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SA-191 長い冬の終わり


 10日ほど過ぎて、ラディさんから連絡が入ってきた。

 かなり酷い有様らしい。旧ウォーラム王都は沈黙したままだが、町や村の焼け跡には放置された死体をカラスがついばんでいたと言う事だ。

 飢えて死ぬよりはと蜂起したらしいが、結果は無残な限りだな。リブラム王都も炎に飲まれたと言う事だから形を残した町はあるんだろうか?

 難民が押し寄せるかと思っていたが、難民よりも悲惨な結果になってしまったようだ。

 それでも、トーレスティの北西部には数千人の難民が押し寄せてはいるらしい。それ位なら、春まで1日1食の食事は与えられるだろう。

 だが、彼等は春にどこに向かうのだろうか? 自分達で暮らす場所をウォーラム王国で見付けられればいいのだが……。


「ウォーラム王国の黄昏じゃな」

「最悪の結末ですね。果たして領民は暮らしていけるのでしょうか? 旧神皇国近くに村を作り国を分かつことも考えられます」


 その時は、旧リブラム王国の領土を巡って2つの勢力が動くことになるんだろうな。隣国のカルメシア王国が黙って見ていてくれれば良いのだが……。

 カルメシア王国自体も国民が少ない。版図を広げるチャンスではあるが、広げた後を考えると躊躇するだろうな。

 その西の騎馬民族の動向次第と言う事になるんだろうか?

 騎馬民族が万が一にもカルメシア王国に侵攻した場合は、カルメシアは恭順を示すだろう。先祖は同じ騎馬民族らしいからな。

 そうなった場合には、ウォーラム王国の領土を容易く手に入れられるだろう。王都の兵力はそれなりだが、食料不足は深刻だ。

 やはり、西の長城は早めに作った方が良さそうだ。雪が消えたら直ぐにでも始めよう。


「とりあえずは、西の関所に用意した穀物の半分をトーレスティ王国の難民対策として輸送しておけば良いでしょう。こちらに難民が流れることも予想されますから全部を輸送するのは問題です」

「我等も、贅沢はしておらぬからのう……。今年の冬は耐えることが大事じゃ」


 とりあえずはお腹いっぱいに食べられる。ライ麦にこだわらず、色々と作物を作っておいて良かったと思う。ライ麦だけでは他国への援助何て考えられなかったからな。

麦類の自給率を数年で100%にすることはできないだろう。無理に対策を講じるよりも多品種の作物を育て、収益を上げれば良いんだけどね。

 ソバはまだしも、ジャガイモが続くと食事が貧相になってしまうんだよな。凶作で文句は言えないんだが、皆同じように思ってるんじゃないかな。


「トルニアもソバを作ったことで、飢饉を免れたようじゃ。交易船もかなり遠くに船を進めねば麦を手に入れられぬ事態らしい。バンターの先見のおかげじゃな」

「色々と工夫しているみたいですよ。ソバの食べ方があれほど種類があるとは思えませんでした」


 俺達の話を聞いていたマリアンさんが話に加わってきた。

 ミクトス村にサディの使いで向かった時に、色々と食べて来たようだ。それもおもしろそうだな。ところ変われば料理の方法も変わると言う事になる。

 そういえば、ラディさんにソバガキの作り方を教えたんだが、食事が直ぐに出来ると喜んでたな。ソバガキならソバ粉さえ持っていればお湯を沸かして直ぐに食べられるからね。

 

「どうにか、シルバニア王国と友好を交わす4王国も凶作の対応が出来て良かったと思います。多少は貧しい食事になったでしょうが、飢える者はいなかったでしょう」

「うむ。それが一番じゃ。トーレスティも小麦だけを作る事を来年からは止めるとまで言っておる。何割かをソバや豆にするそうじゃな」 

「そうなりますと、ヨーレムも心配になりますね」


 鎖国政策だからあまり他国を頼りにしないんだよな。少しは行商人が入っているらしいから、その荷の中に援助用の穀物を入れるぐらいはできようが、それでも数は限られてくる。


「出来る範囲で行動する外に手はありません。鎖国も、それなりの効果はあるんです。ヨーレム王国の政策に俺達がとやかく言うのも問題でしょう」

 

 内政干渉は行わない方が良いだろう。相談を受けたらそれなりに協力すれば良い。王国毎に少しずつ特徴のある施政を行っているからな。どれがベストかは現時点では分からないし責任も持てない。


 アルデス砦の周辺の雪解けが始まるころ、ウォーラム王国内を調査して来たラディさんが戻ってきた。

 ミューちゃんの結婚式にも参加せずに、西をくまなく調査していたらしい。

 ラディさんの報告を聞くのは俺一人だ。サディ達は雪解けの景色を描きに出掛けたし、マリアンさんはクリス達と一緒に芽が出始めた砦周辺の山草を摘みに出掛けてしまった。まだティーゲルの乳母を決めていないのは、マリアンさんが兼任するつもりなのかな?


