SA-184 教団援助の方法
旧関所の屯所で暮らす、この世界初の技術集団とも言うべき変人達の中から、3人を選んで塩作りのやり方を教えることにした。
飲み込みは思ったよりも早かったが、ちゃんとできるかどうかが問題だな。塩釜の構造も教えておいたから向こうで新たに作るのは何とかなるだろう。
「最初から上等の塩を作ろうなんて思わないでくれ。それと、塩ができてきた時の上澄み液はすくい取って送ってくれよ。それを使っておもしろい食べ物を作るんだからな」
「ニガリとバンター殿が言っていた物ですね。了解です。ですが、これはかなり大きな鍋を作る事になりますね」
縦横1.2mだからな。その上深さも6cm程あるものだ。80ℓは入るから、濃縮した海水を使えば1度に数kgは塩が取れるんじゃないか?
「まあ、やって来い。鉄がダメなら土器で同じような釜を作るの良いぞ。それにこのやり方では真っ白な塩にはならないが、料理用には使えるはずだ。煮物には最適だと覚えておくと良い」
何て言っても藻塩だからな。海草のうま味が一緒になるはずだ。
そんな彼らは、トルニアからやって来た商人の使いと共に東に旅立って行った。
上手くできると良いけどね。
彼等を見送ってアルデス砦に帰って来ると、広間でサディ達がエミルダさんを交えて何やら眺めている。
いつもの席に着くと、ミューちゃんではなくてマリアンさんがコーヒーを運んでくれた。
「ありがとうございます。ところで、どうしたんですか?」
「バンターさんが言っていた物ができたそうなんです。それで……」
マリアンさんは呆れてものが言えないみたいだ。
ひょっとして、あれか?
3人が小さな板を手に色々と言いあっているのが聞えてくる。女王陛下と大神官に俺の副官なんだけど、どう見ても女子会のノリだな。
手元にあるのを俺も見てみたいものだ。
「俺にも見せて貰えるかな?」
「バンター、いつの間に帰って来たのじゃ? まあ、良い。2つあるのだが、どちらを土産にしようかと話し合っていたのじゃ」
そう言って見せてくれたのは、1つは大聖堂だな。銅版から大聖堂が浮き出している。
右下に小さく聖句が飾り文字で描かれているから俺には全く読めないぞ。宗教心が足りないんだろうか……。
もう片方は大聖堂の背景にアルデンヌ山脈が描かれ左下にアルデス砦の姿がこじんまりと描かれている。
立体感が半端じゃないな。どちらも素晴らしい出来だ。
「バンターなら、土産にどちらを選ぶのじゃ?」
ん? ひょっとして、サディ達は片方しか土産にしないつもりなんだろうか?
人様々だし、懐具合だってあるだろう。俺だったら両方買い込むぞ。
「どちらとも言えないね。やはり、良いお土産になると思うな。残りの絵も形にすべきだろう。ある程度種類があると喜ばれるだろうしね」
「1つを選んで売るのではないのか? なら早く言ってくれれば良いものを……」ぶつぶつと小さな声で言ってるけど、気にしないぞ。
それよりも、これは良いものだ。3王国に進呈すれば喜んでくれるんじゃないか?
「私もバンター様の意見に賛成です。あとは……、値段ですね」
「リーダスは12Lと言っていたぞ」
「それは、製造原価とみるべきですね。15Lで売ることで、2Lを教会に1Lを店の儲けとしてはどうでしょうか?」
「少しではあるが、教団の収入が入るであろう。多くは無いが清貧であればそれも貴重な収入じゃ」
「ありがとうございます。その収入は祠を守る神官の資金に使わせていただきます」
「その為なら、もう少しまとまった資金をお渡しできるかも知れません」
町や村の祠を守る神官は子供達を集めて文字や簡単な計算を教えているらしい。ある意味、教育機関でもあるのだ。領民の暮らしを良くするためには、そんな『教育も治政を預かる者の役目なんだろうが、生憎とそこまでの目が届いていないのが現状だ。
「子供達に5日毎に文字と算数を教えることで、王国からその対価を支払うと言う事も可能なように思えます」
「教師とするのじゃな? 文字が読めれば色々と役立つはずじゃ。現に、伝令は文字を読める者に限られるし、商人達も文字と計算は必要じゃろう」
例が極端だが、教える上では是非とも必要だ。言葉で教え、文字に書いておけば、いつでも必要な知識を得ることだってできるようになる。
「北の村にも欲しいにゃ。でも、祠が無いにゃ……」
「それはラディさんと話し合ってみるよ。ネコ族だって文字を読めるのは少数のはずだからね」
国内においては平等でなければならない。神官に委託することになるが、教団の教義と相いれない場合はちょっと困ったことになりそうだな。
「大聖堂の神官は自らを教義で縛りはしますが、他の方々にそれを押しつけることはしません。その時には私にご連絡ください」
俺の危惧を悟ってくれたか。そんな神官であれば問題ないんだが、皆自らの神を最上だと勘違いするから困るんだよね。
「それでは、我等の残りの作品もリーダスに手掛けて貰おう。ミューもそれでよいな。我等の作だとは分らずとも、買い求めた作品を末永く祀ってくれるであろう。それも中々おもしろそうじゃ」
確かにお土産物を誰が作ったかまでは考える人はいないだろう。シルバニア女王自らが描いたとは誰も思わないんじゃないか?
