬用、それに春秋用も必要になると言うことですか……」


 かなり面倒なことになりそうだと皆が考え始めたのが分かる。

 だけど、時間が季節によって変わると言う事を許容すれば、それで終わりなんだけどね。


「バンター様は時間をどのようにお考えなんですか? 私共よりも時間について詳しいのであれば教えていただきたいのですが」


 エミルダさんの問いは、俺に任せようと言う魂胆が見え見えだ。とは言え、一度きちんと時間を定義しておけば数百年は問題が出ないだろう。

 正確な時計は世界地図を作る上でも必要になる。やはり、時計を作ることになるんだろうな。


「ある程度の知識は持っていますから、時間を決めることは出来ると思います。ですが、そもそも時間を決めれば暦が決まることにもなりますから、シルバニア王国の暦と矛盾しないところから始めますが……、かなり面倒な事をしなければなりませんよ」

「資金はあるぞ。面倒な仕事はアカデミアの変人連中に任せればよい。運河作りも軌道に乗っておるから、あ奴等も暇じゃろう」


 暇というよりは、どうやら目処が付いてホッとしてるんじゃないかな?

 テーブルの連中がサディの言葉に頷いているところをみると、大方の考えは暇と見ているようだ。意外と便利に使われているのかもしれない。たまにはワインのビンでも送ってあげないと気の毒に見えてきた。


「だが、バンターはどうやって時間を定めるんだ? それに暦が係るのが俺には理解出来ん」

「暦は神皇国で専門の神官が作っていたのですが、神皇国崩壊の際に神官達は亡くなったようです」

 

 ザイラスさんの問いにエミルダさんが続けてくれたけど、それならなおさらこの問題をきちんとしておく必要があるだろう。


「先ずは1年を決めます。次に月日で最後に時間ですね。1年はすでにほぼ決まってますから、少し補足することで十分でしょう。問題は時間ですけど、1日を24分割して時間とします。1時間を60分割して1分を定義し、1分を更に60分割して秒を定めます」


 俺の言葉に、皆が唖然とした表情を見せた。


「待ってくれ、何でそこまで決めるんだ? 俺達は1日をいくつかに区切って共有することを考えてたんだが……」


 ザイラスさんが慌てて俺の説明に文句を言い始めた。

 確かに、ここまでは決めなくても良いのかもしれないけど、将来的には必要になるはずだ。ある意味、決め事なんだからそれで良いんじゃないかと思うんだけどね。


「時間を定めようと言うことは、ある意味覚悟のいる話でもあります。幸いにも、エミルダさんが同席してくれてますから、教団とのネゴはお願いできるでしょうが、これから重大な話をしたいと思います」


 1年は365日だが、実際にはもう少し長い。春分と秋分を観測していたかつての教団はそれに気が付いていただろう。


「1年を365日とします。これは今までと一緒ですから、12の月に区分しそれぞれを30日。4つの季節を4柱の神の加護を考慮すれば神の祭日のある月に1日を加算することはやぶさかではありません。アルデンヌ大聖堂の落成月にもう1日を追加すれば365日となりますから、ここまでは従来とおりです」


 あまり急激な変化は混乱を招くだけだからな。問題は閏日うるうびになる。4年に1回を組み込み、さらに100でわれる年と400で割れる年を組み込まなければならないだろう。それで数千年は使えると聞いたことがあるぞ。

 そんな話を皆にしたら、早速質問が飛んできた。


「4年に1度1日を加えるが、100で割れる年は加えないと言うことか? その上で400で割れるときには加えるとは面倒な話だ」

「めんどうですが、1年が正確に365日でないことに原因があるんです。長く使う暦であれば面倒でも、この方法を使うことになるでしょう。先ほど話した『秒』という単位が重要になるくらい文化が発展した時に再度見直せば十分です」


 4年に1回だから、オリンピックでも開いてみるか。イベントの少ない世界だから、意外と喜ばれるんじゃないかな。


「今までの暦と大きく異なることはありません。閏日については不定期ですが、今までも使われていました」


 エミルダさんがここまでは了承してくれた。この世界での春分と秋分は重要な位置を占めているようだから、その日がずれるのを嫌ったのだろう。理由はその時にこじつけられたに違いない。


「次に1日を24時間とした理由ですが……。区分しやすいからです。10時間なら割れる数は2と5になりますが、24時間なら2、3、4、6、8、12、と増やすことができます。ある意味利便性ですね。分と秒についても同じことが言えます」

「分割し易くすると言うことか? あまり役に立たないような気もするが……」


 サディの言葉に皆が頷いている。

 それほど時間というものを気にしていないと言うことが良く分る。だが、時間を定義する上では決め事は大事だし、先例に習うことが一番だと思うんだけどね。


「まあ、バンターが決めて女王陛下が布告すればそれで決まることも確かだ。だが1番大事なことがまだ抜けているぞ。1日を24時間に分割しても肝心の1時間の経過時間をどのように俺達は知るのだ?」


