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SA-199 毛虫は可愛いぞ


 今年の成果は、何といってもシルバミア大学の設立だろう。

 3つの王国から3人ずつの教師を出して貰い、学長には元神皇国の神官であるハイデルンさんをエミルダさんの推薦でお願いすることになった。

 とはいえ、トルニア王国の王族に連なる人物なんだけど話をしてみると穏やかな人物であることが分ったし、かなりの学識を持っている。


「将来のシルバニアを託せる人物を育てて頂きたい」

「中々難しい依頼になりますな。国王を助ける人物ではなく、王国を託せると言われるのか……」

「王国は王族だけのものではないはずです。そこに暮らす人々がいて、初めて王国となり得ると考える次第。国王を助けるだけの人物ではなく、国民の暮らしを思い悩む人物に育て上げて頂きたい」


 初めて会った時の会話はそんな感じだったが、俺の言葉を頷きながら聞いてくれた。少しは教団の教義にも沿っているのだろうが、教団と分離した形で大学を運営することを約束してくれた。

 とは言っても、清貧であることを教えるために学生としての服装は修道服を着用させるとの事だ。

 学生服みたいなものだし、貧富の差も目立たなくなるから良いんじゃないか。


 ヨーテルンに作られた、シルバニア王立大学という名前なんだが、校舎は昔俺達が屯所にしていた倉庫で始められることになった。

 学生数は30人の予定だったが、3つの王国から5人ずつの留学生が出る始末だ。国王達がおもしろがってる気がしてならないな。

 5年間の衣食住は全て国庫から出させる。長屋のような建屋を利用して個室まで準備しているから、十数人の女性の学生も問題があるまい。

 近所のおばさん達がアルバイトで食事を作ってくれるそうだから、ヨーテルンの就職先もそれなりに出来たみたいだ。

 

 入学式に招かれてサディ達と出掛けてみたが、思春期を迎えた若者達の表情が眩しく見える。

 正に大志を抱く目をしていたな。

 

「10年は見なければなるまい。あの者達が将来のシルバニアを作り上げるのじゃな」

「サディの片腕になってね。良い王国になるんじゃないかな」

「希望が入っとるぞ! 我とは言わんが、バンターの意を汲めれば良いと思う」


 そのためにあの変人集団がいるんだけどね。

 彼らの監督ができれば良いのかもしれないな。意外と使える連中だから各部署の課題何かを個別に担当させても良いのかもしれない。

 特定の部署には入らずに、課題対応を専門に行う部署として将来は持って行けるんじゃないか?


 陽気が良くなってきたから、家族総出で牧場にピクニックに出掛けることが多くなってきた。

 カナトルの引く小さな荷車に子供達を乗せて、俺達は歩いて出掛ける。

 遠くに羊やヤギが草を食む光景を眺めながら、のんびりと昼食を取れるのも平和になったからなのだろう。

 2年前の飢饉騒ぎが嘘のようだ。今年も豊作の予想をする者が早々と出て来てるのもおもしろい。


「平和じゃな……」

 牧草地で草花をミューちゃんと一緒に摘んでいるクリス達を眺めながら、サディが呟いた。

「こんな世の中をずっと続けなければなりません。陛下としての仕事は重いものがありますが、皆で背負えばそれも軽くなります」

「そうじゃな……。我はあまり担いでおる気がせんぞ。バンター達が担いでくれておる」


 マリアンさんが目頭をあつくしたのか、ハンカチを取り出している。マリアンさんの苦労がようやく報われつつあると言う事かな?

 いつも、ハラハラしてサディの後始末をしていたに違いない。


「それにしても、船長達は苦労しておるようじゃ。今年も知らせが無ければ、やはり我等が出掛けねばなるまい」

「一応準備は出来てるんですけどね。もっとも、今年手に入れても始めるのは来春になるんですけどね」


 俺の話に興味を持ったのか、小さなコンロで作ったコーヒーをカップに入れて俺に勧めてくれながら、マリアンさんが疑問を告げてきた。


「私には未だに何のことやらわかりません。バンター殿は一体何を始めようとしているのですか?」

「家畜の飼育ですよ。新たな家畜の世話をネコ族に託します。通常の税は2割ですが、それを超えても良いでしょう。ですが、飼育についてはネコ族の独占とします」


「ほう……。やはり、飼育は難しいという事か?」

「俺にでも育てられましたから、数匹なら何とでもなります。ですが、数万を超えるとなると問題もでるはずです。その飼育を何とか軌道に乗せて貰う事が独占に対する条件になります」


