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SA-186 冬前には豆腐を作りたい


 旧マンデール王国で塩作りを始めたらしい。試作品が送られてきたが、食卓用とは言えない代物だ。藻塩という工程を取る以上、塩に海草の色が付いてしまうようだ。

 とはいえ、スープ用としては評判が良い。マリアンさんや、ミューちゃんのお母さんは絶賛していたけど、海草のダシが出てるからなんだろう。昆布ダシなんて言葉がある位だからな。


 出掛けていた連中に、海草を使わずに海水を蒸発させる工夫をしろと指示しておいたから、将来は2種類の塩が作られるはずだ。

 それよりも、小さなオケで送られてきたニガリの方が俺には嬉しかった。

 これがあれば、豆腐が作れるはずだ。冬の湯豆腐は格別だからね。


 下の屯所から2人程呼び寄せて、豆腐の作り方を教えてあげる。

 俺だって作ったことは無いけど、大豆を煮てつぶした汁にニガリを入れて固める位は知っているし、近所の豆腐屋さんが朝早くそんな仕事をしているのをみたこと位はあるからな。


「……だいたいそんな感じだ。白く固まれば出来上がり、って事になる」

「バンター殿の話では、バンター殿は作り方の概略を知ってはいるが、実際に作ったことはないと?」

「ああ、専門の職人さんが作ってた。遠目で見たぐらいかな。俺の国ではどの町にもこれを作る店があったんだ。肉よりもこれを食べる機会の方が多かったな。豆腐は畑の肉とも呼ばれてるぐらいだったからね」


 栄養学的には俺にも理解できなかったけど、美味しい事は確かなんだよな。魚醤と唐辛子はあるし、上手く交易が進めば昆布だって手に入るかもしれない。湯豆腐を次の冬に食べられると良いな。


 2人は俺に頭を下げて帰って行ったけど、直ぐにも始めるのだろうか? 夏の冷やヤッコも捨てがたいぞ。


 脳内妄想をしばらく続けて、ふと前を見ると、いつの間にか2人が消えていた。

 かなり、いってしまった人間に見られたかもしれないな。奴らにそんな目で見られたと思うと、ちょっと問題だ。世間的には奴らの方が変人って事になっているからね。


 気を取り直して、当面の課題に目を向ける。

 テーブルに広げた地図は新たに作られたものだ。トルニア王国がマデニアム王国に攻め入ったどさくさに紛れて手に入れた東の尾根と、この間のヨーレム侵攻の際に手に入れた西の尾根も今度の地図には記載がある。


 現状の課題は、教団の新たな修道院建設場所とウォーラム王国の監視をいかに行うかの2つになりそうだ。

 修道院は狼の巣穴をそのまま利用することで、建設コストを削減できるだろう。提供する見返りに倉庫1つの維持管理をお願いすれば良い。

 見張り台の役目は今ではほとんどなく、山賊時代にダミーのアジトとして用いた岩場を小さな屯所に作り替えた。尾根の東にある砦と、トーレルさんの住む砦間の光通信中継所としているから、今では尾根を抜ける街道の南側の重要度が増している。

 とはいえ、尾根を抜ける街道の要衝の1つではある。イザと言う時に備えて、軍事物資の保管庫として機能しているのだから、それさえ守って貰えれば十分じゃないかと思う。

 サディは賛成してくれたが、エミルダさんへの連絡はザイラスさんからの返事を待ってからで良いだろう。


 問題は、西なんだよな。

 トーレスティ王国が尾根をシルバニアに譲ってくれたのは、国境線をこれ以上伸ばしたくないからじゃないかな。

 それは、向こうの事情だろうけど、貰った俺達にとっては都合が良い。

 当初は尾根を抜ける街道の出口付近に砦があるのかと思っていたが、新たな国境から数km離れた場所に小さな村があるだけだった。

 現在、2個中隊の重装歩兵達が街道の出口付近に関所を兼ねた砦を建設中だが、できるだけ頑丈に作れと命じといたから、主要な構築物は石造りになっているはずだ。揚水工事の石工の半分を派遣してるんだけど、どれ位の進捗度合だか分らないな。一度ザイラスさんに見て来てもらわねばなるまい。

 ラディさんに頼んでいる、新たな砦と王都を結ぶ光通信の中継所も気になるところだ。

 西の尾根の東側斜面を利用して葡萄畑を作ろうとしているから、西の国境線防衛は東にも増して考えねばなるまい。


 気付いた点をメモに残し、地図を交換する。新たな地図は3王国の大使達はまだ知らないはずだからな。旧来の地図に戻して、ダミーの駒をいくつか主要な砦に置いておく。

 クレーブルやトーレスティ王国は商人とのつながりでシルバニア王国のおおよその軍の配置を知っているから、それとあまり矛盾しなければこの配置が正だと思っているに違いない。

