SA-207 仲間達と…… (END)
翌年の春。トーレスティの大使が俺達の前に広げた絹を見て皆が目を見開いた。
柔らかくうねった生地が、広間の明かりに微妙なグラデーションを見せている。透明感があるが、透けているわけではない。
「正しく、絹ですわ。東方からの商人がもたらす物に瓜二つです」
「我が王国も頑張らねばいけませんな。トーレスティに職人を派遣することも考えねばなりません」
トーレスティのテノールさんは得意げに頷いて聞いている。
ハーデリアさんとカリバンさんは目を見開いてため息交じりに、カリバンさんに質問をしている。
「トーレスティ国王は、数年前の戦役に貢献して頂いた貴方達を忘れてはおりません。興味を持ったなら職人を派遣するようにとのことです」
「王国間の協力関係は色々と役立つのう。戦なぞせずに、いかに仲良くするかを考えるべきであろうな」
サディの言葉を聞いて、大使達が頷いている。
王国間の協力を活性化するために大使達が派遣されている筈なんだが、どちらかというと今までは派遣された王国を探っていたんじゃないかな?
俺の前に回ってきた絹の反物を引き延ばして仕上がりを確認する。
俺に審美眼があるとは思えないけど、製品を見る目は持ってるつもりだ。
親父に教えて貰ったのは、全体を先ず見ろって事だったな。次に端を見て、最後に斜めに見てみろと言っていたが、あれはバイクを見に行った時だったかな。
バイクも絹織物も製品には違いないだろうと、同じように反物を眺めていたのだが……。
織りにムラがあるな。1日の作業量はどれ位だろう。引き出して確認すると、一定の長さごとにムラがある。これは交替した織り手の未熟さによるものなんだろう。
左右の端を見ると、左が少し糸の張りがきついようにも見える。
斜めに見ると微妙に凹凸があるのが見えるが、これは横糸の太さが均一ではないからなんだろうか……。
「どうじゃ? バンターの望む品になっておるか」
「数年は掛かりそうですね。横糸の紡ぎを考えねばなりません。織り手の未熟さは経験不足ですから、数を織らねばならないでしょう。織機の経糸を一定に張る仕掛けも考えねばなりませんよ」
「まだまだ……。と言う事ですか?」
テノールさんの声は、先ほどとは異なりちょっと消沈している。
他の大使も、この布のどこに非があるのかと悩んでいるようだ。
「たぶん絹と言う事で皆さんの目が鈍っているんだと思います。この光沢は確かに絹織物でなければ出せませんからね。ですが、布という1点で見れば織りにムラがあることが分ります。その他にも少し課題がありますが、綿織物の取引をしている商人なら課題点を教えてくれそうです」
「とはいえ、現物の絹織物がここにあることも確かじゃ。課題が見つかればそれを克服するのはそれ程難しくはなかろう」
「言われてみれば、織り方に微妙な差がありますなぁ……」
「私にはこれで十分と思えるのですが、バンター様にはその非が明確であると言う事ですか。さすがに絹を作ろうと持ち掛けただけの人物です」
サディの言うように、課題を見付けることを先ずは考えるべきだろう。蚕を育てて、繭から糸を紡ぎ、その糸で布を織る。工程の中に様々な課題が潜んでいるはずだ。それを見付けて取り除けば次はもっと良い絹ができる。
トーレスティで織られた絹が三分割されて各王国に配られた。
それを見て参考にしろと言う事だろう。糸作りについても微妙に太さが変わっているのが問題にはなりそうだ。
紡ぎの責任者はメイビルさんの長男でパウエルさんだ。俺より年上なんだけど、いつも俺には敬語を使うんだよな。村人に好かれる好青年だったようで、一昨年村の娘さんと結婚したと聞いたぞ。
彼に届ければ、紡ぎの課程で起こり得る不具合の対策を考えてくれるだろう。
・・・ ◇ ・・・
翌年の春には、3王国の大使がそれぞれ絹の反物を持って現れた。
広間のテーブルに広げて、皆で出来栄えを批評し合っている。
