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SA-188 備えあれば


 この世界の農業は天候でかなり収穫が左右される。

 肥料という考えも無いようだが、収穫後の茎や葉をすきで土に埋めているのは肥料の始まりともいえるんだろうな。

 そんな中、広葉樹の落ち葉と家畜のフンを1年間発酵させた肥料を作り、北の村とミクトス村で試しているのだが、これほど晴天が続くとは思わなかったぞ。

 村中総出で畑に水を撒いている。2つの村にも用水路を作った方が良さそうだが、山の中の沢にダムを作って畑の近くの貯水池に引くだけでも良いだろう。距離も精々3km程だから、涼しくなってから工事を初めても間に合いそうだ。


「なるほど、こんな形にすれば揚水装置もいらぬな。最後の水まきは人手で行わねばなるまいが、荷馬車で運ぶ手間が省けるだけでもマシじゃ」


 リーダスさんが俺の書いたメモを見ながら呟いているから、基本的な作りは納得したということなんだろう。


「2か所はお願いしたいんですが、材料は3か所分ということで」

「隠匿村じゃな。了解したぞ。だが、この沢に設けるダムというものは彼等で作らねばならんが、だいじょうぶなのか?」

「分からねば、俺が手伝います。戦もありませんし、俺も暇ですからね」


 リーダスさんが笑いながら頷いている。それなりに忙しいのを理解してくれたんだろう。

 去年取れた綿花を糸にしてレーデル川屈曲部に作った粒金掘りの跡地は、見掛けだけは立派な町になっている。

 3王国の調整で、町はトーレスティに組み込まれたが、何と自由都市としての機能を持たせている。大幅な自治権を持たせているから、小さな都市国家のような感じだ。その街に働きに出るのは3王国とも認めているから2万人を超える人々が暮らしている。

 畑だってあまり作れないような町だから、機織りを頑張っているようだ。

 まだ3王国から食料援助を行っているが、数年で豊かな暮らしができるんじゃないかな。


「綿織物の試験的な生産は順調ですよ。現在は30台ほどですが、来年までには100台を超えると予想しています」

「俺達用の厚手の織物も欲しいところだな。ついでに服を縫えばさらに良いのじゃがのう」


 織物から服の製作まで手掛けるのか……。それも良さそうだな。大使とのお茶会で提案してみよう。

 

「狼の巣穴は修理をしておいたぞ。大広間は年に数日俺達で使えるようにしてある。兵の屯所を修道士達が暮らせるように、修道院の神官と調整してあるから問題もあるまい。あそこで暮らすというんだから、神官には頭が下がるわい」

「元々は誰も住んでいませんでしたからね。俺達の思い出の地でもありますから、いつまでも記念に残しておきたいです」


 ミクトス村近くの銀山はかなりの規模らしい。と言っても、この時代には鉱脈探査技術等は無いから、リーダスさんの勘が頼りだ。ドワーフ族の勘ならばかなりの信ぴょう性があるに違いない。少なくともクリスの次の世代には引き渡せそうだな。


 問題は今年の収穫高だ。

 リーダスさんが帰ると、直ぐに地図を持ち出してテーブルに広げる。

 トーレスティとトルニア王国の収穫は、毎年余るほどに取れるのだが、今年は穀物倉庫から放出することになるだろう。

 シルバニアとクレーブル王国は交易で手に入れることになるだろうな。王国内の穀物倉庫は分散してあるが、40kg程の袋に2000個と聞いている。このまま晴天が続くようだと、放出することになりそうだ。


 翌日のお茶会では、直ぐに干ばつの話が始まった。

 やはり各国の悩むところなんだろうな。


「いかにバンターでも天が相手となると具合が悪いのう。用水路の整備はしているように見えるが、今年には間に合わぬ」

「トルニアの学者は例年の半分と評価しております。トーレスティの方は?」

「やはり半減するであろうとのことです。ここは、早めにクレーブル王国に頼ることになるでしょうな」


 農業王国の2つが同じ収穫高を予想している。ということは、かなり深刻な状態と言えるんじゃないか?


「やはり、早めに対処した方が良さそうです。クレーブル王国にお頼み願えませんか? とはいえ、一雨降れば現状では改善することも可能ですから、ライ麦を5000袋確保すれば良いでしょう。それでも不足するなら兵糧用の麦を放出すれば済む事です」

「購入費はシルバニアで用意しよう。飢饉になっても通常価格で4王国に同一比率で放出するぞ」


 サディの言葉に大使達が互いに顔を見合わせている。

 それでも不足すると思っているのだろうか?


