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202/209

SA-202 もうすぐ春がやって来る


 今年の冬は、サディ達も外に行かずに砦の中でおとなしく過ごしている。

 ミューちゃんの事を思っての事だろう。意外と優しいところもあるからね。だけど、広間の天井から聞こえてくる足音は子供達と鬼ごっこでもしてるんだろうか? 相変わらず活発なところがあるな。

 マリアンさんもたまに天井を見上げては、ため息をついている。


 そんな広間で、隠匿村からやって来たエイリルさん達に、蚕の世話をするために必要なスノコを作って貰うためにメモを見せながら説明を始めた。


「こんな形の枠にスノコを張ってその上で育てることになる。浅いカゴのようなものでも良いと思う」

「ようするに、下に落ちないようにするのですな。最初はなるほど難しそうですね」


 孵化したばかりの幼虫は数mmも無いはずだ。直ぐに大きくなるだろうけど、幼虫と糞を上手く分離できるようにしないとな。


「自分であまり動けないというのも問題ですよ。これはかなり手数が必要になります」

「餌は桑しか食べない。最初は枝先の新芽だけを使って欲しい」


 最後は枝ごと切り取って与えることになるけど、それはかなり後になってからになる。


「朝と夕方で良いのですな? 雨に濡れた場合は一旦乾かすというのが面倒ですね」

「湿ってると病気になるかもしれないからね。とにかく手間が掛かることは間違いない。だけど俺の故郷では自分の家の一番上等の部屋を使って育ててたんだ」


 貴重な現金収入だからだろうな。俺に話を聞かせてくれたお婆ちゃんは、『御蚕様』と呼んでたぐらいだ。


 エイリルさん達が帰ったところで、マリアンさんがコーヒーを運んでくれた。

 一緒にパイプを楽しみながら飲むのが、冬の俺達のちょっとした贅沢になる。


「何とかなりそうなんですか?」

「こればっかりはやってみないと何とも言えません。でも、俺が住んでいた場所では農家の方達が産業に従事していましたから、やり方さえ間違えなければそれ程難しいものではないのかも知れません」


 全体を見たわけではないのが問題だな。この後の作業はテレビで何回か見ただけで、自分ではやっとこともない。果たして糸が紡げるか……。次の冬はミクトス村が忙しくなりそうだ。


「それでも何とかするのがバンター様です。女王陛下の暮らしは以前のカルディナ王国に及びませんが、庶民の暮らしは別の王国にいるようにも思えますよ」

 

 それだけ庶民の暮らしが良くなったと言う事なんだろうか?

 それなら、長くこの状態を維持しなければなるまい。維持だけではなくさらに上を目指さねば民衆の苦情も出てくるんじゃないかな?

 運河計画は新たな耕作地もできるし、トルニア王国へ至る街道までの荷役を大幅に削減することが可能だ。


 測量部隊はすでにレーデル川の船着場周辺を重点に測量を開始しているようだから、春になれば工事が開始できるだろう。

 それよりも、岩山が無いのが不便だな。レーデル川屈曲部にゴロゴロ転がっている岩を加工して船で運ぶ計画を変人集団が持ち出してきたが、それが尽きた場合を考えねばなるまい。


 大使達とのお茶会の席上で、石切り場の話をしたらトルニア王国のハーデリアさんがトルニア本国に大きな石切り場があると教えてくれた。


「クレーブルにもあるようですが、トルニア王国の石切り場は岩山を切り取っているのです。加工して搬送するのであれば我が王国の産業にも貢献できますわ」

「距離がかなりありますが、街道を進むのであればそれ程苦にならないでしょう。峠は厄介ですけどね」


 売ることができると言う事がわかるだけでもありがたい。

 閘門や、水門は石作りにしておかないと長期の使用が難しいからな。


「いよいよ始められますか……。出来れば我が国の職人を参加させたいものです。直ぐにとは行きませんが、将来的には我が王国にも運河を設けたい。その為には……」


 トーレスティのテノールさんの言葉に他の大使が頷いている。

 やはり、魅力を感じるのだろう。荷物の搬送と灌漑用水の2つが同時にできるからな。


「数人ずつ派遣してはどうじゃ? バンターも専任の職人集団があれば良いであろう。育成と工事が同時に出来るのじゃからな」

「それで行きますか。工事は工兵1個中隊を中心に、他の部隊を1個中隊。それに農閑期の農民と屯田兵を動員します」


 一部の王国には奴隷制が残っているようだが、シルバニア王国には存在しない。作業員に渡す給料は兵隊を使うなら安く済みそうだ。

 それでも、財政にインパクトがあるようなら、一時工事を中断することも視野の内だ。

 もっとも、絹糸の生産が始まれば国庫が潤うからな。それまでの辛抱になる。


「先ほど屯田兵が参加することを話していましたが、綿糸の供給は昨年通りとして頂けるのでしょうか? 織機の数も増えましたし、昨年はトルニア王国も綿織物の職場を作られたとか」

