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SA-180 次年度計画 -1


 クレーブルの王宮に立ち寄って、ウォーラム王国のヨーレム侵攻の顛末を報告する。

 居並ぶ、貴族達に混じってトーレスティの大使や、フィーナさんも俺の報告を聞いていた。

 

「……以上で、俺の報告とします。少なくとも50年はウォーラム王国が他国に兵を進めることは無いでしょう。それにヨーレム王国は以前のままの鎖国政策を敷いております。少し展望があるとすれば、カルメシア王国との接点を持てたということです。パラルを15枚手に入れました。シルバニアの商いには3枚もあれば十分です。残り12枚を2王国で分けてください。これもカルメシア王国からの贈り物になります」


 パラルを用意して貰った小さなテーブルに並べて3個をポケットに戻す。それを終えたところで、小さな革袋を取り出し、テーブルの上に中身を取り出す。

 20個程の宝石が出て来たのを見て、周囲の貴族達の目の色が変わったぞ。


「さすがはバンター殿、戦で負傷者は出しても亡く待った者はいないと聞いたぞ。パラルはクレーブルとして5個もあれば十分。7個はトーレスティ王国で使うが良かろう。宝石は半分を持って行くが良い。残りの半分を2王国で分ければ戦役に向かった者達にも十分な褒賞となろう」


 テーブルに広げた宝石を目分量で半分すくい取っポケットに入れる。

 ありがたく使わせて貰おう。


 そんな挨拶が終了したところで、客室に招かれ食事を共にする。

 国王が切り出した話は、新たな交易船にかかわる事だった。


「船足が速く、磁石と望遠鏡で航海が今までの3割ほど期間を短縮できたとの事だ。バンター殿の望む新たな交易路探索がいよいよ始まるぞ」

「狙いは、香辛料と絹だと聞きました。ですがバンター殿には絹を作る計画をお持ちでしたな」


 さすがはトーレスティの大使だ。覚えていたようだ。

 一応計画は持っているが、それを独り占めするつもりはない。先ずは桑、次に蚕の繭になるが、桑が育たなければ繭を手に入れてもどうにもならない。


「戦役で一時中断していますが、計画がとん挫したわけではありません。昨年、ある程度の将来性を見ることが出来ましたから、数年以内には新しい交易船をそのために使うつもりでおります」


 俺の言葉に客室のテーブルを囲んだ面々の表情に笑みが浮かぶ。

 心配してたんだろうか? ちゃんと計画は進んでいる。手に入れた桑の若枝を挿し木にして増やすことができたからね。

 かなりの広さになったんだろうが、始める前には3つ位の桑畑を作っておきたいものだ。


「ですがその前に、綿織物を作りたいところです。麻布は作られているようですから、糸が出来れば何とかなるのでしょうが……」

「それはトーレスティが協力できますぞ。麻布は我が王国の産物。糸さえあれば織ることができるでしょう」

 

 身を乗り出した大使に笑みを浮かべて頷いた。

 職人を何人か紹介して貰おう。糸の太さや織機の改良もしなければならないだろうからな。


「来年の夏に織機と織手をシルバニアに寄越してくだされば幸いです。試行錯誤をしながら織機と糸の太さを考えることができます」

「それは、クレーブルとしても何とか加わりたいものだ。先ずは綿、その次が絹となるのであろう?」


「ならば、共同で始めますか? 場所はトレンタスの町辺りでどうでしょう。クレーブルとトーレスティに近いとなれば、シルバニアの西の町になります」


 俺の提案はすんなりと受け入れられた。

 トーレスティから織機と織手、クレーブルからは木工職人と金属の細工職人、シルバニアからは材料とアイデアの提供になる。


「直ぐに形になるものでもなかろう。数人ずつ出して長期的な視野で綿織物を作れば良い」


 クレーブル国王の言葉に、俺を含めた皆が頷く。

 その翌日に王宮を後にして一路シルバニアのアルデス砦を目指す。

 旧王都で一泊し、ザイラスさんの2番目の息子を見せて貰う。俺のところと同じ年齢だから、将来は良い友人になってくれるに違いない。


 旧王都からアルテナム村に向かうと街道に雪が混じり出した。

 もうすぐ新年だからな。アルデス砦は雪に埋もれているに違いない。

 アルデス砦にはソリで向かう。サンドラさんの部隊から1分隊を出して貰い、固く締まった雪道を進んで行った。


 遠くにアルデス砦の姿が見えた時、懐かしさがこみあげてくる。

 俺にとっての故郷なんだな。

 そんな心境になった自分に驚くとともに、前の世界へのあこがれが以前と比べてほとんどなくなってきたことに愕然とした。

 やはり、この世界を暮らし良くすることが俺の務めなんだろうな。

 