サディやマリアンさんまで混じって意見を戦わせているのを、暖炉の傍でコーヒーを飲みながら眺めることにした。
「昨年と比べると格段の出来じゃな。これなら交易品として使えるのではないか?」
「バンター様の言葉に従って、各王国の職人が腕を競ったせいでしょう。国王も見事である! とお褒めの言葉を賜っていました」
どうやら、出来たと言う事になるのかな? となると、次のステップに移行することになりそうだ。
「まだ商品化は早いですよ。その反物でドレスやシャツを作れるかを確認しなければなりません。購入者も反物のままで眺めるわけではないですからね」
「実用性を試してみよ、と言う事か? 確かに、このままと言う事はないであろう。早速作らせてみるか」
各国の大使も頷いている。
初夏にはどんなドレスができるか楽しみになってきたな。
運河の掘削も順調に進んでいるし、今が一番充実した暮らしができる。
蒸留所は1年寝かせたワインを使って順調にブランデー作りをしているし、空いた樽を使って桑の実のワインを作っているようだ。
両方とも引き手あまただから、ネコ族の暮らしはまずまずだな。
絹糸の国家収入は銀塊10個以上に匹敵するようだ。その分、税金を安くできる。
夏が過ぎて秋分の祈りをエミルダさんが聖堂で捧げる後ろでは、各国の大使夫人とサディ達が絹のドレスを着て参列していた。
実用性には問題が無いようだ。来春の交易船には絹のドレスと反物が船積みされるに違いない。
「山賊を始めてから十数年が経っておる。以前のカルディナ王国よりも我等のシルバニア王国は繁栄していると思うぞ」
「それも、バンター殿の一言が始まりです。あの時、『山賊を始めよう』の言葉が無ければ、今頃は……」
広間で来年の行事の確認を終えた後で、4人で広間に残り桑の実のワインを傾ける。
今では思い出の彼方になったが、皆で頑張ったことも確かだ。
マデニアム王国の侵攻で亡くなったサディ達の家族や兵士達、苦労を味わった国民達……。俺達の今の暮らしを見て、どう思っているのかな?
「皆、喜んで暮れてる筈にゃ。長老達もシルバニア王国の民と認定されていつも笑顔が絶えないと父さんが言ってたにゃ」
「単に銀山で栄えているわけではない。銀が取れなくなったとしても十分に周辺王国と協力ができるように王国が機能しているのは疑いない事じゃ」
ザイラスさん達が頑張ってくれたブドウ畑はたっぷりとワインを俺達に供給してくれる。
そのまま飲んでも良いのだが、1年熟成してブランデーに加工したものを販売している。
他国のワインと競合しないから、変に軋轢を生むことも無いし、ブランデーは高級酒として人気が高い。一部は交易に使っているほどだ。
絹は王国間の協力できちんと分業ができた。糸紡ぎの課程で弾かれた不良品の繭を使ってネコ族の人達が紡いで織った絹織物は、劣化版ではあるがそれなりの美しさは持っている。通常の1割の値段で行商人が反物を引き取っているようだが、村の娘さんにも手が出るドレス生地として人気があるようだ。
さすがにそんな反物に3王国が文句を言う事も無い。高級品と劣化品の区別は歴然としているからだろうな。
「それで、来春にはいよいよなのじゃな?」
「ええ、準備は全て整っています。乗員はくじ引きになったようですが、ザイラス夫妻が指揮を執るそうです」
「私達も一緒にゃ。アイリスは母さん達が面倒を見てくれるにゃ」
サディが一緒だからマリアンさんも付いて来るだろう。魔導士の元お姉さん達も何人か同行するとなると……、山賊時代と一緒じゃないのか。
「トーレルが船酔いするとは思わなかった」
「どんな人にも1つ位はそんな事がありますよ。俺達は神様ではありませんからね」
「そうじゃな。欠点があれば補える者を見付ければ良い。クリス達の後ろ盾としても十分じゃ。我等のいない3か月はトーレルに任せれば十分であろう」
その前に、出掛けないという事は考えないのかな?
