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SA-206 桑の実ワイン


 春の訪れと同時に3王国から大使がやって来たけど、同じ顔触れなんだよね。

 少し変わるかなと思ったんだが、唯一の変化はハーデリアさんが旦那さんを連れて来たことだ。

 騎馬隊の中隊長と聞いていたけど、副官に任せて来たんだろうか?


「少しは外交を勉強しろと国王に命じられては断るわけにも参りません」


 そんな事を言ってるけど、嫁さんと一緒に仕事ができることを喜んでいるに違いない。


「まぁ、田舎も良いところですから、色々と不便を掛けるかもしれません。シルバニアの騎馬隊を率いるのはふもとにある砦のトーレルさんですから、訪ねてみたら良いと思いますよ」


 武官ならそれで十分だろう。シルバニア軍の強さはそう簡単に見破られることは無いはずだ。


「ところで、上手く行っているのでしょうか?」

「やはり、初めての品だけあって職人達も困惑しているところがあるようです。綿と違い繊維が細いのが問題ですな。おさから作り直したと聞いております」


 トーレスティの職人は綿織物の織機作りで腕を上げたんだろうが、トーレスティでさえそうであれば、他国はおって知るべしと言う事になるのかな。


「それでも、見通しは立っています。興味深いのは綿よりも繊維が強靭だと言っておりました。どうやってこの糸を紡いだのかと、国王でさえ首を傾げていましたよ」

「クレーブルもですか? トルニア国王は実際に手に取って引き千切ろうとしましたが、その強さに呆れていました」


 強靭さではもっと強い繊維があるのだが、それを育てることはできないんだよな。クモの糸が一番強いと聞いたことがあるけど、さすがに俺でもそれを紡ごうなんて気はおきないけどね。


 そんな大使達のところにミューちゃん達が、串に刺した団子を乗せた皿を運んで来た。

 魔導士達がお茶を配ると、直ぐに目の前のアヤメ団子に目が移るのはしょうがないな。


「斬新な食べ物ですね。これは?」

「途中の関所が巡礼の人達の良い休憩所になってますから、これを振る舞おうと作ってみたんです」


 俺が串をつまんで食べ始めたの見て、同じように口に入れている。

 あまじょっぱい味が口の中に広がる。ちょっと苦みが混じるのが団子が焦げたところなんだろうな。

 美味しく頂きながら、シルバニア王国の今年の予定をサディが話を始めた。

 皆、食べるのに夢中であんまり聞いていないようだな。もっとも、予定はあくまで予定だから、変更なんていつもの事だ。

 

「あれの作り方を皆が知りたがっていたぞ。茶店というのはどの王国にもあるようじゃな」

「今では魔導士のお姉さん達が作ってますから、レシピを書いて貰いましょう。ですが、あれは庶民の食べ物であって王族達には……」


「そうは言うが、中々好評であったぞ。関所の休憩所では、巡礼者に1本を提供しておると聞いたが、エミルダ様達神官も喜んでおる。さほどの出費ではないのじゃ。これからも続けていきたいのう」


 シルバニアは巡礼を大切にしていると、評判が良いらしい。

 マリアンさん達も暇を見付けては関所へ手伝いに行っているというから、砦のおやつにもアヤメ団子が良く出てくるんだよな。

 俺は大好きだから良いけれど、あまり食べすぎると太るんじゃないか?


「大使達は蒸留所が好みらしい」

「今日も出掛けてるんですか?」


 養蚕を隠す手立てとして作った施設だから、来訪するに問題はない。

 絹糸を紡ぐのはミクトス村で行っているのは大使達は知っているはずだが、ミクトス村に出掛けて、その仕事を見ようとする者が誰もいないことを知って驚いた。

 ある意味公然の秘密なんだろうが、糸紡ぎを見ただけで絹糸が紡げるわけではない。原料の供給が分らない以上、見ても意味がないから自重しているに違いない。

 それでも、蒸留所には足しげく通って見ているんだよね。あれぐらいなら各王国に暮らしているドワーフ族なら問題なく作れそうだが、アルコールの蒸留は温度が重要であることをどれだけ理解しているかが問題になるだろう。

 似た物はできるだろうから、作らせてみてその味を確かめながら何度も北の村を訪ねるんじゃないかな。


「ブランデーを作るのはそれ程難しい事なのか?」

「俺も試行錯誤ですよ。何年かすれば俺達よりも良い酒を作れるかも知れません」

「ザイラス達が喜ぶであろう。我には強すぎる酒じゃが、好む者達が多いのに驚いたのじゃ」


 タルネスさんが小ビンをたくさん持ってきた時には俺も少し驚いたけど、よく考えれば普通の暮らしをしている人達だっているんだよな。

 2番搾りをタルから取り出して詰めてあげると、喜んで帰って行ったのを思い出した。

 庶民用に2タルを取り分けておこう。行商人達に卸せば喜ばれるんじゃないかな。


 ある日。ラディさんが俺達を訪ねて来た。

 俺達に土産話をして直ぐに広間を出て行ったから、孫娘の顔を見に来たに違いない。

 意外と優しいお祖父ちゃんだからね。

 