 たぶん混乱してるに違いない。

 目の前の羊が多くなったと言ってもまだ数百頭位だからな。数万、いや10万を超える蚕の飼育はサディ達には想像も出来ないだろう。


「この牧場に数万は多すぎると思うのですが……」

「家畜を飼う現場をお見せすることはできないでしょうが、数匹を持ってくることは可能です。その時にお見せしますよ。たぶん想像すら出来ない家畜だと思います」


 長い年月で改良されて家畜化された昆虫は蚕位だろう。今では人の手でなければ育つことも出来ないらしい。

 サディ達はどんな獣か悩んでいるようだけど、絶対に無理だと思うな。それでもウサギの仲間じゃないかなんて、勝手に想像してるのがおもしろい。


 普段は乳母のレイザン達が子供達の面倒を見てくれるのだが、今日ばかりは二親とマリアンさんにミューちゃんだからな。

 普段は厳しく躾けられているのも知れないから、1日位は服が汚れることなど多めに見よう。レイザンさん達も砦でゆっくりと過ごしているに違いない。


「父様! こんなに大きな毛虫がいたよ」

「ほう、凄いな。だけど父さんはもっと大きなものも見たことがあるぞ。その内、見せてあげるからね」

「きっとだよ!」


 大きな毛虫は小指程もあったけど蚕はもっと大きくなる。サディはしょうがない奴という感じでクリスを見ていたけど、マリアンさんの顔は青ざめてるぞ。

 そう言えば、虫は嫌いだと言ってたな。ミューちゃんは、ティーゲルと一緒に大きな奴を探してるぐらいだから大丈夫みたいだな。


 午後になって牧場を涼しげな風が吹き始めたところで、帰り支度を始める。

 あまり遅くまで遊んでると、レイザンさん達が心配しないとも限らない。それにここからのんびり歩いて帰ると結構時間が掛かりそうだ。


 子供達をカナトルの引く荷馬車に乗せると、砦に向かって歩き始める。

 遠くに見えるアルデス砦は本当にきれいだな。

 皆は夕焼けに映える姿が一番だと言ってるけど、いつ見ても絵になる感じだ。トルニア王国の画家までもが、ふもとのアルテナム村に長期滞在して描いているのも理解出来る。

 そんな画家達が、毎晩酒場で談笑しているとラディさんが教えてくれた。

 

「いつ見てもアルデス砦は綺麗だね」

「そうじゃな……。残念ながら我はクレーブル王宮と、昔のカルディナ王宮を知るのみじゃ。内装は確かに華美ではあったが、自然と調和した光景は我が砦が一番じゃ。それに、絵画も段々と増えておる」


 サディ達が絵を描いてるのは砦を飾るためだったのか? それなら、他にも方法があっただろうに……。だけど、どこの宮殿だろうとも女王陛下自ら描いた絵画を飾っているところは無いだろうな。

 ある意味、凄いお城って事になるんだろうね。


 秋の取入れが終わり、予想通りの豊作と、あれほど時間が掛かった西の長城の完成が報告されてきた。

 各部署の長官を集めて労をねぎらいながら、昨年作った蒸留酒のタルの1つを開けて皆に振る舞う。

 最初に配った時には水のような透明な酒が、ほんのりと琥珀色に変わっているのはブランデーの熟成が進んだおかげなんだろう。

 わざわざ作らせたガラスの器に入れて、広間に集まった皆にミューちゃん達が配り終えると、ザイラスさん達が思わずごくりと唾を飲む音がした。


「もう少し熟成した方が良いのかも知れませんが、先ずは味わってみましょう」

「シルバニアの発展と皆の努力に乾杯じゃ!」


 サディの言葉に皆がグラスを掲げて一口飲んで、その風味に驚いている。

 俺には強い酒の良し悪しは分らないけど、蒸留したてよりも香りが良いし、とげとげしい感じが無くなったことは分かるぞ。


「美味い! お代わりは出来るのか?」

 ミューちゃんが、ガラスのビンを持ってきてリーダスさんとザイラスさんの前に置いた。2人が周囲の開いたグラスに注ぎ終えると、自分のグラスになみなみと注いでいる。帰りに1本ずつ持たせないと後が怖そうだ。


「しかし、これほどの酒ができるとは思いませんでした。交易で手に入れる酒に似ておりますがここまでコクがありません」


 トーレルさんはちびちびと飲みながら感想を言うと、周囲の連中が頷いている。飲んだことがある者もいるみたいだな。


「給与は半額で良い。毎月、これを2本じゃ!」

「俺もそれで良いぞ。だが、これだけの品だ。いったいいくらになるんだ?」


「今、これを作るために使った資材と人件費を清算しています。たぶん銀貨数枚以上にはなるんじゃないかと……」


 俺の言葉を聞いてため息をつく者達が多いと言う事は高すぎると言う事になるんだろうな。その為に2番搾りを考えたんだけどね。


「まぁ、たまには良いであろう。皆にも帰りには1本ずつ持たせようぞ。毎年の恒例とすれば良い」


 サディの言葉に目を輝かせてるのも困ったものだ。


「だが、新たな産業ができたことに変わりない。これが西の尾根に作ったブドウ畑の理由なら、十分に引き合うぞ」

「そうなりますと、各国に数本ずつ贈りたいですな。直ぐにも注文が殺到すること間違いありません」

 

 ビルダーさんは商人だからな。その辺りの考えはしっかりしている。


「よろしくお願いします。これもある意味加工交易と言う事になるでしょう。西のブドウ畑が軌道に乗るまでは他国からワインを購入することになります」

「シルバニアの全ての民に黒パンを食べさせねばならん。穀物の取引を終えた後に行うのじゃぞ」


 ソバやジャガイモのような作物を合わせたならシルバニア王国はどうにか自給できるまでになってきている。

 用水路の整備や、今後行う運河が上手く行けばシルバニア南部は豊かな穀倉地帯に変わるだろう。

 だが、それまでは他国からライ麦や小麦を輸入せねばならないのだ。



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