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SA-196 北の蒸留所


 上手く行けば、今年の秋には蚕の繭が手に入りそうだ。ダメなら来年も引き続き探して貰おう。

まだまだ子供達は小さいからな。俺達が出掛けることは10年近くはできないに違いない。

 その間は、内政と新たな産業に力を入れれば良いだろう。

 アイデアを形にできる職人がいることも助かる話だ。今のところは財政にも問題が無いし、今年は昨年と違って豊作になるらしい。


 そうは言っても、西のウォーラム王国では昨年の凶作による飢餓が進んでいるようだ。

 新たなアルデンヌ聖堂騎士団は、どこの町や村に行っても歓迎されているようだ。それを苦々しく思ったのか、ウォーラム王都の周辺の村には王都の食料庫を開放して施しをしているようだ。

 かなりの食料を備蓄していたようだな。最初から解放してあげれば被害が少なくて済んだものを……。


「聖堂騎士団の活躍はまだまだ続くことになりそうじゃな」

「今年の穀物の収穫量にもよるでしょう。農村からだいぶ人と穀物を徴収したようです。荒地の畑がかなり見受けられると団員が話してくれました」


 たぶん今年も、厳しい冬を過ごすことになるのだろう。

 出来ればカルメシア王国が併合してくれた方が領民にとっては幸せになるかもしれない。冬の蜂起で亡くなった者達は数万近くに及んだとの話だ。話半分として聞いても2万になるのだから、施政者失格といっても過言ではないだろう。


「今年も、やらねばなるまいな……」

「ですね。それも長く見ればシルバニア王国の平和に寄与することになります」


 恩を売っておくと言う事で、皆には納得して貰おう。場合によっては教義を持ち出す事もできるはずだ。

 困った時に助けられたことを、ウォーラム王国の民が覚えていてくれるなら、この国にとって悪い事になるわけが無い。


「それで、船長達との話はうまく行ったのじゃな?」

「一応、探しているものは教えました。早ければ今年の秋、いつまでも待つつもりです。10年ほど経っても手に入らなければ、直に出掛けることになりますね」

「その時は我等も一緒じゃ。どんな世界なのじゃろうな……」


 お茶のカップを見ているようだが、その蒼い瞳に写るのはどんな風景なんだろう?

 テレビで見た東南アジアの紀行が俺の脳裏には甦るんだけどね。


 収穫の秋になっても、クレーブルから望んだ品は届かなかった。

 まぁ、最初から見つかるとは思ってもいないし、持ち出すのが難しい状況もあり得るだろう。来年の秋に期待することにしよう。


 少しがっかりしている俺のところに、リーデルさんがやって来るとの知らせが入った。

 あれが出来たんだな。丁度良い暇つぶしが出来そうだ。


「依頼の品が出来たぞ。これで美味い酒が飲めると思うと、作るにも身が入るな」


 リーデルさんがずかずかと広間に入って来て、テーブル越しにドカリと座る。ミューちゃんが直ぐにワインのカップを運んで来た。

 早速、美味そうに飲み始めたぞ。


「直ぐというわけにはいきませんよ。次は北の村にこれを運んでネコ族の人達に使い方を教えないといけません」

「後でワインを1タルで良いぞ。ワシはあまり欲はかかん」


 十分に欲をかいていると思うのは俺だけかな?

 それでも、ちゃんと送り届けると言ったら喜んで帰って行った。

 そうなると、ワインを2タル手に入れなければならないな。それに、小さなタルも必要だろう。これはミクトス村に頼めば良い。


 初冬を迎えた頃に、ラディさんが周辺の王国の状況をまとめて報告してくれた。

 しばらく連絡が無かったのは、それだけ周辺の王国に変化が無かったとも言える。要するに平和って事なんだろうな。


「トーレスティとクレーブルは、我がシルバニアと上手く協力し合っているように思えます。綿織物の原料と製品化、それに交易が上手く機能しているためでしょう。3王国の商人達の表情に曇りはありませんでした」

「働く場がそれだけ出きれば、収入を得る者も増える。購買力が増えれば商品は売れるからね」


 商人の天下と言う事になるんだろうな。商才があれば直ぐに大商人の仲間入りも可能と言う事なんだろう。


「トルニア王国については、兵力の半分を東の柵に展開しております。現在も土塁工事が続いていますが、数年は掛かるのではないでしょうか?」

「東からの侵入がトルニア王国が一番恐れている事だろう。馬を止めれば勝機は出てくるから、柵ができるまでは安心できないだろうな」


 俺達のシルバニアだって西に長城を作っている位だ。ヨーレムの鎖国政策を4つの王国が、大きな形で行っていると考えれば良いだろう。


「引き続きウォーラム王国の様子を探ってください。場合によってはカルメシア王国も探って欲しいんですが、これはラディさん達の安全が確保できればの話です」

「すでに数回様子を見に行っています。今のところは変化がありません。商人達の持ち込んだ商品を言い値で買い取ってくれるほどです」


 昨年の飢餓を乗り越えたと言う事なんだろうか?