「方法は星の動きで測定します。太陽も1日1回東から昇って西に沈みます。夜空の星も同じことが言えます。夜空の星を1つ特定して、その星が15度の角度を動く時間が1時間ということになります」


 月や太陽でも良いんだけど、面積が誤差になりそうだ。天文台を作ることになりそうだな。


「15度と言うと?」

「前にリーダスさんに分度器を作って貰いましたね。あれを大きく作って貰えれば何とか改造できそうです」


 ドワーフ族の作った分度器はかなり正確だ。測量部隊の連中も、分度器を交換しても値が同じであることに驚いていたからな。


「かなり複雑そうだな。簡単に行かぬものなのか?」

「バンターは将来を考えておるようじゃが、とりあえず何かで代用することで対応したいと、我も思うぞ」


 ザイラスさんにサディが賛同している。とは言え、あまり適当でも問題が出そうだ。

 そうなると、日時計ということになるんだろうか? 問題は太陽が隠れている間を何で補完するかになって来る。

 

 水時計になるのかな? それとも線香を使うことぐらいしか思い浮かばない。

 それでもおおよその時間経過は分る筈だ。日時計と併用すれば誤差を30分以下にする事は容易だろう。


「今までの話を了承して頂けるなら、1時間の経過をある程度知ることは可能でしょう。2つの方法を併用することになりますが……」


 簡単に日時計と線香の燃焼時間を使った時間の測り方を説明する。

 日時計はリーデルさんに頼めば良いし、線香はラディさん達の住む北の村で作れるそうだ。


「日時計で1時間を測って、それに合わせて線香に時間を刻むのじゃな?」

「線香の長さが短いのが問題ですが、こんな感じに箱を作って、丸く線香を納めてから乾燥させれば良いでしょう。1時間の経過を箱に刻めば、線香が燃えている間は時間経過を知ることができます」

 

 線香の燃焼時間が24時間ほど持てば良いんだけどね。なるべく長く作って貰おう。それに太く作れば燃焼時間を長くする事ができるかも知れない。仏壇の線香よりも蚊取り線香の方が長時間使えたからね。

 それと、日時計は傾斜型を使う方が正確らしいのだが、この場所の緯度が分らないという難点がある。経緯台を作って貰って、周極星の高度を調べることも必要だ。クレーブルの別荘で、船長から周極星の見つけ方を教えて貰ったから、道具があればそれほど難しい話ではない。


・・・ ◇ ・・・


 日時計と線香時計は2か月掛けてどうにか試作できた。

 作り方は理解できたから、立派なものを作ってやるとリーデルさんが言っていたから、町や村には日時計が作られるらしい。

 曇りが続いても線香時計が補完してくれるから、かなり正確に時を管理できるようだ。時刻を確認して祠にある鐘を鳴らすのは神官見習の仕事になるらしい。

 規則正しい生活が果たして幸せかどうかは分らないけど、3度の食事時間が同じになるのは良いことに違いない。

 1日の予定も管理できるし、労働者も長時間労働にならなくて済む。

 直ぐに他国が取り入れたのも、時間をいつでも知ることができる便利さを知ったからなんだろうな。

 

 翌年のある日。リーデルさんが小さな箱を持ってきた。中には小さな日時計と磁石が入っている。

 

「移動できないかと言う奴が多くてな。これで何とかなるだろう」

「上手く作りましたね。日中限定ですが、これと線香時計を使えば十分でしょう」


 携帯時計の始まりになるんだろうか? 聖堂騎士団の中隊長と通信兵に持たせたいな。


「ところで、青銅を使った歯車細工は可能ですか?」

「物によるな。からくり仕掛けが得意なドワーフも多い。必要なら知り合いを当たるが?」


 こんな物を作りたいと、図面を数枚取り出して説明を始めた。

 物は重りを動力とした振り子時計だ。家にあったハト時計を分解して怒られたから、動作原理はどうにか理解できている。


「振り子の振れで、重りが落ちる速度を変えるんだな? かなり面倒だが、出来んことはない。大きさは少し大きくなるかも知れんぞ」

「俺の身長位になるんでしたら十分です。ですが、これができれば次の仕掛けに繋がります」


 最終目標は、ゼンマイを動力としたテンプを使った懐中時計だ。手の平に乗る大きさになれば良いのだが、片手で持ち運べる位の大きさで作れれば実用に耐えそうだ。


「この文字盤の上を3本の針が動くことになるのだな……。2本なら容易だが、3本目は、この辺りに別の文字盤を作ることになるかも知れんな」

「その辺りはお任せします。これができないと時間を測れないんです」


「あの連中は使っても良いな。この辺りの歯車は少し工夫が必要じゃ」

「計算は得意でしょうから、先ずは一度話し合ってみてください。他の仕事から優先的にこちらに回すことも可能です」


 そろそろこの世界初めての天体望遠鏡が出来上がる頃だ。ちゃんと見えるかどうか怪しいけれども、口径60mm、倍率は20倍らしい。星の位置を特定するには十分だろう。たまにティーゲルに月でも見せてあげようかな。

