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SA-205 桑の実の使い道


 3種類の糸を手に取って仕上がりを見る。きちんと撚りができているし、それなりに均一に仕上がっているようだ。

 

「8個、12個、16個で作りました。これで試して頂き、紡ぐ個数を確認したいと思っています。今紡いでいる糸も同じ個数ですが、織機との整合で後は紡ぎたいと思います」

「試供品としては十分でしょう。3王国に均等と言う事であれば次の糸ができたところで渡したいですね」

「10日ほど待っていただければ、届けられると思います」


 俺達に丁寧なお辞儀をしてメイビルさん達は帰って行った。

 仕上がりを見て貰いたい一心でやって来てくれたんだな。こちらこそ頭が下がる思いだ。


「紡ぐに問題は無いと言う事のようじゃな。それにしてもこれだけの光沢が糸の状態であるとはのう……」


 サディの呟きにマリアンさんもだまって頷いている。


「あのころころした芋虫がこれを作るとは誰も思いもすまい。バンターがそれを知っていたとは、世の中何が起きるか分からぬのう」

「それにしても、人の手でなければ生きられぬ虫がいるとは……、私は今でも信じられません。見せて貰った芋虫は葉に掴まるのがようやくでしたね。あれでは枝を伝って他の葉を食べるなんてできませんわ」


 いったいいつから飼われてたんだろうな。家畜化も進化の一つなんだろうか?

 人が世界から消えたら、蚕は直ぐに消えていくんだろうな。


「各太さで12個ずつありますから、次の糸と合わせれば各王国に渡せる糸は8個ずつになります。それで織機で使える糸の太さが決まるでしょう。場合によっては王国毎に太さが変わるかも知れませんが、メイビルさんの話ではそれ位の対応は可能でしょう」

「おもしろい。王国によって仕上がりが変わると言う事もあり得るわけじゃな。それは我等の知らぬ事。王国の求める太さの糸を作れば良いじゃろう」


 その結果がどうなるかが問題だろうな。

 売れるのはどれかと言う事にも繋がる。薄くて光沢があるなら細い糸になるだろうが、丈夫さに難があるようにも思える。

 絹織物の種類があると言う事は、それだけ多様なニーズに繋がるのかも知れないぞ。


 一か月ほど過ぎると、砦の周辺は雪に覆われる。

 それでも、3つの王国から大使がソリで訪れた。さすがに夫人は同行していないけれど、トルニア王国はハーデリアさんがやって来た。

 大使が全員そろった翌日の朝に、広間に招待して簡単な挨拶を行うと、早速要件を切り出す。


「これを見てください」

 テーブルの上に3つの絹糸の束を取り出すと、目を見開いたのはハーデリアさんだけでは無かった。


「出来たのですか! それにしても美しい糸ですな……」

「遥か東方よりもたらされる織物の光沢そのものですわ。シルバニアは莫大な富を得ることになるでしょうね」


「いえいえ、まだ商品としては成り立っていませんよ。これから先が3王国の仕事になります。この3つは、太さが少しずつ異なっています。どれが絹織物として適切か、評価して頂きたい。これより細くも太くも出来ますから、織機や織り手の要望に応えることも可能です」


 そんな話をしているところに、マリアンさんと魔導士のお姉さん達が包みを運んで来た。

 各大使の傍に包みを3つ並べていく。


「これは?」

「この糸を太さごとに8個ずつ包んであります。少しは織ることもできるでしょう。目途が付き次第その糸を量産することになります」


 それほどの量を織ることはできないだろうが、布にするための糸を選定すること位はできるだろう。

 まだまだ下地ができていないから、量産体制に持って行くには数年は掛かるだろうけどね。

 それでも、桑畑は新たに広げているらしいし、飼育小屋も来年にはもう1つ作る事を計画しているようだ。


「糸の太ささえ決めれば量産すると言う事ですね?」

「ええ、その方が楽ですし、手間も省けます。ですが、俺としては3つの王国が微妙に太さの異なる糸を要求してくるのではないかと思っています。それはそれで商品の多様化につながるでしょうから、俺達がその要求に応えることにやぶさかではありません」


 各大使達が小声で相談を始めたぞ。

 ミューちゃん達が小さなカップを運んで来たけど、ブランデーじゃないのか?

 運ばれたカップにちょっと口を付けると、間違いないな。外が寒いから丁度良いかもしれない。


「糸はすでに紡がれる状態と言う事ですね。早く決めればそれだけ多くを回して頂けると?」

「せっかくの共同事業です。あまり波風は立たぬようにお願いします」


「デリア町に職人を派遣して織機の基本は学ばせておりますから、それほど違いが出るとは思いませんが、夏前には何とかお知らせできるのではないかと……」

「それ位なら丁度良いですね。良い知らせを待ってますよ」


 3人の大使は、一旦自分達の住居に戻ると騎士を連れて包みを運び始めた。今日の内に出発するつもりなんだろう。クレーブルやトーレスティは南だから問題なさそうだが、トルニアは雪の峠を越えていくことになる。

