SA-194 港での出来事
お揃いの黒いシャツに白い乗馬パンツと黒のブーツ。顔は覆面で額に騎士団のバッチが輝いている。長剣を下げて黒のマントを翻した姿は……、まるでコスプレ集団だな。
それでも全員がにやけた顔をしているのが分かる。
そんなにやりたいんだろうか? マリアンさんが男の子の憧れだと話してくれたけど、そんな昔話をとっくに卒業した年齢なんだよな。
それに三分の一位女子まで混じってるのが問題でもある。将来はジルさんのような女性になってしまうのだろうか? ちょっと心配になってきたぞ。
「アルデンヌ聖堂騎士団の務めは教義の実践と正義を守ることにある。我等正義の騎士団であることを忘れるでないぞ!」
サディの激励に、感動して涙する者までいる始末だ。
それでも15台の荷馬車を引いてアルテナム村を出発していった。
だいじょうぶだろうか? 何となく後ろを隠れて付いて行きたい気分だ。
「私の配下が3人付いております。状況は順次入ってきますから安心してください」
俺の表情を見たんだろう、笑顔でラディさんが励ましてくれる。
「一応、西の関所にザイラス達がおるのじゃ。何かあれば夫婦で1個大隊を率いていくじゃろう」
サディの答えは慰めにもならないぞ。そうなったら前面戦争になりそうな気がする。
とはいえ出発したのだ。後は騎士団の旗の下に正義を実践して貰おう。
「それで、我等はこのままクレーブルに出掛けるのじゃな?」
「ええ、新たに交易船の船長に頼みがありますから……」
桑がしっかりと根付いたようだ。今年も青々と葉を付けている。
新たに桑の苗を手に入れると同時に、蚕の繭を手に入れたい。船旅だからこの地に戻るころにはすでに羽化して卵を産んでいるはずだ。100個程手に入れれば1万個以上の卵が入手できる。それを使って来春に蚕を飼い始めることが出来るだろう。
アルデス砦の大使達も俺達の旧家に合わせてそれぞれの王国に一時戻るようだ。帰るのは秋になってからになるだろう。ゆっくりとクレーブルの港町を楽しむことにしよう。
サディ達が乗る馬車を1個分隊の機動歩兵と2人のネコ族が同行する。ネコ族の1人はミューちゃんだが、俺とカナトルを並べて進んでいるネコ族はミューちゃんの夫だ。エルザムという凛々しい男で、尻尾と頭は黒だから、ミューちゃんと対照的だな。生まれる子供はパンダ模様になるんじゃないかと心配してしまうほどだ。
「バンター様、我等が同行しても問題ないのでしょうか?」
「ミューちゃんはずっと一緒だったから問題ないさ。片手剣と手裏剣の腕は保証するとラディさんが言ってたぞ。一歩下がってクリス達を見守ってくれ」
俺の言葉に頭を下げている。身分の違いに戸惑っているように見えるけど、俺にとってはネコ族の人達との身分の違いは無いんだよな。
少なくとも俺達だけの時には、ため口で話がしたいところだ。
クレーブル王宮で国王の歓待を2日ほど受けたところで、別荘のある港に向かう。御后様はクリス達を可愛がるため後でやって来るようなことを言ってたな。王子はまだ妻帯しないようだけど、こればっかりは王国の将来があるから難しいのかもしれない。
山賊に憧れていた王女様は、今度は聖堂騎士団に憧れ始めたようだ。山賊よりは良いんじゃないかな? それ位なら特例で預かっても良さそうな気もするぞ。
別荘暮らしは、オブリーさんが護衛に付いているけど、港や市場、それに交易品の商店を回るのが楽しくなる。
港の一角でサディ達が絵を描き始めると、数人の兵士が目立たぬように2人を護衛してくれるから安心できるな。
俺は、交易品の品ぞろえを誇る商店に入って、棚の品物を眺めて過ごす。
「どうですかな? 中々の美術品でしょう」
螺鈿細工を眺めていたら、後ろから声を掛けられた。
振りかえると恰幅の良い中年の男が立っている。この商店の主なんだろうか?
