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SA-203 繭ができた!


 アルデス砦の南の森が薄緑の若葉を日差しに輝かせるころ、隠匿村から蚕の飼育を始めたとの知らせが届いた。

 孵化した幼虫の数はかなりのものだと言っていたけど、どれ位の数になるのか見当も付かないらしい。

 200個と言っていたから、単純に半分が雌で卵を産めば、1匹当たり数百個として……数万個の卵ということになる。全てが孵化したわけではないだろうから半数としても2万匹と言う事になるだろうな。

 そう言えば、蚕の数え方は不思議な事に『頭』だとお祖母ちゃんが教えてくれたっけ。

 やはり、御蚕様に敬意を表しているのかもしれないから俺達もそう呼んであげよう。初めて聞いた時には驚いたけど、物の単位何て意外と何かのいわれを元にしている時があるようだ。

 さて、最後まで育てられるだろうか……。途中の収率も考えないといけないだろう。

 最初だから5千個辺りに目標を置けば良いかな?

 それでも糸繰の練習をするには十分だろうし、出来た絹糸を周辺王国に配って織機の改良を行う事はできそうだ。


 上手く行けば晩秋までに数回繭を手にすることも出来そうだから、ミクトス村は夏以降は忙しくなるな。きちんと繭の中のサナギを殺すことができたなら、冬場の定職に出来そうだぞ。


「それ程嬉しい知らせだったのか?」

「ええ、いよいよ蚕を育て始めたようです。20日ほど過ぎたら出掛けてみましょう。ですが、驚かないでくださいよ」


 あまり念を押すことも問題があるのかもしれない。サディが嬉しそうに頷いてるんだよな。

 ミューちゃんはお腹の子に影響があるかも知れないから、来年まで待って貰おう。だけど毛虫は嫌いじゃないと言ってたから、ラディさんの判断に任せようかな。マリアンさんは蚕棚を壊しかねないから遠慮して貰おう。


 問題は、蚕を育てて出荷した後にどうするのかが分らないことにある。

 最終的にはお湯の中で糸を取り出すことになるのだから、お湯に入れてサナギを殺そうと考えたんだがそれでいいのだろうか?

