SA-020 痛いものは痛い
お茶を飲みながら、パイプを楽しめるのは嬉しい限りだ。
崖の上でもラディさん達がパイプを楽しんでいるのが分かる。かなりゆっくりしたペースで進んでいる隊列らしく、まだやって来たと言う知らせが来ない。
「戻ってしまったのではあるまいな?」
「それは無いでしょう。俺達と同じように途中で休憩してるんだと思いますよ」
王女様は俺が一時持っていたフルーレを腰に下げているが、石弓を持っているから敵に近付くことは無いはずだ。
いつも王女様に付いているマリアンさんも石弓を持ってはいるんだが、背中のマントの下にはあのフライパンがベルトに差してある。
俺とザイラスさんは腰の剣以外に槍を持っている。
短い手槍だけど、いざとなれば投槍としても使えるから、結構気に入っている。
「しかし、遅いな。どうなってるんだ?」
ザイラスさんがそんな呟きを漏らした時、崖の上からネコ族の少年が街道の西を指差して俺達にやって来たことを教えてくれた。
「全く、待たせおって……。皆、襲撃の準備じゃ!」
焚き火はすでに小さなものになっているけど、暖を取っていた者達が急いで自分の配置場所へと得物を持って駆けていく。
石弓を持った者は弦を引いてボルトをセットしているし、弓兵達の準備も出来ているようだ。
「弓兵と魔導士を先に片付けてください。残りはザイラスさん達に任せれば十分です」
「確かに。王女様、後ろで応援を頼みましたぞ!」
槍を引っ提げて街道の左手に移動する。
2段の阻止用具を突破するとしたら、阻止用具の左右を通らねばならないからな。騎士がいると言っても、突破されたら後ろは女性ばかり。ここは頑張りどころだと思うぞ。
耳を澄ませると、車輪の音が段々と近付いて来たのが分かる。それに兵隊達の足音が混じって聞こえた時、敵の輸送部隊が俺達の前に現れた。
「放て!」
間髪入れずに、王女様の甲高い声が聞えた時。火炎弾とボルトが敵兵に向かって行く。
火炎弾の炸裂をものともせずに抜刀した兵士が俺達に迫る。
前列の作る槍衾を掻い潜ると、阻止用具を飛び越えて騎士の目の前に着地する。長剣が騎士の首を捉える前に、後列から石弓で放たれるボルトを胸に受け、その場に倒れた。
「後列、槍を棄て抜刀せよ! 相手は傭兵だ。騎士並みの動きをするぞ」
ザイラスさんの叫びに、10人程が槍を投げ捨てると長剣を引き抜いた。
槍を持つ騎士達も阻止用具から少し距離を取っている。
だけど、とんでもない身体能力だな。阻止用具を飛び越えて斬り込んでくる。オリンピックに出られるんじゃないか?
ザイラスさん達が壁を作ってくれるから俺達の方に敵兵は回ってこない。
弓兵達が安心して狙いを付けて矢を放っているし、魔導士も敵の突撃を火炎弾の一斉攻撃で跳ね返してくれている。
「中々手強いぞ。今日に限ってラディ達の攻撃が無いようじゃが?」
「数人は上にいますよ。敵兵の後列を攻撃しているようです。隠れて石弓を使ってますから敵には気付かれないでしょうね」
ラディさんには狙撃を頼んでいる。
腹いせに奴隷や捕虜を殺そうなんて考える奴が出て来ないとも限らない。荷車に近い連中から倒してくれてる筈だ。一緒に行動している魔導士達がたまに街道に火炎弾を放っている。
がさがさと街道の崖下から藪を駆ける音がする。
革ヨロイ姿で片手剣を口に咥えた傭兵が、ヒョイと街道の端に両手を掛けて上半身を覗かせた。
両腕に力を入れたところを槍で突き返えす。
「ほう、街道の左手は鬼門じゃな。マリアンそちらを頼むぞ」
俺の動きを見て王女様が指示を出している。
騎士が投げ出した槍を拾うと、マリアンさんが俺の後ろに移動してきたぞ。
ちょっとプレッシャーになるけど、危なくなったら助けてくれるかも知れない。
阻止用具の近辺はザイラスさん達と傭兵の戦いが激しく、俺がのこのこ出て行く雰囲気ではない。
長剣を互いに叩き付け、相手の僅かな隙を狙って長剣を突き差している。
槍で相手を牽制できるだけ俺達が有利のようだ。
「来ますよ!」
マリアンさんの声に街道の左手を見ると、数人の傭兵が崖をよじ登っている。
槍で突くには距離がありすぎるから、思わず投げてしまった。
槍は狙い違わず傭兵の腹に突き刺さったが、そのまま崖下に落ちてしまったから槍が無くなったぞ。
街道に上がって長剣を振りかざす姿に、腰の刀を抜いて肩に担ぐ。
右手に移動した魔導士のお姉さん達が、俺達に迫って来る傭兵に火炎弾を放ったところへ飛び込むと刀を振り下ろした。
ズン……、そんな感触が刀を握った両手に伝わる。直ぐに刀を返して下から次の傭兵に振り上げると傭兵の片手が宙に舞った。
「エイ!」 という掛け声の後にゴン!という音が聞こえてきたのはマリアンさんの振るったフライパンに違いない。あれが武器とは思えないんだが、マリアンさんが振るうと敵兵の頸骨を簡単に折れるようだ。
勇ましい声が後ろから聞こえてきた。王女様がフルーレで長剣と渡り合っているけど、だんだんと追い詰められている。
刀を振りかざして、大声を上げて間に割って入ると、俺目掛けて長剣が振り下ろされてきた。直線的な動きは軸足を換えて半身になることで容易にかわせる。相手が振り下ろした腕に刀を叩き付ける。
ズン! という音は、俺が傭兵の両腕を斬った音なんだろうか? それとも王女様が突き出したフルーレが相手の心臓をえぐる音なんだろうか?
