SA-190 ウォーラム王国の落日
シルバニア王国の機動歩兵と重装歩兵の半分を使って、西の国境を強化することになった。
これに農閑期を迎えた農民達300人を加えた1200人で、土塁と空堀の建設を始める。
傍から見れば俺達が難民を恐れているようにも思えるに違いない。本当は、その後ろにあるカルメシア王国対策となる。騎馬民族が建国した王国だからな。侮れないことは確かだ。
「それにしても、上手くレーデル川近くに粘土があったものじゃ」
サディが野焼きでレンガを作っている現場を見ながら呟いた。
「川の流れが急に弱くなりますからね。反対側は粒金の採掘をしたんですが、その反対ならば、泥がたまるだろうと考えました」
粒金の採掘をした時に粘土層があったと教えて貰ったからな。それなら川の反対側にたくさんあるはずだ。
問題はレンガなんだが、日干しでは長期的に問題がありそうだ。エスキモーのようなイグルーを作って、一度に200個焼ける窯を3つ作ったのだが、どれだけ必要になるか皆目見当も付かない。ある程度土塁ができたところで、全体の積算をしてみよう。
「あれを積み重ねるとなると、かなりの量が必要になるぞ」
「レンガは杭と同じように土塁の補強用です。中は空堀の土を入れて突き固めるつもりです」
本来なら石造りにしたいくらいだが、予算が膨らみ過ぎる。
日干しレンガを少し強化しただけでも100年以上は持ってくれるだろう。
トレンタス町はちょっとした特需になっている。
西の土塁作りを担当する農民は10日交替でレンガ作りをする事になっているが、トレンタスでは酒も飲めるからね。普段農村では食べられないような料理だって食べられるし、この町から故郷の家族に給金の送金もできるのだ。ビルダーさんの息の掛かった行商人がきちんと届けているらしい。
俺達は西の尾根の根元にある砦に宿泊して、工事の状況を確認するとアルデス砦に戻ることにした。
工事の進捗によっては騎馬部隊の投入も考えなくちゃならないだろう。全く、ウォーラム王国の治政はお粗末なかぎりだ。
「西の土塁は予想以上の規模じゃ。来年いっぱいは覚悟せねばなるまいが、そうなると用水工事が遅れそうじゃな」
「ふもとは何とかなってます。ミクトス村と北の村の用水工事は規模が小さいですから村の連中がやってますよ。特に遅れているとは聞いていません」
規模も小さいし、距離だって短いからな。リーダスさん達が工夫してくれた水車小屋での板作りを試す上でも都合が良かったようだ。
1日で6m程の長尺板を50枚以上作れるから、もう1つ位は作っても良いんじゃないかな? レデン川沿いのヨーテルンの町は木材加工でも栄えるかもしれないぞ。
「色々と仕事も増えておる。農家の次男が苦労せずとも良い王国になってきたのう」
ワインのカップを口元に運んで、サディが呟く。
跡取り以外の男子は一生を家の手伝いで暮らすか、兵隊になる位が関の山だったが、新しく水車を作れば、その運営の仕事もあるし、土木工事が続いているから作業員としての雇用もある。
商業が活性化してきたことで荷車の御者や商店の雇用も出てくる。
シルバニア王国の民は他の王国と比べてはるかに少ないから、仕事にあぶれるということは無い。これがダメならこれは? 位の仕事の斡旋すらできる状態らしい。
「まだまだ仕事は増えそうですよ。求人難ぐらいにしておきたいですね」
「ザイラスが軍人の給与を少し上げねば新人が集まらんとボヤいておった。月に銀貨3枚ぐらいにはせぬと新たな徴兵ができぬようじゃ」
「それは考えないといけませんね。民兵と屯田兵についても同じです」
うんうんと頷いている。たぶんフィーネさんにその旨を伝えるんだろう。
「ところで、ウォーラム王国は元に戻ったのじゃな?」
「ええ、やはり王宮を新たに作るよりは修理した方が速いですからね。ヨーレム侵攻でかなりの兵力を失ってはいますが、それでも5個大隊をいまだに持っています。騎馬隊も新たに作ったようですから侮れないことは確かです」
テーブルに置いたパイプを取って暖炉で火を点けると、テーブルの上にあるお茶のポットに暖炉のポットからお湯を注いだ。
「まだ動かぬようじゃな?」
サディがテーブルのポットから上がる湯気を見ながら呟く。
「やはり、東よりは西に難民が向かっているようにも思います。尾根の監視所からはそのような連絡が入ってきました。蜂起はしたものの、直ぐに鎮圧されたようですね。ですが、民に冬を越せる食料があるかどうか……」
俺の前に置いたカップにサディがコポコポとお茶を注いでくれる。
加えていたパイプを手に持って、軽くサディに頭を下げた。
「ザイラスが施しの準備は殆ど終えたと連絡してきたぞ。やはり関所で行うのじゃな?」
「神官2人と見習いが3人手伝ってくださるそうです。兵士よりは民を安心できるでしょう」
教団を悪く思う者はいないだろう。今では神皇国とたもとを分けてはいるが、元々は同じ樹の信仰だからな。
それによって、神皇国に残った神官達の評判が悪くなるのを狙っているのだろうか?