まぁ、一度言い出したらきかない性格だし、新たな世界を見るのは今後の治政にも生かせるだろう……。
「準備は出来ておるのじゃな?」
「すでに完了しています。明日、砦を発って旧王都でザイラスさん達を拾えばそのまま街道を通ってクレーブルです」
俺の言葉にうんうんと頷いている。
しばらくはこの砦ともお別れだな。帰って来た時に、別な国旗が翻っているようなことは無いと思いたい。
翌日。クリス達の見送りを受けて、俺達は砦を後にする。
長い王国造りが一段落したのだ。
これからは周辺王国と一緒に連合化を図ることになるのだろう。
だが、その前に……。
「やはり、東に向かうのか?」
「もう1つの大きな目標があるんですよ。例の陶器です。次はあれを目標にしましょう」
俺の話に、カナトルや荷馬車に乗った連中が笑顔で頷いている。
まだまだ王国を栄えさせることはできそうだ。
それに、万が一と言う事が起こっても……。
「バンターが次の目標を掲げたぞ! 我等は突き進むまでじゃ。運尽きて帰ることになっても、元は山賊、失う物など無い!」
「「オオォォ!!」」
サディの言葉に皆がときの声を上げているけど、家族を残していくわけにはいかない。
家族と合流できたなら、また山賊から始められそうだ。
クレラム町に向かう三差路には、ザイラスさん達が兵を率いて待っていてくれた。
後ろに大きくなびくアルデンヌ聖堂騎士団の旗は、そのまま船に掲げると海賊旗になりそうな気がするな。
「ようやくこの時が来たな。最初に聞いた時には、俺達を鼓舞する上での話だと思っていたが……」
「まぁ、我もそう思っていたことは確かじゃ。だが全て準備が整っておる。これは行かずにはおれまい?」
ザイラスさんがサディに苦笑いを浮かべて頷くと、力強く出発を告げる。
あまり信用していなかったのかな?
それでも、行けるとなると皆が我先に駆けつけてくるんだから、あの頃と少しも変わっていないようだ。やたら士気だけが高いんだよな。
「ちゃんとブランデーは積んだんだろうな?」
「ええ、20本以上積み込んであります。それに、海の向こうにだって酒はあるでしょう?」
「全くだ。俺もそれが楽しみで行くんだからな」
荷馬車からリーデルさんが大声で俺達に答えてくれた。
人様々だからそれも良いんじゃないか。
何といっても、俺達の最初の交易だ。今まで交易船が行かなかった遥か東に向かって進んで行こう。
-END-
<<エピローグ>>
大海原を3隻の交易船が疾走している。
これほどスピードが出るとは俺も思わなかった。
俺達の乗った『クリスティーナ』と『オブリー』、『ハーデリア』は順調に東に進路を取っている。すでにクレーブルの港を出て20日が経っているのだが、周囲には島影すら見えなかった。
「明日辺りには、島が見えるかも知れぬ。そろそろ大陸が南に伸びる辺りに近付いておる」
舵を握るミントスさんは交易船の船長なんだが、俺達の話を聞いて船乗り共々はせ参じてくれた。
操船櫓の露天艦橋には舵輪と方位磁石だけがある。その後ろにあるベンチに腰を下ろして俺はのんびりとパイプを楽しむ毎日だ。
ザイラスさん達は甲板で長剣の稽古に余念がないし、ミューちゃんとサディは帆柱の上にある見張り台に上って望遠鏡で付近を眺めている。
よくも飽きないものだと感心してしまうが、クジラやイルカを見ることができると言う事だ。
「大きな島みたいなのがいたにゃ。水を空に吐いてたにゃ」
目を見開いて真剣に話してくれたんだけど、初めて見るならそんな感じなんだろうな。
甲板の連中が上を向いている。なんだろうと、俺も上を向くとサディが前方に腕を伸ばして何か告げているようだ。
「陛下が見付けたようですな。たぶん島でしょう。……野郎ども、準備だ!」
「「オオォォ!!」」
たちまち、男達がカタパルトを組み立て、弓矢を準備し始める。
見張り台もサディ達に変わって兵士が交替するようだ。ザイラスさんが聖堂騎士団の旗を帆柱に高々と掲げた。
これじゃ、まるで海賊船じゃないか!
海賊に備えるために武装は許可したんだけど……。まさか、略奪しようなんて考えてないだろうな。
「バンター、早く準備をせぬか。どんな状況でも我等は自らを守らねばならん。備えあれば憂いなしとはバンターの言葉じゃぞ!」
それとこれは別問題だと思うけど、今更言っても理解して貰えないだろうな。
流されるままに船室に戻って黒装束に着替えると、サディ達と一緒に露天艦橋に立った。
さて、俺達は歓迎されるのか、それとも攻撃されるのか……。
「シルバニアは良い王国だ。御后様の言葉に間違いは無かった」
そんな呟きをもらしながらジルさんが艦橋にやって来る。
「バンター殿。準備はすべて完了。いつでも行けます!」
甲板には2個分隊の兵士がザイラスさんの前に勢揃いしている。
俺達は交易船なんだけどなぁ……。何か自信が無くなってきたぞ。
それでも、段々と大きくなる島影を見つめていると、笑いがこみあげてくるんだよね。
昨年から始めた物語はこれでおしまいです。
たくさんの感想を頂きありがとうございました。
ご指摘頂いた誤字や矛盾点は少しずつ手直ししたいと思います。