 あれだけ雨が降らなければ、放牧する場所を見付けることも困難だと思うが……。待てよ、ひょっとしてカルメシアの更に西の地の天候は平年通りと言う事だったのかもしれないな。

 トルニア王国からカルメシア王国までには4つの王国があるのだ。1つの王国が東西に100から200kmんだから、干ばつが限定的だった可能性もなくは無い。

 それなら早急に長城を作る事もないのだが、あくまで推定だからな。ここは悪い方向に考えておこう。将来を考えれば決して無駄にはならないはずだ。


 ラディさんが帰ると、1人ぽつんと広間に残りテーブルの地図を眺める。

 すでに地図は新たな測量結果をもとに、シルバニア、クレーブルそれにトーレスティ王国が描かれており、用水路や水車の位置まで描きこまれていた。これ以上施設等が増えると記号化しなければならなくなりそうだ。地図の大きさは2m四方もある大きなものだが、専用のスケールを作って貰ったから、地図上での距離は簡単にわかる。


 今考えているのは運河という荷物の移動手段だ。レーデル川から東の砦付近にまで伸ばせばアルテナム村は交易の要になるだろう。クレーブルとトーレスティを結ぶ運河もおもしろそうだ。上手く港近くまで伸ばす事が出来れば荷物の運搬が荷馬車で運ぶよりも格段に速く、大量に行う事が出来るだろう。


 もっとも、俺達の時代に完成するとは思えないから、運河建設のルートと課題を整理して、解決策を考えておけば良いだろう。

 大工事になるからな。それが出来るような平和な世界になって欲しいものだ。


 新たな地図を取り出して、シルバニア王国内の運河計画を考える。

 レーデル川の支流のレデン川を利用するとアルデス砦近くまで伸ばせそうだ。将来のネコ族の村とミクトス村を考えると、かなり北に伸ばしても良さそうな気もするな。旧来の街道と運河を組み合わせれば運送が格段に容易になるだろう。その成果を確認してからでも、3王国の工事は遅くはないだろう。


「何をしておるのじゃ?」

「これかい? 運河を作れないかと思ってね」

「運河?」


 どうやら、サディは運河を知らないようだな。

 一緒に広間に入ってきた、ミューちゃんとマリアンさんも首を傾げている。

 メモ用紙を用意して、3人に簡単な運河の姿を描きながら説明してあげた。


「小舟で荷を運ぶというのか? 荷馬車で運ぶ方法があるのに、あえてそんな水路を作る意味がわからん」

「大量に荷を運ぶことができるし、水路の水を使って灌漑もできるよ」


 待てよ、レーデル川の渡し場に使っている船を改良すれば、クレーブル側から荷を積んでそのまま北上できそうだな。

 レーデル川を横切れる船を作ればかなり役立ちそうだぞ。


 アルデス山脈の根雪が段々と麓に下りてくるころ、北の村に蒸留機を移動してあらかじめ作っておいた小屋に据え付けた。

 温度計が無いのが問題なんだが、ワインを直接加熱するのではなく、ワインを入れた銅製のフラスコを大きな五右衛門風呂のような釜のお湯で加熱する。これなら、フラスコ内が100度以下に抑えられるだろう。


 フラスコから伸びる長いパイプの一部には常に濡れているように水オケを設けてある。

 パイプの末端は下に曲げてあるから、漏斗ロウトを通して小さなタルに入れられるようになっている。この世界にはバルブが無いからパイプから流れ出る蒸留酒は木の栓で塞ぐことになる。


「だいぶ凝ったつくりですね」

「明日にでも試してみるよ。ワインは1タル届いてるよね?」

「2タル届いてますよ。それと砂糖が1袋です」


 さて明日が楽しみになってきた。

 上手く蒸留酒ができれば良いんだけどね。


 翌日、朝早くから蒸留機にワインを1タル入れて、ゆっくりとフラスコを浸けた釜を沸かし始めた。

 2時間も過ぎるとアルコールの匂いが小屋の中に漂い始める。

 フラスコの上部に突き出た長いパイプの先から、ポタリポタリとしずくが落ち始め、段々と小さな流れに変わってくる。

 


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