エミルダさんも中々の策士だからなぁ……。
その夜は、この国では珍しいソバ料理だ。大きなどんぶりのような皿に、少し太めのソバが入っている。ツユの具は塩浸けした山菜と干し魚を炙った物が乗っていた。
慣れたもので、フォークでサディが上手にソバを食べている。ミューちゃんは炙った魚に目を細めているぞ。
ちょっと小麦粉の分量が多いようにも思えるが、懐かしい故郷の味だ。
ミューちゃんのお母さん達が作ったようだけど、ミューちゃんもちゃんと料理が出来るんだろうか? そろそろ結婚するようだけど、心配になってきたぞ。
「ミューも来年は妻になるのじゃな?」
「春分の日に決めたにゃ。エミルダ様が大聖堂で式を挙げてくれるって言ってたにゃ」
サディの質問に嬉しそうに答えてる。サディとマリアンさんも笑顔で頷いているのは、ミューちゃんを身内のように思ってるからだろうな。
そうなると、何を贈るか考えないといけないな。ネコ族の風習もあるんだろうけど、長く一緒に暮らして来たんだから、この地方特有の風習もあるに違いない。マリアンさんと相談するようにサディに伝えておこう。
「ミューは我の妹も同然じゃ。山賊時代から一緒じゃったからな。何か欲しいものがあれば用意するが?」
「何もいらないにゃ。でも、この砦で暮らしたいにゃ」
ストレートに聞いてるぞ。もう少し言い方もあるだろうに。
それなら1部屋を渡せば良いだけじゃないか。ちょっと困ってしまうな。
「なら、5つある大使用の部屋の外れをミューにやろう。10人は暮らせるから、いくら子供が増えても安心じゃ。広いから両親も一緒に暮らせるぞ」
「2つほど余ってますからね。1つ間を置けば丁度良いでしょう。私も賛成です。それと調度は陛下とバンター様の贈り物とすればよろしいでしょう」
サディの答えにマリアンさんも賛成してくれる。その上での俺達の配慮を加えると言う事は俺達にとってもありがたい話だ。
ぺこりとミューちゃんが頭を下げるのを、うんうんと満足そうにサディが頷いている。
きっと一緒になって、家具や食器を選ぶのを楽しみにしてるに違いない。
・・・ ◇ ・・・
年が明けて、アルデス砦は深い雪に包まれる。
皆がじっと家に閉じこもる季節なのだが、サディ達は北の村でソリ遊びに夢中になっている。一緒にクリスを連れて行ったけど、風邪などひかないかとマリアンさんとため息をつくばかり、まったく活動的な嫁さんだよな。
「私が甘やかした結果です。お怒りは私めに……」
「マリアンさんに責任はありませんよ。御淑やかすぎるのも問題でしょう。北の村ならあまり人の出入りもありませんから、自由に過ごすのも良いかも知れません。何といっても王国のトップですからね。それなりにストレスをためているに違いありません」
ストレスと言っても、外に出て活動したいという反動なんだろうけど、それは言わない方が良いだろう。マリアンさんがますますペコペコと頭を下げてるからね。
突然、大きな靴音が近付いて来たかと思うと、広間の扉がバタンと音を立てて開いた。
急ぎの知らせに違いない。表情を引き締めて、息を整えている通信兵をにらんだ。
「報告します。『ウォーラム王国にて大規模な暴動が発生。町や村、王都までもが炎に包まれている』以上です」
「ご苦労。ザイラスさんに連絡。『ウォーラム国境の関所に向かい守りを固めよ』。王都のグンターさんに連絡。『西の尾根に至急2個中隊を派遣せよ』以上だ」
立ったまま、メモしたところで通信兵が広間を出て行った。騎兵1個大隊を置けば破られることは無いだろう。少人数で尾根を越えようとする者はグンターさんが対応してくれるはずだ。2個分隊程のネコ族が尾根に展開しているはずだから、彼等にも連絡しといた方が良いだろうな。
テーブルの片隅でお茶を飲んでいた従兵を呼んで、追加の連絡をして貰う。
「寒さの一番強い時期に家を焼くなんて……」
「すでに家の役目を無くしてるのかも知れません。かなり厳しい食糧事情だったのでしょう。このまま、飢えて死ぬよりは……、という思いで蜂起したんでしょう。今度は早々に鎮圧できませんよ」
ウォーラム王国の王都を旧に戻したことで、蜂起した民衆の流れは西に向かう事になる。
王都周辺に詰めた戦力はそのままになるのだろうか? 旧リブラムと旧神皇国には2個大隊も残って行ないだろう。……いや、旧神皇国の政庁に2個大隊とリブラムには中隊規模というところだろうか。
いずれにせよ、東よりは西に流れるはずだ。何といっても王都を守る兵士達は古くからウォーラム王国を守ってきた兵士達だからな。