まあ、とりあえずは片付いたぞ。
王女様と軽くハイタッチをして、前に移動する。刀を戻して、騎士の投げ捨てた短い槍を持って街道の左手を眺めた。
「西から火炎弾の炸裂音が聞えるようになったのう」
「トーレルさん達が追い上げてきたようです。火炎弾は崖の上からでしょう。大詰めですからもう少し頑張らないといけません」
「何の、すでに2人倒しておる。バンターに1人は助けられたがのう」
「まるでダンスをするような動きですね。あのような長剣の扱いは見るのも楽しみです」
マリアンさんは好意的だけど、命が掛かってるからね。昔の剣道というよりチャンバラ映画の動きだぞ。
「トーレルが見えてきたぞ。もう少しだ!」
ザイラスさんの鼓舞する大声が、剣戟の中から聞こえて来る。
ふと、違和感を覚えて後ろを見た時だ。2人の男が槍を手に後方から走って来る。
すでに距離は10mもない。
狙いは王女なのが直ぐに分かったから、飛び込むように間に入って槍を斬り上げる。
そこを王女様がフルーレで腹を一突き。だが、、もう一人の男の槍は間に入った俺の腹に突き刺さった。
腹に焼け火箸を押し付けられたような激痛が走って、俺の意識が離れていく。
・・・ ◇ ・・・
ふと、気が付いて周囲を眺めると、どうやら砦の俺が普段寝ている部屋だった。起き上がろうとすると腹に痛みが走る。上半身は裸で腹に布がグルグル巻いてある。
痛むお腹を押さえてシャツを羽織り、広間によろよろと歩いて行く。あの戦の結末を確認せねばなるまい。
広間の扉を開くと、皆が一斉に俺を見た。
よろよろ歩いて自分の席に向かおうとする俺に、魔導士のお姉さんが肩を貸してくれる。ちょっとした役得に、嬉しくなってしまうのが悲しいな。
いつもの席に着かせてもらいお姉さんにお礼を言うと、ニコリと微笑んで頷いてくれた。
「バンター、起き出してだいじょうぶなのか? 全く心配かけおって……」
ザイラスさんも心配してくれてはいるようだが、最後のぼそぼそした言葉は俺に対する小言なんだろうな。
「槍を腹に受けたことは覚えてるんですが……。まだ動くと痛いですね」
「傷の深さは爪1つ分と聞いたぞ。全く驚かせおって!」
それでも痛いものは痛いんだぞ。
だが、あれだけの突きを受けて、それ位で済んだという事は剣道の胴を模して作って貰った防具はかなり有効なんじゃないか?
「前の矢を受けた時の修理で、裏に鎖帷子を2重に仕込んだのが良かったようじゃな。また修理せねばならんが、歩兵用に数を揃えても良さそうじゃ。それは我らに任せておけば良い」
ドワーフのじいさんは機嫌が良い。俺で実験してるなんてことはないだろうな。
「まあ、それ位で良いでしょう。私を棄てて王女を守ることは、騎士でさえ咄嗟には難しいです。騎士の鏡として賞賛されるべきであり、浅手を受けて気を失う事には目をつぶってあげるのが我々騎士ではありませんか?」
トーレルさんの言葉は俺を非難してるのか賞賛してるのか微妙だな。
「俺の事は終わった事ですし、少し経てば治るでしょう。それで、結果が知りたいのですが?」
「45人を救出したぞ。その内25人は女子供じゃ。全くとんでもない連中じゃな」
「傭兵は何とかしたが、10人以上は南の森に逃げてしまった。俺達の存在が分かったかも知れん」
俺を肴に騒いでいた連中が、ザイラスさんの言葉で静かになった。
だが、いつかは分かる事だ。それ程気にすることも無いだろう。
「兵隊崩れが山賊をしているという事までが相手が知り得た情報です。烽火台の見張り所、この砦、廃村……、それらは知るすべも無いでしょう。精々今までより警備を強化すると言ったところですが、彼らには強化するための手駒がありません」
「しばらくは、同じような襲撃が出来ると言うことか?」
「相手国の上層部がこの状態を知るまでは問題はありません。ですが、その国としても余力は無いはずなんです」
周辺諸国は王国制を敷いている。それ程大きな国は無く、群雄割拠という感じに見える。動員できる戦力も精々が3個大隊。2、3千人程度だろう。その人員を主要な街道にある砦に駐屯させている。
常に、三すくみ状態のはずだ。これが動くとなれば王国間の同盟という事が必要だ。それによって、国境を警備する兵士を削減できる。とはいえ、全く無くすことは出来ないだろうな。
「国境警備の兵士を集めて、王国内から兵士を徴用すれば、2個大隊は作れるでしょう。それがこの王国に攻め入ったと考えられます。
この場合、早期にこの王国内の主要砦に兵を置き、残りの兵を本国に引き上げないと、同盟国がいつ反旗を翻さないとも限りません」
「本国にも余剰の兵は無いという事か……」
「王国から搾取した財宝で傭兵団を雇うという事で対応する事になるのでしょうが、俺達がここでピンハネしてますからね」
「そう言えばだいぶ溜まったな。おかげで商人達もいう事を聞いてくれる」
俺達の組織が大きくなれば、専門の部署を考える必要も出て来るな。
新たな砦には、そんな人材を常駐させたいものだ。