 ミューちゃんにブランデーの小瓶をハーデリアさんに届けるように頼むと、暖炉の傍でコーヒーを楽しむことにした。


「いよいよ絹が出来るのじゃな」

「各国の技術が試されそうですね。試行錯誤を繰り返すと思いますよ。各国の織機に合わせた糸紡ぎは来年以降になるんじゃないでしょうか」


「とはいえ、糸を供給できる王国が我が国だけとは愉快な話じゃ。さすがにあの芋虫が材料だとは絹を羽織る人間は知らぬであろうな」

「王族とネコ族だけの秘密です。ミクトス村で糸を紡ぐおばさん達にはサナギを見ることが出来るでしょうが、それがどんな虫なのかまでは分かりませんし、蚕を盗まれたとしても育てることはできません」


 蚕が桑の葉を食べるのがミソなんだよな。桑畑を作らない限り安定した生産ができないと言う事になる。

 シルバニア王国の桑畑は北の村に少しだけだし、大規模な畑は隠匿村でひそかに栽培されている。

 周囲は羊やヤギの放牧地だからよそ者が入ることも無い。

 

 ところで、桑の実の酒は上手く行ったのかな?

 蒸留酒用に購入したワインたるに桑の実を潰して布越ししたジュースを入れれば良いんじゃないかと教えておいたんだけどね。

 あれは蒸留所の連中が試行してるはずだから、その内何とかなりそうな気もする。ダメなら2番搾りのブランデーに混ぜて色を付けてもおもしろそうだ。


・・・ ◇ ・・・

 

 アルデンヌ山脈の雪解けが始まると、アルデス砦は賑やかになって来る。

 春分の祈りをエミルダさんが聖堂で行い、神官達それに大勢の巡礼者達が見守りながら胸に手を合わせていた。

 そんな祈りが行われる場所は一面の雪原なんだよな。見ているだけで寒くなってきたが、祈りを捧げる人達には寒さなんて関係が無いように思える。

 この春分の祈りが終わると、巡礼者が続々とやって来るのだ。


「まだ雪が残っておるが、巡礼者達も大変じゃな」

「道路を整備した方が良いのかも知れません。街道は石畳ですが、街道から聖堂への道は険しい場所もありますからね」


 元は砦に至る道だったからな。あえて整備をしてなかったことも確かだ。戦の時代が終わって平和な時が続くのであれば、道の整備は施政者としては当然の事ではないだろうか。


「それも良いな。砦の下に作った関所も、今では休憩所になっておるし、住んでいた連中も今では王都じゃからな。機動歩兵達が宿坊と休憩所を経営しているようじゃぞ」

「やはり賃金が安いんでしょうか?」


 俺の問いにサディとマリアンさんが微笑んでいる。俺がまだ知らなかったのをおもしろがっているようだ。


「別に暮らしに困っての事ではありませんよ。下の関所はこの砦の出城とも言えますから分隊が常時駐屯しているようです。それで……」


 マリアンさんの話ではボランティアと言う事らしい。

 ちょっとしたお小遣いにはなるようだが、売り上げの大部分を教団に寄付しているとの事だ。


「道が悪いので、坂道を上る前の休憩場所としては打って付けということのようです。巡礼者は若い者達とは限りませんからね」


 どちらかというと、お年寄りの方が多いんじゃないか。そんな巡礼者が山道を登ってくることになる。ようやく開けたと思ったら、目の前に砦に向かう坂道が見えるんだな。なるほど休憩したくなる場所だ。

 

「教団には教育を任せてますからね。少しは便宜を図っても良いでしょう。それにシルバニア王国の国教でもあるわけですし」

「私も最初は驚いたのですが、話を聞いて納得しました。たまにミクトス村からお茶を仕入れて渡しております」


「そうなると、俺も少しは協力してあげたいですね。お茶に合ったお菓子なら良いでしょう」


 茶店なら団子だと思うな。

 交易船で米が手に入るし、砂糖と魚醤があるんだからアヤメ団子が作れるんじゃないか?

 従兵に材料の手配を頼めば、通信機で港から荷が届くのに10日は掛からないだろう。

 魔導士のお姉さん達は、今では良い歳の御夫人になってしまったけれど、この砦に半数近くが滞在してるんだよな。ちょっとした料理のレシピを増やせば子供達にも喜ばれるに違いない。


 10日後に荷馬車がやって来た。砦周辺の雪はすでに消えている。

 レイドルさんが自ら運んできてくれたようで、機動歩兵達が荷物を倉庫に運び入れている。

 

「見せて頂きましたよ。あれが布になったらと、御后様がため息をついていたと商人仲間が教えてくれました。試作した織機で機織りを始めたようですが、形になるのはもう少し掛かりそうですな」


 広間に招き入れて、ねぎらいの言葉を掛けた途端に先方から知りたかった情報を教えてくれた。たぶんそれを知らせたくてレイドルさんが自ら荷を運んで来たのだろう。


「織れても、商品として使えなければ意味がありません。無理せずにじっくりと進めてください」

 

 俺の言葉に頷きながらブランデーを飲んでいる。色の付いたブランデーは初めてらしく。少しずつ味を確かめるように飲んでいる。まだまだ供給量が少ないからな。


「気に入ったようですね。これはお土産にお持ちください」

「良いのですか! 昨年初めて頂いたお酒は透明感がありましたが、これは琥珀色ですね」


 そんな事で、熟成の話をすると目を輝かせている。まだ西の尾根のブドウ畑の収穫量が少ないからな。あれが一面に実ったら、北の砦にも蒸留所を作り事でザイラスさんと調整ができている。



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