SA-018 新しい砦が欲しい
襲撃が終わって砦に引き上げる時に、担架で運ばれる羽目になったのは俺だけだったらしい。
治療魔法を短時間に同じ場所に何度も掛けると、大きな腫瘍が出来て段々と命をむしばむとマリアンさんが教えてくれた。
どうやら、足の骨にヒビを入れてしまったらしい。朝晩に治療魔法を掛ければ2日目には治ると言ってくれたけど……。
砦に戻ると広間で直ぐに酒盛りが始まる。助け出した連中は食事と治療で別室にいるらしいが、明日には顔を出してくれるだろう。
「バンター殿の武勇伝はザイラス殿に聞かされましたが、直ぐに見ることができるとは思いませんでした」
トーレルさんがそんな事を言うもんだから、皆が大声で笑ってるぞ。
「まあ、確かに武技に秀でているようないないような、微妙なところはあるのじゃ。バンターの斬った相手を見たか?」
「それです。あれほどの斬撃を与えられる騎士が何人おるでしょうか? しかもバンター殿は剣を1度振っただけですよ。それで2人を倒しているのです」
そんなバカな? と今度は皆の顔に書いてある。さっきとの笑い顔が無くなっているんだよな。ころころと表情が変わるのは見ていて面白いけど、これは説明しといた方が良いのかもしれない。
「片足が曲げられないのでこんな恰好で申し訳ありません。でも俺はちゃんと2回刀を振るいましたよ。ちょっと不自由ですが、その時の使い方はお見せ出来ます」
片足で立ちあがり、腰の刀をしっかりと右手で握る。腰を使いながら左手で一気に引き抜いた。
「これで、1人目です。確かに腰を斬りつけました。刀が左上に流れていますから、次の男はそこから斬り下げて始末しました」
カシャンと刀を鞘に戻して、ヨッコイショと言いながら席に戻る。
「変わった剣だと思っていたが、そんな風にして使うのか」
「それだけではありません。先ほどの動作で斬った相手の傷はいずれも深手です。護身用の剣だと思っていましたが、中々の使い手ですよ」
「そうは言っても、あの通りじゃ。前に出しては討ち取られてしまうのがオチじゃな。我の前に置いておくには丁度良いのじゃが……」
「賛成する。今の剣の使い方は騎士の使い方とは異なる。王女様の前ならさほど問題にはならんだろうし、護衛には最適だ」
「私も同意します。咄嗟の時にはどうしても動きが止まってしまいます。バンター殿にはそれが無い。まあ、結果はあの通りですが、バンター殿がいなかったならと思うとゾッとします」
やはり鍛えねばなるまい、なんて俺の指導方法に話が移って来た。
午前中の鍛錬だけでどうにかなんだから、あまりノルマを作らないでほしいな。
「これで街道に荷車が通るのう。襲撃はどうするのじゃ?」
「今まで通りでよろしいかと。東からの補給を頂き、西からの奴隷を開放する。春まではこれで十分です。春には耕作が始まります。農奴はいくらでも欲しいでしょう」
そうなると、廃村の居住環境も整備したいところだ。軽装歩兵を移動して、民家をいくつか作った方が良いのかも知れないな。
「我らの領民も増えてきた。バンターが山賊から始めようと言った理由が少し分かってきたぞ」
「実際に、領土と言える我らの行動範囲もありますし、あの時の王女様の英断を我等一同感服しております」
「問題はバンターの考える次の階梯じゃ。やはり砦を落すことになるのか、それとも作るという事になるぞ」
王女様が俺を見ると、他の連中も俺を見つめる。
あまり考えていなかったが、元王国の経済と王都を取り巻く砦に付いて確認した方が良さそうだな。
ザイラスさんが持っていた地図には、何故か西に砦が2つも作られている。それに引き換え、かつて戦の一歩手前にまでなった隣国への街道には、麓に小さな砦があるだけだ。
「その前に少し教えてください。隣国に滅ぼされはしましたが、そもそもこの王国の町村はそれ程多くは無さそうです。経済が穀物生産で成り立っていたとは思えません。鉱山を持っていましたね」
「さすがじゃ。銀鉱山を北西の山にある。その鉱山を守るために、王都守備兵と同等の守備兵を2つの砦に置いておいたのじゃが……」
兵力の分散が裏目に出たって事だろうな。
どう見ても、大隊規模の戦力を持っていたとは思えない。3個大隊なら王都、鉱山それにその他の砦という事になる。
気になるのは、電撃戦という話だ。一気に敵に接近して叩くと言うのがその戦法なのだろうが、いったい敵軍はどれだけ率いてきたんだ?
チラリと王女様に聞いてみると、3個大隊以上だったと教えてくれた。
一気に王都を落して、救援に駆け付けた砦の部隊を蹴散らしたらしい。なるほどと思ったけれど、王都は堅牢に作られているはずだ。やはり内部協力者がいたんだろうな……。
「麓の砦は攻略する意味がありません。やはり、北西の砦を攻略目標にしましょう。目標は2年後にします。その間に攻略の作戦を皆で考えたいと思います」
「無謀ではないか? 我らの戦力は2個小隊にも満たぬぞ!」
「これから増えていきます。農奴の移動でね。征服した土地の農民はその土地を耕すために必要ですが、元兵士達は自国の農園で無報酬で働かせることができるでしょう。今まで以上に送り続けますよ」
「だが、街道警備の軍は弱体化しているぞ」
俺はその問いに頷いた。
果たして、その砦の責任者は自分の失態を自国に伝えるだろうか?