 だがこの配置図には、忍者部隊と屯田兵、それに機動歩兵2個中隊が抜けている。守りの要となる部隊は表に出さない方が良いからな。


 昼食は、リビングに上がってサディや子供達と一緒に食べる。

 マリアンさんはあまりクリス達と遊ばないようだから、たまに一緒に食事を取る時には嬉しそうな表情でやってくる。


「私は陛下の乳母ですから、今はあまり表に出ないようにしないといけないのですが……」

「それならなおさら、サディと一緒にいてください。クリス達のお祖母ちゃん的な存在になるんですから」


 俺の言葉を聞いて、嬉し泣きをしているんだから困ったものだ。旧カルディナ王国と今のシルバニア王国は異なるんだから、身分にこだわる必要はない。

 貴族制を取り入れてはいないけど、結構うまく国が動いているようだ。最初はクレーブル国王も心配していたけど、シルバニア王国の国政を一部取り入れようか等と言って貴族達を脅かしているらしい。

 あまり急激に国政を変更すると、貴族の反乱がおこりそうな気もするな。

 ゆっくりと彼らの権限を取り上げて行けば良いような気もするけど、3王国の大使達も妥協点をこの国で探っているような気もしないではない。


「そうそう、昼過ぎにはザイラス殿の一家が砦に来るそうですよ。そろそろ長男に馬を教えねばならないとかで、先ずはカナトルで練習させるのだそうです」

「どちらに似ても将来の騎馬部隊を背負う男になるであろうな。クリスの嫁ぎ先になれば良いのだが……」


「それはクリスに選んでもらいましょう。ティーゲルならばサディがきちんと相手を選ぶ必要もありそうだけどね」

「そうじゃな。それも良いであろう。我も、ティーゲルの選ぶ相手に口を出さぬつもりじゃ。例え、貧農の娘であっても構わぬ。我も山賊上がりじゃからな」


 そう言ってミューちゃんと一緒に笑い声を上げてるけど、まあそれも間違いではない。その前に元王女という肩書が付くんだけどね。


「それより、バンター。ミューの相手が決まったそうじゃ。我等も何か贈らねばならんのう。悩むならそんな悩みが一番なのじゃが……」

「本当かい! おめでとう。それで、相手は俺が知ってる人なのかな?」


「何度かあったことはあるにゃ。でも、目立たない人だから……」


 恥ずかしそうに、顔を真っ赤に染めて俯いてしまったぞ。

 妹のような存在だったからな。サディもきっとそう思っているに違いない。マリアンさんだって笑顔でミューちゃんを見てる。


「ネコ族のしきたりは分らないけど、贈り物は貰って欲しいな。陛下と相談して決めるからね」

「ラディと上手く相談して欲しい。ミューはずっと一緒だったのじゃ。離れて暮らすのも、寂しいものがあるからのう」


 それが本音なんだろう。周囲の女性はサディ達よりもずっと年上だったからな。ミューちゃんがやって来て、一番うれしかったのはサディに違いない。

 その辺りは、ラディさんだって理解しているだろう。となると問題はミューちゃんの相手になるんだろうが、俺も合っているとなると、いったい誰なんだろう?


「ザイラス達はトルニア王国を警戒しておる。わざわざ3王国大使とのお茶会に合わせてやって来るのは、傍でその内容を聞きたいが為であろう」

「旧カルディナ王国の一軍を任された人物ですからね。戦場では一番頼りに出来ます。ですが、この時期にやって来る理由が分かりません。何か東の部隊から情報を得たのかも知れません」


 だが、俺にはそんな情報は入ってこなかった。

 ラディさん経由の情報は行商人に紛れた部下からの情報だから、トルニア王国のかなり深い場所からの情報も入って来るのだが……。

 まあ、考えても仕方がない。どうせすぐにわかるはずだ。


 食事が終わったところで、広間に下りて一服を楽しむ。サディ達はもうしばらくリビングで過ごすのだろう。大使を招いたお茶会が始まるまでには、だいぶ間があるからね。

 のんびりと、一服を楽しんでいると従兵が広間にザイラスさんを案内して来た。ザイラスさん一人だから、ジルさんはリビングに子供を預けに行ったのだろう。


「しばらくです。どうぞこちらに」

「ああ、しばらくだな。ジルがそろそろ乗馬を長男に学ばせると言ってきかないんだ。北の村で手に入ると聞いたのだが?」

「ミューちゃんに頼めば夕方には届けてくれますよ。リビングにいるはずですから、たぶんジルさんから頼まれてるんじゃないですか?」


 後ろの棚から、酒のビンを取ってカップに注ぐとザイラスさんに手渡した。ワインだけど、お茶よりは良いだろう。ついでに俺のカップにも少し注ぐと、改めてザイラスさんの顔を見る。

 硬い表情ではないから、緊急を要するような話ではないらしい。



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