「ええ、良い作りです。この作り方を知っていますか?」
「とんでもない。それは遥か東方の品物です。魔法で木にしっかりと取り付けておるのだそうです」
漆の役割を知ればそれ程難しいものでもないんだけどね。真珠光沢のある貝殻を割って表面を削って模様を作る。木に貝を埋める穴を掘って、漆で貝を取り付け、最後に炭で余分な漆を取り去ればこれが作れるんじゃないか? どう見ても表面の光沢は漆だと思う。
「シルバニアの細工師に作らせてみましょう。作り方はそれ程難しくはありません。問題はこの光沢をもつ樹脂なんですが、交易船に頼むことが出来そうです」
俺の言葉に驚いているようだ。口をポカンと開けているぞ。
店の中からオブリーさんを探し出して店を出る。港を見るとサディ達はまだまだ時間が掛かるみたいだな。
軒先にパラソルを出して椅子を並べている店に向かい、冷たい飲み物を注文する。
腕を上げてパチンと指を弾くと、どこにいたのかエルザムが傍にやって来た。
「陛下とミューちゃん、それに周囲で護衛をしている兵士達に飲み物を運んであげてくれないかな。もちろんエルザムも一緒だよ」
俺に頭を下げると直ぐに店の中に消えて行った。
「今の男性がミューちゃんのお相手ですか?」
オブリーさんが目を丸くして驚いている。名前は聞いていたんだろうな。初めて見たのかな? ちょっとオブリーさんが焦っているのは自分もそろそろなんだと自覚しているんだろう。
そんな港の中をキョロキョロと見渡している男が数人いる。あれは先ほどの店の男じゃないか。何も万引きしてはいないんだけど……。
突然俺と目が合うと、大きく頷いて手下に何か話を始めた。数人が俺達のところに駆けて来る。
「あんたに家の対象が用があるんだ。直ぐに来て……」
男は最後まで言葉を言えなかった。オブリーさんがいきなり立ち上がると、見事な右ストレートを男の顎に叩きこんだからだ。
たちまち残りの男が俺達を囲んだ。いったいどうしたというんだろう?
ピィィー! 笛が鳴り、横縞シャツを着こんだ男達が集まって来る。
確か、陸戦隊の連中だな。
「どうしたどうした。港で客を囲むとは穏やかじゃないな」
「それがいきなり殴り付けられまして、私共の主人の言い付けでこの者達を連れて行こうとしましたところ……」
そう言ったところで、男達が陸戦隊の連中に腕を捕まれると後ろに回されて革紐で結わえ付けられている。
そこに慌てて先ほどの男が駆け寄ってきた。
「どういう訳でしょうか? 我等の手の者に間違いがあったとは思いませんが?」
「とんだ人違いをしたものだな。どこの商人が国王に向かってやって来いと言えるのだ。このお方は隣国シルバニアのバンター様だぞ。後でアブリート殿がこの始末を付けに来るだろう。全く余計な事をしてくれる」
中年の男が港の石畳にがっくりと膝を折った。
たぶん、螺鈿細工の作り方を聞きたかったに違いないが、少し強引だったかな。後で埋め合わせはしてあげよう。商売熱心さから出たものだろうし、俺に対して不敬罪を適用されても困ってしまうからね。
・・・ ◇ ・・・
「それは災難じゃったな」
オブリーさんから話を聞いているサディ達は、お茶のカップを片手にいい気なものだ。
「まぁ、商売熱心さから出たものであれば、注意するぐらいで牢に入ることもあるまい。それにバンターも『お忍び』と言う事であればクレーブルの面目が潰れることも無かろう」
「そうですが、港を歩く際には1個分隊以上を連れ歩けと、陸戦隊の隊長からきつく叱られました」
起こってしまったことはしょうがないけど、再発防止というのが厄介になる。サディ達だって、ゆっくり絵を描くことも出来なくなるんだが、本人達はまだ自覚が無いようだ。
早めに用を済ませて帰るしか無さそうだな。別荘から眺めるだけではあまりおもしろくはないだろう。
「明日はバンターは別荘にいるが良い。我等はもう少しで完成するから港に向かうぞ!」
サディの言葉にミューちゃんも頷いてる。何を描いたかは後で分るだろうが、画風が正反対だからな。
「待ってください。明日行かれるのであれば、私が同行します。少なくとも2個分隊を率いなければ港への出入りを差し止められそうです!」
ウゲ! と声を出したけど、女王陛下としては問題だな。マリアンさんがきつい目を向けているぞ。
「まぁ、やむをえない。港は良い画題であったが、これからは別荘で描くことになるのう……」
情けない表情をして、同情をかっているようにも思えるが、仕方のない事なんだろうな。VIPということになるんだからね。
「バンターの方は、船長と商人に合うらしいが、またおもしろいものを探させるのか?」
「家畜をそろそろ手に入れようと思っています。上手く行けばの話ですが……。ダメなら、俺達で探す外に手がありません」
マリアンさん達が目を丸くしている。家畜と言っても想像できないんだろうな。馬や牛、ヒツジやヤギもすでに育てている。それ以外の家畜はあまりいないのかもしれない。しいて言えばブタなんだけど、この辺りで肉すらも見てないな。
「ネコ族の者達の家畜の世話は一流じゃ。何を運ぶか知らぬが、きっとたくさん増えるに違いない」
「たくさん増やさねば困ります。ですが、最初は試行錯誤が繰り返されるでしょうけどね」
「育てるのが難しい家畜ですか……」
マリアンさんが腕を組んで考えてるけど、絶対に思い浮かぶことは無いだろうな。
「上手く育ち始めたらお見せしましょう。ですが、絶対に叫んだりしないでください。暴れるのもダメですし、逃げ出すことも禁じます」
「おもしろそうじゃな。危険な獣というわけではないのじゃな?」
「かわいらしい家畜です。結果が分れば好きになれるでしょうけどね」
待ち遠しい目つきで俺を見てるけど、まだ蚕が虫だとは教えないでおこう。
果たして、見つかるだろうか?
繭なら運ぶ途中で羽化しても卵が残るだろう。季節的には丁度良いころ合いなんだけどな。