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SA-178 カルメシア王国からの使者


 ウォーラム王国のヨーレム侵攻は、カルメシア王国の騎馬部隊が参戦したことにより頓挫したようだ。

 2度と侵攻は企てないだろう。何せ7個大隊の侵攻軍の半数以上を無くしたのだ。現在は政庁を砦として東西に阻止線を作っているようだが、カルメシア軍も数km手前で馬を休めていると偵察に向かった兵士が教えてくれた。


「全く、あっけない話だ。我等もそれなりの騎馬隊がいたのだぞ」

 ザイラスさんは、もっと前に決着を付けられたはずだと俺を睨んでいる。

 他の部隊長達もザイラスさんと同じような目で俺を見てるのがちょっとつらくなる。


「騎馬隊の練度が違います。我等定住した者達が土地を守る場合に設ける軍隊と、遊牧をしながら広い大地を家畜と共に移動する民族の持つ軍隊では、馬に対する扱いがそもそも異なります。馬と一心同体、彼らの生活は馬と共にあるんですから」


「戦えば我等が負けると?」

「正面でぶつかれば間違いなく惨敗です。それに、彼等との戦を有利に行う方法もありますからね」


「それが、あの土塁なのか? あれでは我等は西に領土を広げることが出来ぬぞ!」

「領土拡張を望むなら、俺は部隊を引き上げますよ。3王国とも十分に領民を養えるだけの土地があるじゃありませんか。シルバニアの大地は少し問題ではありますが、皆さん達の王国と交易することで飢えることはありません」


 今まで見た土塁の常識を破るような高さだからな。最初に見た時は、皆が驚いていたのを覚えている。


「土塁で足を止め、矢を射かけることでカルメシアの騎馬隊を阻止すると言う事か……」

「彼らの武器は馬を自在に扱った機動力です。止まった騎馬隊ならば軽装歩兵の良い獲物ですからね」


 自分達の育てて来た騎馬隊では歯も立たないとは、中々理解出来ることではない。

 苦々しい表情でワインを飲んでいる連中がほとんどだ。


「そう言う事で、土塁作りを頑張て頂きたい。トーレスティの工兵達もやって来るそうですし、農閑期ですから農村からも出稼ぎに来るそうです」

「俺達の部隊からも半分ずつ兵士を出すようだろうな。土塁そのものは容易なんだが、何といっても規模が規模だ」


 ウイルさんがワインをグイっと一息に飲むと、従兵にお代わりを頼んでいる。

 言いたい事も理解はできるが、ここは長期的な展望に立ってほしいな。


「とはいえ、一度はカルメシア軍と話し合う必要があるでしょう。ラディさんは向こうから来るはずだと言っていますが、しばらく待ってやって来ないようであれば、俺が行ってみるつもりです」

「待て待て、バンターはここにいるんだ。だいたい、ここまでやって来て俺達の指揮をするのも、そもそもの問題がある。シルバニア王国の女王陛下の夫なんだぞ。少しは自重しろ!」


 ザイラスさんが怒っているけど、俺にはそんな自覚が無いんだよな。

 

「私も賛成だ。向こうからの出方を待った方が良い。もし会談をするのであれば、我等全員が護衛に立つ」


 ウイルさんの言葉に部隊長達が頷いている。

 少しあちこちを見て来ようとしてたんだが、今の俺にはそれは許されることでは無いらしい。


 そんな事があってしばらくは、土塁と空堀の工事が俺達で行われていた。

 やがて、500人程の工事部隊がやって来たが、大半は農民らしい。

 クワの扱いには慣れているから、たちまち空堀の掘削が進んでいく。朝と夕方に機動歩兵達が土塁の上を行進しているから、かなり土が締まるんじゃないかな。


「形にはなって来たが、完成は何年か先になりそうだな」

「一応、俺達が作った阻止用の設備も役に立ちますから、3年ほどの年月は覚悟してます」


 トーレスティ王国の国家事業になりそうだ。

 とはいえ、シルバニアとクレーブルもトーレスティに危機が訪れれば困った事態になりかねない。援助は必要になって来るだろうな。

 その辺りの役割分担はクレーブル王宮で話し合いが始まっているはずだ。シルバニアは分担金を何とかするとサディから連絡があったから、出掛けているのはフィーナさんだろう。ついでにお婿さんを連れて帰ってくれば良いのだけどね。


「となると、俺達は3王国の話し合いが終わるまではここで土塁作りになるのか?」

「そんな感じですね。土塁だけではなく、見張り台や屯所も作らねばなりません。シルバニアの西の尾根から木材は運んでいますが、数が多いですからね」


 戦よりは平和的だと思うんだけど、指揮所に集まった連中はため息をついてるんだよな。

 半年以上の戦役で戦死者が出ていないんだから、もっと喜ぶべきだと思うんだけど……。


 毎日ザイラスさん達は、夕刻には指揮所に集まって俺にストレスをぶつけて帰っていく。

 ワインを飲んで半ば酔った状態で不満をぶつけられる俺のストレスはどこに向けたらいいんだろう?

 そんなある日の事、見張り台からの報告が飛び込んで来た。


 カルメシア軍の騎馬隊がトーレスティ国境を目指して来ているとの報告だ。

 至急、部隊長達を集めたんだが、皆の顔がにやけているんだよな。これから場合によっては一戦しなければならないんだけど、穴掘りや土運びよりはマシだと考えているんだろうか?