「ところで、箱の中身は何なのじゃ?」

 ちょっと大きめの木箱を担いで入って来たんだが、何が入っているのかは言わなかったんだよな。

 腰のナイフを使って木箱を開けてみると、中に6本のワインが入っていた。

 1本をサディに渡すと、ジッと眺めているぞ。ラベルには1枚の木の葉が描かれている。手作りのラベルだが、中々のイラスト才能だな。


「桑の実で作ったワインのようじゃ。マリアン、グラスを」

「どうにかできたと言う事でしょうね。味はどうかな? 売れる代物なら良いんですけどね」


 サディからワインを受け取り栓を抜くと、3つのグラスに半分程注いで皆で味わう事にする。

 ほんのりと甘い香りがするな。問題は味なんだけど……。

 口に含んで下の上で転がすようにして味わう。

 甘口だな。予想した苦みがまるでないのも良い感じだ。酸味が強いけれど、ジュース程ではない。これなら何杯でも飲めそうだ。


「砦のワインはこれに決まりじゃ! マリアン、北の村に出掛けて樽ごと買い占めるのじゃ」

「確かに良い味です。でも、口当たりが良いので飲み過ぎに注意が必要ですね」


 そんな事を言いながら、俺達のグラスに残りのワインを注いでくれた。

 グイッとグラスを仰いで広間を出て行ったのは、サディの言葉を実行しようと言う事なんだろうか?


「どれ位取れたかを確認しませんと、砦の取り分は決定できませんよ。全て取り上げるのは、女王として問題です」

「1樽は欲しいのう……。じゃが、バンターの言う事も分かるつもりじゃ。我等とネコ族で半分。残り半分を3つの王国と領民で分ければ良いであろう」


 かなり譲歩してるな。税率が2割だから少し多くなる。その分は購入すれば良いと言う事になりそうだ。

 だが、この1本の値段が気になるな。あまり高いとサディが全て買い取りそうだ。


 マリアンさんが戻ってきた。

 暖炉傍のいつもの席に座ると、ラディさんとの話の内容を教えてくれた。


「うっかりと、忘れてたみたいですね。孫を抱きながら恐縮して話してくれましたよ」

 ラディさんの話では、ワインの三分の一の値段で売れば十分に元手が取れるとのことだ。なら半値で良いんじゃないかな。出来た桑のワインは通常のワインのタルで3個だったらしい。

 1個を砦に運んで倉庫に置いてあると聞いてサディが笑顔になったぞ。

 2個目は村に合ったワインのビンに詰め込んだらしい。その中の6本を持ってきてくれたんだろう。

 残り1個の樽については、ビンに詰めて売ることを考えているとの事だ。


「そうなると、我等の取り分が多すぎるのう……。マリアン、2割を超えた分についてはワインの価格の半値を支払って欲しい。毎年3樽が出来るのであれば、運んで貰ったタルをビンに詰めて3王国に進呈しようぞ。貴重品であればいくらでも値を釣り上げられる」


 悪徳商人らしい笑顔で俺に話し掛けてきたけど、値は一律で良さそうだ。タルネスさんに頼んでビンを運んで来てもらおう。


・・・ ◇ ・・・


 新しい桑の実のワインは飛ぶように売れたらしい。

 3王国も是非にと言う事で数本ずつ配ったから、砦には10本も残らなくなってしまった。それだけ新しい酒に飢えていると言う事なんだろうな。

 そんなある日のこと、トーレスティの大使から絹糸の太さが決まったことを告げられた。


「試作品の中間の太さであれば我が王国は織ることができるとの結論に達した模様です。どうか、中間の太さで糸を紡いで頂きたい」


 他の王国の大使は驚いていたが、直ぐに従者に耳打ちしているところを見ると、本国に早馬を走らせるに違いないな。


「さすがはトーレスティ。我が国では四苦八苦しているようです。そうなると、今年は我等には絹糸が回ってこないことになるのでしょうか?」

「去年と同じ3種類を8個お渡しします。トーレスティには中間の太さの糸を24個以上お渡しします。初冬にはお渡しできるでしょう。来春には布を見ることができそうですね」


 俺の言葉に大使達が頷いている。どんな形になるかは分からないけど、いよいよ絹を使った交易が現実味を帯びてくるのだ。

 銀での交易品の買い付けは、銀鉱山の枯渇でいずれ破たんするのが見えている。絹であれば、王国間の協力体制が維持できる限り長く続けられそうだ。

 それに、経済的に密接に繋がることで互いに戦をしよう等とは考えなくなるだろう。問題は騎馬民族なんだけど、長城や土塁がどうにか形になっているから、同盟軍を作ってそれに対応する目途も立ってきた。

 聖堂騎士団の名前は、4つの王国の連合軍の名前にするには丁度良い。

 このまま平和な時が続いてほしいものだな。


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