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SA-187 凶作の不安


「少し気になる話を聞いてな。あの女狐がここにいることを思い出したのだ」

 

 女狐ってのは、ハーデリアさんの事に違いない。確かにかなり問題のある人ではある。


「どんな話ですか?」

「トルニア国境の砦からだが、かなり兵力を削減しているらしい。我等にとっては喜ばしい話ではあるが、裏がありそうな気もしないではない」


 そう言う事か……。ラディさん達商人の情報網からは、兵力の増強については直ぐにも報告があるけど、その反対ならば気にもかけないはずだ。

 だが、そうなると削減された兵力の行先が気になるな。

 

「今のところは心配はないと思いますが、席上で遠まわしに確認してみましょう。ラディさんからの報告では、新たに増強された軍の話は聞いていませんからね」

「そうしてくれ。俺達も末席で話を聞く分には問題ないだろう?」


 とりあえず頷いて了承を伝えておいた。

 ザイラスさんもハーデリアさんが気になるらしい。トーレルさんからの報告だけでは満足できないという事なんだろうが、心配し過ぎじゃないかな?


「ところで、ザイラスさんに頼んだ件は進んでいます?」

「ブドウ畑なら、だいぶ広い場所を開墾したぞ。すでにかなりの苗を植えている。ワインの原料だと聞いて張り切る奴が多くて困ってる位だ」


 嬉しそうな表情をしているところを見ると、ザイラスさんもその中に入っていそうだな。

 広間にサディ達とジルさんが入って来たんだが、扉のところで立ち止ったぞ。


「バンター。我等は北のむらに向かう。ジルが良いカナトルを所望しておるのでな。それなら長年カナトルを操る我の評価も必要じゃろう。あとは任せたぞ!」


 バタン! と扉を閉めて出て行ったけど、それなら俺にだって評価できそうな気がするな。退屈な大使とのお茶会を放り投げるとは問題じゃないのか?


「相変わらずだな。ついでにクリス王女にも、と考えたんだろう。カナトルで落馬したものはいまだかつて聞いたことも無い。案外、早く覚えられるんじゃないか?」

「まだ2つですよ。いくらなんでも早すぎます」


 だけど、あの性格だからな……。たぶん1頭を連れては来るんだろうな。

 どうやって、まだ乗馬練習は早すぎるとサディに説得しようかと悩んでいると、従兵が来客を告げに来た。

 お茶会の時間になったんだろうな。マリアンさんを呼んで貰いパイプの灰を落してテーブルの上を整理しておく。

 5分も経たずに、3か国の大使がやって来た。今日は奥さんを連れてこないようだな。


「どうぞ、お席に。陛下は急用で外出しておりますので、本日は私とザイラスさんがお相手いたします」

「中々ザイラス殿にはお会いできぬ。我等こそ、建国の英雄でありアルデンヌ大聖堂騎士団団長であるザイラス殿の臨席は光栄に思っております」


 クレーブルのカリバンさんが、ザイラスさんに頭を下げて挨拶している。

 3日おきに集まってるけど、話題にとぼしいのも確かだから、たまに外からやって来る者がこの席に出るのも良くあることだ。

 マリアンさんと魔導士のお姉さん達がお茶を配ってくれる。

 小さな焼き菓子が小皿に盛られて出てくるが、まだケーキに出会ったことが無いな。スポンジケーキを作るのが難しいのだろうか? そういえば、ホットケーキですらまだ見てない気がする。


「毎日晴天が続いていますが、農作物は大丈夫ですか?」


 お茶を一口飲んで、3王国の大使に軽く疑問を投げてみた。


「農作物は天気に左右されます。天気が良いのは歓迎すべきなんでしょうが、あまり晴天が続くと問題です。用水路計画もどうにか場所を国王が定めたところで、形になるのに数年以上掛かるでしょう。さすがはシルバニアです。何度か王国の石工を伴なって用水路を見に出掛けましたが、石工は驚くばかりで声も出ませんでしたよ」


 トーレスティには、川が無いからな。レーデル川から用水路を作ろうとしているようだが、かなりの難工事になるのが見えている。

 それでも出来たあかつきには、トーレスティの農民が大喜びするのは間違いないだろう。その年の雨の量で収穫が決まるとまで言われているからな。


「確か、バンター殿が地図を作って最初に行ったのが用水工事と聞いております。我がトルニアについても同じ事。5つの部隊が王国の測量を始めましたが地図を作るのは先になるでしょう。ただ、大きな問題もあるのです」