「兵糧用の小麦を使うのはやぶさかではありません。ですが、隣国の様子も気になるところです」


 テノールさんはトーレスティ王国の大使だ。隣国というのはウォーラム王国と言う事になる。あれだけの惨敗を食らった後はひっそりとしているんだよな。

 新国王は、若年で明らかに傀儡だ。貴族の内部対立でも起こってるんだろうか?

 

「あれだけの負け戦の後ですから、静かですね。今更、挙兵は出来ないと思います。となると……」


 飢餓の蔓延というところだろう。場合によっては新たな政変ともなりそうだ。だが、国境は柵や土塁を構築しているから難民化しても行き場所が無い。


「地獄ですな。炊き出し位はせねばならんでしょう。我等は教団の教えを実践することになるでしょう」

「3000でたりますかな? 我等3王国で何とかせねばなりません」


 自国でさえ穀物が足りなくなる可能性もある。それでも、暴徒化した難民に対しては、弓矢よりも有効だろう。


「もう一つ、対処をお願いいたします。トルニア王国の東の民。騎馬民族も多くの家畜を失いかねません」


 テノールさんとカリバンさんの話に割り込んだのはハーデリアさんだ。やはり干ばつが原因となれば、放牧地を巡って部族間の対立も出てくるだろうな。

 北の村から西に広がるシルバニア王国の放牧地は、山が近いせいだろう、青々と緑が続いている。


「ひょっとして、トルニアの東の国境は柵を作っていないんですか?」

「街道近くは関所がありますから設けてはいますが、南北共に半日の範囲と聞いています」


 頷きながら答えてくれたけど、とんでもない話だ。

 テノールさん達も、ハーデリアさんの言葉に呆気に取られている。

 急いで、メモ用紙を取ると簡易な土塁と空堀それに柵を描いてハーデリアさんに手渡す。


「直ぐに作ってください。騎馬民族を侮ってはいけません。彼らの侵入を防ぐ一番簡単な方法は、彼等を馬から下した状態で戦をする事です。これで、騎馬状態でトルニア王国への侵入を防ぎます」


 俺の言葉に、何やらメモに新たな文章を書き加えると副官に手渡している。直ぐに副官は広間を飛び出して行ったから、明日にはトルニア王宮に届くんじゃないかな。


「今まで良く持ちこたえられましたな?」

「基本は商人達の通行を止めない事で騎馬民族としても恩恵があったのでしょう。ですが、飢饉ともなれば話は別でしょう。確かに、東からの侵攻の可能性は無くはありません。誰も考えていなかっただけです。長大な国境線をどのように固めるか……。敵に倍する戦力を維持してきたのですが」


 かなり設定に無理がある。敵の戦力を知らずに敵に倍する戦力等と言ってる時点で自分に都合よく相手を見てるな。

 広大な土地に点在する部族が集結したらと思うと、背筋が寒くなるぞ。


「西の騎馬民族に備えた長城を築きつつあります。一度見学に行かれてはどうですか? 長年の付き合いで相手を見て来た自負もあるのでしょうが、騎馬民族程怖い相手はおりません。懐柔は不可能、一度暴走すれば止まることはありません」


 ジンギスカンが20歳も若ければ、ヨーロッパを飲み込んだかもしれない。

 アッチラ大王だって、似たようなものだからな。騎馬戦では勝ち目はないだろうし、軽装歩兵なら蹴散らされるだろう。

 

「バンター様さえ恐れる相手なのですね……」


 確認するように俺に視線を移したので、ハーデリアさんの顔をまともに見ながら深く頷いた。


「不思議な話ではある。たった30にも満たぬ戦力で、マデニアム王国に滅ぼされた旧カルディナ王国の領土を取り戻した英雄とも思えぬのう……」

「それだけ恐ろしいと言う事です。2日抵抗すれば国民の半数を殺し、3日抵抗すれば根絶やしですからね。徹底的に彼等は行動しますよ。統率力は俺達を遥かに凌ぎますし、騎馬戦では勝ち目もありません」


「となると、バンター殿はウォーラム王国が見捨てたと言う事ですかな?」

「ええ、あれではね。西王国に飲まれるか、それとも内乱で王国が分裂するか……。何れにせよ、ウォーラム王国の戦に巻き込まれるのは御免です」


 ウォーラムとトルニアの決定的な違いは、自分の身の程を知っているかどうかと、領民の事をどれだけ考えているかだろうな。

 トルニア王国とは、国交を回復しているが、ウォーラム王国とは行商人が僅かな荷を運んでいるだけだ。

 しかも貨幣の質が異なるから、将来は銀の重さで取引することになりそうだ。

 生かさず殺さずの付き合いで良いだろう。

 


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