「作付面積は昨年より増えることになります。屯田兵の参加はあくまで農閑期に限定しますから、心配には及びません」


 トーレスティの大使がほっとした表情になる。あの町は織物産業が定着しつつあるようだ。

 来年には絹を織れる織機を作らねばならない。それによって糸の太さも決まって来るだろう。最初は綿糸よりも少し細い位のところで絹糸を紡ぎたいものだ。


「前に見せて頂いた陶器のカップは素晴らしいものでした。あのような品が交易で手に入るとは思いませんでした」

「東からの商人からなら手に入るでしょう。作られている場所は絹とさほど違いがありません」


「それです! バンター殿のところにカップを届けた商人はバンター殿が作り方を知っておられるかも知れぬと私に伝えて来ました。本当ですかな?」

「おおよそのことは知っています。ですが、今はその時期ではないと思っています。先ずは絹の生産を皆で試すことが大事です。来春には上手く行けばこのテーブルに絹糸を乗せることが出来るでしょう」


 俺の言葉に大使達が目を大きく開いた。

 いつの間に……、と思っているに違いない。それはシルバニアの秘密で良いんじゃないかな。


「となると、織機の制作と言う事でしょうか?」

「まだ早いと思いますよ。どれだけ作れるかもわかりません。とりあえず形になりそうですから、それを見ながら織機の工夫をする事になります。交易品として使い物になるには数年以上掛かるのではないでしょうか?」


 それでも手の届くところまで来ていると言う事が、分っただけでも嬉しいようだ。まだ見ぬ絹の話でその日のお茶会は終わってしまった。


「我等も糸繰機を作らねばなるまい。数台は必要になるのではないか?」

「糸繰機自体は綿用で十分だと思っています。ですが、鍋とコンロを準備しないといけませんね」


 繭はお湯の中に入れれば解れるのだ。それが分るまでは苦労しただろうな。

 それとは別に、繭のサナギを殺す方法は沸騰したお湯で良かったんだろうか?

 あまり長時間付けると糸が解れてしまうから頃合いが難しそうだな。

 長期間保管したら、蛾になって出てくるだろうし、そうなれば糸を取ることも出来なくなる。

 次の冬は忙しくなりそうだな。


・・・ ◇ ・・・

 

 アルデス砦の周囲の荒地の雪融けが始まり、少しずつ黒い土が姿を現す。

 10日もすれば、草の新芽が伸びてくるに違いない。

 サディ達は、薬草を摘む準備を始めているらしいが、カゴや根を掘る道具はマリアンさん達に任せてるんだよな。

 いったい何を毎日準備しているのか不思議に思ってしまうのだが、本人達には色々とあるらしい。


 隠匿村ではエイリルさん達が桑の芽吹きを待ち望んでいる事だろう。とはいえ、1か月は先になりそうだ。

 その前に、すでに始まった運河工事を一度見に出掛けた方が良いだろう。後々工事をする位ならと、最初から少し運河の幅を広げるようなことを言っていたから、ずっと気になってしょうがなかった。

 まさか5m程にして防衛用も兼ねるなんて考えてはいないと思うけど、当初予定していた横幅2mよりは広がっているはずだ。

 そこで問題になるのは閘門の強度になる。水密扉の面積に水圧が掛かることになるからね。

 閘門が必要な場所には2つの閘門を作れと言っておいたから、運河の横幅を広げることは閘門設備が大きくなることに繋がってしまう。

 大規模な水門を作れるかどうかが閘門の鍵になるのだ。


 その辺りの工夫は変人集団に期待したいところだが、そろそろネーミングを考えてあげないと気の毒だな。

 俺達だけでなく、一般の人からも『変人集団』と言われているのが気の毒になって来た。

 そんな思いで考えた名前は『アカデミー』だ。大学の上位に位置する学府と捉えよう。測量部隊と地図作りの連中もアカデミーの会員として登録すれば良い。

 シルバニア王国の実践的な学問の最高府として位置付けておけば、彼等の自尊心も満足できるに違いない。

 旧王都に彼らの拠点があるんだから、それらしい看板をザイラスさんに頼んでみようかな。


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