SA-201 新年の集まり
年が明けると、各部署の長官達が集まって来る。
1年熟成したブランデーを飲みながら今年の計画を話し合うためだ。
「……各部署ともに大きな問題は無さそうじゃな。それでは最後にバンターの計画を話して貰う」
「今年からシルバニアの将来が掛かる大きな事業を2つ始めますよ。1つは、南の船着場からアルテナム村を北に過ぎた場所までの運河作り。もう1つはいよいよ絹作りの始まりです。シルバニア王国の分担は絹糸を作るまで、そこまでの工程を確立しなければなりません。運河作りは西の長城が終わったことで兵士達を使う事が出来るでしょうし、絹糸作りの最初の工程はネコ族に頼んであります」
「また土木工事なのか? いっそのこと重装歩兵を工兵に転向させてはどうだ? 戦場での築城と守りを考えれば丁度良さそうだ」
ザイラスさんの提案は戦闘工兵と言う事になるんだろうか?
この世界にはそんな兵種は無いけれど、俺達の戦が防衛線に特化してることを考えれば中々使えるんじゃないか。
「オットー、何か意見があるか?」
「陛下の命であれば、我等に否はございません。そうなると……、我等の守備する砦はどうなるのでしょうか?」
サディの問いに答えたオットーさんは、シルバニアの防衛拠点である国境の砦がおろそかにならないかと心配しているようだ。
東のトルニア王国とは友好関係にあるし、東の尾根にはキューレさん達の部隊が展開している。砦には1個中隊も駐屯すれば十分だろう。それにトーレルさんの騎馬隊も傍にいることだしね。
西は少し厄介だけど、長城が作られたことで、重装歩兵よりは機動歩兵が守備を行うには適しているんじゃないか?
重装歩兵1個中隊と機動歩兵1個中隊が展開すれば十分だ。尾根の西に広がるワイン用のブドウ畑があるから、攻勢が知らされたならザイラスさんが急行するのは間違いなさそうだ。
そうなると、2個中隊は転向できそうだな。屯田兵の農閑期の仕事としても運河工事は適用できそうだし、石工達も水門作りを行って貰えそうだ。
「ザイラスさんに軍隊の編成を再度見直して貰いましょう。運河と言っても用水路の規模を大きくしたようなものですから、あまり構えずに工事ができると思います」
「そうなりますと、荒地を新たな耕作地とすることも出来そうです。工事に参加することで農民に土地を与えることも視野に入れて頂ければと……」
「それは織り込み済みじゃ。全くの荒地では開墾も大変じゃろうが、工事に参加することで日銭を稼ぎ、それで土地を手に入れれば良いであろう。2つの銀山でシルバニアは潤っておる。この機会に国土の開発を行わねば、銀が尽きた時には衰退することになる。新たな土地の縄張りと農民の参加はマクラムに任せるが、開墾が可能な土地の三分の一を対象にするのじゃ。将来的に、耕作地の需要はあるであろうからな」
サディの言葉にマクラムさんが頭を下げている。
確かに、将来的な需要は出てくるだろう。水さえあれば……、と嘆く農民もいるようだからね。
「問題は絹糸作りになるが、それはワシには無理じゃぞ!」
「ビルダーさんに係わって貰います。それが可能でなければ、シルバニアの将来は暗くなりますからね。俺の知る限りを教えますから、それを元に工夫してください」
「シルバニアの最高機密ですからね。じっくりとミクトスに仲間を作ってやってみるつもりです」
糸を取り出すだけなら、それほど難しくは無いと思う。均一な太さの糸を作るのが難しいところだ。
とはいえ、糸ができない限りは織機の改良ができない。筬の目が綿織物とは比較にならないほど細かくなるはずだからね。
「シルバニアが託した銀を使ってトーレスティの交易は活発になっておる。バンターの考案した新たな帆船と航海用具はトーレスティの船長の垂涎の的じゃ。株の配当金の使い道に困るほどじゃが、これは新たな事業の資金とすれば良い」
「蒸留所をもう一つ作ってはどうだ? かなりの注文が来ているように聞いているぞ」
ザイラスさんの提案に、皆が顔を向けたけどどう見ても疑わしい目をしている。俺とサディもそうだし、マリアンさんはため息をついていた。
「それも考えねばなるまい。北の村に合計5つの蒸留機を作っておるから、北の砦にも2つは必要であろう。王都用として使う分には問題あるまい」
「それはワシの方で作れば良いな。北の村に作った蒸留機と同じでよければ今年中には作れるぞ。ザイラス、ワインをたっぷりと集めておくのじゃ」
夫婦で喜んで頷いているのも問題があるな。
どちらかというと量産型のブランデーになりそうだ。熟成するまで待てるとは思えないんだよね。
「周辺王国との交易に問題は無いように思える。ならば、バンターの案に北の砦の蒸留所を追加することで構わぬな。ザイラスは色々と大変であろうが、よろしく頼むぞ」