貴族が保身と自分の王国内の地位向上にしがみ付くなら、そんな事は絶対にしないはずだ。
「街道の安全を征服した王都、砦に伝えて捕虜の移送に拍車を掛けるでしょう。たくさん送ればいくらかは自分達の王国に届くかも知れません。途中で数を減らすのは冬の山道という事で片付けるでしょうね」
「囚人を本国に送るが、数が減るのは冬山に責任を負わせると言うのか?」
「合わせて囚人の反乱に寄って砦の守備兵が減った理由もできます……」
それだけではない。囚人を麓の砦に移送してきた他の砦の貴族や王都の貴族達の責任も問えそうだ。簡単に檻を抜けて襲って来た……。その位の事は言うに違いない。
「俺達は食料と、捕虜の移送部隊を襲っています。本国からは矢のように督促が届いている筈です」
「それで同士が増えるという訳じゃな。となれば、我らの存在が麓の砦には分かってしまいそうじゃが?」
「王国の上前を撥ねる存在位には思っているかも知れませんね。まだ訓練の積まれた山賊と思っていてくれれば良いのですが」
俺達が正体を現すにはまだ早すぎる。
せめて1個大隊600人程に戦力を増やせえば良いのだが。
とは言え、この砦だけでは不足だろう。あくまで襲撃の拠点として別に砦を作る必要がありそうだ。廃村の規模も大きくなるだろうし、廃村を守れるような場所に簡易的な砦を作れないだろうか。
ザイラスさんから地図を借りて、地形を確認する。
山裾の村から廃村までの間道を見ると、尾根の谷を縫って続いている。間道の東に砦を作るとなると、この辺りだな。
丁度間道の真ん中より廃村に近い場所だが、くねくねと間道がうねっている。
こんな地形では必ず崖がある筈だから、それを利用すれば比較的容易に作れるだろう。北西の砦にも3日程度の移動距離らしいから、力を蓄え、敵軍の攻撃にも村を守れるんじゃないか?
「この辺りに水場はあるでしょうか?」
「大きなものは無いな。だが、街道の途中には必ず水場があるぞ」
「来年は砦を作りましょう。廃村の南西辺りが良さそうです。北西の砦攻略には俺達の拠点を大きくしなければなりません」
「廃村を守れる場所に作るのじゃな? フム。山裾の村を拠点にして我らを攻撃しそうじゃが、それも作戦の内という事じゃろう。北西の砦は動かないじゃろうが、この辺りに柵をいくつか設ける必要はありそうじゃ」
この砦を、これ以上大きくできないのは、皆も分かっているようだ。
地図の見ながら砦の場所を色々と話している。
「次の階梯に上るためにも必要になるでしょうな。場所については偵察部隊を向けましょう。数人であれば街道の襲撃にも支障はありません。仲間も増えましたから」
王女様の了承を得ると、ザイラスさんが分隊に指示を出している。
必要なのは、水場と逃げ道。更に敵から発見されにくく、こちらからは良く相手が確認できる事になる。
敵よりも高い地形が望ましいし、周辺は大軍を展開できないところが良い。
そんなメモを書いてザイラスさんに渡して貰った。
中を読んで頷いていたから納得してくれたのかな?
「かなり矛盾しているが言っている意味は分かるぞ。これを元に探して来させよう」
「ありがとうございます。廃村の人達にも協力して貰えば結構早くできるんじゃないかと思います」
敵軍が動くとすれば春になってからだろう。この砦を攻略するよりは、裏面の廃村を狙ってくるに違いない。
すでに20家族近い人達が暮らしているのだ。生活の煙は麓でも確認されてるはずだからな。
翌日、広間のテーブルに新しく3人の男女が席に着いた。
魔導士部隊を率いていたレドニアさんと騎士のモーリスさん、重装歩兵のオットーさんだ。
魔導士は8人、騎士は16人、重装歩兵は30人という事だ。それ以外にネコ族の青年が2人いたのだが、ラディさん達が仲間に加えている。
「一度に50人とは中々じゃったな。我らの仲間に加わってくれるとは嬉しい限りじゃ」
「我らこそ感謝に堪えません。このまま敵国で一生こき使われるか、あの場で殺されるかでしたから。あの戦闘でなくなった者達も、牢獄で飢えて死ぬより剣を持って死ねたことに感謝している筈です」
「ザイラスから聞き及んでいるとは思うが、今の我々は山賊以外の何者でもない。じゃが、それで終わるつもりはないぞ。更に仲間を救出し、王国再建の足掛かりを作るのだ!」
王女様の言葉に目を輝かせているぞ。レドニアさんは目頭を熱くしてハンカチで押さえている。
「見知った者もおるじゃろうが、初めて顔を見る者もおる筈じゃ。ザイラスから簡単に紹介して貰おう」
「それでは……」
ザイラスさんが改めてテーブルに集まった面々を紹介していく。その都度、対象となった者は立ち上がって軽く礼を行う。
「最後に、バンターだ。普段はバンターと呼ばれているが、俺達の相談役いや、軍師と呼ぶべき存在だな。俺達がここに存在する理由は、こいつの提言から始まったのだ。今まで数多くの襲撃を行ったが、俺達に1人の戦死者を出していない。とんでもない軍略家だが、奇行の持ち主でもある」
それって褒めてるのかな?
疑問には思ったけど、椅子から片足で立ち上がり、名前を言って頭を下げたぞ。
「私達の開放の時に足を怪我したのですか?」
「いや、我に迫った敵兵を一太刀で2人を斬り割いたまでは良かったのじゃが……。勢い余って街道から崖下に落ちてのう……」
王女様の説明に、お恥ずかしい限りですと言いながら頭を掻いた。
その話は昨日で終わったんじゃなかったのか。
テーブルに失笑が漏れたところに、マリアンさんと部下のお姉さん達がワインのカップを持ってきてくれた。
これで話題が変わるかも知れないな。