 アルデス砦の城門をくぐり、館の前にソリが止まると玄関の扉が開いてマリアンさんが出迎えてくれた。

 ソリから降りた俺に飛びついて来た金色の塊はクリスだな。クルクル巻き毛が伸びたようで俺の視線からだと金色の物体だ。

 身体を落してクリスを持ち上げると、肩に担いでマリアンさんが笑顔で俺頭を下げた。


「お疲れ様でした。皆が広間に揃っております」

「マリアンさんもお元気そうで何よりです。急ぎ戻ってきましたからお土産はありませんよ」


 小さく首を振って、そんな事は無いと言っている。

 マリアンさんの後に続いて通路を歩き広間に向かうが、外の気温と比べて室内は暖かく感じる。

 魔導士のお姉さんが俺のコートを預かってくれた。確かに外から比べれば天国だ。

 石造りの館なんだが、空気が温まっているんだろうな。


 広間の扉を開くと、シルバニア王国の重鎮が揃っている。

 正面には略式の王冠を付けたサディが座っていた。

 取って付けたような騎士の礼をしたところで、帰還の挨拶を行う。


「ヨーレムへのウォーラム王国侵攻を押さえて、バンターただいま帰還しました」

「ご苦労であった。おおよその話は聞いておる。さらにシルバニア王国の領土が広がり、防衛の要となったことは喜ばしい限り。先ずは席に着くがよい」


 俺の席はサディの左側だ。ちゃんと席が用意されて、俺の略式冠がテーブルに乗せられている。

 つかつかとテーブルを回ったところで、レドニアさんが手を広げて待っていた。

 クリスを預けると、用意された席に着くと冠を被る。


 改めてテーブルを眺めると、ネコ族の男女が2人混じっている。サディ達もネコ族を自国の住民として治政に参加させることにしたのだろう。

 俺も賛成だ。これからの計画立案には彼らの協力なくして完成はできないだろう。


「さて、バンターが来たことで、我等の王国の導き手は全て揃ったことになる。今年は、豊作であったし荒地の開墾もそれなりに進んでおる。冬の寒さに凍えて飢える者も皆無のようじゃ。とはいえ、さらなる住民の暮らしを向上させるための策は別途進んでおる。現状での満足は王国の停滞を招くという言葉もあるほどじゃ。来年の方針を皆で考えようぞ」


「ですが、陛下。すでに大計画は始動しております。我等はその計画にそって来年の事業を考えるべきではないでしょうか?」


 ひょっとして、来年度事業計画ともいうべき会議の最中に俺は帰って来たのか?

 これは、少し遅れた方が良かったような気がするな。国内担当はサディのはずだから俺がいなくとも大丈夫だとは思うんだけど……。


「そうであった。大計画ありきの国内統治は依然健在じゃ。となれば、その計画を提案したバンターに現状報告をして貰うべきであろう。それによっては来年の事業計画の変更を考えねばならぬ部署も出てくるであろうからのう」


 要するに、全体計画と現状を明確にしろってことなんだろうな。

 色々と調整しなければならない部局もあることも確かだから、毎年こんな場所で状況報告を行った方が良いのかもしれない。

 とりあえずは、何の用意もしていないのでわかる範囲で良いだろう。


 侍女が届けてくれたマグカップのコーヒーを飲んで一息ついたところで話を始める。


「俺達のシルバニア王国は2つの尾根に囲まれた丘陵地帯です。農地の耕作の労に見合った収穫は南方の2つの王国に比べればかなり少ない……」


 まずは以前の状況から話を始める。

 旧カルディナ王国は、銀山の収益で不足する穀物を他国から輸入していた。

 確かに良い方法ではあるのだが、長期的に見ると人口増加と連動させることが難しく、銀鉱石が枯渇した場合は飢餓が王国内で発生することになる。


「これを防ぐ為に2つの方法を考えた次第です……」


 先ずは短期的計画だ。耕地面積を増やせば収穫量は増える。寒冷地での栽培に適した穀物を栽培する。さらには、牧畜を行い簡易な加工製品を作り出す。

 