「やって来たらしいな。すでに部隊を整えているぞ!」

「俺のところもだ。一応、屯所の東に待機してるが、食料も十分に用意するように言っておいた」

「私達の部隊も半数は土塁に待機しています。始まりましたら直ぐに待機部隊を向かわせることができますよ」


 開戦だと思ってるのかな?

 従兵にお茶を用意させて、とりあえず皆をテーブルに着かせる。

 

「現状は、カルメシアの騎馬隊が見張り台から見えたというところです。たぶん会談を申し込んでくるでしょう。向こうも俺達との戦は望んではいないはずです」


 俺の言葉に、落胆した表情に変わったぞ。ため息をついている部隊長もいる。


「そんな話をしていたな。だが、折れることは無いぞ。我等も騎士としての誇りを持っている。例え倒れるとしても他国の救援で騎馬民族との一戦ならば恥じることは無い」

 

 ウイルさんの言葉に皆が頷いている。そんなところは意見が直ぐに一致するんだよな。

 そんな感心をしている時に、砦の指揮官が足早に指揮所に駈け込んで来た。


「報告します。カルメシア王国の騎馬隊から数人が我等の指揮官に面会を求めています」

 

 自分では対処できないと判断したのかな?

 ラディさんが言った通りだ。となれば、ある程度話の分かる連中と言う事になる。ただの蛮族ではどうしようも無いからな。


「ここに通してくれませんか。たぶん、交渉と言う事になるでしょうからね」

「バンターが待っていたと言う事だな。俺達は護衛としてテーブルの端に寄っていれば良いな?」

「そこまでもめるとは思いませんが、よろしくお願いします」


 部隊長達が椅子を移動してテーブル越しに5脚の椅子を並べると、少し離れてテーブルに着く。

 指揮所の扉の左右にも2人ずつ待機しているけど、そこまでするかな? 馬を下りればただの人だし剣を使えばザイラスさん達の方が遥かに上だと思うんだけどな。

 俺はのんびりとパイプを楽しみながら、慌てて出ていく砦の指揮官を眺めていた。


 やがて、隊列を組んで進む足音が少しずつ聞こえて来た。

 ザイラスさんが俺に目くばせをする。上手くやれ! ということなんだろう。

 扉が開き、砦の指揮官の後から入って来たのは、ザイラスさんと同年輩の男達だった。


 少し小柄に見えるが余分な贅肉は一切ない精悍な体つきだ。

 湾曲した片手剣を腰に下げ、体を覆っているのは熊や狼の毛皮だ。たぶん裏に鉄板が張り付けられているのだろう。

 頭には大きな狼の頭をそのままはく製にしたような兜を被っている。

 黒い髪と髭は俺と同じに見えるが、俺は同じ種族ではないぞ。


「ようこそ、先ずはお掛けください。従兵、ワインを運んでくれ!」


 彼等に腰を下ろすように伝えると、直ぐに座ってくれたから言葉で苦労することは無さそうだ。


「俺達と同じ容貌をしているが、お前がこの軍の指揮官なのか?」

「そうですね。確かに似ていますが、たぶん先祖が遥か東の地からやって来たためでしょう。先祖に免じて少し交渉に手心を加えて頂きたいものです」


 俺の言葉を聞いておもしろそうな表情で歯を見せる。


「分かるか? 俺はレイデム。500騎を率いる長だ。左右の男が200騎を率いている」

「3王国の派遣軍を指揮しているバンターです。お見知りおきを……。それで、カルメシアはどうするんですか?」


「東に攻め入ると言ったら?」

「全力で阻止します。貴方達の軍の弱点は分かっているつもりです。十分にお相手出来ますよ」


 俺の言葉に、レイデムは目を見開いた。

 次の瞬間、大声で笑いだす。


「ワハハハ……。そうでなければおもしろくも無い。だが、その自信も裏付けがあるのだろう。我等の知らぬ我等の弱点をな」

「そんなところです。それでも攻め入りますか?」


 テーブルを囲んだザイラスさん達も、俺に顔を向けて成り行きを見守っているけど、俺達の交渉が頓挫するのを期待している感じがするな。


「カルメシア国王からの文だ。我等も同胞の危機を横から支えてくれた恩は忘れぬ」

 懐から出した書状に頭を下げて、テーブル越しに俺に渡してくれた。

 受け取った文は……。やはり礼状ってことになるな。一読して、それ以外の内容が無い事をもう一度確認する。


「確かに受け取りました。見ての通り西の国境を明確にしております。我等は現在の要害より西へ兵を進めるつもりはありません。再度ウォーラムがヨーレムに侵攻しても、レイデムさん達がいれば安心できるでしょう」

「旧神皇国の政庁が我等の北の端になるであろう。だが、軍隊は来ずとも商人は出入り自由としたい。我等の王国には塩がないのでな」


「砦の門は商人達に開けて起きましょう。ですが、商人である身分を国王に保証して欲しいところです」

「これで良いだろう。パラルという品だ」


 レイデムが左手の男に目くばせすると、男は懐からメダルを十数枚取り出した。


「我が王国ならどこでも自由に商売が可能だ。それを持つ者を襲えば、我等が襲ったものを親族まで含めて抹殺する」


 パイザみたいなものなんだろうな。何やら文面が書いてあるけど、これが国王が身分を保証するような内容を刻んでいるのだろう。


「以上で俺達の来訪目的は終えた。早々、忘れるところであった。国王よりの褒美はこれになる」

 右手の男が取り出した革袋をテーブルの上に乗せた。それ程大きくは無いから、金貨が何枚か入ってるんだろう。

 ありがたく礼を言って頭を下げた。


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