「小さな沢があるだけでしたね……」


 なぜ俺が知っているのかを疑問にも思っていないようだ。コクンと頷く事で図星であることを教えてくれた。

 それほど難しくはないのだが、難工事には違いない。果たして、それをトルニア王国が取り入れるかどうかなんだけどな。


「方法が無くは無いんです。ただ、今やっているように兵隊を使って井戸から汲み上げるような方法よりはマシでしょうけど」

「知っておられたのですね。深井戸の水量はかなりの量です。ですから軍を使って大規模に汲み上げているのですが……」


 これが、ザイラスさんの危惧の答えなんだけど、ラディさんから大きな川がトルニア領内には無いと聞いていなければ俺にも考え付かなかったな。

 沢はそれなりにあるらしいのだが、山を下ったところで地下に潜っているそうだ。伏流水って事になるんだろうけど、深井戸の水量が豊富だと言ったのもそれが原因だろう。


 詳しく話を聞いてみると、深井戸の深さは30mを越えており、ツルベ式にオケで水を汲み上げているらしい。

 100個を超える井戸で汲み上げているんだからその労力は大変なものだろう。農民から軍に作業が移行したのも理解できるな。


「現状はトーレスティも同じ事。バンター殿の知恵で解決は出来ぬものですかな?」

「2つ方法があります。1つは山沿いに大きな貯水池を作り、水が必要な時期に利用するという方法。もう1つは、レーデル川より用水路を作って逆送させる方法です」


 山沿いに貯水池を作って冬の雪を集めれば良い。水が必要になる時期には十分に水が温んでいるだろうから。生育にも問題は無いだろう。

 王国南部の平野部はレーデル川からの標高差がそれ程あるとは思えない。精々20mというところだろう。

 大型水車を使って一気に数mほど上げて貯水池に導く、次は風車を使って数mピッチで水を上げれば十分に使えるはずだ。


 簡単な絵を描くと、大使達が身を乗り出して眺めている。

 水車だけで俺の身長の3倍程になるだろうと話をすると、かなり驚いていたけど、直ぐに納得した顔になる。大きければ大きいだけ高い場所に水を上げることができると納得したようだな。


「作れるのでしょうか?」

「基本は水車です。ただ大きいですけどね。水車から水を受ける樋も木で作る事になるでしょう。維持費は掛かりそうですね」


「この水車を使った揚水装置はトーレスティでも使う事が決定してますよ。でないと、高台にあるトーレスティには水を流せませんから」

「トルニア王国にそれを作る手助けをして頂けるのでしょうか?」


「友好国であれば容易い事です。ですが出来るのは技術援助と言う事でよろしいでしょうか?」


 途端に沈んだ顔がにこやかになり、テーブル越しに俺に腕を伸ばして握手を求めて来た。固く握手したところで、他の大使達も援助の話を始めたようだ。

 シルバニアが援助するならと言う事だろう。

 チラリとザイラスさんの顔を見ると、険しい顔が通常に戻っている。

 国境付近のトルニア軍が半減した原因が分かって、ほっとしたというところだろうな。

 いくらなんでも、考え過ぎだと思うんだけど、皆が皆楽天家でも困ってしまうし、その反対でもだめだろう。そう言う意味ではトーレスさんが楽天家なんだけどね。


 大使を招いたお茶会が終わり、しばらくしてサディ達が帰って来た。しっかりと少し大きくなってきたカナトルを2頭引き連れて来たのは予想通りってことだな。

 カナトルを手に入れたところでザイラスさん達はアルデス砦から旧王都に帰っていく。

 しっかりと、ジルさんの尻に敷かれているようだ。軍隊式の家庭を築いているらしいけど、子供がどんなふうに成長するのか楽しみだな。


 帰って来たミューちゃんの口が紫色だ。

 隣に座ったサディも同じだから原因もわかるな。桑の実を美味しく頂いて来たに違いない。美味しい事は認めるんだけど、口が紫になるのが問題なんだよな。染料に使えないかと思ってたんだが、屯所の変人達にやらせてみるか?


「バンターが植えた木の実じゃが……。これを何とか出来ぬものか? いくら洗っても落ちぬのじゃ」

 

 サディの言葉にミューちゃんも頷いてる。ひょっとしてジルさんもそうだったんだろうか? 今頃ザイラスさんが驚いてるんじゃないか!

 

「その内消えますよ。それまでは我慢してください。食べると色が付くのが難点ですけど、美味しかったでしょう?」

「変わった味じゃな。ネコ族の子供達が大勢で食べていたぞ。夏場のおやつには丁度良いが、服に色が付いては母親に叱られるかもしれん」


 そんな心配をしているサディ達だって。点々と紫のシミが服に付いてるぞ。

 マリアンさんから叱られるのは時間の問題のような気もするけどね。


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