 そんな訳で、アカデミアの連中は俺にも暇に見えるんだよな。


・・・ ◇ ・・・


 翌年の初冬に最初の振り子時計が完成し、3年後には10台の時計が完成した。

 各国の王都に運び出され、日時計に合わせて時を刻む事になる。

 各時刻に祠の鐘を鳴らすことで、王都の人達は時刻を知ることができる。

 規則正しい時刻によって、労働条件や約束の時刻を違えることも無い。4つの王国の時計の誤差は10分以内には納まっているはずだ。


「時計とは便利なものじゃのう。まだまだ作るのじゃろう?」

「ええ、年間20台と言ったところですから、各町や村に配付するにはもう少し時間が掛かりますね。それに、各王国間の時計の誤差を更に小さくすることが必要ですし、軍が展開する場合や、船に積み込むには形の異なる時計が必要なんです」


 あまり必要性は考えていないようだが、振り子時計では経度を知ることができないんだよな。その為には、精巧なテンプを利用したゼンマイ時計が必要になる。

 月間の誤差を10秒以内に出来ればかなり正確な世界地図が描けそうなんだけどね。

 

 リーダスさん達がゼンマイ動力を使ったテンプ式の懐中時計を作り上げたのは、俺が50歳を過ぎてからだった。時計を作ろうとしてから10年以上経過した感じだな。

 大きさは、ランドセルぐらいになったけど、持ち運べるし何といっても精度が高い。星の動きと比較すると一か月での誤差は数秒程度に収まっている。さすがはドワーフ製作と言ったところだ。

 クロノグラフと言っても過言ではない。問題は大きいことだけど、精度を重視するなら十分に使用に耐えるはずだ。


「やっとできましたね」

「正確が一番と言っていたからのう。一回り小さく作った物もあるのだが、3日もすると誤差が出てしまう。これと同じものを5台作ったが、1か月しても同じ時を刻むぞ」


 精密工業の始まりになるんだろうな。山間のミクトス村はそれで有名になりそうだ。

 改めて10台の制作を依頼する。いよいよ世界地図に緯度経度を刻むことになる。完成を見ることは出来ないだろうが、正確な地図は俺達交易王国としては是非とも必要な品になる。

 その辺りはアカデミアの連中に託しておこう。

 

 リーデルさんが帰って、しばらくはテーブルに乗った懐中時計を眺める。

 この大きさだから懐中時計と言うのも問題なように思えるけど、これから懐中時計の大きさになるよう少しずつ小型化されていくことになる。


 しばらく規則正しく動く秒針を眺めていると、広間の扉が開いてネコ族の女の子が入ってくる。

 時計を見ると、15時少し前だ。お母さんからお茶を運ぶように頼まれたのかな?


「ご苦労様。今日はシルクちゃんが担当なの?」

「お母さんに頼まれたにゃ。15時にバンターさんにお茶を運ぶのが私の仕事になるにゃ。きちんと仕事をすれば、クレーブルの港に連れてってもらえるにゃ」


 毎年夏にはクレーブルの別荘に向かうから、随行要員となるんだろうな。いつもお姉ちゃんの方が同行してたけど、今回はミューちゃんが許可したに違いない。初めて見る海と港は楽しみだろう。交易船が戻っていたら乗せてあげたいな。

 クリスやティーゲル達も同年代の同行者が増えるのは嬉しいだろう。小さいころから兄弟同様に暮らしているからね。

 

「港には大きな船が何隻も停泊してるんだ。知り合いがいるから乗せて貰えるように俺からも頼んであげるよ」

「ほんとにゃ!」


 嬉しそうに目を輝かせて部屋を出て行った。毎日、決まった時間にお茶が飲めるのはありがたい話だ。

 俺の時間割はある程度開かれているし、サディの予定と併せてミューちゃんが管理してくれるから、来客がダブることも無くなった。

 ザイラスさん達は、余裕が無くなったと嘆いていたけど、元々時間を管理したいと言い出したのはザイラスさん達だからね。

 王都では、毎日の陳情団をさばくのに苦労してるに違いない。それでも、勤務時間をきちんと定めているんだから俺に文句は言わないで欲しいな。

 

「バンター、王国内で共通の休みを作れないか?」


 やはり、こうなるよな。

 勤労意識の極めて高い人達だから、余程の事が無い限り皆休まないことも問題だろう。

 ザイラスさんの陳情で4日おきに1日の休みが取り入れられたのは、1か月後からだった。更に3か月が過ぎると、関係する王国にまでそれが広がる。

 曜日は、シルバ、クレブ、トーレ、トルニと呼ぶことでいつしか定着し、休日はカテドラと呼ぶようになった。

 4つの王国と教団が協力しているのを皆が知っているからなんだろうな。

 月曜、火曜と教えたかったが、これもこの世界の住人が決めたんだから俺がとやかく言うことでは無い。


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― 新着の感想 ―
壮大な物語でした。楽しく読ませてくれてありがとう。
[一言] 大変楽しく読ませて頂きました! 素晴らしい作品をありがとうございます!
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