 他の手段も考えた方が良さそうだが……。焼く訳にはいかないんだよな。

 燻製? 乾燥……。

 燻製だと繭がくすんでしまいそうだ。となると乾燥と言う事になるが、お祖父ちゃんの家にあった乾燥小屋なら何とかなりそうだ。

 元々タバコの葉を乾燥させる目的だったらしいが、あの中で散々遊んだから、構造的なものは思い出せるぞ。


 小屋を作らなくても良いだろう。大きな箱に配管を通して、外で作った焚き火の煙を通せば、箱の中の気温が上がるはずだ。

 繭を棚に入れて、箱の中の位置を変えられるようにしておけば均一に熱を受けるはずだ。

 仕掛けのメモを作って大至急リーデルさんに作って貰おう。

 湯で殺す方法と、乾燥させて殺す方法の2つがあれば、比較して将来の大量生産を行う時に選択できるだろう。


・・・ ◇ ・・・


 蚕を飼育し始めたという知らせがあって20日ほど過ぎたころ、ラディさんが小さな木箱を持ってアルデス砦にやって来た。

 今日は、3王国の大使達は運河の閘門設備を見学に出掛けたから、広間にいるのは俺達だけだ。


「だいぶ育ってきましたぞ。とりあえず数頭持ってきましたが、陛下にあっては、初めての家畜になります」

「銀を越える物になるとバンターが言っておったが、外におるのか?」


 直ぐに席を立とうとしているのを、慌てて押し止めて座らせる。

 そんな俺の仕草を見てミューちゃんがキョトンとしているし、マリアンさんはそこまでしなくとも……、という表情で俺を見ている。


「ここにすでにいるんですよ。席を立たなくともだいじょうぶです。それと、驚かないでくださいよ。俺の祖母は御蚕様と尊敬して呼んでいたぐらいですからね」

「だいぶ、念を押すのう……。ということは、一見それ程の価値があるとは思えぬ品なのじゃな? しかもすでにこの広間にいると言う事は……、この箱の中におると!」


 ラディさんが頷くと、木箱をそっと開いた。

 3人がごくりと唾を飲み込みながら中を覗きこむと……、マリアンさんが直ぐに目をそらした。

 サディとミューちゃんはジッと箱の中を覗きこんでいる。


「綺麗な芋虫じゃな。ここで飼っても良いのではないか?」

「真っ白にゃ、でも少し模様が入ってるにゃ」


 そんな2人が話しているのも構わずに、俺は手を伸ばして1頭をつまんで手のひらに乗せてみる。


「ころころしとるな。たっぷりと葉を食べたのじゃろう。どんな蝶になるのか楽しみじゃ」

「これは、10日もしないでサナギになります。これ位になっていれば問題なさそうだ。エイリルさんも苦労してるんだろうね」


 そっと蚕を箱に戻す。

 大切に育てねばならないからな。ちょっとした俺の仕草で台無しになったら問題だ。


「推定では数万頭になるでしょう。2つの方法を教えて頂きましたが、両方とも試してみるそうです」

「お願いします。それと次の飼育に備えて300個は確保しといた方が良いでしょうね」


 俺に頭を下げると、箱を布で包んでラディさんは広間を出て行った。

 俺の言葉をサディ達が待っているように思えるな。ラディさんが広間から去ってから、俺の顔色をうかがっているのがわかる。


「今の芋虫が蚕だよ。絹はあの芋虫が作ってくれるんだ。だから大切に育てているはずだ」

「何じゃと。芋虫が絹を作れるはずがなかろうが!」


 そんなサディにゆっくりと蚕の話を聞かせてあげる。

 すでに家畜化した虫だから、人が育ってあげなければ生きられない事。食べる葉は唯一桑の葉であること……。


「すると、絹とは先ほどの虫の繭から作られるのか? 虫の繭などで絹ができるわけが無かろうに」

「それが家畜化された理由なんだろうね。本当にできるんだ。俺の住んでいた場所では農家の人達が大切に育ててたよ。御后様自らが蚕を育てた話も聞いたことがある位だ」

「あのころころした芋虫が本当に絹をつくるというのですね?」


 マリアンさんも疑ってるな。実際に糸を取り出さない限りは分かって貰えないかもしれないな。

 

「先ほどの芋虫を数万飼育しています。そうですね……、20日もすればどんな繭ができるかを見てください。繭から糸を取り出すのが少し面倒ですけど、原理はそれ程難しいものではありません」


 お湯の中に入れると糸が解れることを、最初に知ったのは誰なんだろう?

 そんな先人の技を知っているだけもカンニングしてるようなものだからな。やはり難しいのは孵化したての飼育と、いかにサナギを殺すかになりそうだな。


 一か月ほど過ぎたころ、ラディさんが再び広間を訪れた。

 今度は夕食後だったが、隠匿村の様子を聞きながらワインを酌み交わすのを、サディ達がお茶を飲みながら聞いている。


「そうそう、忘れるところでした。乾燥させる方が良いようです。湯で殺した方はカビが生えてしまいました」

「カビですか……。そうなると、一度蒸気で蒸して再び乾燥させた方が良いのかもしれません。少し繭を分けて実験してくれませんか?」


 俺の言葉に頷きながらラディさんが懐から布包みを取り出した。

 俺の目の前で包みを開くと……、現れたのは真っ白な数個の繭だった。

 直ぐにサディが繭を掴んで、3人に1個ずつ渡すと、しげしげと繭を見つめている。


「まるで透き通った感じがする光沢じゃな。母様が真珠を見せてくれたことがあったが、まるで同じ輝きじゃ」

「あの芋虫がこれを作ったのですか?」

「綺麗にゃ……でも、ちょっと毛羽だってるにゃ」


 ミューちゃんの言葉が一番適切な表現だな。それが絹糸の元なんだろうからね。


「卵をたくさん得ることが出来ましたから、2度目の飼育を行うつもりです」

「初夏だから、風通しを良くした方が良いだろうな。秋にもう1度出来たら今年は終わりになる。卵は少し寒いくらいのところで保管すれば来年まで持つと思いますよ」


 秋には最初の繭をミクトス村に運ぶと教えてくれた。そうなると、ミクトス村の村長にも場所と人手を確保して貰わねばなるまい。

 どんな糸が紡げるかは分からないけど、試行錯誤を何度か繰り返せば良いんじゃないかな。

 蚕さえ上手く育てられるなら、糸紡ぎから機織りは何とかなるのかもしれない。何といっても古くからの歴史がある織物だ。織機の仕組みは昔も今もそれ程変わらないだろう。


 隠匿村に蚕の世話を任せて、少し気になっている運河の工事現場を訪ねてみる。

 出掛けた先は、レーベル川から500mほど離れた最初の閘門設備だ。

 メモで教えただけだから、実際の大きさを自分の目で見ると、その大きさに驚かされる。


 レンガ程の石を積んで作った溝が東西に100mほど伸びている。溝は2列あるから、片方を修理している時でも船の運航ができる。

 可動式の水門が溝の南北に1個ずつ設けられている。その中の水面位置を変えることで運河の高低差を解決するのが目的だ。水門の修理用に水路を板壁で仕切れるように水門の入り口近くには溝が彫られている。


 問題は可動式の水門の強度だな。工学的な計算ができないからかなり頑丈に作らねばなるまい。それを開け閉めする装置も水圧が加わることを考えて頑丈なものになるはずだ。

 これと同じような閘門が3つほどできるらしい。今年はこの設備と1km程の掘削が終わったところで終了となるみたいだ。


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