そんな俺達の小さな試みは巡礼者に大歓迎されたようだ。たちまち売り切れの札が下がってしまい、リーダスさんが弟子を何人か専業に当たらせているとミューちゃんが教えてくれた。
「また陛下と一緒に新しい絵を描きに行くにゃ!」
そんな事を言ってるから、功労者の2人も喜んでるみたいだな。
ラディさんと久しぶりに出会った時に、北の村に神官を出してよいかを相談してみた。
「それは一度長老に確認した方が良いでしょう。私が聞いて来ます。たぶん問題はないと思いますが、我等にその代価を支払うのは難しいかと……」
「教育は民生の一環だから、王国が出すことになります。それと、教団の暮らしを助けるために羊毛を売ってあげて欲しいのですが」
「先ほどの対価の一部として安く売ることはできるでしょう。それも合わせて確認します。ところでどの程度の量に?」
「荷馬車1台分は欲しいところだけどね」
俺の言葉に頷いているところを見ると、かなりの収穫量があるんだろうか?
すでに300頭は超えているらしいが、北の村の産業の一部を取ってしまう事にでもなると別の問題が出てくるからな。
数日が過ぎてラディさんが再びアルデス砦に戻って来て報告してくれたことによると、長老も賛成してくれたらしい。出来れば教団の教義についても大人達に説いてくれればありがたいとの事だった。
「ラディさん達にも信じる神はあったんでしょう?」
「バンター殿の宗教観に近いところがあります。さすがに万物全てに神が宿るとまではいきませんが、アルデンヌ山脈の尾根の1つ1つに神が宿るという考えですね」
俺より、少なくエミルダさんよりは神の数が多いって事だろうな。たぶんアルデンヌ山脈を祭壇とした宗教はネコ族の人達にも共感を呼んだんだろう。それに同一王国の住人であれば同じ宗教に染まった方が争いが少ない事は確かだろう。
俺の宗教観も独特だけど、エミルダさんの神にだって祈ることはできるからな。
「エミルダさんに伝えます。北の村に近々神官がたずねて行く事になるでしょうから、宿舎を用意してくれると助かります」
「それは直ぐにでも……」
たぶん新たな祠ができるんだろう。そこで一人の神官が一生涯を通して村人の平穏を祈り、相談相手になっていくのだ。中々信念のある人物でなければできない事だな。
アルデス砦に襲い春がやって来たところで、カナトルに乗ってミューちゃんと数人の機動歩兵を伴い、北の村と隠匿村の様子を見に出掛ける。
あまり出掛けていなかったからどんな具合に発展しているか確認するのが目的だったが、予想以上に大勢のネコ族が暮らしていたので驚いてしまった。
数千人に膨らんでるんじゃないか?
「ソバ畑も大きくしたにゃ。冬の山を越えて旅をしなくても良いから、皆の顔に笑顔が見えて来たにゃ」
厳しく、つらい旅だったんだろうな。たぶん飢える者もたくさんいたに違いない。ここで平穏に暮らし、若者達は何度かの狩りの旅を行って自らを鍛える。それによって強靭な体と強い信念を持つ事ができるのだ。
「酪農や放牧も順調なんだろう?」
「毎年生まれる子牛や羊が増えてるにゃ。商人が秋に買い付けに来てくれるにゃ」
食肉用の牛や羊は秋に売買されるようだな。その時にチーズや羊毛も売られるのだろう。少しずつ援助が少なくなるが、どうやら順調に定住化が進んでいるようで安心した。
最初に手に入れた桑の苗もだいぶ大きくなっているし、その周りには2列の挿し木がすくすくと育っている。
これが隠れ蓑になってくれるはずだ。
小枝が切られているから、隠匿村の桑畑に持って行ったのだろう。かなりの数を切り出しているようだ。