「北の村から北の砦の間に広がる荒地を使った牧畜は、それなりの成果を出したでしょう。ソバの栽培はミクトス村で行われて、他国へ輸出も始められたようです。東の砦周辺部の開拓は屯田兵という組織を作って大規模に行われています。さらに、レデン川からの農業用水工事も行われていますから、将来はシルバニア南東部は一大穀倉地帯に変わるでしょう」


 テーブルを見渡すと、居並ぶ連中が頷きながら聞いている。

 ここで一旦話を切って、ここまでの話で聞きたい事があるかを尋ねてみる。

 左右を見渡すと、クリスがいなくなったな。なら安心してパイプが楽しめる。


「そうなりますと、穀物が余ってしまいますが、我等の作る穀物はクレーブル王国等に比べれば品質に問題があります。それをどのように使われるのですか?」

「2つ方法がある。1つは輸出だが、相手先はトルニアとウォーラムだ。特にウォーラムは有望だな。2つ目は加工用の材料にする。菓子と酒を考えているのだが……」

 

 酒と聞いてドワーフ族の目が輝いているのが問題だな。

 自国で酒を作れれば、1杯の金で2杯飲むことも可能だろう。カップ半分が増えるだけでも酒飲み達は喜ぶんじゃないかな?


「大賛成じゃ。我等は協力するぞ!」

「あまり試飲ばかりでも困りますが、その辺りはよろしくお願いします。と同時に、尾根の東を使ってブドウの栽培も行いたいところです。干しブドウは冬の貴重な食料ですし、ワインも作れますからね」


 益々ドワーフ族の目が輝いてるぞ。マクラムさんが農林業を仕切っているけど、ドワーフの暴走を抑えられるかがカギになりそうだ。


「屯田兵達の作物は少し変わっております。現状では取入れだけのようですがあれは穀物なのでしょうか?」

「それが、次の長期的計画に係わるんです。その話を始めましょう……」


 今では2つの銀鉱山を持ってはいるが、いずれは枯渇する。その時に俺達の子孫が困らぬように手を打たねばならない。


「俺はそれを絹で代替できると考えました。この中に絹製品を晴れの舞台で着ることができる者は何人おるでしょうか? トルニア経由、クレーブルの交易船経由でもたらされる絹織物の商品価値は銀を上回ると考えています。もっとも、絹の生産を我等シルバニアだけで行った場合は、それを巡る戦が再び起こることも予想されます」


 新たな産業が戦の原因にもなりうる。これは彼等にも理解出来るようだ。


「そこで、クレーブル、トーレスティと共同で絹織物を作る計画に変更することにしました。3つの王国軍総力は13個大隊を越えます。今回のヨーレム出兵も3王国軍の共同作戦です。布石は出来ていますし、2つの王国共に絹織物については参加することを表明しています」


「我等だけでは危険だと言う事か?」

「危険です。騒乱の原因となるのであれば、騒乱を押さえるために他国との連携は早期に行うべきでしょう。それに基本的な方法は知っていますが、それが必ずしも上手く行くとは限りません。開発行為にも参加させることで我等の出費を抑えることも可能です」


 直ぐに絹が織れるわけではない。幸いにも麻織の技術があるから、そこから試行錯誤が始まるのだ。

 試行錯誤の最初は綿織物から始める。その為に綿花の栽培を行ったのだが、上手く収穫できたようだ。


「来春には、織手と織機、それに職人がトレンタスにやって来ます。我等も何人か参加させることで、綿織物を最初に作る事になるでしょう」


 綿織物ができなければ絹織物など無理な話だ。

 先ずは綿織物、将来的には絹織物に変化させていきたい。



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