「ミューについては色々とお骨折りくださいましてありがとうございます」

 報告を始める前にラディさんが頭を下げる。

「ずっと一緒に暮らしてましたから。サディにとっては妹みたいに思っていたのでしょう。俺達にできるだけの事だから心配しないでください」


 俺の言葉に益々頭を下げている。

 苦笑いしながら、お茶のカップを用意してポットからお茶を注いだ。

 まだまだ寒い季節だから暖炉の傍に来てもらい、2人でお茶を飲みながら状況を確認する。


「……すると、カルメシアは動かなかったと?」

「国境付近にまで騎馬隊を進めていましたが、ウォーラム王国内への侵入はありませんでした。問題は、ウォーラム王国の住民が住民蜂起にともない2つの地域に分かれたことです。旧神皇国と旧ウォーラム王国、この2つに分かれましたが、こうなると……」

「内戦がはじまりそうだな」


 パイプに火を点けて、地図を眺める。

 ラディさんが同じようにパイプを咥えて地図を眺めていた。


「西の長城の進捗はどうですか?」

「ようやく2割と言ったところでしょう。先行して作った土塁が6割と言ったところです」


 一応、柵はできている。内戦が始まる気配を見て、カルメシアも動かずにいるに違いない。今年の最重要課題になりそうだな。


「旧リブラムの動きは?」

「焼けた村や町に少し明かりが漏れているぐらいです。住民の2割が残っているかどうか……」


 種さえあれば復興もできるだろう。ソバとライ麦を少し融通しても良さそうだが、届ける手段が無さそうだな。


「もしも援助をお考えなら、我等が運びましょうか? 山脈を巡って行くなら、ウォーラムの勢力下を通らずに済みます」

「どちらの陣営に付くかは分からないけど、立ち直るチャンスは与えたいな。具体的には?」


 どうやら、カナトルを使って荷を運ばせるらしい。1頭で穀物袋を2つは運べると言っていたから、10頭も送れば良いだろう。

 サディには結果を報告することになるが、至急送る手配をお願いする。


「西の関所に蓄えた穀物を使ってください。ザイラスさんには先に連絡をしておきます」


 俺の言葉に、頭を下げると広間を出て行った。

 偽善かも知れないけど、飢える者にはありがたい品に違いないだろう。すでに春に撒くライ麦の種さえ食べてしまってるんじゃないかな?


 夕食は久しぶりにライ麦パンを食べる。

 砦内の食事は皆一緒にしていると、ミューちゃんのお母さんが言ってたから、誰も不満を言い出す者はいないようだ。


「そうか……。リブラムの民に施すのじゃな。我も賛成じゃ」

「見る影もなくなりましたね。ヨーレムに2度も攻め入った王国でしたのに」


 俺の話を聞いてサディとマリアンさんが呟いているけど、リブラムと旧神皇国を下した王国でもある。黄昏の王国に再び朝日が昇るのだろうか。それともいくつかの振興国に分裂するのだろうか?

 少なくとも俺達の脅威となるには時間が掛かるだろうし、カルメシア王国に併合されそうにも思える。

 シルバニアとトーレスティは、長城を築くことで彼等との関係を絶とう。カルメシア王国との塩の取引を継続すれば少なくとも状況は見えてくるかもしれないな。


「今年は昨年よりも用水を利用できる農家も増えておる。豊作であれば直ぐに立ち直れるに違いない」

「クレーブル王国も用水路工事を始めるそうですよ。トルニア王国の用水路は少し難工事ですが、始まったとハーデリアさんが教えてくれました。塩はあの天候ですから予想以上に取れたようです」


「荷馬車に1台分を送ってきたからのう……。出来た塩は荷馬車10台分以上じゃろう。塩の値段が安くなったとミューが教えてくれたぞ」


 ミューちゃんはお母さんに教えて貰ったんだろう。生活に必要な品が安くなるに越したことは無い。


「綿織物も安くなってきましたよ。以前の半値とは言いませんが、これもバンター様のおかげです」

「それだけ屯田兵とデリアンの町が頑張ってくれてるんでしょう。デリアンの町には他に産業がありませんからね」


 前に粒金を採掘した村を拡大して、神皇国から逃れてきた人達が集団で済んでいる町がデリアンだ。

 周囲の畑には大きな石がごろごろしているらしい。たまに取れる粒金は重さでクレーブル王国が買い取ってくれるし、買い取り値の税金は町とトーレスティ王国で半分ずつ分けているらしい。


「100台を超える織機を持つ町になったそうです。そこから生まれる反物はかつて交易で手に入れていた量よりも多いと聞きました」

「他の王国がその利益を羨ましがらぬのは、例の話があるからじゃな?」


 食事を終えてコーヒーを飲んでいた俺は、小さく頷く事で肯定した。

 確かに比較にもならないだろうな。

 そろそろ具体的に動いてみるか。三角帆の新型交易船は5隻にまで増えている。船団を組んで交易路を探すのはもう直ぐにまで来ているからね。


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