サディの言葉に皆が頷くと、今年の計画会議は終了になる。
新たなブランデーのビンが運ばれ、俺達の前にはワインのカップが置かれた。
「それにしてもウォーラム王国がおとなしくなってしまったな」
「当初2つに分裂かと思いましたが、どうにか事を収めたようです」
トーレルさん達の言葉は、内乱を期待していたようにも思われるが、俺にとっては幸いだった。
下手に内乱が拡大しようものなら、西のカルメシア王国が鎮圧に乗り出しかねない。それで終われば良いのだがカルメシア王国自体は遊牧民が定住化したような王国だから、総人口がそれ程多くはないし、生活文化がまるで違うからな。新たな火種となって長くくすぶり続けることになっただろう。
「とはいえ、統治力は依然とは異なります。西の情勢は今後とも注意が必要ですよ」
「トーレル王国は東の部族に一当たりされたと聞きます。土塁が役に立ったと辺境の村人言っていたと行商人から聞きました」
「やはり、高い土塁は有効なんだろうね。トーレスティから西の長城に至る長い国境線は全て土塁や空堀が作られてはいるけど、敵の数が多ければ突破されてしまう」
「東より西に厚くですな。その辺りは十分にザイラス殿と意見を調整いたします」
ザイラスさんよりトーレルさんに期待した方が良さそうだな。
正規軍が3個大隊、屯田兵が2個中隊。それに山岳猟兵が2個小隊で、最後が忍者部隊が1個小隊。これがシルバニアの全軍になる。
周辺王国でさえも山岳猟兵と忍者部隊の存在は知ら無いようだ。たまにラディさんを砦で見掛けることはあるのだが、聖堂騎士団の偵察部隊と勘違いしているようにみえる。
堂々と広間にも出入りしてるから、かえって不審に思われないのかもしれないな。
ひとしきり酒が回ったところで、長官達は帰って行く。お土産にブランデーを1本持たせたのだが、テーブルに残ったブランデーのビンをザイラスさんが持ち帰ったのを見て、リーデルさんが渋い顔をしていたな。
色々と世話になってるから、後でこっそりもう1本渡してあげよう。
「さて、今年はいそがしくなりそうじゃ。明日は大使達との新年の挨拶になるぞ」
「各国に6本のブランデーを用意してあります。綿織物もかなり良いものが作られているようですから、交易に使えるのではないかと……」
「それで、あの茶器を使うのじゃな?」
「興味を持って貰えれば、新たな交易路の開拓に弾みがつくでしょう。利益が見込めるかどうかは新たな交易相手次第ですからね」
新たな交易路を探って得た成果は共有すべきだろう。各国ともに資金をだしてくれているからね。
昨年の航海で得た陶器は木箱1つ分ということだ。少しは各王国に分配されただろうけど、それを見る機会があったとは思えないな。意外とそのまま宝物庫にしまい込まれたかもしれない。
「バンターの欲した、蚕の繭が隠れてしまうの」
「上手く行けばそうなります。今年の交易船は何を運んで来るでしょうね」
向こうで直ぐに木箱に入れられたから、繭を見た者は限られているし、それから糸を紡ごうなんて俺が考えているとは思いも付かないだろう。
それよりも……。
「ミューちゃんのお腹が大きいように思えたけど?」
「秋には生まれると聞いたのじゃ。ティーゲルの良き遊び相手になってくれるじゃろう」
嬉しそうに話してくれたけど……。そうか、ミューちゃんもお母さんになるんだな。最初に出会った時には12、3歳だった気がするけど、あれからだいぶ時も経っている。
10年は過ぎたんだろうか? クリスだっていつの間にか駆け足で中庭を飛び回っているからな。
昔のマリアンさんの苦労が目に見えるようだけど、たまに建屋の回廊に置いてあるベンチに腰を下ろして、そんな姿を懐かしそうに眺めているんだよな。
昔の方が楽しかったのだろう。
サディも30近くなって、だいぶ落ち着いた感じがするからね。
とはいえ、いまだに見知らぬ世界に旅に出るのを楽しみにしているような気がするんだよね。
若い頃の希望だと高をくくっていたが、ひょっとして本当に出掛ける事になるのかもしれないな。
「今年でクリスも6歳じゃ。まだまだ我等が王国を率いねばなるまい」
「そう簡単に、王国の運営を任せることができる人材は育たないと思うけど?」
「その為の大学であり、王国間の同盟じゃな。新型の交易船はすでに結果を出しつつあるようじゃ。場合によっては、新型を越える交易船の設計を初めても良さそうに思えるのじゃが?」
若い頃の思いがぶれないのは良い事には違いないけど……、一国の女王としては問題かもしれないな。
だけど、その思いは俺達共通の物でもある。
そのためにも、シルバニア王国の骨格を丈夫にしておく必要があるだろう。